14 こんなに可愛かったんだな。
ちなみに、三藤淑子さんが、ここで働くことが決まったのは、ほんのついさっきのことらしい。
個人的には不安で仕方が無いが、雫奈が決めたなら多分大丈夫なのだろう。
聞きたい事はいろいろあるが、それより今は大男のことだ。
あの大男は、陰の気に反応させて相手を攻撃する技を持っている。
考えてみれば優佳の天敵とも言える相手だ。
それに、あの男の魂に絡みついていた、黒い蛇のことも気になる。
「ちょっと優佳の様子を見てくるけど、ついでにエクレアも渡してこようか?」
「だったら、私も一緒に行くね」
「いや、三藤さんを放っておいていいのか?」
働いてもらうにしても、いろいろと説明や決め事が必要だと思うのだが……
「あっ、私のことならお構いなく。今からバンバン働きますよ」
どうやら聞かれてしまったらしい。……って、今から?
何をする気なのかは知らないが、それより今は、大男のほうだ。
地下貯蔵庫は、かなり古く、二部屋分ぐらいありそうなほど広かった。多くの棚があったが、朽ちているものもあり、ほとんど空だ。照明は薄暗く、小動物の骨が転がってたりで、かなり不気味な場所だった。はずなのに……
いつの間に改装したのか、石段とコンクリートの壁が木造になっており、雰囲気だけなら二階へ上る階段と大差ない。
貯蔵庫の入り口も、錆びて開けるのに苦労したのに、大きなガラス窓の付いた引き戸になっている。
そこから中の様子が丸わかりなのだが……
「……なんだか、楽しそうだな」
貯蔵庫の中も改装されており、明るく綺麗になっていた。
壁には新しい収納棚がずらりと並んでおり、貯蔵庫の機能には変わりがないが、もはや別物だ。
中の音はあまり漏れてこないが、二人は、柔らかそうな素材の敷物に座っており、和やかに談笑しているように見える。
どうやら優佳は平気そうなので、今のうちに雫奈に伝えておく。
例の、男の魂に絡みついていた黒い蛇のことだ。
「えっ? 私、気付かなかったけど。ちょっと栄太、コレ持っててくれる?」
トレーを受け取り、何をするのかと思っていると、抱き付かれた。
「ちょっとこのまま、あの人の魂を見てくれないかな」
「この前もだが、俺に抱き付くのに意味があるのか?」
「あれ、言ってなかったっけ? こうして近づくと親和性が増して、物質経由で魂に干渉しやすくなるのよ」
「しんわせい?」
「私がこうして近づいたら、栄太は私の事を意識するでしょ? 栄太が私を意識して受け入れてくれたら、栄太の魂に干渉しやすくなるって感じかな。……まあ、嫌がられたら逆効果なんだけどね。
祝福を使って無理やり従わせることもできるけど、そういうのあまりやりたくないのよね。栄太に嫌われたくないし」
とりあえず、雫奈が俺の事を気遣ってくれているってことは理解した。
言っている意味も何となく分かる。
つまり、強制的に従わせるのではなく、俺が協力する気になるよう頼んでいるのだろう。精神的な意味で。
「じゃあ、やるぞ」
視界を切り替えて、大男の魂を観察する。
相変わらず、気味の悪い黒いうねうねが、まとわり付いている。
「どうだ、雫奈。見えるか?」
「へぇ~、栄太には、こう見えてるのね。ん~、なるほど。私にはよく分からないけど、たぶん呪いかもね」
──くっそ、あの野郎、人の事を散々バケモノ呼ばわりしたクセに、自分が呪われてんじゃねーか。ふざけやがって。
「アレって、解けるのか?」
「う~ん、どうかな。私じゃ認識できなさそうだし、栄太経由で力を使ったら、たぶん栄太が大変なことになっちゃうだろうし……」
いやいや、雫奈が大変って言ったら、本当に大変だから、勘弁してください。
……なんてことをしていたら、引き戸が開けられた。
優佳が意味深な、それでいてどこか楽しそうな表情で、こちらを見ている。
大男は、露骨に驚いた表情で、視線を逸らす。
「兄さま、姉さま、何こんな場所でイチャイチャしてるんですか? もしお邪魔でしたら、何も見なかったことにして、戸を閉めちゃいますけど……」
たしかにコレは……
トレーで両手がふさがった俺に、雫奈が抱き付いている格好だ。
慌てて離れた雫奈が、優佳に呪いの事を説明する。
「そうなんですよね。私もどうしようか迷ってるんです。無理やり解呪をしてもいいのですけど、この人の魂に相当な負荷がかかるので」
やはり、黒に関することは優佳のほうが詳しいようだ。
「相当ってどれぐらいだ。呪いの内容にもよるが、命を落とさない程度なら、このまま呪われ続けるよりマシじゃないのか?」
