表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今日も土地神は暴走中です。  作者: かみきほりと
本編
22/31

20 幻滅しましたか?

 適当に昼食を済ませ、ひとり部屋で作業していた俺は、ひと息つこうと席を立ち、身体をほぐす。

 こうして何かの作品を作るのは楽しい、細かいものほど没頭できる。

 だがやはり、疲れる。


 いつの間にか、優佳が部屋の中にいた。

 長い髪を後ろで縛っただけの、ラフな部屋着姿だ。

 なるほど、今日は土曜日だった。

 今まで気配を消していたのか、今来たばかりなのは分からないが、ちゃんと声をかける前に気配を感じさせてくれるので、驚かされることはない。


「何を作ってるのですか? 兄さま」

「特殊な粘土で、ちょっとしたお守りをな」

「これは……この前、美晴さんが見せてくれたワンちゃんですね。これほど小さく作るなんて、すごいです。兄さま」

「でも、なんかいまいち、様にならないというか、ちょっと違うんだよな。優佳から見て、ちゃんとできているように見えるか?」

「う~ん、お守りの効果は高いと思います。造形でしたら、もう少し目に優しさがあればいいかと。あとは尻尾が少し違っているような気がしますね」

「尻尾か。たしかにな……」

「たぶん……ですが、ふさふさ感が足りないようですね。それと、少し長すぎるのではないのでしょうか」


 優佳はパソコンを操作して、別の画像を表示させる。

 とても分かりやすい角度で写っていて、たしかに優佳の指摘通りだった。


「助かった。すぐに終わらせるから、ちょっと待っててくれ」

「はい。では、お菓子でも作って待ってますね。兄さま」

「いいのか? 何か用事があったんだろ?」

「いえいえ、何をしているのかと、気になっただけですから」


 まあ、そう言ってくれるなら……と、修正を始める。

 とはいえ、ものの数分で完成した。

 お菓子を作っているのなら、まだ時間がかかるだろう。

 ついでに、他にもいろいろと作ってみる。


 部屋がいい匂いで満たされてきた。

 まだ材料は残ってるが、使い切れる量ではない。なので、お守り作りはここまでにして、片付けることにする。

 

 気になって見てみると、優佳はキツネエプロン姿で、なんだかよく分からない機械を使って、何かを作っていた。

 ホットケーキのような甘い香りに、バニラと砂糖の匂いだろうか。イチゴの匂いも混ざっている気がする。


 洗面台でしっかりと手を洗い、戻ってくると、すっかりおやつの用意が整っていた。

 巫女姿の雫奈も、飲み物の準備をしている。


「ほう、こんなのが作れるのか?」

「はい。姉さまがワッフルメーカーを頂いてきたので、一度使ってみたいと思ってたんです。こちらがイチゴジャム入りで、あとはプレーンです。チョコソース、はちみつ、生クリーム、粉砂糖がありますので、お好きな味でどうぞ」

