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今日も土地神は暴走中です。  作者: かみきほりと
本編
7/31

05 うっかりお姉さんだな。

 遠くで消防車のサイレンが鳴っている。

 

 ミヤチたちを見送った後、家に戻ろうとした雫奈が足を止め、何かを探すように周りをゆっくりと見渡している。

 真似をして同じように見てみるが、特に気になるようなモノは無い。

 なんだろう。雫奈の表情が、いつになく真剣なように見える。

 

「気になるなら、見に行くか?」

「ん~、でも、どうやら私には(えん)がないのよね」

「エン?」


 まあ雫奈のことだから、無関係だから放っておくって意味ではないだろう。

 関わりたくても関われない事情がありそうだ。


「よく分からんが、役割分担とか、資格の話か?」

「まあ、そんな感じかな。無名の土地神なんて、地域のみんなの協力がなかったら何もできないし……。私、ここを離れたら無力よ、きっと」

「やっぱ、縄張り争いみたいに、足を踏み入れた途端に襲われたりするのか?」

「やあね。さすがにそんなことは無いわよ。……たぶん。でも、他所の土地神が何をしに来た!……って、警戒はされるんじゃないかな」


 じゃあ、ちょっと試してみよう。……ってわけにもいないのだろう。きっと。

 

 物憂げな表情で空を見上げる、巫女姿の雫奈。なかなか絵になる。

 ……って、見惚れている場合じゃない。

 玄関に置いたカバンを肩に掛ける。


「じゃあ、俺もそろそろ行くわ。ご馳走になったな。美味かったぞ」

「いってらっしゃい。何か困ったことがあったら、遠慮なく、いつでも呼んでね」


 いや、だから、ちょっとした気遣いのつもりかも知れんが……

 お前が言うと、お告げみたいで怖いんだって!

 まるで俺が、これから困るみたいだろ?




 買う物は大抵決まっている。

 だが今日は、少しだけ別のものを買い足した。インスタントの皿うどんだ。

 それに加えて、具材となる、シーフードミックスと野菜ミックスを揃えた。

 雫奈のようにとはいかないまでも、そこそこなものが作れるはずだ。


 つい会釈をして、苦笑する。

 なんだか地蔵や祠を見つけると、頭を下げるクセがついてしまった。

 さすがに周りの目が気になるので、一人の時に手を合わせたりはしない。

 まあ、雫奈のように堂々と手を合わせていれば、そのうち気にならなくなるのかも知れないが。そのせいで、ちょっとした有名人になっているようだ。

 そして俺も……


「あら、お兄さん。今日は手を合わせてあげないのかい?」


 こんな感じで、見知らぬ人から声を掛けられるようになっていた。


「今日は、他の用事で通りがかっただけですから」

 そんなことを言いながら、やり過ごす。……もう、慣れたものだ。

 とはいえ、汚れていれば素通りすることもできないので、ビニール袋や多めのティッシュを、カバンの中に忍ばせている。


 いつもの公園に立ち寄る。

 なんだか、ここでメッセージをチェックするのも、クセになっているようだ。

 資料を送ったと書かれている。ここは「感謝」の絵文字を返しておこう。

 ついでに火災のニュースを調べてみる。

 まあ、多い気もするが……

 空気が乾燥する季節、特に春になると増えるものだし、異常ってほどでもないと思う。


 ……ん?

 明らかに挙動不審な女性がやってきた。

 あたりをキョロキョロと見回している。

 何かを警戒しているというよりは、何かを探しているのだろうか。

 クズカゴや自動販売機まわり、ベンチまわりなどを見て肩を落としている。


 まあ無関係だし、サッサと立ち去ろう。……とはいかないだろう。

 雫奈が知ったら悲しみそうだ。


──って、なんでそうなる!?


 アイツに出会う前なら、問答無用で去ってただろ?

 それも、無意識レベルの自然な退散で。

 なのに、アイツが悲しむから何とかしてあげようとか、全く俺らしくない。さすがに影響されすぎだ。


 そうだ、困った時は呼べと言っていた。そして、まさに困っている。

 試しに呼んで、十分だけ待ってやろう、それで現れなかったらしょうがない。

 悪いが、あの女性には、縁が無かったと諦めてもらおう。


「雫奈、ちょっといいか? 今、こっちに来れるか?」


 公園灯のポールにもたれかかりながら、ボソッと呟く。

 自分でも、何をしているんだろうと思う。

 いくら土地神でも、届くわけが……


 キラキラとした粒子が目の前の、何も無い空間からあふれ出す。

 まさか、ホントに現れた!?


「なに? どうしたの? ……って栄太、本当にどうしたの?」

「スマン、雫奈。ホントに来るとは思わなかった。つーか、なんでここに飛べるんだ? 部屋と神社だけじゃなかったのか」


 思わず頭を抱えてしまった。

 てっきり、普通に歩いて来ると思ってたんだが……


「なんだか出来そうな気がして。試してみたら、出来ちゃった。やっぱり、何でも試してみるものだよね」


 そんな適当でいいのか?

