03 ケガレを浄化します。
そういえば、あの公園はボール遊びが禁止だった。
雫奈に気を取られていて、完全に忘れていた。
だからといって、今さら戻って注意するのも変だ。
──どうか少年たちよ、事件とか事故とか、起こしてくれるなよ。
そうでないと、俺が後悔する。
それに、雫奈も悲しむだろう。
祠に手を合わせた後、メッセージをチェックする。
珍しい。いとこの郡上美晴からだ。
どうやら叔父さん──美晴の父が、俺のことを心配してるらしい。
その気持ちは嬉しいが、ちょっと過保護すぎる気がする。
仕事も順調で、全く問題ない。……と返信する。
さすがに、雫奈の事は伝えられない。それに、ちゃんと説明できる自身がない。
土地神と一緒に世直ししてます。……なんてものを送ったら、血相を変えて、すっ飛んでくるに違いない。絶対に面倒なことになる。
チラリと隣を見る。
どうやら雫奈も、祠の神様との会話が終わったようだ。
「そろそろメシの時間だが、どうする? どこか近くの店に寄ってもいいけど」
「ちょっと待って。その前に行くところがあるの。栄太も付いて来て」
おそらく祠の神様から、何かを聞いたのだろう。
それなら仕方がない。素直に付いて行くとしよう。
あまり人を見かけなかったが、脇道に入ると更に人の気配が無くなった。
木々の間の小径を進んでいくと、何かの施設だろうか、コンクリートの壁が見えてきた。……それに人影も。
どうやら、子供たちのようだ。
「……見つけた」
雫奈が探していたのは、この子たちなのだろう。
三……、いや四人か?
少し剣呑な雰囲気だ。
「アイツら、こんなとこで何やってんだ?」
「栄太、もうちょっと近づくから、気付かれないように付いて来て」
すぐ前を、雫奈が音も無くどんどん進んでいく。さすがの身のこなしだ。
こっちも頭を低くして、そっと近づく。
「なんだか言い争ってるようね」
「止めるか?」
「ちょっと待って。できれば誰も逃がしたくない。すぐに準備するね」
何をする気なのか分からないが、何かをするつもりなのだろう。
周りを見て、木の配置や隠れられそうな場所を確認する。
「栄太、お待たせ。合図を出したら、地面に座り込んでる子を取り押さえて。かなり狂暴だから、気を付けてね」
「おう、任せろ」
見たところ、相手は小学生か、せいぜい中学生。
俺のほうがまだ大きく、力も強い……はずだ。
さすがに、こんな子供に負けるつもりはないが……
でもまあ、せっかくの神のお告げだ。せいぜい気を付けることにしよう。
ポンと背中を叩かれる。たぶん、これが合図だ。
できるだけ音を立てず、死角を意識して進んでいく。
どうやら、座り込んでいる一人と、立っている三人との喧嘩のようだ。
もうすでに、暴力が振るわれている。
「ちょっとあなたたち、動かないでね。こんな所で何をしてるのかな?」
雫奈の姿を見て、子供たちが驚いている。……いや、もがいてる?
どうやら植物のツルが、足に絡まっているようだ。
ターゲットの背後から、そっと近づく。
「栄太っ!!」
雫奈のそんな声、初めて聞いた。……と思ったら、光が迫ってくる。
子供とは思えない気迫と鋭さで、振り向きざまに突いてきた。
半身を引いて空を切らせ、目の前の手首を素早くつかむ。
──コイツ、刃物なんて持ってやがったのか!
しかも、迷いなく心臓を狙ってきやがった。
神のお告げのお陰で助かった。警戒してなかったらヤバかった。
コイツ、子供の喧嘩で、相手を刺そうとしてたのか?
そのまま手首をひねり上げる。
手から離れたカッターナイフを、地面に落ちる前に遠くへ蹴り飛ばす。
さらに、相手の腕をひねって背後を取り、顔を地面に押し付けるようにして動きを封じる。うつ伏せになった相手は、激しく抵抗をするが、こうなっては簡単には抜け出せない。……はずだ。
刃物にビビったか、三人組は怯えてへたり込んでいる。
そんな子供たちの前に、仁王立ちする雫奈。
「あなたたち、ケンカなんてしちゃダメでしょ」
コツン、コツン、コツンと軽く頭にゲンコツを落として行く。
いやいや雫奈さんや、幼稚園児じゃないんだぞ。
心の中でツッコミを入れるが……
「「「おにいさん、おねえさん、ごめんなさい。もう悪い事はしません」」」
へたりこんでた奴らが普通に立ち上がると、憑き物が落ちたような晴れやかな笑顔で、素直に謝罪してきた。
どうなってんだ?
拘束が解かれた三人組は、頭をペコリと下げて去っていく。……笑顔で。
まあいい。あとは、コイツだ。
手加減しているとはいえ、そうそう動けないはず。
なのに、諦めずに抵抗してくる。
雫奈が近づき、俺の耳元でささやく。
「ごめん、栄太。まさか、武器まで用意してるなんて思わなかった」
ちょっ、雫奈さん、近いんだが……
ただのナイショ話だろ? ……もちろん、ちゃんと分かってるさ。
だから、俺の心臓よ。落ち着け!
