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今日も土地神は暴走中です。  作者: かみきほりと
本編
9/31

07 頼り過ぎていたようだ。

 扉の前に立った少女は、そっと鍵を差し込む。

 軽くひねるとカチリという音が鳴り、ビクッと身体を震わせる。

 急いで鍵をポケットに入れると、ドアノブをゆっくりと回した。

 

──兄ちゃん、まだ寝てんよな……

 

 心の中でそう呟くと、扉の音に気を付けながら、ゆっくりと引っ張る。


 この少女は、郡上美晴(ぐじょうみはる)。栄太の従兄妹(いとこ)だ。

 美晴の父──栄太の叔父に頼まれて……というか、無理やり頼ませて、サプライズ訪問という名の「抜き打ち検査」にやってきたのだ。

 だから、この鍵も父から預かったものだ。


 扉が抵抗なく開いて行く。

 

──兄ちゃん、不用心やなぁ……

 

 扉にチェーンは掛かっていなかった。

 とはいえ、潜入する美晴にとっては、好都合だ。

 中に入って、ゆっくりと扉を閉める。

 

──よっしゃ、潜入成功♪

 

 嬉しそうに小さくガッツポーズをする。


 靴を脱いだ美晴は、くつ下のまま部屋に向かう。

 近くにスリッパがあるが、くつ下のほうが静かに歩けると思ったのだ。

 

 部屋の扉は開いたままだった。

 普段からそうなのだろう。

 そーっと中の様子をうかがう。

 従兄は、ベッドでぐっすり眠っているようだ。


 足音を忍ばせて近づく。

 

──やっぱ、兄ちゃん、かわいいなぁ……

 

 そう言いながら、栄太の頬をつつく。

 少しもがいてから寝返りを打ち、再び安らかな寝息を立て始める。

 思わず笑い声が漏れそうになるのを、必死に我慢する。


 部屋の中を観察する。

 模様替えをしたのか、家具の配置が記憶とは違うが、しっかりと片付いており、掃除も行き届いているようだ。それに……


──なにこれ……、まあオシャレかも知れんけど、部屋に全然()うてへんやん。

 

 美晴の記憶だと、ここには大きな棚が置いてあった。

 それが別の場所に動かされており、代わりに大きな布が飾られていた。

 どう見ても、この部屋には合ってないように思える。


 こんな物を、あの従兄が飾るだろうかと訝しむ。

 

──ハハーン、さては、(なん)か隠してるんやな。

 

 とはいえ、訪問することは伝えていない。

 普段から隠しているのなら、よほど他人に見られたくないモノかも知れない。


 美晴は腕組みをして考える。

 あの従兄だ。エッチなお姉さんの……というの考えにくい。

 どちらかと言えば、可愛い女の子イラストだろうか。

 そんなことを考えながら、ワクワクした気持ちで布をめくる。

 

 一瞬、鏡だと思った。だが、すぐに違うと気が付く。

 

(なん)なん? ……これ」

 

 まるで隠し部屋だった。

 しかも……

 

「こんにちは。栄太の妹さんかな?」

 

 見知らぬ女性に話しかけられた。

 明るくて優しそうな声だ。

 

 神秘的な雰囲気をまとった、幻想かと思うほど綺麗な女性だった。

 しかも、美人なのに、かわいい雰囲気も兼ね備えている。

 少し小柄だがスタイルのせいだろうか、年上の落ち着いた女性に見える。


──いやぁ……、さすがに兄ちゃん、これはアカンやろ……


 我を取り戻した美晴は、ペコリとお辞儀をして従兄の部屋に戻ると、そのままベッドにダイブして、栄太の身体を揺さぶって叫んだ。


「ちょぉ、兄ちゃん。これ、どないなってんの。ちゃんと説明しいや!」




 驚いたってもんじゃなかった。

 寝覚めは最悪だった。

 最初は誰だか分からなかったが、どうやら従妹(いとこ)の美晴が、俺を揺さぶっているようだ。しかも、ベッドの上にいる俺に、馬乗りになって。


 ニコニコしながら、雫奈がこの部屋に入ってきた。

 それだけで、大体の事情は察した。


 まあ一応、そんなこともあろうかと、簡単な設定は考えてある。

 だが、こんな寝起きの状態で、頭が働くわけがない。

 

