171話 男から女、女から男へ
新人冒険者講師の仕事がないこの期間はギルドで依頼を受ける日々を送っている。それも今日が最後で明日からまた講師の仕事が再会される予定だ
今回受けた依頼は趣向を変えて街の一角に佇む薬師のお店の補助という依頼。依頼内容には補助と書かれているだけで具体的な内容は記されていないようだがまぁ薬師のお店の補助作業なんで大した事はやらないだろう
ただその割に依頼の報酬が高めなのが気になるところではあるが
「ごめんくださ~い。ギルドの依頼で来た者ですけど」
店の中に入り声をかけるも返事がない。留守なのかな?
けど扉の所には開店の札が掛かっていたし聞こえなかったのかもしれないのでもう一度店の奥に向かって声をかけてみた。すると奥の方で雪崩の様な音が聞こえてきたので音のした部屋の方へ駆けつけてみると、棚が倒れていて本や薬に使うだろう材料が見事に床にばら撒かれていた。何が起こったのかと散乱した本達を見ていると、突然中から男性の呻き声のようなものが聞こえてきた
「誰か〜助けてくれぇ・・・」
「だ、大丈夫ですか?」
「そこに誰かいるのかい?いやぁ上にある薬草を取ろうとしたらバランスを崩してしまってね。申し訳ないが手を貸してはくれないだろうか」
男性に言われた通り上に山積みになっている本や材料をどかしていき、見えてきた手を取り引きずり出す
白衣を身に纏ったいかにも薬師といった様相の男性は立ち上がると白衣についた汚れを落としながらこちらにお礼を言ってきた
「いやぁ助かったよ。危うく押し潰されてお陀仏になるところだった。おや?君はエレナさんじゃないか。ということは君が私の依頼を受けてくれたんだね。おっと申し遅れてたね、私はロビンソンだ」
「エレナです。とりあえずこの状況で話すのもなんなので・・・一旦片付けましょうか」
普段掃除していないのか、雪崩が起こったせいで周りには埃が舞っていて喉がやられそうでまともに話せる状況じゃない
一先ず棚を起こして元の位置に戻し、落ちてきた調合書や薬に使う材料等をしまっていき最低限利用できる状態に戻しておいた
一段落ついた所でテーブルに座り今回の依頼の詳細を聞いてみることに
「それで依頼内容には補助作業と記載されていましたが、私は何をすればいいでしょうか?」
「そうそう、今回君にはこの薬の投薬実験をしてもらいたいんだが」
「薬の・・・投薬実験ですか?」
少し待っててくれと手で合図されて待っているとロビンソンさんが持ってきたのは小瓶に入った謎の液体。色々な色が混ざった様な不気味な色をしている
どう見ても薬というより毒にしか見えないんだが、これを私に飲めというのか
「なんか凄いヤバい色してるんですけど・・・ちなみにその薬にはどういう効果があるんですか?」
「この薬はまだ試作段階でね。即効性のやつで一口飲むと疲労があっという間に無くなって活力が湧いてくるっていう薬なんだよ。僕が飲んでもしっかりと効果を発揮してくれたから女性の君でも大丈夫だと思うんだ」
既に自分で飲まれたなら試す必要は無いと思うが・・・確実性を得る為に成功体験を増やしたいのかな
コルクを開け中の液体を嗅いでみると酸っぱい感じのドロッとした液体で正直口に入れたくない
しかしロビンソンさんが先程から期待の眼差しでこちらを見つめてきて断りづらい
ここは覚悟を決め恐る恐る一口口に流し込む。味は正直あんまりだったが、見た目のインパクトが強すぎたせいかそこまで気にならなかった
即効性があると言っていたのでどんな効果があるのかと待ってみたが一向に効果が表れる気配がない
「・・・・得に何も起こらないですね」
「あれ、おかしいなぁ。僕の時は確かに効果あったんだけど・・・女性には効果がないのか?」
思っていた結果と違い残念がるロビンソンさん。こちらとしては何事も無くてホッとしているが
