05 うっかりお姉さんだな。
遠くで消防車のサイレンが鳴っている。
ミヤチたちを見送った後、家に戻ろうとした雫奈が足を止め、何かを探すように周りをゆっくりと見渡している。
真似をして同じように見てみるが、特に気になるようなモノは無い。
なんだろう。雫奈の表情が、いつになく真剣なように見える。
「気になるなら、見に行くか?」
「ん~、でも、どうやら私には縁がないのよね」
「エン?」
まあ雫奈のことだから、無関係だから放っておくって意味ではないだろう。
関わりたくても関われない事情がありそうだ。
「よく分からんが、役割分担とか、資格の話か?」
「まあ、そんな感じかな。無名の土地神なんて、地域のみんなの協力がなかったら何もできないし……。私、ここを離れたら無力よ、きっと」
「やっぱ、縄張り争いみたいに、足を踏み入れた途端に襲われたりするのか?」
「やあね。さすがにそんなことは無いわよ。……たぶん。でも、他所の土地神が何をしに来た!……って、警戒はされるんじゃないかな」
じゃあ、ちょっと試してみよう。……ってわけにもいないのだろう。きっと。
物憂げな表情で空を見上げる、巫女姿の雫奈。なかなか絵になる。
……って、見惚れている場合じゃない。
玄関に置いたカバンを肩に掛ける。
「じゃあ、俺もそろそろ行くわ。ご馳走になったな。美味かったぞ」
「いってらっしゃい。何か困ったことがあったら、遠慮なく、いつでも呼んでね」
いや、だから、ちょっとした気遣いのつもりかも知れんが……
お前が言うと、お告げみたいで怖いんだって!
まるで俺が、これから困るみたいだろ?
買う物は大抵決まっている。
だが今日は、少しだけ別のものを買い足した。インスタントの皿うどんだ。
それに加えて、具材となる、シーフードミックスと野菜ミックスを揃えた。
雫奈のようにとはいかないまでも、そこそこなものが作れるはずだ。
つい会釈をして、苦笑する。
なんだか地蔵や祠を見つけると、頭を下げるクセがついてしまった。
さすがに周りの目が気になるので、一人の時に手を合わせたりはしない。
まあ、雫奈のように堂々と手を合わせていれば、そのうち気にならなくなるのかも知れないが。そのせいで、ちょっとした有名人になっているようだ。
そして俺も……
「あら、お兄さん。今日は手を合わせてあげないのかい?」
こんな感じで、見知らぬ人から声を掛けられるようになっていた。
「今日は、他の用事で通りがかっただけですから」
そんなことを言いながら、やり過ごす。……もう、慣れたものだ。
とはいえ、汚れていれば素通りすることもできないので、ビニール袋や多めのティッシュを、カバンの中に忍ばせている。
いつもの公園に立ち寄る。
なんだか、ここでメッセージをチェックするのも、クセになっているようだ。
資料を送ったと書かれている。ここは「感謝」の絵文字を返しておこう。
ついでに火災のニュースを調べてみる。
まあ、多い気もするが……
空気が乾燥する季節、特に春になると増えるものだし、異常ってほどでもないと思う。
……ん?
明らかに挙動不審な女性がやってきた。
あたりをキョロキョロと見回している。
何かを警戒しているというよりは、何かを探しているのだろうか。
クズカゴや自動販売機まわり、ベンチまわりなどを見て肩を落としている。
まあ無関係だし、サッサと立ち去ろう。……とはいかないだろう。
雫奈が知ったら悲しみそうだ。
──って、なんでそうなる!?
アイツに出会う前なら、問答無用で去ってただろ?
それも、無意識レベルの自然な退散で。
なのに、アイツが悲しむから何とかしてあげようとか、全く俺らしくない。さすがに影響されすぎだ。
そうだ、困った時は呼べと言っていた。そして、まさに困っている。
試しに呼んで、十分だけ待ってやろう、それで現れなかったらしょうがない。
悪いが、あの女性には、縁が無かったと諦めてもらおう。
「雫奈、ちょっといいか? 今、こっちに来れるか?」
公園灯のポールにもたれかかりながら、ボソッと呟く。
自分でも、何をしているんだろうと思う。
いくら土地神でも、届くわけが……
キラキラとした粒子が目の前の、何も無い空間からあふれ出す。
まさか、ホントに現れた!?
「なに? どうしたの? ……って栄太、本当にどうしたの?」
「スマン、雫奈。ホントに来るとは思わなかった。つーか、なんでここに飛べるんだ? 部屋と神社だけじゃなかったのか」
思わず頭を抱えてしまった。
てっきり、普通に歩いて来ると思ってたんだが……
「なんだか出来そうな気がして。試してみたら、出来ちゃった。やっぱり、何でも試してみるものだよね」
そんな適当でいいのか?
