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今日も土地神は暴走中です。  作者: かみきほりと
序章
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名前って大事だよね。

 ここに住むって言われても、ここは単身者用のアパートだ。

 キッチンはそこそこ広く、トイレと風呂は別々だが、部屋はひとつしかない上に狭い。……っていうか、問題はそこじゃない。


「あっ、心配しなくてもいいよ。住むのは隣の部屋だから」


 なら、いいか……じゃなくて!

 それ以前に、いろいろと問題がありすぎる。


「その姿で外に出たらマズいだろ。大騒ぎになって、下手したら捕まるぞ」


 そりゃまあ、趣味で作ったものだから、絵柄に少々問題があった。

 いや、少々どころではない。………完全に萌えキャラなのだ。


「もうちょっと、実在の人物に近いっていうか、道を歩いても騒がれない程度に、見た目を変えられたりしないか?」

「そう言われても、どこかダメなのかさっぱり。参考になるものがあればいいんだけど……」


 無視されていたとはいえ、散々人に話しかけたと言っていたのに、この違いが分からないのは不思議だ。

 ならばとネットを検索し、これが実在の人物で、これがアニメ、これがゲームキャラ、そして、これがリアルっぽいけどゲームのキャラだと、出来得る限りのことを教える。

 アリスティアは飲み込みが早く、少し教えただけでパソコンを自在に使いこなした。それどころか、パソコンを介さずに情報収集する術まで身に付けたようだ。


 イメージができたのか、少し考えるように天井を見上げると、立ち上がって集中を始める。

 身体から光る粒子が舞い始めた。と思ったら、輪郭がぼやける。

 再び粒子が集まり始め……


「よっと、……こんな感じで、どうかな」


 なかなか微妙なラインを突いて来る。

 確かに現実に居そうではある。だがやはり、まだどこか人間離れしているような感じもする。


「んー、たぶん。整いすぎてるんだな」


 そりゃ、完璧に整った人間も世の中にはいるだろう。

 だが大抵、左右で目の形が微妙に違ったり、利き腕のほうが筋肉がついてたり、とにかくどこか微妙にバランスが崩れていたりするものだ。


「うーん……、じゃあ、こんな感じで」


 あまりやり過ぎると逆効果なだけに、なかなか難しそうだが……

 アリスティア自身も、どことなく気付いていたのだろう。ちょっとした見た目や仕草の変化で、かなり自然に近くなった。

 ……まあ、魅力的すぎて、別の意味で騒ぎになりそうだが。


──あれっ? これって、マズくないか? このままコレが外を歩けば、俺の理想の女性像が世間に広まるってことじゃないのか。


 ついつい創作心がうずいて、余計なアドバイスをしてしまった。


「そんな芸当ができるなら、もっと別の、普通の人に化ければいいのに」


「かつての、神々が信じられていた時代だったら、できたんでしょうけど……

 今、こうしてこの姿で存在できるのは、栄太がこの姿に強い想いを込めてくれたお陰。今も、できるだけ自然な姿になれって願ってくれたでしょ?

 だから、こうして変わることができたのよ」


 結局、俺が墓穴を掘っただけなのか?

 いやまあ、萌えキャラのまま外に出られるよりもマシだ。それに冷静に考えれば、俺の作品だとバレなければそれでいい。

 それよりも……


「ちなみに、どうやって部屋を借りるんだ? 書類とか保証人とかも必要だろ?」

「もしかして、まだ信じてない? 私、女神なんだけど。ここの土地神なんだけど。ちょっと精霊に頼めば、そんなの簡単よ」


 自在に姿が変えられないとか言った後で、そんなドヤ顔をされても困る。

 ともかく、隣の部屋とはいえ、出て行ってくれるならそれでいい。

 俺の役目もここまでだ。あとは好きにすればいい。


「ん~、名前どうしよっか。繰形アリスティアだと、ちょっと不自然よね……」

「ちょっと待て。なんの話だ」

「だってほら、ここで暮らすならファミリーネームがないと不便でしょ?」

「だからって、珍しい苗字が二部屋並んでたら、知り合いだって思われるだろ」

「知り合いも何も、これからも仲良くして貰わなきゃ困るんだけど。私、栄太に忘れられたら、この姿、維持できなくなっちゃうし」


 いっそ全部忘れてしまえば楽になれるのでは、とも思うが。こんな出会い方をした上に、この姿だ。そう簡単に忘れられるとは思わない。

 だいたいなんだ。その姿でアリスティアって。人様の名前をとやかく言うつもりはないが、違和感がありまくりだろ。


「どうせなら、アリスティアって名前も変えないか?

 そりゃまあ、どんな名前でもいいし、その名前にも愛着があるのかもだけど、仮にもここの土地神だろ?

 日本の土地神がアリスティアっていうのは、さすがに馴染まないだろ」


「土地神って言ってもただの管理者だしね。認識されてないってだけで、他にも居るし。でもそうね。どうせなら、ここの神様っぽい名前を、栄太が考えてよ」


 なんで俺が……とも思ったが、隣に繰形アリスティアを名乗る人物に住まれても困る。

 表札が無ければ気付かれることも無いだろうが、知り合いにバレたら説明が大変だ。赤の他人と言ったところで、信じては貰えないだろう。

 特に叔父たちが知れば、間違いなく実家に確認の電話が飛ぶ。

 つまり、放っておいたら、余計に面倒なことになりそうだ。


──神様っぽい名前か……


 画面の中の女神アリスティアを眺めて考える。

 この時は、たしか適当に、少女の涙から生まれた女神って何か良くね? とかいうノリで付けた気がする。

 何かの作品に影響された、かなり偏った命名だが、それを手掛かりに思考の海を探索する。


 少女、女性、子供、雛、笑顔、涙、悲しみ、喜び、溢れる、雫、流れる……


 とりあえず、アリスティアから連想できるワードを並べて、組み合わせていく。

 ……シズクヒナ。なんだかそれっぽくなったけど、ちょっと呼びづらい。じゃあ、ヒナシズク? これもなんか違う気がする。

 シズナ、だったら普通の名前っぽいし……、そうだ!


