なんだか騒がしくなりそうだ……
なんだかいきなり忙しくなった。
以前、会社に送った企画案が、今頃になって通ったらしい。
というのも、例のお守りに入っていた三姉妹女神の姿絵が、俺が描いたものだと会社にバレたのだ。
その結果、お金の匂いを嗅ぎつけた会社が、ゴーサインを出したらしい。
その内容は、ローカル神社の祭神たちをキャラクター化して、グッズ化を手始めに様々な展開をして、応援するという企画。
その売り上げの何割かが神社に奉納される仕組みだ。
自分で言うのも何だが、かなり無茶な企画だと思う。よく通ったものだと不思議に思う。
この対応で、三藤さんは、すごく張り切っているらしい。
自分から企画を売り込んでいくほどの熱の入れようで、ヘッドハンティングされないかヒヤヒヤだ。
とりあえず、前に書いて世に出ないであろうと思っていた、三柱のカラーイラストを送ったのだが、その後から、追加のイラストを催促される日々が続いている。
そんなわけで、ギリギリで仕事を仕上げ、会社にデータを送信する。
なので、ギリギリ偽装システムの出番はなかった。
わざわざ偽装するまでも無く、俺の精神はギリギリまで追い詰められている。
いつもの様に、秋月神社の丸太ベンチに身体を預け、朝日を浴びながら風景を眺める。
今日もご神木は、いつもの様に立っている。いつもの景色だ。
俺の心を読んだかのように、二つの気配が生まれた。
確認するまでも無い。秋月様と豊矛様だ。
「霧香さん、爺さん、お久しぶりです」
「はて? この前会ったばかりじゃがな」
確かに、鈴音と会いに来てから、まだ一週間も経っていない。
だが遥か昔のように感じる。
「そうだな。……まあ、前置きも無しですまないが、今回も俺たちを試したのか?」
「試した……というのは、少し違うかの。もうワシでは力になれんからの。お前さんたちの実力を見せてもらっておった」
「いやでも、あんな時間に騒いで、誰も出てこないって変だろ? 爺さんが何かやったんじゃないかって思ってたんだが……」
「ワシ……ではなく、秋月様じゃな」
「それにしては、ひとりだけやって来て、ゴミを投げ入れていったんだが。わざわざ見逃すとか、てっきり爺さんの仕業だと思ってたんだが」
「あー、それはワシがお願いした。どうじゃ? いいヒントになったじゃろ?」
やっぱりそうか。……とは思いつつも、爺さんらしいと苦笑する。
「いやぁ、見ていて飽きん奴らじゃわい。ヒヤヒヤさせよるが、いろいろ考えよるものじゃと関心した。これなら、後を任せても問題はあるまい」
「何言ってんだ。俺は爺さんが居るから、多少の無茶もやらかせてるんだからな。まだまだ見守ってもらわないと困るんだが」
甘えるなとか言われそうだと思ったが、面白そうに笑われた。
「まあ、ともかく今回も助かった、ありがとう。霧香さんも、ありがとうございました」
「お礼の言葉など、いいのですよ」
「そうですね。霧香さんには言葉よりも、こっちですね。三人とも来てくれ」
その言葉に応えて、三人が跳んでくる。
犬耳、犬尻尾姿に犬っぽい服までそろえた鈴音。
それに加えて、猫コスプレの雫奈と、狐コスプレの優佳まで現れる。
「キャー、みんな可愛いのです。すごいです。パラダイスです。もう、このまま全員お持ち帰りしたいのですよ」
どうやら、お気に召して頂けたようだ。
爺さんもご満悦のようでなによりだ。娘の姿にメロメロだろう。
それに気付いたのか、鈴音が犬の姿に変身して爺さんに近付く。
「豊矛様、ボク、ちゃんと土地神さま、やれてるかな」
「おお、鈴音や、もちろんじゃよ。ワシの自慢の娘じゃ。絶対にワシより立派な神様になれるから、精進するのじゃぞ」
