04 みんなで食べると楽しいね。
外に出たついでに、静熊神社に立ち寄る。
たとえ名前だけとはいえ、ここの関係者だ。
困っていたら、手伝ってやりたい。……ぐらいのことは、ずっと思ってた。
軽くお辞儀をして鳥居をくぐる。
小さな神社だ。居ればすぐに見つかるだろう。……と思ったが姿が見えない。
巡回に出てるのだろうか。
考えてみれば、この神社の事をほとんど知らない。
待ってる間に、いろいろ見て回ろう。
「エイタ、何してんだ?」
聞き覚えのある子どもの声がする。……なのに姿が見えない。
気のせいかと思い、再び歩き出す。
「おい、エイタ。こっちだって!」
見つけた。
事務所……社務所だっけ?
その建物の窓から、あの少年が、こちらを見て手を振っている。
窓に近づいて話しかける。
「よっ、ミヤチ……だっけ。こんな場所で何してんだ?」
「遊びに来た。シズナ姉ちゃんも中にいるよ。エイタもこっち来いよ」
そういうと、トタトタ足音を鳴らして奥へ引っ込んだ。
チラッと中を見ると、畳の部屋に座敷机が置いてあり、見知らぬ少女が湯飲みを手にしながら、こちらに向かって会釈してきた。
状況が分からんが、とりあえず会釈を返す。
──そういや、雫奈が言ってたな。これが噂のミヤチの彼女か?
少し大人しそうだが、なかなか整った顔立ちの女の子だ。
それに、どことなく利発そうな印象を受ける。
お客がいるなら帰ろうかと思ったが……
相手がミヤチなら、ここで帰るほうが不自然だ。
入口へと向かう。
前までくると、勝手に引き戸が開く。
来客を知らせる鈴の音が心地よい。
だが、引き戸の音は静かだ。ちゃんと手入れがされているのだろう。
建物の中から、ぴょこんとミヤチが顔を出した。なんだか嬉しそうだ。
「ほら、早く上がって」
お前の家じゃないだろ! と、心の中でツッコミつつ、中に入る。
ここに入るのは初めてだが、新品とはいかないまでも、柱や床板が輝いて見える。それに、少し広いとは思うが、普通の住居にもありそうな玄関だ。
扉を閉めて、靴を脱ぐ。揃えて隅のほうに置くのも忘れない。
ついでに、ミヤチの靴もそろえてやる。
勝手にスリッパを拝借して歩く。
廊下もピカピカだ。
障子の隙間から、ミヤチが顔を出して手招きしている。
部屋に入ると、さっきの女の子がいた。
その向こうにあるのが、さっき俺がミヤチと話していた窓なのだろう。
ここからだと境内の様子がよく見える。
「ちょっと僕、シズナ姉ちゃんを呼んでくるね」
なんとも忙しい奴だ。
やけにはしゃいでいるように見えるが、これが本来のミヤチなのだろうか。
──つーか、初対面同士を放っていくなよな……
部屋の隅に積まれた座布団を、勝手に使って座る。
正座でもいいが、ここは楽に胡坐をかかせてもらおう。
「よっ、俺は繰形栄太。ここの使用人みたいなもんだ。俺の事は気にせず、ゆっくりしてってくれ」
「はい。鷹持縁っていいます。お邪魔しています」
なんだろ。じっと見られている気がする。
「おお、そうか。俺のことは栄太って呼んでくれ。別に呼び捨てでも構わんぞ」
「はい、エイタさん。じゃあ私も、縁って呼んでください」
やっぱり見られてる。
こういう時はテレビに限る……が、この部屋にはないようだ。
まあ、俺の部屋にもないが。
窓の外を眺めててもいいが。ここはやっぱり……
「なあ、ユカリって、ミヤチのこと、好きなの?」
次の瞬間、頭に衝撃が走った。……と同時に、何か白いものが宙を舞う。
「ちょっ……お前、なに聞いてんだよ!」
振り向けばミヤチが、何やら白い物体を持ち、真っ赤になってニラんでいた。
さっきは、足音が鳴ってたのに、なんで今は全く音がしなかったんだ?