「アキツシズナヒメってのはどうだ?」

「へえ、なんか神様っぽい」


 いや、神様の名前っぽくなるよう、必死に考えたんだが。


「ねえ、それって、どんな意味?」


「秋月ってのは、俺がよく行く神社の名前で、この辺りの昔の呼び名らしい。土地神にはピッタリだろ。

 雫はティアから、雛はアリスから連想したもので、ヒメは姫神、つまり女神を表す言葉だな。

 アキツキシズクヒナヒメ、だと、ちょっと長いし呼びにくいから、略してアキツシズナヒメ。これだと発音もし易いだろ? ……あれ、ちょっと言いにくいな」


 実際に口に出してみると、思いの外呼びにくかった。だが……


「そっか。アキツシズナヒメ、アキツシズナヒメ……」


 なんだか嬉しそうに、名前を繰り返し呟いている。

 どうやら気に入ってくれたようだ。


「じゃあ、神名はそれで決定ね。あとは、人の名前よね。やっぱり漢字のほうがいいかな。ファミリーネーム……えっと、苗字だっけ。それは秋月でいいよね。ねぇ栄太、シズナってどんな漢字がいいと思う?」

「それぐらい、自分で調べられるだろ。自分の名前なんだから、気に入った文字を選べばいいと思うけど」

「分かってないなぁ。私のことを考えながら選んでもらうってことに意味があるのよ。そうすることで、女神と信者の絆が強まり、私の力が増して行くらしいよ」


 誰が信者だ! と思ったが、まあいい。なんだかそんな展開になると思っていたので、いくつか候補は出してある。

 メモ用紙にスラスラっと書いて渡す。


   秋月 雫奈


「美しい雫とか、優しい雫って意味で、つまり天の恵みだな。まあ、雨の神様っぽくなってしまうけど、人としての名前だったら問題ないよな」


 よっぽど嬉しかったのか、受け取ったメモを大事そうに抱きしめている。

 さすがにそこまでされると照れるが、悪い気はしない。必死に考えた甲斐があるってものだ。

 ……なんてことを思っていると、アリスティア──秋月雫奈の身体が一瞬だけ光を放った。


「……なんだ今の?」

「たぶん、栄太が神官になったから、私の活動が認められたんだと思う。つまり、この世界で堂々と活動できるってことね」


 そっか、それはめでたい……って、ちょっと待て!

 

「俺が神官って、どういうことだ?」

「私もよくわからないから、たぶんだけど、依り代を与え、名前を与え、居場所を与えたでしょ? 神様にそこまで尽くせば、立派な神官よ」


 そんなバカなっ!

 サッサと追い出そうと頑張った結果、どんどん深みにはまっているようだ。


「そんなに嫌そうにされると傷つくな。深く考えなくても大丈夫。神官って言っても、マネージャーぐらいに思ってくれればいいから」


 完全に雑用係じゃねーか!


「それに、神の加護が働くから悪い話じゃないと思うけど。まあ、今の私じゃ大したことができないけど」


 もしかしたら、主従契約的な何かのチカラが働いているのだろうか。

 理不尽な状況なのに、怒りどころか、全く反抗心が湧いてこない。

 中身はともかく見た目は理想の女性。それが、手を合わせて頭を下げ、お願いとウインクして来た日にゃ、そうそう逆らえない。

 とにかく、もう日も暮れてきた。


「ロクなもんがないけど、何か食ってくか?」

「ん~、食べるのは大好きだけど、基本、食べなくても平気なんだよね。それに、今日中に部屋が欲しいから、今日は帰るね」


 今日は? という言葉が引っかかったが、聞き返す元気もない。

 秋月雫奈が出て行った後、椅子に座ってしばらくボーっとモニターを見つめる。

 とにかく今日は疲れた。何もする気になれない。


 夕食と風呂を済ませると、サッサとベッドに潜り込む。

 今日の出来事が頭の中でグルグル駆け巡り、なかなか睡魔がやってこなかったが、それでもいつしか眠りに落ちていった……




 気が付けば朝だった。

 それも爽やかな朝だ。

 こんな時間に目覚めたのは、いつ以来だろうか。

 それに、なんだか懐かしい、みそ汁の匂い……?!

 一気に意識が覚醒する。


「あら、おはよう。朝ごはん、もうすぐできるから、顔でも洗って来たら?」


 やっぱり気のせいじゃなかった。

 秋月雫奈が、エプロン姿で台所に立っていた。


「ど、どど、どっから入った! 玄関の鍵は、閉まってたろ」


 神様相手に言っても仕方がないが、チェーンも掛かっていたはずだ。

 

「どこって、そこから」


 雫奈がオタマで指し示したのは、大きな棚が置いてあった場所。

 ……って、棚がないっ!

 しかも壁に入口が開いており、扉が無く、向こうの部屋が丸見えになっている。


 部屋を見回せば、微妙に家具の位置が変わっており、こう言っては何だが、前よりも使いやすそうな配置になっている。

 いくら神様っつっても、これはやりすぎだろ……


 予想を遥かに超える状況に、脱力してベッドに突っ伏した。


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