139話 歌姫の誕生
「わぁ、凄いたくさん集まりましたねぇ」
「ねっ、これはすぐ満員になっちゃうね」
侯爵から単独コンサートを頼まれたあの日から1ヶ月が経った
季節が夏に入りジワジワと暑くなってきているにも関わらず、用意された会場にはかなりのお客さんが集まってきている
あの日、侯爵からこの単独コンサートを頼まれた時私はソウカさんの事を考えて出演を断ろうとした
「君の演奏を生で聴きたいという声も数多くあがっているんだ。当然出演料も払う。名前を売るチャンスでもあるから悪くない話だと思うんだがどうだろうか?」
「あの侯爵、大変有難い話なのですが彼女は・・・」
「や、やります!やらせて下さい!」
私が断ろうとする声を遮りソウカさんが申し出た
まさかソウカさん自らが率先して出演を買ってでるとは・・・・今までソウカさんから思いもよらなかったので驚いた
「そうかい!それは良かった。開催は1ヶ月後、会場の費用や準備はこちらで責任を持って行うから君は演奏の方に集中してくれて大丈夫だからな。よろしく頼むよ」
「は、はい。ご期待に添えるよう頑張らさせていただきます」
侯爵に肩を叩かれながらソウカさんは答える。帰宅途中、ソウカさんは私に向かって謝ってきた
「え、エレナすみません。勝手に引き受けてしまって」
「いえ、こちらこそ出しゃばってすみません。ソウカさんが頼まれた仕事なのに聞きもせず断ろうとしてしまって。でも大丈夫ですか?あと1ヶ月しかないですけど」
王都で開かれたコンサートは単独ではなく複数のグループがいたからソウカさんが出演出来なくてもどうにかなったが、今回はソウカさんが主役となって動いていく。当日になってやっぱり出来ませんなんて言い訳は通用しない
やるならそれなりの心構えがなくては務まらないものだ
「こ、ここに来てからもう随分経ちました。皆さんにもお世話になりっぱなしで・・・だから独り立ちする為にもここで今までの成果を出して皆さんに私が大丈夫なところを見せたいんです」
「そうですか・・・分かりました。それじゃあコンサート当日までの間今までより一層厳しくいかせてもらいますよ」
「は、はい!」
それからソウカさんはひたすら練習を重ね、私達も時間が空いている人がいたら皆その練習に付き合った
克服する事もそうだが、単独ということで曲数が必要だったのでそこをどうするか話し合おうと思いソウカさんに聞いたところ、その点に関しては問題なかった。私の知っている2曲の他にソウカさんは実家で籠っていた間何曲も自作で作ったものがあるらしく、その数は50曲近くあるというので今販売している曲とその中から絞った5曲の計7曲を今回のコンサートで披露する事に決めた
そして練習をしている間も宣伝を含めた販売も行っていった。コンサートが決まった後のソウカさんは以前より積極的にお客さんに声をかけ、面と向かって接客していっていた
そんな生活をしていると1ヶ月というのはあっという間で、当日を迎え今に至る
ステージの脇からお客さんの入り具合を眺めているソウカさんの体は軽く震えていた
その様子を見たフィオナが気分を変えてあげようとソウカさんを椅子に座らせた
「せっかくの晴れ舞台なんですから目一杯綺麗にしてあげますね♪」
「あ、ありがとうございますフィオナさん」
フィオナによって化粧が施されていき、今日の為に用意された衣装に着替えさせられていく
食生活が改善されてからのソウカさんはこの街にいる間にやせ細っていた体から健康的なスタイルへと変わり、魅力溢れる女性になった
けど今は緊張からか化粧をしていてもこちらが心配する程顔が真っ青になっている。どう考えても大丈夫そうではないな
前世で嫌という程祭り上げられてきた身としてはこういった場での緊張とは無縁だったからこういう時どうすれば・・・・とにかくどうにかして緊張を和らげて上げなくては
「あっ、コラコラお嬢ちゃん!ここは関係者以外入っちゃダメなんだよ」
「で、でも・・・」
思案を巡らせていると入口の方で声が上がり見てみると、係員に止められている小さな女の子が
間違えて入ってきてしまったのかと眺めていると手に紙の様なものを持っているのが見えた
