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今日も土地神は暴走中です。  作者: かみきほりと
本編
27/31

25 鈴音セラピーで癒されてくれ。

 そろそろいいだろう。

 窓辺に置いた雫石を手に取る。

 硬化しているのを確認して取り出し、次をセットして気泡抜きをする。


 どうやらお守りが、そこそこ売れているようで、ならばと勝手に雫石の増産を始めた。

 こっちも、ずっと作り続けるわけにはいかないし、一日で作れる数も知れている。なので、注文されてから作っていたのでは、間に合わないと思ったのだ。

 そのうち、手に負えなくなったら、神社で作ってもらえばいいだろう。

 それほど技術がいるわけでも、難しいわけでもない。

 教えれば簡単に作れるだろうし、道具を揃えれば、もっと早く作れるはずだ。


 それと並行して、お守りを包む紙に印刷する秋津狛音姫(アキツコマネヒメ)の画像を作成する。

 これも画風は決まっているし、すでにカラーイラストもある。

 まあ、ちょっとした遊び心で使役した犬たちを加え、犬使い風にアレンジしたが、それぐらいはいいだろう。


 雫石二十四個と画像データを持って、再び静熊神社へと向かった。




 暖かくなって日も長くなった。

 梅雨も近づいてきているはずだが、梅雨入りしても全く雨が降らなかったり、と思えばゲリラ豪雨に見舞われたりで、日本の梅雨は変わってしまっている。

 今年は災害が起こらなければいいが……なんてことを考えていたら、背後から声をかけられた。


「あれ? 兄ちゃんも神社に行くのか?」


 まあ、さっきから近づいたり離れたりで、何をしてるんだろうとは思っていたが、やはり顔を合わせづらいのかも知れない。

 確認するまでも無い。ミヤチだ。

 ユカリの気配もするが、物陰に隠れている。


「よう、ミヤチ。今日も学校だろ? 荷物はどうした」

「家に置いてきた」

「そうか、それはご苦労さん。……ユカリも、お疲れさん」


 明らかに、ドキッとした様子で姿を現すと、深々と頭を下げる。


「お……お久しぶりです、エイタさん。……あのっ」

「まあ、道端で立ち話もなんだ。神社に入ろう」


 目的地はすぐそこだ。

 いい歳の男が、道で小学生と話しているだけで通報されかねない世の中だ。なので、こちらも注意が必要なんだが、防犯という面ではそれも悪くないと思う。

 お巡りさんは大変だろうが……


 いつものクセで、頭を下げて鳥居をくぐると、二人も真似をして頭を下げる。


「まあなんだ。俺がもうちょっと上手に助けてやれたらよかったんだがな。ユカリもよく来てくれた。みんなは別に怒ってないし、なんなら心配してるぐらいだから、そんなに緊張しなくても大丈夫だぞ」


