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今日も土地神は暴走中です。  作者: かみきほりと
本編
21/31

19 お守り代わりにはなるじゃろ。

 俺は必死にもがいていた。

 今、動かなきゃダメなことは分かっている。なのに、身体が動かない。

 どれほど必死に力を込めようとも、ビクともしない。


 フッと身体を軽くなった。

 いや、相変わらず重いが、動けるようになった。


「……えっ?!」


 目の前に雫奈の顔があった。

 しかも至近距離だ。


「ヒドイですよ。兄さま……」


 声のする方を見ると、優佳が床にひっくり返っている。


 ここは……自分の部屋。ベッドの上。

 雫奈は俺の上に乗っていて……


「これは……どういうことだ?」


 全く状況が分からない。

 何か悪夢を見ていた気がするが、思い出せない。


「なんか栄太が、寝ながら暴れてたから。あぶないし、怪我をしたら大変だから、抑えつけてたんだけど……」

「俺が暴れたせいで、優佳が落ちた……と」

「はい、その通りです。兄さま」


 二人はお揃いのラフな部屋着になっていた。

 その姿で、雫奈はキョトンとしたまま、今も俺の上に乗っている。


「重……くはないが、動けないんだが、そろそろどいてもらえるか」

「栄太の状態を確認してるんだから、早く横になって。あんなに無茶なことをしたんだから、しっかり癒さないとね」


 上半身を起こそうとした俺を、雫奈が抑えつける。


「そうですよ、兄さま。今は姉さまで癒されてください☆」


 たぶんワザとだろうが、その言い方は誤解が生まれるぞ。


「……優佳、正しくは、雫奈の治療を受けろ……だ。でも、雫奈も治療が出来るんだな」

「あのね、私これでも女神なんだけど。得手不得手はあるけど、魂の状態を調べたり、癒したりは普通にできるから」

「お、おう。ちゃんと女神だって分かってるぞ。管理者の普通ってのは、よく分からんが、そういうもんなんだな」

「栄太も病院の先生じゃないのに、怪我や病気をしている人は何となく分かったりしない? ヒザを擦りむいてたら、よく洗って汚れを落として、絆創膏を貼るみたいな知識もあるでしょ? それと同じよ」


 それと同じレベル……なのか?


「ずっと優佳が治療してくれてたのは、たまたまだったんだな。スマンかった」

「そうですね。私がしていたのは黒の制御ですから。もちろん、私もその気になれば普通の治療もできますよ。兄さま」

「まあ、その時は頼む。………!?」


 ちょっと待て、この気配は……


「おい、二人とも、今すぐ自分の部屋に戻れ」

「ダメですよ兄さま。ちゃんと姉さまの治療を受けないと」

「そうよ、栄太。大人しくしてなさい」


 いや、だから、ヤバイって……

 勝手にこの部屋のカギを開け、入ってくる奴はひとりしかいない。


「兄さん、元気か~。もらい(もん)のお裾分けに来たで。って、ちょっと何やこれ。えーっと、こりゃ急いで父さんに連絡せんと……」

「美晴ちゃん、こんにちは。ごめんね、こんな格好で」


 そう思うなら降りて欲しいが、雫奈は動く気はないようだ。


「少し待って下さいね、美晴さん。今、姉さまが兄さまの治療をしてますので」

「えっ? 治療? 兄さん、どっか悪いんか?」

「そうですね。ちょっと無理をし過ぎたみたいだから、身体を解しているのですよ。美晴さん」

「そうなんか……。ごめんな、茶化して」


 いやまあ、なんだ。あんな優佳の説明でよく納得したなと思う。

 俺たちを信用してるって事ならいいが、美晴の将来が心配になる。


「わん、わん……、わふわふ~、わん、わんわん……」


 突然、犬の鳴き声が部屋に響く。


「あっ、ごめん、兄さん。アタシの電話や。ちょっと失礼するな」


 ケータイを取り出した美晴は、わざわざ玄関のほうへ行ったが、この狭い場所じゃ、筒抜けだ。


「どうしたん、父さん。……うん、そう。兄さんとこ。あ~、別に(なん)も変っとらんよ。せやな、運動のし過ぎで身体へばっとるみたいやけど……。うん、まあ、せやな。そうそう、せやから(なん)も心配せんで平気(へーき)やって。うん、すぐ帰る……、あー食パンと牛乳な。うん、わかった。ほな……」