その後容態を観察されながら棚の整理や接客等を夕方までこなし、依頼は何事もなく終了してキッチリと報酬を頂く事ができた
薬の方も結局最後まで体調の変化は感じられなかった。とりあえず飲みやすさだけはアドバイスし、私は店をあとにした
それからも通常通りの日常を過ごしその日は何も起こる事なく終わった。しかし翌日、目が覚めて起き上がろうとするとなんだか体が異常に重くいつもより視線が高く感じた
今日からまた講師の仕事が始まるんだからと気合を入れ、重たい体を引きずりながらフラフラと歩いていき洗面台で顔を洗って鏡を見ると普段の自分の顔とは明らかに違っていた
「・・・・まだ寝ぼけてるみたいだな」
冷水をよく顔に浴びせて意識をハッキリとさせてから再度鏡に目をやる
しかしいくら見返してもそこにはエレナの顔ではなく勇者エイク、過去の自分の顔が映っていた
変わっていたのは顔だけではない。体が重く感じたのは男性の体へと変化していたせいだったのだ
女性の時と比べ急激に伸びた身長、贅肉が一切ついていない筋肉質な体。エレナの時とは似ても似つかない紛うことなきエイクの体そのものになっている
しかも今のこの体は18歳を目前にしている。死んだ時の年齢が確か三十路手前位だったからおよそ10年若返ったということか
身体的能力だけでいえばこの時期が正に全盛期だった頃。そこに経験や研鑽された技術、魔法が加わっている今の状態は魔王と戦った時より強いのでは・・・なんて考えている場合じゃない!今はどうしてこうなったかを考えなくては!
「いやどう考えても昨日の薬が原因だよな・・・」
あの変な液体のせいに違いない。私は薬師の店へと直行・・・は自分の今の格好を見て思い留まった。女装をした男が早朝の街を疾走している光景なんて異様すぎる
急いで魔法で男性用の衣類を作り出し、目立たない格好に着替えてから店へと向かった
店に到着すると早朝にも関わらず明かりが点いていた。あれから徹夜で薬の製作をしていたのかロビンソンさんは明らかに眠そうな顔をしていたがそれどころではない
当然だが始めは私の姿を見ても誰だか気づかなかったが、昨日の経緯を一から説明して理解してもらうと思い当たる節があったようで昨日の液体に使った材料を見つめ出しこんな事を喋り出した
「あっ!そういえば薬の中に一種類乾燥させたキノコがあったけど確か・・・あぁやっぱり」
「何がやっぱりなんですか?」
「申し訳ない!薬に使うつもりだったカッキダケと間違えてセイテンダケを入れてしまっていたようだ!」
「はぁ!?」
その2つのキノコは見た目が非常によく似ていてカサの裏のヒダの密度によって判別ができるようだが、寝不足でその判別を忘れてしまってたそうだ。私の前に試飲したロビンソンさんが女性の姿にならなかったのはそのキノコが使われていない段階だったとか。とんだ迷惑な話だ
「まさか一生この姿のままなんてことはないですよね?どれ位したら治るんですか?」
「本来セイテンダケを食べたら戻る事は不可能だが、幸い私が入れたのはキノコから抽出したエキス一滴のみ。それにエレナさんが飲んだ量一口だから・・・今日1日過ごせばすぐ元の姿に戻ると思うよ。いやぁよかったよかった!ははははは!・・・・ごめんなさい」
笑うロビンソンさんに向けて一睨みすると完全に萎縮し謝罪してきた。男性の姿になった分迫力も増したようだな
それにしても1日か・・・子供の姿になった時とは違いこの姿のままでいてもいいかもしれないなんて思い始めてきてる自分がいる。一生治らないのなら今すぐ魔法で治すが、待って治るならこの姿で過ごしてみてもいいんじゃないだろうか
そうだ!ある意味こちらが本来の姿でもあるんだからなんらおかしい事はない。皆に理解してもらうのは大変そうだが・・・今日1日だけ久しぶりに男として過ごしてみよう!
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