 ポンポンと軽く頭を撫でるように叩いてやる。


「俺はちょっと三藤さんに用事があるが、ミヤチもいるし平気だろ? いつもの部屋に……いや、奥の裏庭が見える部屋に行けばいい。俺もすぐに行く」

「うん、わかった」


 あとは雫奈と鈴音が、なんとかしてくれるだろう。


 ミヤチたちは「お邪魔します」と言ってから入り、揃えて置いた俺の靴の横に、ちゃんと自分たちのを揃えて置いている。

 あの、脱ぎ散らかしていたミヤチも、成長したものだ。


「また、後でな」


 そう言い残して、俺は社務所へと向かう。


「あっ、繰形さん、お帰りなさい」

「おう、ただいま。何してるんだ?」

「あっコレですか? 雫石のお守りを作ってるんですよ」

「俺にもそう見えるんだが、それって業者に頼むんじゃないのか?」

「そうなんですけど、家に真空パックの機械があるから、あとは印刷物と厚紙、それと外袋があれば、ほれこの通り。中を開けてもいいですよ」


 まだ封がされていない口から、袋を傾けて内容物を取り出す。

 和紙で作った袋が出てくる。枠付きで静熊神社の文字と朱印が印刷されている。中には板が入っているようだ。

 和紙の袋から中身を取り出す。

 真空パックされたモノが出てきた。なかなか丈夫そうだ。

 パックされた厚紙は二ミリほどの厚さだろうか。中央に丸い穴が開けられ、そこの雫石が収まっている。

 裏返すと和紙が添えられており、ここにも静熊神社と印刷されている。


「結局、紙で包むのはやめたんだな。でも、こっちのほうが丈夫そうだ」

「裸足で踏んだり、下敷きになったら、危ないかと思って。でも心配しないでください。ちゃんと説明書きを添えて、繰形さんのイラストも封入してますよ」

「説明書き?」

「はい。雫奈さんと優佳さんの話を簡単にまとめたものを。でも、これでひとつ謎が解けましたよ」

「……謎?」

「そうですよ。説明の中で、どうして姉と妹じゃなくて、長女と次女なのかなって思ってたんです。でも、末の妹さんがいたんですね」


 そういえば、作り始めた時は鈴音はいなかった。

 ……いやいや、考え過ぎだろう。

 ついつい、雫奈たちのことだから、事前にこうなることが分かってたんだろ……なんてことを思ってしまうが、さすがにそれは疑い過ぎだ。

 鈴音が祭神になってから説明書きを作ったのなら、なんの不思議もない。


「そうだな。俺が来たのも、その件だ」


 ケータイを取り出し、黒線だけで描かれた秋津狛音姫(アキツコマネヒメ)のイラストを見せる。

 人型の鈴音にそっくりな上に、犬まで描いてあるのだが、すでに正体を知っている三藤さんになら、見せても問題はない。、


「さすがですね、繰形さん。仕事が早い」

「いや、会社では仕事が遅い事で有名なんだが……。データ送るぞ」

「………はい、確かに画像、受け取りました。このワンちゃんも可愛いですね」

「あー、それと……」


 新しく作ってきた雫石を渡す。


「あっ、ありがとうございます。頼もうかどうしようかって、ちょっと悩んでたんですよね」

「俺じゃ、大量に作れないからな。レジンに神木粉を封入するだけだから、そんなに難しくはないが、時間がな。今度、材料を持ってきて、作り方を教えようか?」

「はい、お願いします。それなら私にも、ちょっとは知識がありますから、なんとかなると思いますよ」

「まあ、一番難しいのは封入する神木粉の量だな。限りがあるから、多くすれば数が作れなくなるし、少なかったらお守りとして不十分になっちまう。でもまあ量の調整は、あの三人に任せてもいいだろう」