「おやつというより食事だな。昼は軽めだったから、ありがたいが……。こんな機械をくれるって、気前がいいな。決して安いもんでもないだろ?」

「ああ、それね。その人、八種類のキャラクターの形で、一度に焼けるのを買ったんだって。もう一つ予備もあるから、よかったらどうぞって」

「いや、それでも、普通はくれないだろ」

「栄太が知らないだけで、私、結構人望があるのよ。静熊神社の宮司だからね」

「ああ、そうだったな」


 雫奈が、エッヘンと胸を張る。

 実際のところ、雫奈の人気……というか、知名度は確かに上がっているようだ。

 最初は、地蔵や祠に手を合わせて歩く、ちょっと変わった子、だったのが、今では気軽に声を掛けられるようになっている。それも笑顔で会話している。

 神社への参拝者……というか、立ち寄る人も出てきており、収入もそこそこあるようだ。とはいえ、三藤さんと時末さんの給料が出せるかは、かなり怪しいが。


 なので一応、会社のほうに一つの企画案を提出しておいた。

 本当は俺だけで進められれば良かったのだが、さすがに無理だと早々に諦めた。

 ならば、会社も巻き込んで、大きなプロジェクトにしてしまえ……と思ったのだが、たぶん却下される可能性が高いと思う。

 まあ、ダメ元の計画なので、それもまた仕方がない。


「どうぞ、召し上がれ。兄さま」

「おう、頂きます」


 ちゃんと手を合わせる。

 ひとりだったら決してやらないが、二人の前だと自然とそうなる。

 さっきまで、全く空腹を感じてなかったのに、食べ物を目の前に置かれた瞬間、お腹が騒ぎ出す。さすがに少し恥ずかしい。

 プレーンに何もつけずに、とりあえずひと口。


「美味い。甘さ控えめで、いくらでも食べられそうだ」

「喜んで頂けて嬉しいです。甘さが控えめなのは、トッピングを楽しむ為ですよ。兄さま」


 …………。


 かなりしっかりと頂いてしまった。

 イチゴ味の生クリーム乗せもだが、粉砂糖を振っただけでも美味しかった。

 これは、少し運動でもしないと、いろいろヤバそうだ。……カロリー的に。


「それでは兄さま、私とデートをしましょう」

「そうだな。たまには優佳にも何かご褒美をやらないとな」


 優佳が驚いたような、不思議そうな顔でこちらを見る。


「ん? どうした?」

「いえ、もっと驚いたり、嫌がったりするかなって思ったので。でしたら、すぐに準備しますね。兄さま」


 なんだかすごく嬉しそうに、隣の部屋に戻って行った。


「いや、片付けがあるから、急がなくていいぞ」

「片付けなら私がやっておくから、栄太は優佳に付き合ってあげて」

「いや、でも……」


 雫奈は意味ありげに笑顔でうなずく。


「あーなんだ、つまり、ケガレが関係してるってことか」

「ケガレなら私も気付くと思うんだけど、どうだろ。優佳のことだから、何か意味がありそうだけど……。でも案外、たまには栄太と二人でお出かけしたいってだけかもね。だから、しっかり二人で楽しんできてね」

「まあ、普段の優佳を知る、いい機会だしな。雫奈も神社でやることがあるんだろ? 帰ったら俺が片付けるから、放っておいていいぞ」

「はいはい。優佳が待ってるから、栄太も早く行ってあげて」


 追い出されるように、家を出た。




 隣では、優佳が上機嫌で歩いている。

 今日の服装は、外出用のドレスっぽいワンピース、白いソックスに赤い靴といった、幼さと可愛さを前面に出したような姿だ。髪もしっかりとまとめ上げ、リボンで飾られている。

 まあこれなら、兄妹にしか見えないだろう。

 そう思ったのだが……


「おや兄さん、今日は優佳ちゃんとデートかい?」


 最初に掛けられた言葉がコレだ。先が思いやられる。

 ちょっと用事で……などと誤魔化して先へ進むが、その後も何度か同じような会話が続いた。

 嫌な気はしないが、ちょっと面倒だ。


 二人はまあ、いろいろと目立つだろう。それは分かる。

 でも、この前も思ったが、いつのまにか俺までセットにされているようだ。


「あら、優佳ちゃん。今日はお兄ちゃんとお出かけかい?」

「はい、そうなんです。今日は兄さまとデートなんですよ」

「そりゃ良かったねぇ。しっかり楽しんでくるんだよ」

「はい、ありがとうございます」


 なんという、流れるような会話だろうか。

 相手も優佳の冗談を、見事に受け流している。

 まるで、いつものことのように。


「まさかだが、いつもこんな会話をしてるのか?」

「こんな……の意味が分からないですけど、町の皆さんは、私たち三人の事を、静熊神社の仲良しさんって呼んでますよ。兄さま」

「それって、俺が神社の関係者ってことも?」

「もちろん、皆さん、知ってますよ」


 なんてこった……

 いや別に、雫奈や優佳と仲良くしてるって思われるのは構わない。

 だが、神社関係者だと知られていたら、外を歩いていても気が抜けない。

 俺の悪評は、即ち、静熊神社の悪評になる。

 それなのに、今、向かっている先は、おそらく繁華街。人目に付きまくる場所だ。


「なあ、出来れば今日の目的を教えてくれないか?」

「最初に言った通り、今日はデートですよ。兄さま」

「デートにしても、いろいろあるだろ?」

「そうですね……、まずはショッピングですね。お店を見て回りましょう」


 普段から来ているのか、ここでも優佳は、よく声をかけられている。

 そして、俺も……


「よう、あんちゃん。今日は優佳ちゃんとデートかい?」

「まあ、そんなところです」

「くぅ、羨ましいねぇ。優佳ちゃん、本当にいい子だよな。息子が居たら是非嫁に欲しいぐらいだ。しっかり守ってやんなよ、あんちゃん」


 見知らぬオジサンにまで、話しかけられた。

 わざわざ「今日は」と言ったのは、いつもは雫奈と歩いているのを知っているからだろう。

 本当に三人組として、かなり浸透しているようだ。

 

