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今日も土地神は暴走中です。  作者: かみきほりと
本編
8/31

06 臆病な俺を許してください。

 外が明るくなってきた。

 だからといって、徹夜をしていたというわけではない。

 睡眠なら、たっぷりと取った。

 ベッドから出て、身支度を整える。……とはいえ、外出する用事はないので、突然の来訪者が現れても恥ずかしくない程度の身支度だ。

 

 隣の部屋に続く通路は、カーテンで仕切られている。

 まあ、カーテンというよりは、巨大なタペストリーのような厚手の布だ。

 これも雫奈が、もらって来たモノだ。

 これなら、向こうに通路があるようには見えないだろう。

 誰かが来ても、ややこしい説明をしなくて済む……はずだ。

 とはいえ、かなり違和感があるので、改良の余地はありそうだ。

 

 そのカーテンが揺れたと思ったら、合図もなしに雫奈が顔を出した。

 

「お願い、一緒に外についてきて」

 

 それだけ言うと、顔を引っ込める。


 いやいや、待ってくれ。

 

「ついて来いって、どこへだ。俺、まだ朝メシ、食べてないんだが?」

「朝ごはんなら、帰ってきたら作ってあげるし、昼ごはんも作ってあげから。早く行かないと手遅れになっちゃう。栄太も急いで支度して!」


 雫奈がこんなに急かすなんて珍しい。

 しかも、二食分を提供するという破格の条件だ。

 こんな事は、初めてだ。

 よほど緊急の要件なのだろう。


──って、俺、餌付けされてないか?


 まあ、それはいい。

 急いで外出準備をする。

 カバンはどうしようかと迷ったが、無いと落ち着かないし、ついでに買い物を済ますのも悪くない。とりあえず持っていくことにする。


 玄関を出ると、雫奈も隣の扉を開け、ほとんど同時に部屋を出た。




「また、この前みたいに、ケガレが関係してるんだよな?」


 走りながら問いかける。


「うん。急がないとアラミタマになっちゃう。昨日まで、そんな気配、全く無かったのに……」


 どうやら雫奈も困惑しているようだ。


「でも、荒魂(あらみたま)って神様が荒ぶることだろ? 何かあったのか?」

「それが本来の意味だけど、今回はちょっと違うの。その……、周りに悪い影響を与える魂って言えば伝わるかな」

 

 悪い魂と言えば……

 

「悪霊みたいなものか?」

「まあ、それも含まれるわね。この世界に満ちている魂って、ケガレを溜め込み過ぎると、周りに悪い影響を与えるようになるの。今回は、そういうアラミタマよ」

「植物……は分からないけど、動物とか、人間も含まれるってことだな」

「植物も、動物も、人間も、風や土、石や川、海も含めてこの世界にあるモノ全部よ。でもまあ、今回は人間だから、栄太にも手伝って欲しいの」


 万物には、神だけでなく魂まで宿っているとは恐れ入る。いや、物に宿る魂が神に等しいって事なら、なんとなくイメージしやすい。

 それにしても、いろんなことに巻き込まれてきた気がするのに、知らないことだらけだと気付く。

 雫奈の事も、土地神ってイメージでなんとなくそうだろうと思っているだけで、実際のところ、詳しい事情は何も分かっていないように思う。

 まあ、俺が関わろうとしなかったからだが、雫奈もできるだけ巻き込まないように気を使ってくれているのだろう。


「なら今回も。その相手を捕まえて、原因を探ればいいんだな」

「そういうこと。頼りにしてるわよ」

 

 雫奈は、さらに走る速度を上げた。

 

 頼りにされたからには、気合を入れ直すしかない。

 とはいえ、到着する前にバテて、動けなくなったら意味が無い。

 できるだけ全身から力を抜き、呼吸も乱さず、疲れないように気を付けながら、雫奈のあとを追いかける。

 こんなことなら、カバンを置いてくればよかった。


 徐々に走る速度を落とす雫奈。

 振り向いて、口元に指を当てている。

 音を立てるなという意味だろう。


 いきなりの早朝ダッシュで、身体が、特に肺が悲鳴を上げている。

 無茶を言うな!……とも思うが、できるだけ静かに、必死に息を整える。


「スマン、よく聞こえんかった。何か言ったか?」

「えっ? あー、頼りにしてるわよって」


 いや、その言葉なら、よく覚えてる。

 そうじゃなくて、いま何か聞こえた気がしたんだが……

 幻聴が聞こえるほど、疲れたのか?