「おそらく精神を蝕むモノなので、負荷が強いと廃人さんになりますね。意識が目覚めないのであれば回復の見込みもありますが、心が壊れたら元には戻れませんから、あまりオススメできないです」
真剣だった優佳の表情が、突然、満面の笑顔に変わる。
「こんな場所で立ち話もなんですから、本人も交えて、ゆっくり話し合いましょう。早く中へ入って下さい。兄さま。ほら、姉さまも」
たしかにトレーを持つ手も辛くなってきた。
貯蔵庫に入ると、どこに置いてあったのか優佳が円形の座卓を持ってきた。
トレーを置き、スリッパを脱いで敷物に座る。
物が整理されたお陰で、広く見えるが、確かもっと広かったはずだ。……と思ってよく見たら、奥にもうひと部屋あるようだ。
何も考えずに座ったが、大男の正面だ。
……なんだろう、大男の様子が変だ。襲い掛かってきた荒々しさは完全に消え、興味津々といった感じで俺と雫奈を見つめている。
俺の左に座った雫奈は、早速、紅茶の準備を始める。
優佳は右だ。エクレアが気になって仕方がないようだ。
「ところで優佳、この人から話は聞けたのか?」
俺の問いかけに優佳は答えず、ゆっくりとうなずき、ニコニコ笑う。
別に俺の事をバカにしているわけではない。それだけは分かる。
笑みの意味を計りかねていると、突然大男が後ろに下がり、敷物のない床で土下座した。
「先ほどは誠に失礼仕りました、繰形殿っ!」
……なんだこれは?
いや、まあ、優佳が何かをしたんだろうけど。
それにしてもエライ変わりようだ。
「まさか貴方様が解脱の域に達しようという聖人様だとは露知らず、あのような暴挙に至りました我が不明、どうかお許しくだされよ」
モノノケ、バケモノ、妖怪、悪霊ときて、今度は聖人か。ホントに、どうなってんだ?
優佳を見ても、意味ありげに微笑むだけ。
「話はそちらの優佳殿からお聞き致しました。なんでも繰形殿は、まだこの世界に救うべき者たちがいるからと、解脱の道を捨て、呪いをその身に受けることで御身を穢し、現実に留まる道を選ばれたと。この兎角幻坊、その境地に至らぬ身なれども、感服仕りました」
とりあえず、その言葉遣いは何だ? どこの武士だ。
そのせいで話の内容が全く頭に入ってこない。
えっと、何だっけ?
解脱……は、ニギミタマになって天国送りになるってことか?
呪いってのは、優佳の祝福のことだとして、現世に留まるってのは……
結局は、言い方を変えているだけで、大体合っているのか?
「あー、名前は、とかくげんぼうさんでいいのかな?」
「申し訳ござらぬ。つい興奮して捨てた名を口走ってしもうた。ワシは、時末忠次郎と申す。ワシの爺様は、ここが豊矛神社と呼ばれし頃に、宮司をしており申した」
「時末忠次郎さんね。わかった。それで……」
「少し話が長くなりますので、私から説明しますね。兄さま」
それは助かる。武士言葉のままで延々と聞かされても、たぶん内容が頭に入らない。……と思う。
優佳の話はこうだった……
この時末という人は、祖父の代で途絶えた豊矛神社を再興する為に来たらしい。
亡き祖父との約束を守るため、宮司になるために戻ってきたんだそうだ。
なのに、すでに新たな宮司の元、静熊神社として再始動していると知る。
その後、どこの誰に聞いたかは思い出せないが、新たな宮司の悪評を聞き、義憤に燃えて乗り込んで来た。そこに現れた、邪の気配を纏う俺を見て、なぜかこれが悪の根源である新しい宮司だ、と思って襲った……というわけだ。
迷惑にも程がある。
どうやら時末は、過去に兎角幻坊と名乗って修験者をしていたらしく、オーラというのか、人の気を見ることができるらしい。
だが今は、その過去を捨て、神職の資格を得た浪人中の神主さんだ。
「じゃあ、呪いの件はどうなってる?」
「それは、これから話すところですよ。兄さま」
てっきり、もう話しているものだと思っていたが……
何か訳があって黙っていたのなら悪いことをした。
「よもやワシが敵の術中に落ちていたとは……」
優佳から話を聞いた時末は、さすがにショックを受けている。
不思議なことに時末は、優佳の言葉を全く疑わない。やけに仲が良かったし、いったい俺の居ない所で、何があったんだろう。
「そういうことなので、これから私たちで、その呪いの解析をしてみたいのですが、覚悟は良いですか? 時末さん?」
「もちろん、全てお任せ致しまする」
いやいや、人が変わったような素直さだな!