「うん、ボク、絶対に立派な神様になるからね。豊矛様、本当にありがとう」
鈴音がそう言った瞬間、遠くで何か音が鳴った。
そちらの方を見ると……
「えっ? ご神木が……」
三分の一ほどを残して、上部が崩れ落ちた。
突然のことで、状況が理解できない。
これってつまり……
「そろそろ時間のようじゃの。皆の者、愉快じゃった。達者で暮らせよ」
「豊矛神様、長き時を経ての助力、誠に感謝いたします。本当にご苦労様でした」
霧香さんが、深々と頭を下げる。
「そっか……爺さん。ホント今までいろいろ助かった。ありがとうございました」
皆も一緒に頭を下げると、爺さんは笑顔のまま、景色に溶け込むように消えて行った。
「なんだよ、爺さん……突然すぎるだろ……」
まだご神木の倒壊の衝撃が冷めやらないが、急いで連絡すべき相手がいた。
正直、気は進まない。だが、放置しておくと、後でもっと面倒な事になる。
仕方なく電話を掛ける……
「はーい、パパでちゅよ。元気にしてまちたか~」
「スマン、掛ける相手を間違えたようだ」
「まあ、そう慌てるな。マイエンジェルよ。お前の守護神『お父様』だ」
だから気が進まなかったのだが、報告しないわけにもいかない。
「忙しい所、悪いな」
「会社だが、全く問題ないぞ。息子の為なら、重要な会議でもすっぽかしてみせる」
「そんな事、会社で言ってもいいのか?」
それに、会社で赤ちゃん言葉とか、どんな鋼のメンタルだ。
「それは全く問題ない。親バカで有名だからな。周りも温かい目で祝福してくれている」
生暖かい目で見られているってことだろ! ……なんてツッコミを入れたら負けだ。このままでは、全く話が進まない。
「郡上家に関する報告だ。簡潔に話すからよく聞け。郡上家が引っ越すことになった。今は建築中で、その間の仮の住まいとして、近くの神社で暮らしている。それと、叔母さんの容態が改善しているようだ。近いうちに退院できる見込みだ。……以上だ」
「了解した。我が息子よ、その後の美晴ちゃんとの進展を報告せよ。どうぞ」
「進展も何にもねぇよ。一応報告したからな。もう切るぞ」
全く、どういうつもりなんだか。
でもまあ、これで義務は果たした。
「ちょっと待て、最後に一言、言っておくことがあった」
切る寸前に呼び止められて慌てる。
「我が自慢の息子、栄太よ……お疲れ様」
それだけ言って切りやがった……
考えてみれば、親父がもっと早く、分かりやすく郡上家の内情を話してくれりゃ、こんな苦労も無かったかも知れないのだ。
だが、わざわざ掛け直してまで、文句を言うのも疲れる。
たぶん、もっと、途轍もなく疲れさせられる。
結局、もやもやした気持ちを抱えたまま、静熊神社へと向かう。
郡上家の内情は、後から全て聞かせてもらった。
母親は、そこそこ有名なブランドのデザイナーをしていたらしい。
出張も多く、ほとんど家には帰ってこれない。そのことで近所の人から、不倫をしているのではないかと疑われたそうだ。
もちろん、父親は噂を否定したが、幸せ家族の生活は壊れた。
美晴はまだ幼かったが、学校でイジメられ、親戚に家に預けられる事になった。
数年経って、母親が会社を辞め、美晴も戻って一緒に暮らすようになった。
だが、誹謗中傷は酷くなるばかり。
弟が二人生まれたが、母親は心を病んでしまった。
長く入院して、家計も苦しくなったらしい。
父親は収入を増やそうと会社で頑張った。
その分、美晴は家事全般と弟たちの世話をする毎日に。
久しぶりに外泊が認められ、母親が家に戻ってきた。
それで、今回の事件が起こったらしい。