 声がデカ……よく通るから、全部聞こえてしまった。

 叔父さんも、かなりの心配性だ。


「兄さん、ごめんな。コレ持ってきたんやけど、兄さんやと、すぐダメにしそうやから、雫奈姉さんに預けとくわ。三人でどうぞ。はい、これ」


 床に置いてあったビニール袋を持ち上げて、優佳に渡す。


「ありがとうございます。美晴さん。キャベツ、アスパラ、豆、イチゴ。いろいろ入ってますね」

「キャベツって、重かったろ……」

「あー、()うても、小玉の半分やからな」


 小玉の基準が分からんが、それでもそこそこ重いと思う。


「……これは何ですか?」

「あっ、それ? ビワやな。中にごっつい種、入ってるんやけど、(あも)うて、めっちゃ美味(うま)いから、優佳ちゃんも食べたって」


「休みの日に、わざわざスマンな、美晴」

「いや、ホンマ気にせんとって。ちょっと、顔、見たかったんもあるし」


「美晴さん、さっきのワンちゃん、可愛い鳴き声ですね」

「せやろ。(うち)じゃ飼えんから、せめて気分だけでもぉ思てなぁ。めっちゃ可愛いねん。シェットランド・シープドッグって言うんやけど。どっか気品があるっちゅうか、賢そうっちゅうか。ほら、これ、動画」


 雫奈さん、そろそろ降りてもらいたいんだが……と思いつつ、美晴が優佳に見せている画面を、遠くから見つめる。

 うん、やっぱり動物の動画は癒される。


「カラーリングも綺麗だな。白とこげ茶ときつね色か。もっふもふで触り心地もよさそうだ」

「せやろ? 一緒に昼寝とかしたら、サイッコーやろな」


 ペットを飼うのは大変だ。

 一度始めたら、途中で放り出すわけにもいかない。

 金魚だけでも大変だったのに、それが犬や猫となったら、もっと目が離せないだろう。家族の一員とか言う人は、比喩ではなく本気でそう思っているに違いない。


──さすがに、境内で飼うわけにも、イカンよな……


 動画は五分ほどで終わった。


「他にもあるんやけど、ちょっと帰りに寄らなあかんから、もう行くわ」

「ああ、送ろうか?」

「あー構へん構へん。兄さんは、しっかり身体を直してもらっとき」

「じゃあ、私が途中まで送ってきますね。姉さま」


 頂き物を持って、優佳は隣の部屋に行く。

 向こうの玄関から出るのだろう。


「うん、二人とも気を付けて」


 美晴は律儀にもカギを掛けて行った。

 



 さあ参った。

 本当は優佳も交えて、話を聞きたかったのだが。

 でもまあ、仕方がない。


「雫奈、あの後、二人はどうなった?」


 もちろん、ミヤチとユカリの事だ。

 俺は、途中でリタイアして、さっき目覚めた所だ。全く結末が分からない。

 美晴の訪問で間が空いたが、お陰で昨日のことを思い出せたし、頭の中の整理もできた。二人が普段通りってことは、無事に解決したんだろう。……たぶん。

 

「ダイくんもユカリちゃんも無事よ。なんか、二人結婚するって」

「へぇ、そうか。無事だったか。それは良かっ………えっ? 結婚?!」

「私もよく分からないけど、ダイくんがユカリちゃんに熱烈なプロポーズをして、誓いのキスをしたら、ユカリちゃんが正気に戻ったって感じかな」


 なんだそれは……うそだろ?