でも、いったい優佳は何をする気なんだろうか。
ついさっき、解呪は難しいって言ったばかりなのに……
「それでは兄さま、私たちが力を合わせますので、あの人の呪いを解析して下さい。心配しなくても、私たちがサポートをしますので、集中してしっかり観察して下さいね。では姉さま」
何がなんだが全く分からんが、とにかく見ればいいんだな。……っておいっ!
雫奈と優佳が身体を寄せて来た。
いやまあ、これもまた、親和性を高めて……ってことなんだろうけど、やっぱり気になる。……いや、この場合は、気にしたほうがいいのか?
とにかく、視界を切り替える。
「兄さま。これがいつもの兄さまの視界です」
「そうだな。いつも通りだ」
「でも、これでは圧倒的に情報が不足してます。なので、まずは姉さまの視界を体験して貰います。私たちの因子が定着した今なら出来るはずですので、あまり気負わずに楽にして下さいね。兄さま」
「お、おう、やってくれ」
一瞬、視界がブレる。
なんだろう、これは。微細な粒子が飛び交っているようにも見えるし、大きな塊のようなのも見えるが、何がなんだか分からない。
「栄太、集中したまま、もっと視界を広げて。遠くから見る感じで……」
雫奈の声が聞こえる。
言われた通り、意識を集中させるのだが、一点に集中させずに、視野を広げて全体を見るようにする。
「えっ? コレって……」
妖精や精霊が見える。とても可愛い。
照れたり喜んだりしている様子もハッキリと分かる。
時末も、ちゃんと人の姿をしているし、その感情も分かる気がする。
今まで俺が見てたモノとは、比べ物にならない光景だ。
「では、次は私の視界ですね。覚悟はいいですか? 兄さま」
いやだから、その言い方は怖いって。
でもまあ、きっと、俺が怖がる様子を期待して、ワザとそんな言い方をしてるのだろう。そう思ったのだが……
「よし、こいっ」
再び、視界がブレる。
黒と赤? 黄色? あれは紫か?
なんだかケバケバしい色に溢れている。
「兄さま。先ほどと同じように、全体を見るように集中してみてください」
おお、そうだ。
言われた通りにやってみる。
「……えっと。これは、なんだ?」
「魂に宿る、悪意ですよ。兄さま」
いやまあ、そうなんだろう。
雫奈の時は、おとぎ話の世界だったが、ここはまるで魔界だ。
精霊たちは比較的大人しい。特に感情を露わにはしていない。だが、油断すると何をしてくるか分からない怖さがある。
妖精はあからさまに、こちらの隙を狙っている。もちろん、積極的なモノ、消極的なモノなど、個性は様々だ。
そして、肝心の時末は……
「それが、時末さんが秘めている負の感情です」
泣きながら、刃物で自分を刺している。とはいえ、血が飛び散ったり傷ができたりはしていない。だが、ひたすら何度も繰り返して……
こちらに気付いたのか、自分を刺す行動をやめると、こちらに手を延ばし、泣きながら謝っているように見える。衝動的な怒りのようなものも感じる。
正直、見ているのが辛い。こちらの精神が削られるようだ。
「幻影みたいなのに、まとわりついてた黒い影が呪いか?」
「さすがです、兄さま。あのモヤモヤが呪い、攻撃者が放った悪意の塊です」
「じゃあ、このまま、あの呪いを観察すればいいんだな?」
「いいえ、違います。今のは、兄さまの参考になればと、見てもらっただけですから。どうでしたか? 少しはイメージ作りの参考になりましたか?」
「これは個性の違いなのか? それとも女神と悪魔の違いなのか? 雫奈は魂の良い面が見えて、優佳は悪い面が見えてた気がする。よくあれで、魂が白に傾いているとか、黒に傾いてるとかって判断できるな……って感じだった。
そういや、雫奈の視点だと、時末の黒いモヤモヤって言うか、呪いの痕跡っぽいものが全く見えなかったな。だから雫奈は気付かなかったんだな。
いっそ、二人の視点が同時に見れたら、判別しやすいんじゃないか?」
「では、兄さまの視点に戻しますので、思いのままにイメージしてみて下さい」
「その前に、ひとつ質問させてくれ。管理者の視点はいろいろあって、その中のひとつを見せたって感じか?」
「ん~、あまり思い込みがない状態のほうがいいのですけど……、その通りですよ。がんばってくださいね、兄さま」
まあ、そりゃそうか……
だけど、少しホッとした。
優佳が常日頃からあの光景を見続けているとしたら、さすがに可哀想だ。
俺の為に、悪意が剥き出しの光景を選んだのなら、いかにも優佳らしくて憎らしくも安心する。
さて、どうするか。
自分の視点をイメージするって、言われてもな……
やはり魂の状態が分からないと話にならない。白黒度合いも重要だ。
それにケガレが分かりやすいほうがいい。原因を読み解ければなおいい。
あとは呪いだな。
いっそ、ケガレは身体に刺さったトゲ、呪いは巻きつく蛇のように、分かりやすくなればいいのにな……
イメージするというより、デザインするってのはどうだ?