白い物体の正体は、大根だった。その欠片をユカリが、丁寧に拾っている。
「いや、まあ、大事な事だろ? お前、ユカリが他の奴と付き合うって聞いて、動揺してたし。今度また、そんなことがあったら、大変だろ?」
「だからって聞くか? 普通……」
「え? でも二人、付き合ってんだろ?」
ミヤチが言葉を詰まらせ、チラチラとユカリの方を見る。
「私はダイくんのこと、大好きですよ。でも、まだ付き合ってないんです」
なんだか、予想と違ってきた。
てっきりミヤチの片思いだと予想していたのに、ユカリのほうが積極的だ。
「そうか。でも、まだってことは、その気はあるってことだよな」
「はい、もちろん。でも、ダイくんが嫌がるんです」
「そっか。クラスの奴らにからかわれるのが恥ずかしい……とか、そんな感じか」
「そうみたいです。かわいいですよね」
なんというか、相当変わり者っていうか、なかなかに心が強そうな子だ。
「だったらなんで、噂を信じたフリをして、距離を取ったんだ?」
「あのまま一緒だったら、ダイくんがもっと悪く言われるって思って。それに、犯人を見つけて、ちょっとお仕置きしようかと思ったんですけど……」
「先にミヤチがブチ切れたってわけか……なるほどな」
この様子だと、ついでに、なかなか付き合ってくれないミヤチに、揺さぶりをかけたってことも十分にあり得る。これは将来が楽しみだ。
それにしても、ミヤチが、やけに大人しい。
もっと騒いで話を止めにくるかと思ったのに、黙ったままこっちを見ている。真剣な表情だが、怒りや敵意は感じない。
「ミヤチ、悪い事は言わん。この子を大切にして、絶対に逃がすなよ。この子の前じゃ、つまらん意地やプライドは必要ないからな。よく覚えとけよ」
「うん、分かった。気を付けるようにする」
「なんだ、やけに素直だな。まあ、そのほうが俺も助かるが」
いや、本当にどうした?
これだけ素直だと、逆に心配になってくる。
それにしても、ダイくんか……
そこで、大事なことに気が付く。
「そういや、俺、ミヤチのフルネーム、聞いたこと無かったな」
「えっ? 雅地功大だけど。言ってなかったっけ?」
「いやスマン。俺の記憶が抜け落ちただけかも知れんが。ミヤチコウダイ、ミヤチ、コウダイだな。よし、覚えた」
そんなことを話していると、廊下のほうから、足音が聞こえて来た。
……ってか、雫奈は足音を立てるんだな。
勝手な想像だが、てっきり足音を立てないと思ってた。それどころか、空を飛んでも不思議はない。……とさえ思っている。
「みんな、お待たせ。栄太もごめんね、待たせちゃって」
「おう、邪魔してるぞ」
おおっ、これは……
やはり神社で奉仕をするなら、それなりの格好ってものがあるだろう。
そう思って、作務衣を作ってあげたのだが……
雫奈は、そのついでに作った巫女姿で現れた。しかも、エプロンを付けて。
「……って、なんだその格好は!」
しかも、たすきを掛けて、動きやすくしている。
激レア衣装ではあるが、どうせなら、もうちょっとエプロンのデザインを……じゃなくて!
これって、神様とか、いろんな人に怒られたりしないか? 大丈夫なのか?
「どう? 似合ってるでしょ」
「いやまあ似合ってるが、エプロンのせいで、おかしな雰囲気になってるぞ。それより作務衣はどうした?」
「う~ん、アレも悪くないんだけど、やっぱりこっちのほうが、こう身体に馴染む感じがするのよね」
ホントなら、神職の衣装を描いてあげたかった。だが、いまいち雫奈に合うイメージが涌かずに中断した。その代わりに描いたのが、この巫女服だ。、
これなら、資料は山ほどある。
もちろん神職装束が仕上がるまでの、代わりの衣装であって、他意はない。
「ダイくん。大根、もしかして切らしちゃってた?」
大根……って、さっきのか?
拾い集めたユカリが、見事にポッキリ折れ、三つのカタマリと、小さな破片に変わり果てた大根を、そっと雫奈に差し出した。
なんだか外が騒がしい。
サイレンの音だ。
「今のは、消防車か? なんか最近多いな」
「そうなのよね。心配だわ……」
雫奈の言う通り、火事も心配だが……
どいうわけか、ミヤチやユカリと一緒に、食卓を囲んでいた。しかも……
「真っ昼間から、鍋って……」
「エイタさん、ご飯をよそいましょうか?」
「いや、鍋の具、あまらせたら勿体ないし、ヤメとく。気にせず食べてくれ」
ユカリは、気の利く、とても良い子だった。
ミヤチのほうは……やっぱり、なんだか大人しい。
大根のことなら、ちゃんと洗って一部は具材に、残りは大根おろしにして、余さず使ってある。だから、気にしなくてもいいんだが。
「でもいいのか? 外食とか、二人の親は大丈夫なのか?」
ユカリが箸を止めて、こっちを見る。
「全然、大丈夫ですよ。今日も両親は家にいませんから。みんなで食べるのって、楽しいですね」
「そっか。休日なのに、両親、忙しいんだな。ミヤチもか?」
「うちは、シズナ姉ちゃんとこへ行くって言えば、平気だよ」
「うん、私がちゃんと連絡したから、大丈夫。こう見えても私、信頼されてるんだから。この食材だって、商店街の人から頂いたものだし」
新しい具材を鍋に投入しながら、雫奈が胸を張る。
……って、ちょっと待て。これ、絶対に食べきれない量だぞ!
「心配しなくても大丈夫。余ったら、ちゃんと保存しておくから」
ホンット便利だな。冷蔵庫が泣くぞ!
