10 マーブル神使、修業中!
目覚めたら昼前だった。
夜中にパルメリーザとかいう悪魔を土地神にして……までは記憶があるが、そのまま眠ってしまったようだ。
なのに、もう昼になろうとしているのだから、休息は十分だろう。
気力や体力もかなり回復したようで、視界は良好だし目眩も無い。
それも、たぶんコイツのお陰なのだろう。
「おい、もう昼だぞ」
当たり前のように添い寝している秋月優佳に声をかける。
これも治療の一環、白くなり過ぎた俺の魂を黒く染めているらしい。
今日はちゃんと服を着ていて、少し安心した。
「あっ、お兄様。もう朝ですか……ふわぁ~」
「いや、それ演技だよな。お前たちは眠らなくても平気なんだろ?」
雫奈は食事も睡眠の必要ないと言っていた。ならば、おなじ管理者である優佳も必要ないはずだ。
しまった、ついコイツのことを「お前」と呼んでしまった。
まあ、昨日はずっと「お前」と呼んでいただけに仕方がないが……
その名残だとしても、一応この容姿でも土地神様。さすがに失礼だ。
「必要がなくても、楽しみのひとつなのですよ?」
「あーまあ、優佳が寝たきゃ、そのまま寝てていいぞ」
別に意地悪で言っているわけではない。
もしかしたら、俺を回復させるために無理をしている可能性もある。
さっきの欠伸も、演技だとは限らない。
「いいえ、お兄様。私も起きますね。がんばってお昼の食事を作りますから、楽しみにしてくださいね」
──コイツも料理ができるのか。……いやイカン。ちゃんと名前で呼ぶクセをつけないとな。優佳だ。秋月優佳……
つい気安くなってしまうのは、これも優佳が持つ悪魔の能力なのだろうか。
ともかく、料理を作ってくれるっていうのなら、回復のお礼も兼ねて、何かしてやらないとな。
そう思い、キツネのイラストが入った家庭的なエプロンと三角巾、キツネの手を模した鍋つかみを描き上げる。
悪魔要素としてコウモリのワンポイントを加えてみたが、よくよく考えたらコウモリとセットなのは吸血鬼だ。不評だったら消そうと思ったが、喜んでくれた。
少し子供っぽいエプロンは、ワンピース型のドレスとは少し合わないが、だからこそ家庭的で人間っぽく見える。……と思う。
そうだ、言っておきたいことがあったんだ。
「なあ優佳。その『お兄様』ってヤメないか? 他の人に聞かれたら、何事かと思われるし、なんかいろいろと誤解されそうだ。もっとこう、普通な感じで……」
「ん~、そうですね。あにうえ、あにぎみ、あにどの、どれがいいですか?」
「なぜ、その三択だ……」
「じゃあ、にぃにって呼びましょうか?」
「それは……口調と合ってないだろ。ちなみに雫奈の事は、どう呼んでるんだ?」
「普通に、姉さまですよ?」
「あんま、変わんねぇな……」
「お姉様~って呼んだら、なぜかやめてって言われたので」
たぶんそれは、発音の仕方がマズかったからだと思うが……
「では、姉さまに合わせて、兄さまにしましょうか? えいたにいさま☆」
ひと文字削っただけで、かなり印象が変わるものだ。
「じゃあ、それで」
別に呼び方なんてどうでもいいが、そんなつまらないことで目立つのも面倒だ。
特に、美晴やミヤチは、ここぞとばかりにイジってくるだろう。
「お待たせしました、兄さま」
「ほう、親子丼か」
見た目は少し不格好だが、美味しそうな匂いだ。
ちゃんと三人分用意されており、タイミングよく雫奈が跳んできた。
たぶん優佳に呼ばれたんだろう。
今日も巫女服だ。もう完全に、神社での普段着になっている。
いつもの笑顔だ。
昨日の出来事から立ち直っているように見えるが、どうだろうか。
優佳の料理は美味しかった。
まあ、雫奈に比べたら可哀想だが、それでもホッとするような家庭料理の良さが感じられる。
ちょっと失敗したけど、がんばって作ったよ、という健気さも評価が高い。
──さあ、覚悟を決めようか……
俺の魂は、神の祝福で白くなり過ぎた。だから今度は悪魔との契約でバランスを取ろう……というアレである。
俺にはサッパリ分からんが、二人が言うのだから間違いは無いのだろう。
それに、今後も優佳に添い寝され続けるのも困るし、申し訳ない。
「さあ優佳、昨日言ってた、契約とやらをやってくれ。何かあった時のために、雫奈もいてくれると助かる」
雫奈は無言のままうなずく。
優佳は素早く食器やローテーブルなどを片付ける。
洗い物は雫奈が済ませてくれるようだ。
部屋の中央に立たされた俺は、目の前に立つ優佳を見つめる。
まだエプロンを装着しているので、雰囲気はぶち壊しだが、表情は真剣だ。
「準備ができました、兄さま。覚悟はいいですか?」
そんな言われ方をすると不安になるが、ここで逃げても仕方がない。
ゆっくりとうなずく。
「……では」
優佳が目を閉じて集中する。と、粒子が舞い踊って衣装が変わる。
──って、おいっ!