 ……とも思うが、それより、問題はこっちだ。


「ほら、あの女性。なんか探し物をしてるみたいで、みつからなくて困ってるみたいだ。だから、この土地の事なら分かる雫奈を呼んでみたんだが……。スマン、もしかしたら、今のを見られたかも知れん」

「まあ、見られちゃったら仕方がないかな。とりあえず、話を聞いてみよっか」


 人がいきなり空中から現れた、だなんて、誰も信じないだろう。

 もしもの時は、気のせいだったと思わせるように、全力で誤魔化すしかない。

 あとは、防犯カメラとかに、映ってないことを祈るのみだ。


「あのー、何かお困りでしょうか。よければ、手伝いますよ?」


 ……って、ちょっと待て。

 お前、巫女姿じゃないか!

 あー、ほら、女性が思いっきり不審がってる。

 仕方がない、ここは年下の男の子を装って……


「すみません、お姉さん。驚かせちゃいましたよね。イベントの帰りで待ち合わせしてて、着替えて来たらって言ったのに、この衣装が気に入ったみたいで……」


 かなり苦しい言い訳だ。それに雫奈と打ち合わせもしていない、ぶっつけ本番。

 ここで雫奈が騒ぎ出したら、面倒なことになる。

 でも、こういう時は、ちゃんと空気を読むんだよな……


 どうやら主導権は任されたようなので、話を進める。


「お姉さんが困ってたみたいで、気になって見てたんですけど、それを話したら『手伝ってあげよう』って言い出して。もしよかったら、お手伝いしますよ?」


 純真無垢を装って、心配そうに見つめてみる。

 もしかしたら、雫奈が現れた場面は見てなかったのかも知れない。こんな場所で巫女姿をしていることに驚いただけなら、面倒がなくて助かる。


「えっと……、じゃあ、お願いしてもいいですか?」


 チラッと雫奈を見る。それだけで伝わったようだ。


「まかせてください。私、探し物なら得意なんです。この町の中なら、何でも探してみせますよ」


 いや、伝わってなかった。

 ヤル気があるのは結構だが……


「その前に、その姿で街中を歩いたら目立つよね。ほら、ここのトイレは綺麗だから、早く着替えてきてね」

 無理やり、公園のトイレは押しやる。

 さすがに、ここで着替えられたら、言い訳のしようがない。

 

──いや、マジックショーのパフォーマンスで押し通せるか?

 いやいや、そんな危険を冒す場面じゃない。

 

 いつもの、パーカーとショートパンツ姿になって戻ってきた雫奈。

 女性に、詳しい事情を説明してもらう。


 失くしたのは、買ったばかりの服が入った紙袋らしい。

 かなり気に入って奮発したそうだが、なのに、気が付いたら持ってなかったという。かなりの、うっかりさんだ。

 服を買った後も、かなり歩き回ったそうで、どこで失くしたか分からず、とりあえず商店街をひと通り探したそうだ。

 公園で休憩したことを思い出し、ここまで来てけど見つからず、途方に暮れてたらしい。


「それって、どんな紙袋かな。もしかして、これぐらいのサイズの、大きな花が描かれたもの?」

「えっ? そうですけど……、なんで?」

「あー、ちょっと待ってね」


 そう言うと、雫奈は再びトイレに入っていく。

 そして、言った通りの紙袋を抱えて出て来た。


「あっ、はい。それと同じ紙袋です」

「たぶんコレだと思うんだけど。ちょっと中身、確認してもらっていい?」


 女性がみるみる元気を取り戻す。

 どうやら、間違いなさそうだ。それに、中身も荒らされてなさそうだ。


「ありがとうございます。何かお礼をさせて下さい」


 その気持ちはありがたいが……って、そうだ!


「お姉さん、別にお礼は結構ですよ。この人、こう見えて、静熊神社の宮司さんだから。できたらでいいので、気が向いた時にでも、お参りしてあげてください」


 たしか無名の土地神だからチカラが無いって言ってたし、ならば有名になれば多少はチカラが増すのだろう。

 だったら、宣伝しないとな。


「はい、必ず。ありがとうございました」


 気を付けてと、手を振る雫奈を振り返りながら……

 何度も頭を下げて、去って行った。


 実際に参拝してくれるかは分からんが、まあいいだろう。

 それにしても……


「やっぱ土地神って、すごいな。あんなにすぐに見つけて取ってくるなんて。町内で失せ物探しをして回れば、参拝者も増えるんじゃないか?」


 なぜか雫奈は、キョトンとしている。


「えっ、あれ、トイレに置いてあったんだけど。たぶん、フックにかけて、忘れてたんじゃないかな。扉の陰になるから、中に入って扉を閉めないと見えないし」


 てっきり、トイレに行ったふりをして、どこかに取りに行ったのかと思ったのに。俺の尊敬の念、返せ!