「まぁ……なんだ。まずはどれから説明したらいい?」

 

 そう答えるのが精一杯だった。


 何を話すにしても、とりあえず互いのことを紹介しないと始まらない。

 

「えっと、この騒々しいのが、いとこの郡上美晴(ぐじょうみはる)。で、こっちの浮世離れしてるのが、静熊神社の宮司をしてる秋月雫奈(あきづきしずな)だ。二人とも仲良くやってくれると助かる」


 必死に頭を目覚めさせている最中だ。

 だから、投げやりだとは言ってくれるな。


 これで済めば楽だったが、どうもそうはいかないようだ。

 仕方が無いので、練りに練った設定を披露することにする。

 構想時間は実質半時間にも満たないが……


「あー、雫奈は……」

「ちょぉ、なんで呼び捨て? せや、雫奈さんも兄ちゃんのこと、呼び捨てにしよったなぁ。それって、付き()うてんの?」

「あー、美晴さんや。高校生になったんだから、もうちょっと落ち着こうな。今からそれを説明しようとしてたんだぞ。……じゃあ、続けてもいいな?」

 

 美晴がコクリとうなずく。


「雫奈は東京にいた頃の知り合いで、どういう因果か、その窓からも見える静熊神社の宮司になったらしい。

 俺がこの町に住んでるって知ってたから、住む場所を紹介して欲しいって頼んできた。だが、俺だってそんなに詳しいわけじゃない。

 だから、このアパートを紹介した。まあ、隣の部屋になるとは思わんかったが、部屋数も限られてるからな。そういうこともあるよな」


「ほんで、二人の関係、どうなってんの?」

 

 美晴は、どうしてもそれが気になるようだ。

 

「お前が思ってるような関係じゃねぇよ。まあ、ただの知り合いってわけじゃないが……。そうだな、簡単に言えば、主と使用人だ。もちろん、俺が使用人な」

「それだと私が、無理やり栄太に手伝わせてるみたいでしょ。違うからね。互いに助け合ってる関係っていうか、仲間って言ったほうが近いんじゃないかな」

「まあ、雫奈の料理は絶品だからな。美晴も一度、ご馳走してもらえばいい」

「そうね。せっかくだから、お昼に何か作ってあげるね」

 

 よし、昼メシが確保できた。


「あ、ありがとうございます」

 

 なんだろう。美晴の様子がおかしい。

 いきなり心の距離が開いたような気がする。

 

「美晴、どうした?」

「なんか、二人の息ピッタリやし。もう夫婦やん。アタシ、お邪魔かなって」

 

 ちょっと待て。なんて嬉しい……いや、なんて恐ろしい事を言ってくれるんだ。


 理想の女性姿のせいで、雫奈が土地神だってことを、忘れてしまう時がある。

 今のこの関係が、ずっと続けばいいとさえ、思い始めている。

 けど……

 

「まあ俺たちは、一緒に楽しく過ごせても、付き合ったり結婚したりって仲にはならねぇよ。だから遠慮する必要はないぞ」

「いや、今の『なんでやねん』ってツッコむトコやん。けど、兄ちゃんも満更やないんちゃう?」

 

 こういうノリは、よく分からん。

 どうやら、思いっきり遊ばれているようだ。

 

 なんだか美晴の元気は空回り気味だが、元気ならばそれでいい。

 

「ごめんな、兄ちゃん、ちょっとやり過ぎたかな。あんまり気にしたらアカンで。こんな二人ですけど、雫奈姉さん、これからもよろしゅう、おたのもうします」

 

 いやいや……「おたのもうす」なんて普段使わねぇだろ。……なんて、ツッコんだら負けだ。たぶん、こうやって言葉で遊んでいるのだ。

 

「こちらこそ、ミハルちゃん」

 