「わっかりました。楽しみにしてますね」


 三藤さんは、ニコニコしながら、作業をしている。

 ひとつひとつ確認しながら、丁寧に進めている。


「任せっきりで悪いが、ミヤチとユカリを待たせてるから、失礼するよ」

「合間を見てやってるだけなので、全然平気ですよ。こちらの事は、私に任せて下さい。あとコレ、ありがとうございました」


 雫石を手に取ってお辞儀をする三藤さんに、お辞儀を返して社務所を出た。




 ミヤチは……雫奈と台所か。

 ユカリは鈴音と一緒にいるようだ。


「よう、ユカリ。待たせたな。雫奈とは話せたか?」

「はい。何だか、すごく心配されました。身体の調子はとか、しっかり眠れているかとか」

「まあ、そうだろうな。今日はまあ、鈴音セラピーで癒されてくれ」

「なんですかそれ。ふふっ……」


 今日、会ってから、ずっと表情が硬かったが、やっと笑顔を見せてくれた。

 これも鈴音セラピーの効果だろうか。


 この部屋にも座布団がある。

 勝手に使って座らせてもらう。


 鈴音はユカリのひざの上に、身体を預けている。

 さすがに小型犬と言えど、ユカリのひざには乗れないようだ。

 それでも気持ちよさそうに、笑顔で横たわっている。


 それはいいんだが、やっぱりユカリと二人だと、会話が難しい。

 この前の事は、蒸し返さないほうがいいだろうし、となると……。


「そういやユカリは、ミヤチと結婚するんだってな。おめで……」


 次の瞬間、頭に衝撃が走った。……と同時に、またしても何か白いものが宙を舞う。


「だ、だから、お前……なに言ってんだよ!」


 なんだか、この衝撃も懐かしい気がする。


 振り向けばミヤチが、何やら白い物体……いや、折れた大根を持って、真っ赤になってニラんでいた。

 今回はちゃんとミヤチの気配を感じ取っていた。分かってて言ったのだ。

 まさかまた、大根を持っているとは思わなかったが……


「少なからぬ縁があるからな。二人が幸せになるなら、俺たちも嬉しいし。まあ、実際に結婚できるのは、まだまだ先だが、今から予約を入れておくのも悪くないだろ? 神前式になるが、その分二次会は派手なドレスにすれば……」

「いや、もう分かったから、ちょっと待てって、兄ちゃん」

「今から予約するのもいいですね」

「ほら、お嫁さんのほうは乗り気だぞ」


 何だかミヤチの様子がおかしい。

 さすがに、からかい過ぎたか。


 丁寧に大根の欠片を拾うユカリの横で、鈴音も大きな欠片を、口に加えて渡してくれた。

 ありがたく受け取って、頭を撫でてやる。

 嬉しそうに、ワンと鳴いた。

 演技……だと思うが、どう見ても完璧な犬だ。


 どういうわけか、ミヤチは鈴音を見つめながら、俺を盾にしている。

 そういえば、鈴音が鳴いた時、俺の肩に乗った手がビクッとなっていた。


「よし鈴音、次はミヤチに渡してやってくれ」

「ちょっ、兄ちゃん。それは……」

「何だミヤチ、犬が怖いのか? 鈴音は大丈夫だぞ。大人しいし、賢いし、絶対に他人を攻撃したりしないからな」


 別の欠片を拾ってきた鈴音が近付くと、ミヤチはおっかなびっくり、腰が引けた状態で、恐る恐る手を延ばす。

 手の上に大根の欠片が乗せられると、それを握って素早く手を引いた。


「ほら、全然怖くないだろ。大根拾いを手伝ってくれたんだ、ちゃんと頭を撫でてやれ」

「……うん」


 ミヤチは返事こそしたものの、なかなか手を延ばさない。なので仕方なく、俺が鈴音を抱き上げて、手本を見せるように優しく頭を撫でてやる。


「まあ、無理せず、最初は背中でもいいぞ」


 それで気が楽になったのか、なんとかひと撫でする。

 一度触ってしまえば、何の事は無い。少し時間はかかったが、ミヤチも普通に撫でられるようになった。

 もう、このもふもふの虜になるのも、時間の問題だろう。


 背後から雫奈の気配が近づいて来る。

 足音は控えめだ。


「ダイくん。もしかして、大根の場所、分かりにくかった?」


 焦るミヤチの表情を楽しみ、皆で雫奈に、砕けた大根を差し出した。


「からかって悪かったな、ミヤチ。でもこれで、この前の件は手打ちだ。だからミヤチもユカリも気に病む必要はないぞ。俺たちに対しても、世間に対しても、だ。反省は必要だが、後悔するのは時間が勿体ない。だから笑顔で、楽しくなる未来を考えろ」