「そ、その話はあとだ。これで解決したんだろ?」
「それがまだなんだよね」
「えっ? じゃあ、これ、どうすんだ?」
この子供にしてみれば、俺もあの三人組と同類だろう。もし親か何かが出てくれば、俺が首謀者にされかねん。俺が社会的に死ぬ。
雫奈は何か、難しい顔をして考え込んでいる。
「ちょっと、いろいろ試してるんだけど、どうも上手くいかないのよね」
さっぱり分からん!
「どういうことか、聞いてもいいか?」
「うーん、そうね。簡単に言うとね、この子の心を探ってるんだけど、複雑すぎてよく分からなくて」
心を……探る?
「何を探してるんだ?」
「この子が抱えてる穢れ……かな。う~ん、この子を狂気に駆り立てる原因って言ったら伝わるかな」
やっぱり分からん!
「さっきの三人組みたいに、頭をコツンじゃダメなのか?」
「ケガレが表面についてるだけなら、それでもいいんだけど。この子の場合は、中に入り込んでるからね。中の構造が複雑で上手く解析できないのよね」
「よく分からんから、それは雫奈に任せる。で、俺はどうすればいい?」
「そうね。その子の悩みを聞いてあげて。たぶん、それが原因だから」
悩み相談とか、俺に出来ると思うのか?
なかなかの無茶振りだ。
とはいえ、ここままだと暴力事件の主犯にされかねん。
嫌でも手伝うしかない。
とにかく和解をする必要がある。
優しく手を引っ張り、子供の上半身を起こしてやる。
「手荒な真似をして悪かった。放っておくと、取り返しのつかないことになりそうだったんで、勝手に出しゃばった」
かなり気の強い子供のようだ。ふくれっ面で睨んでくる。
だが、刃物で攻撃して、この程度で済んだのだから、感謝して欲しいぐらいだ。
「そんな顔するなよ。アイツらも反省して帰ったし、これでケンカも終わりだ。まだ何か、他に心配事でもあるのか?」
「反省したって、そんなの信じられるか」
やっと子供が言葉を話した。一歩前進だ。
「まあそれは、次に会えば分かることだ。お前の心配事はそれだけか?」
「お前って言うな!」
「そう言われてもな。名前、知らないし。なんて呼ばれたい?」
「ミヤチで……」
「じゃあ、ミヤチデはさ……」
「違う違う、ミヤチだ、ミヤチ」
「おおスマン、ミヤチだな。じゃあ俺の事も栄太と呼ぶことを許可するぞ」
まだ思いっきり警戒されているが、とりあえず会話が出来ている。
もうそろそろ、本題に入ってもいいだろう。
「なあミヤチ、お前は何を怒ってたんだ?」
「そんなの、どうでもいいだろ」
「いや、俺、それで殺されかけたんだが?」
「それは……悪かったって思ってる」
「追い詰められて暴発したって感じじゃなかったし、気のせいかも知れんが、誰かの為に自分がやらなきゃって、そう思ってなかったか?」
「なんで、そんなこと分かるんだよ」
「いやいや、分かんだって。気持ちの違いで、身体の動かし方が変わったりするもんだ。怖がってる時にさ、気合の入ってる時と同じように動けると思うか?」
「まあ、……そうだね」
「だから、身体の動かし方を見れば、なんとなく気持ちが分かったりすんだよ」
「それ、すごいな……」
「だろ?」
一緒になって、雫奈もうなずいている。
……って、ちょっと雫奈さん? 目的、忘れてないよな?
「絶対に解決してやる……なんて約束はできんが、相談ぐらいは乗ってやるぞ」
「なんでエイタは、そんなに聞きたがるんだ? 別にどうでもいいことだろ?」
肩を落としてため息を吐く。……もちろん演技だ。
「俺さ、いきなり神主になれって言われてさ……。神社にいる、あの神主」
「神社の偉い人だろ? すごいじゃん」
「でもほら、俺ってこんなだろ? らしくないのは自分でも分かってんだけど、やっぱ相談とかくるわけだ。そこでビシッと解決しなきゃ、バカにされちまう」
「そっか、エイタも大変なんだな……」
「だからさ、ミヤチの悩みをズバッと解決出来たら、自身がつくって思うんだよ。っていうか、相談すらしてもらえないのは、正直へこむんだが……」
「もう、しょうがないな……」
ミヤチの悩み事は、やはり、あの三人組が関係していた。
ミヤチには仲の良い女の子がいたんだが……
三人組のひとり──仮にA君としよう。
そのA君が女の子のことを好きになったらしい。
それを知った、残るB君とC君が協力を申し出て、仲の良いミヤチを排除しようとした。その方法が、いわゆるフェイクニュースだ。
根も葉もない嘘の噂が広められ、女の子はそれを信じてしまった。
その後、女の子と疎遠になったミヤチの耳に、A君がその女の子と付き合ってるという噂が届く。
これも嘘の噂だったが、卑怯者の手に女の子は渡せないと立ち上がり、今回の凶行に及んだ……というわけだ。
……まあ、未遂だが。
原因が分かれば簡単らしく、すぐに雫奈は対処した。……らしい。
後日、ミヤチは、わざわざ静熊神社のことを調べ、その女の子と一緒にお礼参りに来たらしい。そこで、雫奈に会って報告したようだ。
まさか、こんな事に巻き込まれるとは思わなかった。
今回、俺、かなり頑張ったよな……