 どうやら、仲良くやってくれそうだ。

 

「あー、アタシも高校生になったし、これから兄ちゃんのこと『兄さん』って呼ぶようにするから。……栄太兄さん。どうや、大人っぽいやろ?」

「じゃあ俺も、美晴さんって呼んだほうがいいか?」

 

 ……なぜか、ドン引きされた。


 いや~、良かった。これで丸く収まった。……っと思ったが、なぜか美晴がこちらを見つめている。

 

「ん? まだ何か用か?」

 

 そう答えると、美晴がニッコリ微笑む。


「あれのこと、まだ聞いてへんねんけど」

 

 そう言って指を差したのは、布の壁飾り……ではなく、通路のことだろう。

 完全に忘れてた。


「あー、これな。俺もびっくりした。部屋の模様替えをしてたら、偶然見つけて。

 引っ越した時、なんかこの棚だけ置いてあって、便利だったから使ってたけど、よくよく考えたら変だよな。ちょっと場所が悪いから動かしてみたら、コレだ。

 そりゃまあ、塞ごうとは思ったが、雫奈が面白いし便利だから使おうってさ。

 たぶん、もともと二部屋だった物件を、別々に分けて単身者用に改装したんじゃねぇか? 費用をケチって棚で塞いでたのを、俺が偶然見つけちまったのかもな。

 これが大家にバレたら気まずいし、追い出されるのも勘弁だから、このことは誰にも言うんじゃねぇぞ。俺たちだけの秘密だ」

 

 いやあ、調子が出て来た。()()調()だ。


 ……いやスマン。かなり苦しい言い訳だと、自分でも思っている。

 棚は自分で買ったものだし、このアパートは初めから単身者用。

 通路なんてもともと無かったし、雫奈が勝手に作ったもの。

 この話の中にある真実は、大家にバレたら追い出されるってことぐらいだ。

 こんな話、信じろってほうが無理がある。


 ほら今も、美晴が難しい顔をして、部屋を見ている……

 

「まあせやな。アタシも不思議やったんよ。この部屋の大きさで、なんでこんな大きい棚、必要なんやろかって」

 

 マジか。信じちゃったよ……

 騙した俺が言うのもなんだが、変な奴に騙されないか心配だぞ。


(とう)さんには、つつがのう元気にやっとるって言うとくから、ちょいちょい遊びに来てもええやんな?」

 

 たぶん、最初からコレが狙いだったのだろう。

 けど、まあいい。

 

「別に構わんが。あんま相手してやれんぞ?」

「そん時は、雫奈姉さんのとこ行くし、なあ兄さん、(かま)へんやろ?」

「私はいいわよ。美晴ちゃんにも、神社を手伝ってもらえたら嬉しいかな」

「うん、やるやる!」

 

 まあ二人が納得しているなら、止める理由はない。

 ……何をさせるつもりかは分からないが、無茶はさせないだろう。

 

「雫奈は、こう見えても忙しいからな。あんま邪魔してやるなよ」

「心配せんでも、大人しゅうしてるって」

 

 よぼど嬉しかったのか、いい笑顔を浮かべていた。




 ちなみに昼食は焼うどんだった。

 料理なら美晴も得意なはずだが、それでも雫奈の腕前を褒めちぎっていた。

 それどころか、料理を習いたいとまで、言っていた。

 その二人は、今は静熊神社に行っている。

 もちろん、歩いてだ。


 今のうちにと、会社への提出物を片付け、ついさっき送った。

 なので、この空いた時間に……


 ソフトを立ち上げると「妹」が現れる。

 かなり出来上がってきているように見えるが、本体は細かな調整がまだまだ必要だし、衣装も粗いし装飾も全然だ。

 とにかく、表情と髪を中心に進めていく。

 上手くいかないときは、すぐに集中力が途切れるが、順調だとどんどん集中力が増して無心になっていく。

 気が付けば、あっという間に時間が過ぎていたということもあるが、その分、完成に近づいていると思えば、なんてことは無い。

 一時間ほどで、本体の気になる部分は調整できた。

 続く二時間で、衣装もかなり進んだ……と思う。

 なんだか、いつもより集中できた気がする。


 そういえば、美晴は帰ったのだろうか。

 来た時も私物らしきものは持ってなかったし、神社に行くと言って部屋を出た時にも、何も残してなかったと思う。

 念のために、部屋の中や玄関を確認するが、美晴の私物らしきものは無い。

 靴が無いのだから、隣にも居ないと思う。

 窓から静熊神社を見てみるが、やはり障害物が邪魔で、よく見えない。


──まあ、こんなことで呼ばれたら、雫奈も迷惑だよな……

 