 いや、たぶん、ミヤチが死ぬ気で頑張ったんだろう。

 よくやった、ミヤチ。……と褒めたいところだが。


「そんなことで解決するなら、サッサとやっとけって話だよな。俺の苦労は何だったんだ?」

「でも優佳は、こんなことはあり得ないって、絶対に何かあるって言ってた。もしかしたら悪魔が絡んでるかも、なんてことも言ってたかな」

「いやもう、ホント勘弁してくれ。俺は平和に生きたいんだが。ちなみに、そいつが、これからも悪さをしてくる……なんてことは、ないだろうな」

「どうだろ。でも、不思議なのよね。魔族がこの町で活動したら、すぐに分かるはずなんだけど。今も五柱ほど居るけど、悪魔っぽいのは居ないのよね」


 また何か、ややこしいことになってんのか?


「それで、二人はどうしたんだ?」

「ちょっとダイくんが怪我をしちゃったから、病院に行ったよ。家の人も行ってるはず。ユカリちゃんは、優佳が送って、そのまま家に帰ってもらったわ」

「怪我? ……大丈夫なのか?」

「ユカリちゃんが噛んだんだけど、無意識に手加減してたのかな。ちょっと血が出たけど、そんなに酷くはなかったよ」


 ならばまあ、安心だが、医者には何て説明をするんだろうか。


「それって、雫奈は治せないのか?」

「傷薬とか、身体の新陳代謝を促進してとか、方法はいくつかあるけど、今すぐ傷を無かったようにするとかは無理かな。だから、栄太も気を付けてね」

「ああ、肝に銘じておくよ。……そういえば、ユカリも結構派手に暴れてたけど、怪我は無かったのか?」

「あっ、それは大丈夫。優佳がちゃんと手加減をしてたみたい。ちゃんと調べたけど、綺麗なままだったよ」

「そうか。それは良かった」


 無事に解決して良かったが……


──こりゃ、やっぱり話を聞きに行くしかねぇな……


 そうは思うが、今日はもう遅い。

 俺にも仕事がある。

 落ち着いて話すなら、明日の朝のほうがいいだろう。


 安心したら、お腹が騒ぎ始めた。

 そりゃそうだ。もう十七時近い。完全に昼を食べそびれた。


「ところで雫奈さんや、まだ終わらんのかね」

「たぶん、これで最後……かな。終わったら夕食を作ってあげるから、もうちょっと大人しくしててね」


 それならば仕方がない。大人しく待つとしよう。

 完全に餌付けされてしまったが、もう気にしても仕方がない。


 治療なら、ナース服ってのも、いいかも知れんな……

 そんなことを思いながら、ゆっくり目を閉じた。




 目覚めたら二十時を過ぎていた。

 どうやら治療は終わったようで、雫奈は上に乗っていない。

 優佳も帰ってきていた。


「お目覚めですね、兄さま。それでは、夕食にしましょう」


 空腹な上に、あの状態で、よく寝れたものだ。自分に呆れる。

 ゆっくりと身体を起こしてベッドの縁に座る。

 特に調子がいいわけでもないが、普通どおりに動けている。

 まあ、そもそも何を治療されたのか分からないが、これで大丈夫なのだろう。


「まさか、あれから寝てしまうとはな。おっ、お好み焼きか、久々だな」


 なぜかホットプレートが持ち込まれていたが、そんなことは今さらだ。

 三枚を同時に焼けるほど大きい。

 誰が上手くひっくり返せるか勝負、なんてことをやってみたが、結果は俺の惨敗。見事に分解した。

 まあ、少し生地を足して無理やり固めたら、それなりに形にはなる。なので、仕上がりは及第点だろう。

 ホットプレートの電源は切ったが、まだ熱い。滴ったソースが沸騰して焦げる香りが、とても食欲をそそる。


 ひっくり返す、以外のことは雫奈がやってくれたので、とても美味しかった。

 部屋の中でこんなことをすれば、匂いが籠って大変なのだが、これも精霊に頼んだのだろう、食べ終わって片付けたら完全にもと通り。匂いや油の痕跡は一切残っていなかった。

 これなら焼肉をしても平気かも知れない。

 炭火でバーベキューでも平気そうだが、さすがにそれは非常識だろう。


 ともかく、シャワーを浴びてサッパリしてから、仕事を片付ける。

 なんだか今日は調子が良く、それほど苦労はしなかったが、日付が変わって午前三時までかかってしまった。変にこだわり過ぎたせいだ。

 せっかくなので、ギリギリ偽装システムをセットする。


 仕上げた後は、散歩に行きたくなるが……