 まあいい。とにかく、今は集中しないと。


「目標の男の人は、その路地を入った所にいるわ。私は反対側にまわるから、両側から挟みましょ。私の声が合図よ。絶対に逃がさないでね」

「ああ、任せろ」


 雫奈が逃がすなと念を押したからには、相手は必死に逃げようとするのだろう。

 反撃される可能性も考えて、息を整えながら心の準備をする。

 そっとカバンを外す。

 地面は薄汚れていたので、すぐ脇の低い塀の上に置く。


──よし、いつでもいいぞ!


「あなた、そこで何をしているの!」


 雫奈の声に合わせて、路地に飛び込む。


 朝のランニングでもしてそうなジャージ姿の男が、中腰のまま雫奈のほうを向いて動きを止めていた。

 ならばと、一気に距離を詰めて、捕まえようとするが……


「うわぁああぁぁ」


 変な悲鳴を上げながら、這いつくばって逃げようとする。

 放り捨てられたのは、丸められた新聞紙。黒く変色している。


──こいつ、放火魔かっ!


 男は二十代前半だろうか。長身で細身、意外と動きが早い。

 腕を絡めて背後を取ろうとしたが、不規則な動きで振り払われる。

 勢いあまって地面を転がり、頭を上げた時には……

 その辺に転がっていたのだろう、何かの柄のような木の棒を振り上げていた。


──させるかっ!


 男に向かって飛び掛かり、振り下ろされる腕を払って背後を取る。

 再び地面を蹴って男の背中に飛びつくと、首に腕をかけて締め上げる。


 男の指が顔に迫る。

 

──目つぶしか?!

 

 とっさに目を閉じて、顔をそむけるが、頭に衝撃はこない。

 代わりに、肩をつかまれた感覚が伝わる。


 体制が不十分だったせいもあるが、相手が身体を大きく揺らした反動で、俺の身体が宙に浮く。

 そのまま、背負い投げのように、背中から地面に叩きつけられた。

 ……小柄な自分が恨めしい。


「ぐふっ……」

 

 やばい、全く受け身が取れなかった。

 息が詰まり、全身に衝撃が広がる。

 腕にも力が入らない。


「止まりなさいっ!」

 

 雫奈の声が聞こえる。


 必死に身体を動かし、地面を転がってうつ伏せになる。

 かすむ目には、雫奈が男に抱き付いている様子が見える。

 ………!!


──ぜってぇ、逃がさねぇ……


 無傷で捕まえようと思ったのが、そもそもの間違いだった。

 ゆっくり深く呼吸をし、壁に寄りかかりながら立ち上がる。

 二度、三度と呼吸を繰り返し、拳を握って力を込める。

 もう大丈夫だ。


 雫奈を振り払おうとする男の前に立つ。

 何事かと視線を下げようとする男のアゴを、突き上げるように斜め下から殴る。

 力を失った男の身体が、地面に崩れる落ちる前に、反対側の頬骨を殴る。


「えっ? ちょっと……」

 

 さすがに雫奈も驚いたようが、ここで手加減をしても仕方がない。

 犯行を止めるだけならこれでもいいが、原因を吐かせる必要がある。


 驚いた雫奈が手を離すと、失神した男が地面に転がる。

 だが、その程度では、まだまだ甘い。

 完全に、相手の反抗心をへし折る必要がある。

 首元をつかんで、引っ張り上げると、横っ面をビンタする。


「おら、目ぇ覚ませよ。このままラクに夢の世界へ旅立てると思うなよ」

 

 静かにそう告げて、もう一発、横っ面を張る。

 薄っすらと目を開いた男に、詰め寄る。

 

「お前いま、放火をしようとしてたな」

 

 まだ意識がハッキリしないのか、目の焦点が定まっていない。

 拳を握って、ハンマーを振り下ろすように、男の鳩尾(みぞおち)を殴る。

 苦し気に身体を折り曲げる男に向かって、もう一度、静かに尋ねる。

 

「お前いま、放火をしようとしてたな。ハイかイイエで、サッサと答えろ」

「ハ……ハイ…」


「最近の火事も、お前の仕業か?」

「イ…イエ……」

 

 なんとなく、嘘ではなさそうだ。


 早朝の路地裏で、ひと気がないとはいえ、声や音はよく響く。

 たしか近くに公園があった。川の堤防に作られた休憩所のような場所だ。


「ちょっと場所を変えるが、変な気を起こすなよ。逃げたら、どうなるか分かってるよな……」

 