私は追い返そうとする係員を止めて女の子に声をかけた
「もしかしてそれをあそこにいる歌のお姉さんに渡しに来てくれたの?きっと喜ぶだろうから渡してあげて」
「う、うんっ!」
元気よく頷いた女の子は私の横を駆け抜けていき、緊張してこちらの様子に気がついていないソウカさんの元に手紙を持っていった
「おねーちゃん!これ!」
「えっ?これは・・・・」
女の子に渡されたソウカさんは戸惑いながらも封を開けて手紙を読み始めた。手紙には覚えたてであろう文字でソウカさんを応援する内容が一生懸命に書かれていた
それを読んでいくうちにソウカさんの顔色は戻っていき、読み終えるとと手紙を服の中にしまい女の子の手をギュッと握り締めた
「ありがとうございます。宝物にしますね。今日のコンサート楽しみにしていて下さい」
「うんっ!」
その後女の子の母親がやって来て謝りながら帰っていったが、正直いいタイミングだった
女の子が来てくれた事によってソウカさんの顔つきが変わった。完全にスイッチが入ったみたいだな
「み、皆さんお騒がせしました。私の事を応援してくれている女の子をガッカリさせる訳にはいきませんよね」
「大丈夫、今のソウカさんなら絶対成功しますよ。ずっと見てきた私達が保証します」
「頑張るんだぞ。お前は1人じゃないんだからな」
「ここでしっかり見守ってますよ!」
私達の言葉に頷いたソウカさんそのまま指定されたステージの中央へと移動。時間が来ると垂れ幕が上がり歓声が上がる
目の前には大勢の観客。この時点で以前のソウカさんだったら逃げ出すだろうが、今は堂々とした姿で立っていた
垂れ幕が上がりきるとソウカさんの開幕の挨拶が始まる
「み、みなさん!本日は・・・あいたっ!」
お辞儀をすると勢い余って目の前にある拡声器に頭がぶつかりその場でしゃがみ込んでしまう。それを見ていた周囲から笑いが起きる。うん、期待を裏切らないというかなんというか・・・・ソウカさんらしいな
慌ててソウカさんは立ち上がり深呼吸をしてから再び話し始めた
「皆さん本日はお集まり頂きありがとうございます。今日この日を迎えることが出来たのは皆さんの応援と私の大切な人達の支えによって迎えられたもので私1人では不可能でした。今日はその感謝の気持ちを込めて歌わせて頂きます」
挨拶を終えると周りからは温かい拍手が会場中に広がる。会場が静まったところでリュートを奏で始めて歌い始めるソウカさん
人前で弦に触れることすらできなかったソウカさんがしっかりと弾けている。その姿はもうどこに出しても恥ずかしくない一人前の吟遊詩人だった
会場にいるお客さんはソウカさんの歌声に酔いしれている。前の方の席で見つけた先程の女の子も目を輝かせていてソウカさんの姿を目に焼き付けているようだった
販売していなかった曲の方もかなりウケがいい。中盤までは明るい曲で後半はしっとりとしたバラード曲
今までとタイプの違う曲できっとお客さんの耳に残ったことだろう。練習で何度も聴いた曲だったが、本番で歌われたその曲は練習のそれとは比べ物にならず私達も心を奪われてしまった
時間はあっという間に過ぎていきラストの曲も終わりを迎えた。暫く余韻に浸った後、会場中に歓声が湧き上がる
肩で呼吸をしているソウカさんは呼吸を整えて再度お辞儀をしてこちらに戻ってくる。お客さんが見えない所まで来ると膝から崩れ落ちた
「すみません・・・・一息ついたら力が抜けちゃって」
「お疲れ様でした。素晴らしかったですよ」
「凄かったぞ。我なんか感動して涙が・・・・」
それぞれが労いの言葉を並べていく。しかし安心したのも束の間、アンコールの声が会場中に響き渡る
練習した曲は全て歌いきってしまった。けどソウカさんは持ち歌を使ってアンコールに応えるという
「実家で嫌という程練習してましたし体が覚えているので大丈夫です。行ってきますね」
そう言って息を整え水を一飲みしてからソウカさんはステージに消えていった。その姿からはもう心配する必要はないなと私は悟った
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