 夜中の散歩と言えばロマンチックに聞こえるが、普通に危険だし、不審人物と思われる危険もある。

 まあ、気配を探る訓練にはなるだろうが……いや、やめたほうがいいだろう。

 それよりも、精神世界で普通に動けるようになっておきだい。


 ベッドに横たわり、視界を切り替えて潜る。


 霊力は九十六パーセント。思ったより減っていない。

 まずは手足を動かしてみる。

 普通に動くし、指の動きも問題ない。


 ベッドの縁に移動しようとする。

 ……やはり、この感じだ。

 現実世界なら、足で踏んばり腕で支えれば、身体をズラすことが簡単に出来る。

 だが、手足の踏ん張りがきかない。

 なんだか、雲の上でもがいているような感じだ。……まあ、実際に雲の上でもがいたことはないが。

 力がベッドに伝わらない。多分、床や壁など、全てのモノも同じだろう。


 これは困った。最初の一手目で躓いた感じだ。

 ならばと、いつものようにノロノロと動いてみる。

 これだと、浮かんで漂っているような感じだ。


 ベッドの端を思いっきり蹴ってみる。

 やはり、手ごたえが無い。

 足がベッドの中に埋まるような感じだ。


 精霊にお願いすればいいのだろうか。


──スマンがちょっと蹴らせてくれ……とか言ったら、普通は怒るだろうな。


 なんてことを考えてみると、精霊が現れてペコリとお辞儀をして消えた。

 その意味を計りかねていたが、とりあえずその辺りを触ってみる。


──おっ、これは……


 ちゃんと触っている感覚が伝わってきた。

 試しにそこに足を掛けて、軽く蹴りだしてみる。

 ちゃんと足場になっている。

 普通にジャンプができた。


 コツを掴めば簡単だった。

 こうなって欲しいと願えばよかったのだ。

 それを応用すれば、壁抜けや、ベッド抜けも自由自在。

 まるで幽霊にでもなったかのようだ。

 もちろん、窓から外に出ることもできるだろう。……まあ、今はやらないけど。


 床を走るだけでなく、壁や天井も歩けるし、走れる。

 天井からジャンプして床に着地する……なんてことも可能だ。

 こうなってくると、瞬間移動も試してみたくなるが、こんな狭い部屋じゃ失敗した時が怖い。

 それはやはり、雫奈か優佳が一緒の時がいいだろう。

 それに、そろそろ霊力が半分を切る。

 当たり前に徹夜している俺が言うのも何だが、朝から疲れているのも良くないだろう。何が起こるか分からないのだから、できるだけ温存しないと。


 とはいえ、ついでだから新しい事も試そう。

 いつもは意識を閉じて戻るが、今回は意識を閉じずに浮上させてみる。

 潜ることができるのなら、浮上することもできるだろう、という理論だ。

 意識を保ったまま、水面を眺める状態に戻れれば成功だ。


 思ったよりも、すんなり成功してしまった。

 全く負荷が無いし、異常に霊力が減ったり……なんてこともない。


 今度は水面を眺めた状態で、素早く視点を動かしてみる。


──おおっ、これはちょっと感動だ。


 あれだけ苦労していたのに、スイスイと視点が移動する。

 上昇も下降も旋回も、思いのままだ。

 ……だが、あまり多用するのはやめよう。なんだか、酔いそうだ。


 意識を切り替えて、現実世界に戻る。

 夢中になっていたせいか、時間の経過が早かった。

 考えてみれば、向こうでも窓の外が明るくなっていた気がする。

 

 ベッドに横たわったまま、少し目を閉じる。

 眠るわけではない。心を落ち着かせるための休憩だ。


 ……三十分ほど経っただろうか。

 くわっと目を見開いて、ベッドから降りる。

 まだ、ギリギリ偽装システムは動いていないが、心配はないだろう。


 いつものカバンとトートバッグは、ちゃんと乾いていた。

 部屋の入口に置いてあった小型の背嚢(デイパック)の中身を全部移す。

 ついでに、干してあった折りたたみ傘も、丁寧にたたんでカバンに入れる。

 これでいつも通りだ。

 朝の支度を済ませると、俺は部屋を出た。




 今日はコンビニには用がない。なので、そのまま秋月神社へと向かう。

 いつもの様に、丸太ベンチに寄りかかって風景を眺める。


「爺さん、来てくれたんだな」

「待たせてしもうたかの」


 小柄で優しそうな中に鋭さを感じさせる老人、豊矛様が現れた。

 