 ……いやまあ、今ので、うっかりお姉さんの好感度、俺の中でめっちゃ上がったけど。


「たぶん、よっぽど動揺してたんだろうな。そろそろ冷静になって思い出して、赤面してる頃かもな……」

 なんてことを思っていると、雫奈が辺りを見回している。


「ん? どうかしたか?」

「う~ん、なんかね、最近ずっと、なんかイヤな気配がするんだよね。でもまあ、別に敵意とかそういうんじゃないから、心配してないんだけど」


 その割には、表情が険しい。


 まあ少し心配ではあるが、ちょっと道草をし過ぎた。

 俺には雫奈のような鮮度を保つ芸当はできない。

 なので、早く帰って食材を冷蔵庫に入れる必要がある。


「俺はアパートに戻るけど、雫奈はどうする?」

「う~ん、そうね。私は、ちょっとその辺を回ってから戻るね」


 やはり、何かを気にしているのだろう。

 とはいえ、ついて行ったところで、何ができるわけでもない。

 一人でアパートへと戻った。




「さてと……」


 目覚ましのコーヒーを用意して、部屋着で椅子に座ると、すでに目覚めさせていたパソコンで、メッセージなどを確認する。

 ちゃんと資料が届いていた。

 その内容は、雫奈の為にと頼んでいた、神職の衣装についてだ。

 理由を説明してないので、担当も不思議がってそうだが、変なお願いは今日に始まったことではない。案外、またか……で済まされてそうだ。


 雫奈に似合うよう、イメージを膨らませ、頭の中で組み立てていく。

 髪型は、仕草は、表情や歩く姿は……

 う~ん、やっぱりダメだ。衣装が立派過ぎて雰囲気に合わない。

 煮詰まってきたところで、カフェインを投入。


 ダメな時は、何をしてもダメだ!

 こういう時は、気分転換をするのが一番!


 資料を整理して片付けると、別のソフトを立ち上げる。

 作りかけで放置してあった、データを読み込ませる。

 現れたのは「姫」よりも幼い3Dモデルだった。

 名前はまだない。仮に「妹」と呼んでいる。


 幼い容姿に黒髪のロング。髪は綺麗に切り揃えられている。

 いわゆるパッツンストレートだ。

 手足は意外と引き締まっており、身体能力の高さを感じさせる。

 服装は、ほとんど手つかずだが、リボンやフリルが付いた、ワンピース型のドレスになる予定だ。だが、外を出歩いても違和感が無い程度にと考えている。

 こう言っては何だが、これが完成したら、また新たな女神が降臨する予感がする。なんせ、見えないだけで、存在はしているらしいし……




 …………………………はっ、しまった。没頭しすぎた。

 

 いつの間にか、外がかなり暗くなっていた。

 なにか晩メシを作らないと。

 そうだ、こういう時こそ、簡単便利なインスタント皿うどんの出番だ。


「そうそう、この匂いが食欲をそそるんだよな……って!」


 振り向くまでもなく、全てを察したが、あえて振り向く。

 いやまあ、今さら勝手に雫奈が、ここで料理をしていても驚かない。

 それに今日も、エプロン姿も似合ってる。


 いや~、まあなんだ。

 作業に没頭していて、気付かなかった俺が悪い。


「それ、俺が買って来たヤツだよな」

「そう……だと思う。材料が全部そろってたし、食べたいのかなって思って」


 いやまあ、食べたかったよ。

 でも、それ以上に、自分で挑戦してみたかったんだ……俺。

 心の中で、ホロリと涙を零す。


 とはいえ、実際のところ、落ち込んでも悲しんでもいない。

 むしろ、大失敗をやらかして、変なクリーチャー化した物体になってた可能性もある。だから、ホッとしているぐらいだ。


「はい、出来たよ。一緒に食べましょ」


 しかも、何か具材が足されてるし。


「……いただきます」

「じゃあ、私も、いただきます。はい、ご飯もあるわよ」


 おいおい、皿うどんにご飯かよ……

 なんてことを思ったが、驚くほど相性が良かった。

 本当に美味い。つーか、この皿うどん、この前より美味くなってる気がする。


 雫奈が料理をしてくれることは、珍しい事ではない。

 だからといって、そう多いわけでもない。

 ちょうど俺が食欲が無かったり、徹夜明けでひどく疲れている時に限って、当たり前のように料理をしてくれるのだ。

 だからもしかして、土地神のチカラとやらで、俺が料理を失敗する未来を知って、その芽を摘むために、代わりに料理をしてくれたってこともあり得る。

 最初の頃なら笑い飛ばしていたが、今となっては考え過ぎだとは思えない。

 

 まあ、食材が無駄にならず、こうして美味しい料理になったのだから、心から感謝を捧げるとしよう。

 

「ごちそうさまでした」

「はい、ごちそうさまでした」


 洗い物は、俺がやっておくと言ったのだが……

 

「何かすることがあるんでしょ? これぐらいやってあげるから、栄太は続きをしてていいよ」


 などと言ってくれる。

 続きも何も、思いっきり趣味の時間だったのだが……

 とはいえ、せっかくの好意を無駄にしても仕方がない。


──近いうちに絶対、神職の衣装を描き上げるから!

 そう強く心に誓いながら「妹」の完成を急いだ……


 ホント、スマン!


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