露出度の高い黒いコスチュームだった。
しかも、ご丁寧にコウモリのような翼に角や尻尾まで付いている。
手に大きな鎌を持つと、ささやかな胸を精一杯反らして、高笑いを始めた。
「……我が名はアキツユカヤ。この世を欲望と快楽で満たすモノ。繰形栄太よ、貴様に隷属の刻印をくれてやる。我に感謝と忠誠を捧げよ! ……痛っ」
思わず無言で、頭をチョップしてしまった。
でもな。さすがにソレはない。
「あー、優佳? お前も一応土地神になったんだぞ? なのに、そんな悪魔みたいなことをしていたら、みんな怖がっちまうぞ。お前は管理者なんだから、もっと普通でいいんだよ」
まあ、悪魔コスをする土地神っていうのも、不謹慎過ぎて熱狂的なファンが付きそうだが、その思いはそっと心にしまい込む。
少し残念そうに口を尖らせた優佳は、雫奈が来ていたような女神っぽい羽衣和装に着替えて、詠唱を始める。
「私、アキツユカヤは、土地神として繰形栄太に祝福を与えます」
やはり、何かをされたわけでも、何かが変わったわけでもない。
それに今回は、俺は立ったままで、全く畏まっていなかった。
それでも衝撃は襲って来る。
──くそっ、アレって白くなり過ぎた影響じゃなかったのかよ……
視界がボヤけ、酩酊感が襲って来る。
まだ動ける間にとベッドへ向かい、座って目を閉じ、大きく呼吸を繰り返す。
どうやら今回は、意識を手放さずに済んだようだ。
だが、身体の中がかき回されたような、心がミキサーにでもかけられたような不快感は、なかなか消えない。
大人しく、ベッドで横になる。
「スマン。ちょっと休む。……優佳、これで終わったのか? 成功……と思っていいんだよな」
「はい、もちろん。ちょっと説明が難しいのですけど……、そうですね、今は白と黒がマーブルになった状態ですね。時間が経って灰色になれば落ち着くと思いますよ。お疲れ様でした、兄さま」
分かりやすい説明だ。とにかく、しばらく安静にしていればいいようだ。
それにしても、このボヤけた視界は厄介だ。
これさえなければ、起きても平気そうなんだが……
それに、単純にボヤけているわけではなく、部屋が何重にも見えるのに加えて、何か別の風景も混ざっている気がする。それも複数。
「なんか時々、変なものが見えるんだが、これは気にしなくてもいいのか?」
優佳は、一瞬キョトンとした表情を見せ、考え込む。
その横で、雫奈が困ったような、心配そうな表情を浮かべる。
「たぶん、祝福の暴走だと思う。まあ、暴走って言うより、制御ができてないって感じかな。前の時は私が調整したんだけど、やっぱり今回もズレたみたいね」
「じゃあ、また調整すれば治るってことか。まあ今さら聞くことじゃないが、そもそも祝福ってなんだ? 俺が協力者になるのに必要なことってのは理解してるんだが、具体的にはまだ聞いてないよな。それに悪魔の契約とどう違うんだ? 結局優佳がしたのも祝福でいいんだよな」
「そうね。協力者になってくれたんだから、栄太にも知ってもらったほうがいいよね……」
まあ、何事にも、神の主張や悪魔の言いぶんがあるわけで……
二人の話をまとめて要約する。
極端に言えば祝福は、管理者が魂を使役するための手段らしい。
なので、神の祝福も、悪魔の契約も、本質的には同じだ。
方法は簡単。管理者の存在の一部を魂に分け与えるだけ。
とはいえ、切って与えるわけではない。
感覚的には、管理者が魂を取り込んで、自分の一部にするようなもの。
これにより管理者は、魂の状態を常に把握でき、場合によっては強制的に従わせることが可能になる。