「どうせ爺さんのことだから、俺の言いたい事は分かってるんだろ?」

「心当たりはいろいろあれど、そのどれかまでは分からんな。じゃが、無事に問題を解決できたようで、何よりじゃ」


 未熟者があがく姿を見て楽しんでいるように思えて、少し不愉快だが……

 悪い神ではないのは分かっている。だから恨みはない。


「分かってんじゃねぇか。俺が無様に気絶した後、何があった? ……って聞いても答えてくれないよな」

「いやいや、そこまで意地悪はせんよ。あの娘に宿っておった闇の行き先じゃろ?」

「ああ、そうだ。優佳は悪魔が関わってるんじゃないかって心配してるんだが」

「ほう、悪魔か。確かにあの闇は、悪魔にとっては、そこそこ美味そうな馳走じゃろうな。だが、不正解じゃ。……いや、半分は当たっとるかの」

「ってことは、相手のことを知ってるんだな」

「ああ、よく知っとるよ。ワシが依頼を出したんじゃからの。放っておいたら、あの娘も闇に飲まれておったから、十畦(とうね)の鬼神に対処を任せておったのじゃ」

「キジンって……鬼の神ってことか? 聞くからに恐ろしそうなんだが」

「それは心配ない。元は優しすぎる神での、人々から苦悩や悪意を取り除き、己に科すことで鬼神になった奴じゃ。じゃから、悪魔と違い、闇を喰らわれても、あの娘の心が削られることはあるまいよ」

「いや、だったら先に教えてくれたら……」

「甘えるでないわ。奴に依頼したのは、お主たちが失敗した時の尻拭いじゃ。無事に解決できれば良し。じゃが、もしもの場合は……という奴じゃ。お陰で助かったじゃろ?」

「その時、俺は夢の中だったから、何とも言えんが、助けてくれたのなら感謝する。助かった。ありがとう」


 豊矛様の方を向き、姿勢を正して頭を下げる。


「なあ、爺さん。俺に何が足りなかった? いやまあ、足りなものだらけなんだが、爺さんから見て、俺に一番足りてないモノを教えて欲しい」

「栄太はよくやっとるよ。人の身でそれだけやれれば大したもんじゃ。だから褒美を与えたんじゃが、役に立ったじゃろ?」

「まさかと思ったが、やっぱりか……」

 

 カバンの中から一升瓶を取り出し、封を解いて枝を取り出す。


「あれ? なんか、かなり弱ってないか?」

「そうじゃの。ほとんどの力が残っておらんようじゃな。まあ、こいつも、栄太の役に立って本望じゃろ」

「いや、倒しきれなかったんだがな。でも、ありがとう、勇気をもらえたよ」

「まあ弱っておるが、お守り代わりにはなるじゃろ。どこかに飾ってやるといい」

「それなら爺さん、これを粉末にしても大丈夫か? お守りにして配れば、ちょっとは神社の収入になるだろ? さすがに罰当たりか?」

「別に粉末にしたからといって、罰なんぞ当たりゃせんぞ。そうじゃな、それもよかろう」

「それは助かる」


 豊矛様は、話は終わったとばかりに、背を向ける。


「わざわざ時間を作ってもらって悪かったな、爺さん」

「別に構わんよ。じゃあ、ワシはそろそろ行くかの。栄太よ、達者で暮らせよ」


 軽く右手を上げた豊矛様の後ろ姿が、景色に溶け込むように消えて行った。




 枝を再び一升瓶に入れ、厳重に封をしてカバンに入れる。

 今日も風が気持ちいい。


「結局、いろいろ助けてもらってたんだな……」


 中州に立つご神木を眺めながら、俺はしみじみと呟いた。


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