 仕方がないので、買い出しついでに神社の様子を見てこよう。



 

 神社の家は、賑やかだった。

 なので、そのまま立ち去ろうとしたら、見つかった。

 

「エイタ兄ちゃん、お邪魔してるよ」

 

 家の窓からミヤチが手を振っている。

 あの窓からだと、この辺りがよく見える。とはいえ、毎回よく気が付くものだ。

 監視でもしてるのだろうか。


「ようミヤチ、今日もユカリとデートか?」

 

 声を詰まらすミヤチに代わって、座ったままのユカリが返事をする。

 

「はい。神社デートって素敵ですよね」

 

 相変わらず、変わった子だ。

 中には美晴の姿も見える。

 なかなか楽しそうだ。……まあ、混ざりたいとは思わんが。


「日も傾いてきたから、暗くなる前に帰るんだぞ」

「はーい」

 

 よし、元気な返事だ。

 我ながら、らしくないことを言っている気がする。

 とはいえ、こういうのも悪くない。……と思えるようになった。

 これも雫奈のお陰だろうか。


「おい兄ちゃん、もう帰んのかよ」

「ああ、買い物のついでに、様子を見に来ただけだからな」

 

 そんなに露骨に残念そうな顔をするなって。

 俺が居たところで、何がしてやれるってわけでも無いんだから。


 窓越しにミヤチの頭をわしゃわしゃする。

 

「ちゃんとユカリを守ってやれよ」

「あ、当たり前だ」

 

 少し顔を赤らめて、目を逸らす姿が、初々しい。

 ……なんてことを思っていると、玄関から美晴が出て来た。

 

「兄さん。途中までやけど、付き()うたるわ」

 

 そう言いながら、窓のほうを向いて笑顔で手を振っている。


 雫奈の姿も見える。こちらを見て手を振り返している。

 なんとなく……としか言えないが、なんだか美晴の事を託された気がした。

 

「まあ、いいけど。なら、スーパーへ行くか」

 

 そこなら、美晴の家にも近い。


 俺は、郡上家とはそれほど親しいわけじゃない。

 こうして近くに引っ越したのも、ただの偶然。叔父さんの顔を見たのも、数えるほど。近くに住んでいるのを知って挨拶に行ったが、子供の時以来の再会で、共通の話題といえば母のことぐらいしか無かった。

 その時は、美晴の母親とは会えなかったが、子供の頃の記憶では、綺麗で優しい人だったはずだ。

 美晴に会ったのは、その時が初めてだと思う。それより前に会っていたとしても、美晴が赤ん坊の頃だろう。少なくとも、俺の記憶にはない。

 家事は美晴の担当で、弟たちの世話もしているらしい。

 

 その後、一度だけ、美晴を連れた叔父さんが、俺のアパートに来た。

 そんなにヒドイ生活をしていたつもりはないが、それ以来、叔父さんは俺のことを気にかけてくれ、その度に美晴がメッセージを代筆させられている。

 中学生らしからぬ必要最小限の文面は、嫌々させられている様子を物語っていた。それは高校生になっても変わっていないが、どうやら俺のことを嫌っているわけではなさそうなので、少し安心した。

 

 美晴と二人っきりで、こうやって並んで歩くのは初めてだ。

 歩調はかなり速いが、俺にはとても歩きやすい。

 