昼間っからこんなに食べるもんじゃないな。
お腹がいっぱいだ。このまま横になれば、どれだけ心地いいだろうか。
さすがに、お客様の前で、そんなことはしないが。
「雫奈、ここって社務所だろ?」
「ん~、まあそうだけど」
「それにしては、普通の家っぽくないか?」
トイレも風呂も、キッチンもある。ベランダに物干し、地下に貯蔵庫まである。
いやまあ、地下貯蔵庫のある家は、そうそうないかも知れないが。
「栄太は知らなかったっけ。ここって、社務所も兼ねてるけど、神社の関係者が住む家なんだって」
「なんで、兄ちゃんが知らないんだよ。ここの偉いさんなんだろ?」
ミヤチもあきれ顔だ。
「いや、だから言ったろ? 肩書こそ偉そうだが、実際は使用人みたいなもんだって。……いや、ミヤチには言ってなかったか?」
「聞いてないって。ホント兄ちゃん、苦労してるんだな」
ちょっと待て、こいつ今……
「おい、ミヤチ。今、俺のこと『兄ちゃん』って呼んだか?」
「うん言ったよ。シズナさんのこと『姉ちゃん』って呼んでるのに、エイタは呼び捨てって可哀想だろ? 嫌だったらヤメるけど」
「いや、それは全く構わんが。……まあ、ちょっとビックリしただけだ」
さすがに驚いたが、そうやって慕ってくれるのなら、悪い気はしない。たとえ、理由が「可哀想だから」だったとしても。
でも、まだミヤチの表情は暗い。
「兄ちゃん、殺そうとして、本当にごめんな……」
慌ててミヤチの口を塞ぐ。
ちょっと待て、お前、何を言い出してんだよ!
ここには、ユカリも居るんだぞ!
「ちょっと待て、ミヤチ、ちょっと落ち着こうか。ユカリも見てる」
「あっ、ユカリちゃんなら大丈夫。全部知ってるよ。三人組に怒って、何をしようとしたかも、邪魔しようとした栄太を殺そうとしたことも」
「えっ? どういうことだ」
「ああ。なんだかユカリちゃん、三人組の企みを知ってたらしくて、どうやって懲らしめようかって考えてたんだって」
たぶんそれは、さっきも聞いた気がする。
「なのに、いきなり三人組が謝ってきたから、なんでだろって気になってたらしくて。だから、全部教えてあげたのよ」
マジか、この暴走女神。……って、ちょっと待て!
「えっ? つまり全部知った上で、今もミヤチのことが好きだって……」
「はい、大好きですよ。私のために、こんなに怒って、そこまでしようって思ってくれるなんて、感動ですよね」
おいおい待て、夢見るお嬢様ってレベルじゃねぇぞ!
常識は、どこへやった!
「あっ、もちろん本当に犯罪者さんになったら困りますよ。だから、それを止めてくれたエイタさんのこと、気になってたんです。お会いできて嬉しいです」
だから俺のこと、ずっと見てたのか。
……おっと、忘れてた。
苦しそうにしてるミヤチを解放してやる。
「ったく、落ち着くのは兄ちゃんだよ」
苦しそうに咳をしている。……って、そんな大げさな。
全然チカラ、入ってなかっただろ?
「悪かった。スマン、スマン」
とりあえず謝る。
「いや、だから、危険な目に合わせて、本当にごめんない。それと、止めてくれて、本当にありがとう。……これだけは、絶対に言っておきたかったんだ」
「そっか、わざわざ来てくれてありがとうな。あー、だからか。ずっと元気がなかったのは。もっと早く行ってくれれば良かったのに」
「でも、せっかくシズナ姉ちゃんが、ご飯作ってくれてるのに、食べてる時に気まずかったら悪いだろ?」
結局のところ、コイツ、いい奴なんだよな。
「ったく、もう、しょうがねぇなぁ。可愛い奴め」
ギュッと抱きしめて、頭をわしゃわしゃしてやる。
「まあ、正直に言えば、アレでは俺どころか、そうそう人は殺せないけどな」
「なんだよそれ。兄ちゃん、何度も殺されかけたって言ってただろ」
業者用のデッカイ奴ならともかく、子供が工作に使う奴では、さすがに……
「まあな。アレじゃ厚い生地の服は、そうそう貫けないし、横に力が加われば簡単に折れる。それでも、急所をやられたら、ホントに死ぬからな」
最後に、頭をポンポンと叩いて解放してやる。
「絶対に解決してやる、なんてことは言えないが、相談ぐらいは乗ってやる。だから、あんまり危ない事はするなよ」
「わかったよ、兄ちゃん」
エプロンやタスキを外し、巫女姿になった雫奈と一緒に、二人を見送る。
笑顔で仲良く去っていく後ろ姿を見送りながら……
──ミヤチ、ユカリ、幸せになれよ……
そっと心でつぶやいた。