 横を歩いていた優佳が、突然、俺にピタリとくっついてささやく。


「気を付けて下さい、兄さま。何かイヤな感じがします」


 その直後、前方で騒ぎが起きたようで、その方向から男が走ってきた。

 手には女性もののバッグを持っている。

 今どき、こんなことをする奴がいるのかと呆れる。


 こういう時のお約束。俺は偶然を装って、男にぶつかりに行く。

 当然、まともにぶつかれば、俺が吹っ飛ばされるだけだろう。

 だから、ぶつかる寸前に避けて、足を引っかけてやる。


「……っくぅ」


 目論見通り、男は転んだが、目測を誤った俺も、吹っ飛ばされて地面を転がる。

 ならばと、地面に座ったまま、視界を切り替えて、男の魂を観察する。

 やはりケガレが発生している。


 ……恐れ、焦り、苛立ち、怒り、なんで、許せない、俺が、金が欲しい!


 いやまあ、これなら観察するまでもなかった。

 それに、今は雫奈がいない。

 原因を突き止めたところで、浄化できなければ意味がない。


「少し潜ってもらってもいいですか? 兄さま」


 優佳の声に従うと、ユカヤが現れた。

 今日は、なぜか悪魔スタイルだ。

 いやまあ、優佳のことだから何か理由があるのだろう。


 現実世界では、転倒した男が別の男に取り押さえられている。

 そのせいなのか、魂の合計値が徐々に上がっていく。

 これがケガレが広がるってことなのだろう。


──まるで、ストレスをため込んでるみたいだな……


「私の事が知りたいのですよね、兄さま。これから、私の視界へご案内しますね」

「えっ? あっ……わかった」


 知りたいと優佳に言った覚えは無いが、雫奈との会話を聞いていたのだろう。

 それに見せてくれるというのなら、見ておくのも悪くない。

 さすがに、この前のような地獄絵図ってことはないだろう。


 視界が切り替わったのを感じて、調整する。


 なんだか、地下の牢獄のようだ。

 鉄格子の向こう側で、手足に枷をはめられた男が、宙吊りにされている。

 半裸というか、下半身にボロ布を巻いているだけの状態で目隠しされている。

 そのせいで顔がよく分からないが、恐らく俺とぶつかった男だろう。

 どうやら耳栓もされているようだ。


 男の動きで、何かを喚いているのだろうということは分かる。

 だが、例によって音や声が聞こえない。

 聞こえるとしたらユカヤの声だけだろう。


 ユカヤの姿は、悪魔姿のままだった。

 虚空から鎖を伸ばして、男の肌をまさぐっている。

 その度に、男の身体が、ビクリと跳ねる。

 見るに堪えない光景だが、優佳の事を知りたいと思ったのは俺だ、だから最後まで見る責任がある。……と思う。

 わざわざ優佳が俺に見せるのだから、何か意味があるのだろう。


 男の様子が何か変だ。

 あまり気が進まなかったが、男の様子を観察する。


 ……快楽、喜び、愉悦、期待、もっと、もっとだ!


 いや、やっぱり見るんじゃなかった。予想通り過ぎて、ガッカリだ。

 男から、耳栓と目隠しが消えた。

 鎖の先が、男の皮膚を傷つけ、血液……ではない、何か黒いものを滴らせる。

 これがケガレだろうか。


 ……あれ?