優佳が言うには、その姿を近所の人が見て、また噂話のネタにして盛り上がったんだろう……ってことだ。そのせいで、弱っていた悪霊が活性化したらしい。
ともかく、家が壊れてしまい、住めなくなったので、郡上家には神社に住んでもらっている。
もちろん、新しい家が建つまでだが。
お辞儀をして鳥居をくぐる。
今日も多くの人が訪れている。
授与所では、三藤さんと……
「美晴……か? アイツ何をやってんだ?」
三藤さんの横で、巫女姿の美晴が手伝っていた。
いやまあ、人手が欲しいと思っていたから助かるんだが、美晴はそれどころじゃないはずだ。叔父さんは相変わらず仕事の虫だし、二人の弟の世話もある。それに加えて、引っ越しやらなんやらの手続きとか大変なはずなんだが。
美晴が俺に気付いて、手を振っている。
……いや、そんなことをしたら目立つだろ。
軽くお辞儀を返す。
雫奈と優佳は、今日もあの場所へと行っているはずだ。
周辺住民に呪詛返しが起こっているから、その後始末だ。
優佳はどうやら本気で怒っているようで、元凶となった三人に対して、口にも出せないキツイお仕置きをしているそうだ。それも連日。
今は郡上家の家なので、そう気軽には入れなくなった。
そう思っているのに、美晴が早く来いと身振り手振りで催促している。
隣の三藤さんも困った顔で笑っている。
仕方がない。行くとしようか。
家の中は、変わらず綺麗なままだ。
そりゃそうだ。まだ何日も経っていない。
このまま鈴音に挨拶をして帰ったら、後で大変なことになるだろうな……と思いつつ、社務所へ向かう。
「もう、ホンマ兄さん、気付くん遅いわ。もっと早う来てくれんと、アタシ恥ずかしいやん」
「恥ずかしいのは、こっちだ。でもまあ、元気そうで良かった」
「まあな、ホンマありがとう。アタシの為に身体ボロボロになってまで、助けてくれたんやもんな。せやから、どやっ! アタシの晴れ姿、好きなだけ見てもええで」
たぶん、見せたくて仕方が無かったんだろう。
ここは大人として、ちゃんと褒めてやるべき所だろう。
「うん、美晴も立派な巫女さんだな。元気な巫女もいいと思うぞ」
「えー、ホンマか? そんなに褒められたら恥ずかしいやん」
悪いが、全然恥ずかしがっているようには見えない。
それどころか、もっと見ろとばかりに、ターンまで決めている。
「忙しいんじゃないのか? 何でこんな事やってんだ?」
「そりゃまあ、罪滅ぼしっちゅうか、人手が足りんって聞いたから、手伝ってもいいかなって。弟たちは鈴音ちゃんが見ててくれるからな」
「お前、犬に面倒を見させてるのか?」
なんだか、美晴がニヤリと笑っている。嫌な予感しかしない。
美晴は俺を引っ張って、鈴音部屋へと向かう。
そこには、人姿の鈴音が、弟たちと遊んでいた。
「てへっ、バレちゃった☆」
俺の姿を見るなり、鈴音が可愛く、そう言った。
ちょっとした息抜きに、秋月神社で休憩をした帰り道。
愛用の肩掛けカバンを揺らしながら、のんびりと歩く。
中に入っているのは、さっき立ち寄ったコンビニで買ったもの。
数日分の食料やドリンクなどだ。
あとは、急に雨が降った時のための、折りたたみ傘ぐらいか。
鍵を開けて部屋に入る。
なぜか当たり前のように、三人が出迎えた。
「あっ、栄太。昼食の準備、できてるわよ」
「ちゃんとデザートもありますよ。兄さま」
「ねぇねぇ、食べ終わったら一緒に遊ぼ☆」
俺は今まで、安全なほうへ、面倒事にならないようにと人生を歩んできた。
平和が一番、そう思っていた。
だが今では、こういう生活も悪くないと思えるようになった。
今日も、なんだか騒がしくなりそうだ……