それなら得意分野だ。
とにかく、自分に分かりやすく、扱いやすくするにはどうする……?
「よし、いくぞ!」
気合を入れて、意識を周囲に向ける。
殺風景だった貯蔵庫も、多くの精霊や妖精が居るって分かった。
そのお陰か、視線を向けると一瞬だけ姿を現す。それぞれお辞儀や手を振ったりしてくれるのは、たぶん挨拶してくれているのだろう。
すぐに消えるのは、異変や用事がなければ見えないようにと設定したからだ。
それでも、歓迎してくれている気持ちが伝わってきた。
少し覚悟を決めて、正面を見てみる。
ちゃんと時末の姿が、人に見える。
それに重なるようにして、球形の魂が見える。少し明るい灰色で、三十八%という数字が表示されている。ゼロが白、百が黒とした魂の色だ。
そこに、黒い蛇が巻きついている。
とりあえず成功……だと思う。
「こんな感じだが、どうだ、雫奈」
そう言いながら左を見る。
──えっ?!
思わず「誰だ?」と問い質しそうになったが、この感じは間違いなく雫奈だ。
だが……
「……うん、その姿も悪くないぞ」
金髪碧眼の美少女。……だが、どう見ても子供だ。
道理で言動がたまに幼かったり、やけに素直だったりするわけだ。
西洋の女神っぽい衣装がよく似合う。
「どうやら、私たちとつながったことで、本来の姿が見えるようになったのですね。兄さま」
口調は間違いなく優佳なんだが、声がとても……なんというか色っぽい?
そちらを見ると、声の雰囲気に合う、スタイルの良い豊満な女性が見えた。
ピンク髪を結い上げ、色白ながらも健康的な身体を、黒くて露出度の高い悪魔装束で包んでいる。当然、角や尻尾、コウモリ状の翼も完備だ。
「なるほどな。高笑いに煽り目線、優佳の謎行動の全てを理解したよ。この姿だったら、ああなるな……」
「分かって頂けましたか? 兄さま」
「そうだな。その姿でこの口調だと、違和感しかないな」
「兄さまに少しでも気に入って頂けるようにと、努力したのですよ。今では、これが普通になりましたけど」
「そっか、ありがとな。できたら今も、もうちょっと普通の、悪魔っぽくない格好になってくれるとありがたいんだが……できるか?」
「もちろんですよ、兄さま」
目の前で、一瞬にして、羽衣和装の土地神姿に変わる。
ちゃんと、角や尻尾、翼も消えている。
ピンク髪なのは少し違和感があるが、結い上げ方が変わるだけで、すごく清楚な雰囲気になった。
「おお、これはこれで悪くない」
「この姿の時は、ユカヤと呼んでください。兄さま」
「それだと雫奈は………シズナのままだな」
なんてことをやっていると、雫奈が俺の服を引っ張る。
──えっ? 服?
そこで、自分も人の姿になっていることに気付く。
手も足もあるし、触れば顔もある。もちろん服もそのままだ。
さらに強く袖を引かれる。
小さな雫奈は、頬を膨らませて目をうるうるさせていた。
「おお、悪かった。雫奈の本当の姿って、こんなに可愛かったんだな」
頭を優しく撫でてやる。
現実世界では絶対に出来ないことだ。
「そんなことはいいから、壮太、いつもより消耗が激しいから、早く戻らないと」
テンションが上がって、分からなかったが、確かに危険そうだ。
周囲の情報を閉じ、意識を自分の中へと集中させる。
意識のブレを感じてから、ゆっくりと目を開けた。
あれっ、ヤバイ、また意識が……
気絶に慣れてきたせいか、これは昏倒するレベルだと分かる。
それにしても、容姿通りの少し舌っ足らずなシズナの声、可愛かったな……
そんなことを思いながら、俺は意識を失った。