……とも思うが、それより、問題はこっちだ。
「ほら、あの女性。なんか探し物をしてるみたいで、みつからなくて困ってるみたいだ。だから、この土地の事なら分かる雫奈を呼んでみたんだが……。スマン、もしかしたら、今のを見られたかも知れん」
「まあ、見られちゃったら仕方がないかな。とりあえず、話を聞いてみよっか」
人がいきなり空中から現れた、だなんて、誰も信じないだろう。
もしもの時は、気のせいだったと思わせるように、全力で誤魔化すしかない。
あとは、防犯カメラとかに、映ってないことを祈るのみだ。
「あのー、何かお困りでしょうか。よければ、手伝いますよ?」
……って、ちょっと待て。
お前、巫女姿じゃないか!
あー、ほら、女性が思いっきり不審がってる。
仕方がない、ここは年下の男の子を装って……
「すみません、お姉さん。驚かせちゃいましたよね。イベントの帰りで待ち合わせしてて、着替えて来たらって言ったのに、この衣装が気に入ったみたいで……」
かなり苦しい言い訳だ。それに雫奈と打ち合わせもしていない、ぶっつけ本番。
ここで雫奈が騒ぎ出したら、面倒なことになる。
でも、こういう時は、ちゃんと空気を読むんだよな……
どうやら主導権は任されたようなので、話を進める。
「お姉さんが困ってたみたいで、気になって見てたんですけど、それを話したら『手伝ってあげよう』って言い出して。もしよかったら、お手伝いしますよ?」
純真無垢を装って、心配そうに見つめてみる。
もしかしたら、雫奈が現れた場面は見てなかったのかも知れない。こんな場所で巫女姿をしていることに驚いただけなら、面倒がなくて助かる。
「えっと……、じゃあ、お願いしてもいいですか?」
チラッと雫奈を見る。それだけで伝わったようだ。
「まかせてください。私、探し物なら得意なんです。この町の中なら、何でも探してみせますよ」
いや、伝わってなかった。
ヤル気があるのは結構だが……
「その前に、その姿で街中を歩いたら目立つよね。ほら、ここのトイレは綺麗だから、早く着替えてきてね」
無理やり、公園のトイレは押しやる。
さすがに、ここで着替えられたら、言い訳のしようがない。
──いや、マジックショーのパフォーマンスで押し通せるか?
いやいや、そんな危険を冒す場面じゃない。
いつもの、パーカーとショートパンツ姿になって戻ってきた雫奈。
女性に、詳しい事情を説明してもらう。
失くしたのは、買ったばかりの服が入った紙袋らしい。
かなり気に入って奮発したそうだが、なのに、気が付いたら持ってなかったという。かなりの、うっかりさんだ。
服を買った後も、かなり歩き回ったそうで、どこで失くしたか分からず、とりあえず商店街をひと通り探したそうだ。
公園で休憩したことを思い出し、ここまで来てけど見つからず、途方に暮れてたらしい。
「それって、どんな紙袋かな。もしかして、これぐらいのサイズの、大きな花が描かれたもの?」
「えっ? そうですけど……、なんで?」
「あー、ちょっと待ってね」
そう言うと、雫奈は再びトイレに入っていく。
そして、言った通りの紙袋を抱えて出て来た。
「あっ、はい。それと同じ紙袋です」
「たぶんコレだと思うんだけど。ちょっと中身、確認してもらっていい?」
女性がみるみる元気を取り戻す。
どうやら、間違いなさそうだ。それに、中身も荒らされてなさそうだ。
「ありがとうございます。何かお礼をさせて下さい」
その気持ちはありがたいが……って、そうだ!
「お姉さん、別にお礼は結構ですよ。この人、こう見えて、静熊神社の宮司さんだから。できたらでいいので、気が向いた時にでも、お参りしてあげてください」
たしか無名の土地神だからチカラが無いって言ってたし、ならば有名になれば多少はチカラが増すのだろう。
だったら、宣伝しないとな。
「はい、必ず。ありがとうございました」
気を付けてと、手を振る雫奈を振り返りながら……
何度も頭を下げて、去って行った。
実際に参拝してくれるかは分からんが、まあいいだろう。
それにしても……
「やっぱ土地神って、すごいな。あんなにすぐに見つけて取ってくるなんて。町内で失せ物探しをして回れば、参拝者も増えるんじゃないか?」
なぜか雫奈は、キョトンとしている。
「えっ、あれ、トイレに置いてあったんだけど。たぶん、フックにかけて、忘れてたんじゃないかな。扉の陰になるから、中に入って扉を閉めないと見えないし」
てっきり、トイレに行ったふりをして、どこかに取りに行ったのかと思ったのに。俺の尊敬の念、返せ!