「兄さん。ホンマ優しいなぁ」

「そうか?」

「わざわざ(うち)に近い店、選んでくれたんやろ?」

「たまたまだ」

「まあ、そう言うんやったら、それでもええけど。ほかにも、ほら、アタシって歩くの早いやろ? それに合わせてくれてるやん。しかも、車道側歩いてくれてる」

 

 無意識に、雫奈と歩いてる時のクセが出てしまったようだ。

 

「気にするな。側溝のほうが危ない時もあるから、油断するなよ」

「せやな。気ぃつけるわ」

 

 冗談だと思ったのか、クスクスと笑っている。


 目的のスーパーが見えてきた。

 そろそろ美晴ともお別れだ。

 俺の心配は杞憂だったようで、結局、何も起こらなかった。


「ほんじゃ兄さん、また遊びにいくから、ばいばーい」

 

 無駄に元気な従妹の背中を見送る。……って、ちょっと待て!

 

「美晴!」

 

 叫ぶ前から、俺はダッシュしていた。

 必死に手を延ばし、服をつかむと強引に引っ張る。

 そのまま、抱き寄せるようにして後ろに飛んだ。

 その前を、制御を失ったオーバースピードのパン屋のバンが通り過ぎ、横転して歩道に突っ込む。


 俺たちは、勢い余って無様に転んでしまったが、美晴にケガは無いようだ。

 当たり前だが、よほど恐ろしかったのだろう。指の血の気が失せるほど、俺の服を思いっきり握って離さない。

 青い顔で震える美晴を放っておけず、家まで送り届けることにした。


 家に着くころには、少しは元気が戻ったようだ。

 美晴はあまり騒ぎにはしたくないようで、特にあの叔父が知ると大騒ぎになるから、伏せておくことになった。

 なので、美晴が家に入るのを遠くから見届け、叔父には会わずに戻ってきた。


 事故現場は騒然となっており、とても買い物をする雰囲気じゃなかった。

 雫奈を呼ぼうか……とも思ったが、それなら雫奈も付いて来てたと思う。

 なので、近くのお地蔵さまに手を合わせて、アパートに帰った。




 とても気分が重い。

 下手をすれば雫奈と喧嘩になる可能性もある。

 だが、これだけは絶対に聞いておきたかった。


 部屋に戻ると、雫奈はいつもと変わらない様子で、俺の部屋で料理をしていた。

 まあ、それは、今さらいちいちツッコまない。気分が落ち込んで、何かを作ろうという気力も湧かない今の俺には、ありがたいぐらいだ。

 

「雫奈、あの事故が起こるって知ってたのか?」

「ううん。分かってたら、教えてあげることもできたんだけど、さすがにね」

 

 あらかじめ質問されることが分かっていたのだろう。

 いつもの笑顔で平然と答えている。


「じゃあ、俺に何か……気を付けろとか、美晴を守れとか、そんなことを伝えなかったか? 神社を出る前、雫奈が俺たちに手を振ってた時だ」

「伝えた……というのは、ちょっと違うかな。たぶんそれは、栄太自身が感じ取ったんだと思うよ。虫の知らせってあるでしょ? たぶん、そんな感じかな」

 

 予想していた答えとは違ったが、違ってよかったとホッとする。

 

「そっか。だったら、美晴が危険な目に遭うってことは、知らなかったんだな」

「そりゃそうよ。知ってたら、私が一緒に行ってたわ」

 

 そのまま信じていいのか分からないが、たぶん嘘はないのだろう。


「スマン、少し気が立ってた。疑って悪かった」

「仕方ないよ。私だって悔しいもん」

「悔しい?」

 

 女神にも……いや、雫奈でも、そんな気持ちになるのかと驚く。

 

「残念だけど、全ての不幸を止めることはできないから……」


 冷静に考えれば、当たり前のことだ。

 土地神だから、女神だから、なんとかしてくれるだろう、なんて考えは、ただの甘えだ。そんなことができるなら、悪人は居ないし、事故も事件も起きない。

 俺もいつの間にか、雫奈に頼り過ぎていたようだ。


 今夜の湯豆腐は、冷えた俺の心を、優しく癒してくれた。


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