「……うん、分かった。兄ちゃん」


 よし、じゃあこれでこの話は終わりだ。……と思ったら、突然ユカリが立ち上がって、深々と頭を下げて来た。


「この前は、皆さんに大変な迷惑を掛けました。ごめんなさい。こうしてダイくんと普通に話せるようになったのも、みなさんのお陰です。本当にありがとうございました」


 これは俺の勝手な印象だが、ユカリは常に本心を隠し、どこか演技をしているような所があった。ある意味、小学生離れしたメンタルの持ち主だと思っていた。

 そのユカリが、年相応の姿を見せて泣いている。

 これはヤバイ。俺の手に余る状況だ。

 雫奈に助けを求めようとしたが、それより早く鈴音が動いた。

 しゃがみ込んだユカリに近付くと、そっと体を寄せて、クゥーンと優しく問いかける。

 その効果は絶大だったようで、ユカリは鈴音を抱きしめて号泣する。

 たぶん、今までいろいろと心に溜め込んできたのだろう。この機会に、全部洗い流すのもいいだろう。


 ミヤチがおろおろしているが、それは仕方がない。俺も同じ心境だ。

 こういう時は、気の済むまで、思いっきり泣いたほうがいい。

 ミヤチの手を引き、とにかく落ち着けと座らせ、二人ユカリに背を向けて、裏庭を眺める。

 たぶん、それがマナーってもんだろう。

 雫奈は台所へと向かった。砕けた大根を置きに行ったのだろう。すぐに戻ってきて、ユカリにタオルを渡している。


 そろそろいいだろうか。

 雫奈を見ると、小さくうなずいてきた。


 振り向き、座り直してユカリを見る。

 まだ完全とは言えないが、涙の形跡は消えている。はにかんだ笑顔は、いつもより輝いているようだ。


「ユカリ、ちょっとはスッキリしたか?」

「はい、ありがとうございます。ダイくんも、驚かせてごめんね」


 心配そうに見ているミヤチの背中を押してやる。

 戸惑いながらもユカリの世話をするミヤチに、心の中で無責任なエールを送る。あれだけ怖がってた犬にも触れたんだ。お前ならできるはずだ。


「また、いつでも来て、鈴音と遊んでやってくれ。困ったことがあったら、相談ぐらいは乗ってやる。絶対に解決してやる、なんてことは言わんがな」


 笑顔でそう言い残し、立ち上がって雫奈に告げる。


「俺は、ちょっと皆に挨拶をしてから、向こうへ戻る。ところであの大根、何に使うつもりだ?」

「あっ、あれね。小さく切って、砂糖きな粉をまぶしてデザートにしようかと。この前、ネットで見つけてやってみようかなって」

「そうか……、なかなか斬新だな」


 軽く手を上げて別れを告げ、挨拶も済ませて神社を出る。

 もちろん、お辞儀は忘れない。




 後日、俺は雫石を作る道具を一式持って、神社で講習会っぽいことをした。

 神社で雫石が作れるようになれば、この役目から解放される……と、思ったのだが、そう上手くはいかなかった。


 どういうわけか、俺と全く同じ作り方をしているのに、三藤さんと時末さんが作ると、お守りの効果が残らない。それは、神木粉を増やしても同じだった。

 ならばと雫奈が作ると、お守りどころか、魔を浄化するヤバイ石になった。

 優佳の場合は、闇を吸収する石だ。どうやら、ケガレや呪いを吸収するらしい。

 鈴音は一番マシだったが、人格が変わるほどの精神安定剤では、お守りにするには不適格だ。

 この神社という場所が何か作用しているのかと疑い、俺も作ってみたのだが、何故だがちゃんとお守りになった。

 時短の為に、ドライヤーを使ったのに……だ。


 なので結局、今後も引き続き、俺が雫石の製作を担当することになった。

 シリコンの型も、特殊な装置も、神社で用意してくれるそうだ。

 いやまあ、ありがたいが、その分、俺が忙しくなる。

 それに、そんな費用が出せるのかと心配したら、三藤さんがヒーターも専用ライトも、それほど高くないから大丈夫と、自信ありげに答えてくれた。


 結局、俺の目論見は大いに外れ、道具一式と失敗作を抱えて、アパートに戻ることになった。


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