……いやまあ、今ので、うっかりお姉さんの好感度、俺の中でめっちゃ上がったけど。
「たぶん、よっぽど動揺してたんだろうな。そろそろ冷静になって思い出して、赤面してる頃かもな……」
なんてことを思っていると、雫奈が辺りを見回している。
「ん? どうかしたか?」
「う~ん、なんかね、最近ずっと、なんかイヤな気配がするんだよね。でもまあ、別に敵意とかそういうんじゃないから、心配してないんだけど」
その割には、表情が険しい。
まあ少し心配ではあるが、ちょっと道草をし過ぎた。
俺には雫奈のような鮮度を保つ芸当はできない。
なので、早く帰って食材を冷蔵庫に入れる必要がある。
「俺はアパートに戻るけど、雫奈はどうする?」
「う~ん、そうね。私は、ちょっとその辺を回ってから戻るね」
やはり、何かを気にしているのだろう。
とはいえ、ついて行ったところで、何ができるわけでもない。
一人でアパートへと戻った。
「さてと……」
目覚ましのコーヒーを用意して、部屋着で椅子に座ると、すでに目覚めさせていたパソコンで、メッセージなどを確認する。
ちゃんと資料が届いていた。
その内容は、雫奈の為にと頼んでいた、神職の衣装についてだ。
理由を説明してないので、担当も不思議がってそうだが、変なお願いは今日に始まったことではない。案外、またか……で済まされてそうだ。
雫奈に似合うよう、イメージを膨らませ、頭の中で組み立てていく。
髪型は、仕草は、表情や歩く姿は……
う~ん、やっぱりダメだ。衣装が立派過ぎて雰囲気に合わない。
煮詰まってきたところで、カフェインを投入。
ダメな時は、何をしてもダメだ!
こういう時は、気分転換をするのが一番!
資料を整理して片付けると、別のソフトを立ち上げる。
作りかけで放置してあった、データを読み込ませる。
現れたのは「姫」よりも幼い3Dモデルだった。
名前はまだない。仮に「妹」と呼んでいる。
幼い容姿に黒髪のロング。髪は綺麗に切り揃えられている。
いわゆるパッツンストレートだ。
手足は意外と引き締まっており、身体能力の高さを感じさせる。
服装は、ほとんど手つかずだが、リボンやフリルが付いた、ワンピース型のドレスになる予定だ。だが、外を出歩いても違和感が無い程度にと考えている。
こう言っては何だが、これが完成したら、また新たな女神が降臨する予感がする。なんせ、見えないだけで、存在はしているらしいし……
…………………………はっ、しまった。没頭しすぎた。
いつの間にか、外がかなり暗くなっていた。
なにか晩メシを作らないと。
そうだ、こういう時こそ、簡単便利なインスタント皿うどんの出番だ。
「そうそう、この匂いが食欲をそそるんだよな……って!」
振り向くまでもなく、全てを察したが、あえて振り向く。
いやまあ、今さら勝手に雫奈が、ここで料理をしていても驚かない。
それに今日も、エプロン姿も似合ってる。
いや~、まあなんだ。
作業に没頭していて、気付かなかった俺が悪い。
「それ、俺が買って来たヤツだよな」
「そう……だと思う。材料が全部そろってたし、食べたいのかなって思って」
いやまあ、食べたかったよ。
でも、それ以上に、自分で挑戦してみたかったんだ……俺。
心の中で、ホロリと涙を零す。
とはいえ、実際のところ、落ち込んでも悲しんでもいない。
むしろ、大失敗をやらかして、変なクリーチャー化した物体になってた可能性もある。だから、ホッとしているぐらいだ。
「はい、出来たよ。一緒に食べましょ」
しかも、何か具材が足されてるし。
「……いただきます」
「じゃあ、私も、いただきます。はい、ご飯もあるわよ」
おいおい、皿うどんにご飯かよ……
なんてことを思ったが、驚くほど相性が良かった。
本当に美味い。つーか、この皿うどん、この前より美味くなってる気がする。
雫奈が料理をしてくれることは、珍しい事ではない。
だからといって、そう多いわけでもない。
ちょうど俺が食欲が無かったり、徹夜明けでひどく疲れている時に限って、当たり前のように料理をしてくれるのだ。
だからもしかして、土地神のチカラとやらで、俺が料理を失敗する未来を知って、その芽を摘むために、代わりに料理をしてくれたってこともあり得る。
最初の頃なら笑い飛ばしていたが、今となっては考え過ぎだとは思えない。
まあ、食材が無駄にならず、こうして美味しい料理になったのだから、心から感謝を捧げるとしよう。
「ごちそうさまでした」
「はい、ごちそうさまでした」
洗い物は、俺がやっておくと言ったのだが……
「何かすることがあるんでしょ? これぐらいやってあげるから、栄太は続きをしてていいよ」
などと言ってくれる。
続きも何も、思いっきり趣味の時間だったのだが……
とはいえ、せっかくの好意を無駄にしても仕方がない。
──近いうちに絶対、神職の衣装を描き上げるから!
そう強く心に誓いながら「妹」の完成を急いだ……
ホント、スマン!