 強く身体を揺すってやる。

 

「ハイ」

 

 そう答えた男を立たせて背後に回り、右手を後ろ手にねじり上げ、左手の手首をつかんで動きを封じる。

 

「こいつの証拠品と、俺のカバンを持って付いて来てくれ」

 

 そう雫奈に頼んで、歩き出す。

 ドン引きされてたらどうしよう、と思っていたが、意外と平然としていた。


 目論見通り、男は素直に従っている。

 公園のベンチに座らせて、念のために釘を刺す。

 

「逃げようとしたら、足の骨を折るからな。余計な手間を取らせるなよ」

「ハ……ハイ」

 

 なんとも律儀に、ハイかイイエで答えている。

 だが、俺の出番はここまでだ。

 ヤベー奴を演じるのも疲れる。このまま続けると、いつかボロが出るだろう。


 ベンチの後ろに回って、男の両肩に手を添え……

 

「この子の質問に正直に答えろ。普通にしゃべっていいが、嘘は吐くなよ」

 

 あとは任せたと雫奈に目で合図を送る。


 男の所持品は、新聞紙にライター、液体の入ったペットボトル。

 水でも持ち歩いてるのかと思えば、中身は灯油だった。

 そういえば、さっきの場所も、そんな臭いがしていた。

 三分の一ほどしかないが、さっきの家に撒いた残りなのだろう。

 別の場所にも、火を付けるつもりだったのだろうか。


 話を聞けば、どこかで放火騒ぎがあったらしく、ニュースを見て、犯人の真似をして憂さ晴らしをしようと思ったらしい。騒ぎになったら少しは気が晴れるだろうと、思ったそうだ。

 だが、雫奈の表情は晴れない。

 どうやら、それがケガレの原因じゃなさそうだ。


 ならばと、その憂さのことを聞くが、どうも要領を得ない。


「俺、正直に答えろって言ったよな。大方、あの家の住人を殺そうとしたんじゃねぇのか? ほら言ってみろよ」

 

 背後から首に腕を絡めて、耳元でささやく。


「それだわ!」

 

 なぜか犯人より先に雫奈が答えた。

 その数瞬後、男から力が抜け、表情が虚ろになる。


「うぉ、なんだこれ?」

 

 正直言って気持ち悪い。

 慌てて離れる。


「おい雫奈、これって大丈夫なのか?」

「ケガレが広かってたから、ちょっと時間がかかるけど、魂が再構築されてるだけだから平気よ」

 

 いやいや、魂が再構築って、かなり不穏なんだが……


 どうやら再構築と言うよりは、修復に近いらしい。

 意識を取り戻した男は、今までの経緯を覚えているようで、二度とこのようなことはしないと誓って去って行った。

 前の少年たちと同じように、憑き物が落ちたような、晴れやかな笑顔を浮かべていた。よくわからんが、魂が浄化された効果なのだろう。

 このまま解放してもいいのか? ……と少し思ったが、雫奈が笑顔で手を振っているのだから、たぶんいいのだろう。


 


 アパートに帰ったら、約束通り、朝食をご馳走してもらった。

 和食でも出てくるのかと思いきや、ベーコンエッグのパンケーキだった。

 なかなかの量だったが、朝から運動をしたので、丁度いい。

 しかも、カリカリベーコン、とろとろ半熟卵、ふわふわパンケーキ、どれも最高だった。組み合わせて食べれば絶賛する言葉しか出てこない。


 幸せな時間だったが、そろそろ頃合いだろう。

 今まで避けて来た問題に向き合う時だ。


「なあ雫奈、神様がケガレを祓ってるってのは分かったけど、もう少し詳しい事を聞いてもいいか? もちろん、答えられる範囲でいいんだが……」

「別にいいわよ。なんでも聞いて。……でもいいの? 聞いちゃったら、本格的に手伝ってもらうことになるけど。聞いたのに、じゃあヤメますって言われたら、たぶん記憶を消されちゃうし」

「記憶って、聞いた内容を?」

「ん~、たぶん、私と出会ったことも」


 なかなか物騒なことを言ってくれる。

 ……えっ? それって……


「お前のことを忘れるってことだよな。そうなったらお前は……」

 

 つい「お前」呼ばわりしたことにも気づかないほど動揺する。


「そうね。また誰にも気付いてもらえない状態に戻るでしょうね」


 なぜ、そんなことを笑顔で言える?