 ユカヤが何か言っているようだが、聞こえない。

 それを聞いた男は、なんだか興奮しているようだ。


 ユカヤが大きく手を振る。

 それに呼応したかのように、鎖が鞭のようにしなり、男の身体を打つ。

 新たに出来た傷口から、黒いものが飛び散る。


「ここまでにしておきますね。兄さま」


 耳元でユカヤの声が聞こえたと思ったら、自分の視界に戻っていた。




 何だったんだろうか。

 悪夢でも見たような気分だ。

 この前とは違う意味で地獄絵図だった。


「幻滅しましたか? あれが悪魔である私の本性。あの人の魂に快楽を与え、服従させることで、ケガレを吐き出させて浄化するのです。兄さま」

「いやまあ、かなり驚いたが、それであの男の魂を浄化されるんだろ? 俺は遠慮したいが、あの男が喜んでるなら別にいいと思うが」

「これによって地獄行きにならないのなら……とお考えでしたら大間違いです。悪魔にとって、この行為はただの食事であって、決して救済ではないのですよ」

「そういや豊矛様も、そんな事を言ってたな。悪魔にとって闇はご馳走とか何とか」

「はい。深き闇ほど、強い力を秘めています。さっき見たあの男から滴っていたのが闇──負の感情です。悪魔はそれを取り込むことで力を得ます。魔を喰らう、という行為です。その際、少なからず魂を傷つけます。悪魔によってはワザと傷つけるようなことをします」

「魂が傷つくと、どうなるんだ?」

「魂が傷つくとは、精神の欠損を意味します。精神が壊れるほど意志が希薄になり、その結果、契約が結びやすくなります。契約を結んだ魂には、使い道はいろいろありますが、その多くは壊れるまで魔を提供し続ける道具にされます」


「雫奈が聞いたら激怒しそうだな。いや、知らないワケがないよな」

「そうですね。でも知っているのと実際に見るのとでは、全く違うと思いますよ。あの光景を見せたら、姉さまと大喧嘩になりますね。きっと」


 女神と悪魔の大喧嘩。ちょっと興味はあるが、ロクな結果にならんよな。

 できれば、いつまでも仲良くしてもらいたい。


「で、結局。これを俺に見せた意味を知りたいんだが。ただ俺が、優佳のことを知りたがってたからって訳でもないんだろ?」

「兄さまが私の事を信頼して下さるのは嬉しいのですけど、そのせいで、悪魔に対する警戒心が薄れているのではと、そう感じたものですから。

 神の方針に逆らい、不本意ながら悪魔と呼ばれているモノも多くいます。ですが、本当に危険な悪魔も存在します。無害で善良なフリをして、近づいたところをガブリ、なんてことは当たり前ですので、気を付けて下さいね。兄さま」

「ああ、分かった。言葉で伝えてもインパクトが薄いから、実際に見せてみたってことだな。ちなみに、あの男はどうなるんだ?」

「それなら心配ないですよ。ちゃんと傷つける場所を選んでますから。少しは変な性癖に目覚めるかも知れませんけど、意志が希薄になったりしませんよ。兄さま」


 俺のことを心配して警告してくれたんだろうが、ここまでする必要があったのかは疑問だ。そりゃ、かなりインパクトがあったし、おぞましかったけど、それでどう警戒すればいいのか分からない。

 ついでに、自分の本性を俺に知って欲しかったのか?

 いつもながら、優佳の考えは分かりづらい。


 ……って、何だ?

 何だか俺の周りに人が集まってる気がするんだが……


「なんか心配されてるみたいだから、向こうに戻るぞ」


 ユカヤがうなずくのを確認して、意識を浮上させ、切り替える。


「おっ、子供が目覚めたぞ」

「坊主、大丈夫か? どこか痛くないか」


 心配そう……ではなく、思いっきり心配されていたようだ。

 しかも、子ども扱いされてるし。


「スマン、心配かけた。俺なら平気だ」


 立ち上がろうとしてフラつく。……と同時に、たくさんの手が俺を支える。


「無理すんな。頭を打ってたら大変だ。救急車来るまで、大人しくしてなって」


 いやいや、本当に大丈夫なんだが!

 ちょっと精神世界へ行ってただけなんだが!

 なんて事を言えるわけがない。


 仕方がない、ここは子供っぽく演技をして切り抜けるか……


「いや、ほら、この通り平気だから。皆さん心配してくれてありがとうございます。ちょっと急いでるから、このまま行かせてもらうね。救急車の人には、ごめんなさいって謝っといて」


 そう言い残して走り出す。


 いつの間にか優佳が楽しそうに横を走っていた。

 その弾けるような笑顔は、あの悪魔と同じとは思えないほど、無邪気だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