 つまり、今までのまま、ゆるゆるとした関係を続けるか、ガッツリ関係者になって協力するかの二択ってことだ。

 しかも、協力の内容は詳しくは聞けない。

 聞いたが最後、どのような理不尽な内容でも協力しなきゃいけなくなるし、もし断れた記憶が消される。雫奈とは、恐らく二度と逢えなくなる。


 たしかに、問題に向き合う覚悟は決めたつもりだった。だが……

 そんなヘビーなモノじゃなくて、自分が巻き込まれている状況とか、平和に見える日常の裏側とか、そういうのを知る覚悟だったんだが……


「さすがに即決は無理だな……。たとえば、これって期限があったりするのか? いつまでに決めないと、この関係が終わっちまう……とか」

「ん~、どうだろ。いつかは終わりは来ると思うけど、はっきりとした時期は分からないかな」

「つまり、いきなり明日に終わっても不思議はないってことか……。いつ終わるとも知れない、この関係を続けるか、事情を知って協力者になるか……だな。ちなみに、終わりがきた時も、やっぱり記憶は……?」

「消えると思う」

「……だよな。ちなみに、協力したからって、俺、人間ヤメたりしないよな?」


 伝えられる範囲で言葉を選んでいるのか、雫奈が考え込んむ。

 いやいや、ちょっとした冗談のつもりだったんだが……

 まさか、ホントに人間ヤメちゃうのか?


 それにしても、関係者になる以外は、いつかは記憶を消される……か。

 雫奈の姿が二度と見られないのは、非常に残念だ。

 さらに言えば、全く記憶に残らないってのも耐えがたい。

 何もかも忘れて、それに気付かず過ごす自分なんて、想像もしたくない。


 考えがまとまったのか、雫奈が口を開く。


「栄太は今まで、なんていうかこの世界での私のお世話係って感じだったよね」

「マネージャーだっけ?」

「うん。でも協力者になっちゃうと、私の活動方針とか、いろいろと決めてもらったり、時には一緒に戦って、盾や鉾になってもらう必要がある……かな。う~ん、プロデューサー?……みたいなもの?」

「一緒に戦うプロデューサーって、あんまり聞かないけどな。あー、プロジェクトを成功させるって意味では、一緒に戦ってるのか。……でもまあ、なんだ。危険は多いけど、人間のままってことでいいんだろ?」

「問題は、そこなのよね」


 ちょっと待て! 人間をヤメる可能性があるのか?!


「ん~、協力者(プロデューサー)になったからって、人間じゃなくなるってことは無い……と思うんだけど、場合によっては人間をヤメちゃう可能性もある……って感じかな」

「なんだかハッキリしないな。いきなり人間じゃなくなることは無いが、協力を続けると別のモノになる可能性がある……ってことか?」

「だと思う。私だって、こんなこと初めてだし、これも全部、聞いた話だから、どれが正しいか分からないし。でも、協力者(プロデューサー)の人は普通に存在するし、人じゃない協力者(プロデューサー)もいるから、たぶん、そうかなって」


 さっきまでは、ちょっとやってみてもいいかなー、なんて思ってたが、これはガチでヤバそうだ。

 ちょっと詳しい事を聞きたかっただけなのに、まさかこんな人生の選択を迫られるとは思わなかった。

 やっぱ、即決は無理だな……


「スマンが一週間、考える時間をくれ。それまでに決心がつかなかったら、……まあ、今まで通りマネージャーを続けるってことで」

「うん、それでいいよ。さすがに私も、栄太に忘れられたら悲しいし」


──だから、そういう言い方はズルいって!


「逆に聞くが、雫奈は俺が協力者になったら、助かったり、喜んだり、してくれるのか?」

「もちろん! 嬉しいし、とっても助かる!」


 そっか。そんなに目を輝かせて、即答するほど喜んでくれるのか……

 心は揺れるが、勢いで決めるもんでもない。


 今まで安全なほうへ、面倒なことにならないようにと歩んできた人生。

 なのに、いきなり未知の世界へと飛び込むのは、ハードルが高すぎる。

 こんな臆病な俺を、今は許してほしい……




 ちなみに昼食も、約束通り雫奈が作ってくれた。

 そのカツ丼は、とても心に染み入る美味しさだった。


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