管理者に使役された魂は、周囲の影響を受けにくくなり、不思議な力を授かる。
これが、神の祝福を受けて神通力を授かる、悪魔の刻印を受けて業を背負い未来永劫呪われる、悪魔に使役され魔力を与えられて絶対服従する……などと、立場によって表現が変わるらしい。
まあ雫奈が白いってことは何となく分かるが、優佳が黒いというのは疑問がある。だが、マーブルになったってことは、やはり黒いのだろう。
これで俺は、静熊神社の神主でありながら、二柱の土地神の神使──つまり、神の使いになった。……ということらしい。今いち実感はないが。
ちなみに、どんな魂でも使役できるってわけじゃないらしい。
いざ取り込もうとしても、縁が深い魂じゃないと、上手く馴染まずに分離したり、拒絶反応が起こったりで、下手をすると魂の形が維持できなくなって崩壊する……こともあるらしい。
最後に、俺の視界に割り込んでくる映像は、この世界のブレだったり、精神世界が投影されたものだったりする可能性が高いのだそうだ。
とにかくこれは、魂が安定すれば収まるらしい。
この話で分かったことは、祝福とはいっても、ただ二人に使役される存在になっただけ。神の使いだとか大層な肩書がついても、絶対服従を強いられたにすぎない。
何か特別な力でも備われば、それを生かす方法を考えたりもできるが、それらしい変化はない。
「結局のところ、俺は何をすればいいんだ?」
「う~ん、ケガレを祓う、お手伝いかな?」
「違いますよ、姉さま。バランスを保つお仕事ですよ」
「つまり、今までと変わらねぇって、ことだな」
大騒ぎした挙句、何も変わらなかったという徒労感に襲われるが……
まあ、それならそれで、別に構わない。
平和が一番だ。
俺は、仕事と手伝いの合間に、精神世界を見る訓練を始めた。
魂が不安定だったとはいえ、一度でも見えたのなら、訓練次第で見えるようになるかも知れない。そう思ったのだ。
もし精神世界が見えれば、相手の魂の状態が分かりやすくなるかも知れないし、何かの異常に気付けるかも知れない。
……とまあ、そんな理屈をこねてはいるが、つまり、神使となったのに、何の能力が備わらなかったのが不満なのだ。
人間をやめたいわけじゃないが、何も変わらないってのも悲しくないか?
その息抜きを兼ねて、二人の衣装を増やしていく。
でもまずは、優佳からお願いされた、素体の改良だ。
とはいえ、3Dモデルは時間がかかるし、罪悪感がハンパない。
なので、絵に切り替えるが……やはり罪悪感は拭えなかった。
特に雫奈には、心の中で謝りつつ、細部まできめ細かく描く。
そうなれば、当然下着も必要だし、ついでに新しい服も揃えてあげたい。
とにかく思いつく限り、描きまくった。
最後には、雫奈や優佳の意思で変化する服なんてものまで用意してみた。
まあさすがに俺がやるわけにもいかないので、二人だけで確認作業をしてもらった。どうやら概ね好評だったようで、変化する服以外は、ちょっとした手直しで済んだ。
もっとスタイルを良くしろ、とか言われたらどうしようかと思ったが、そんなこともなかった。
で、その変化する服は……
まあなんというか、結果的には不定形のスライムみたいなものが張り付いているような見た目になり、使い物にならなかった。
常に服に意識を向けながら生活するのは非現実的だ。意識が逸れればスライムだ。それでは使い物にならない。
とはいえ、発想は悪くないし、実在しないモノを創造する可能性は見えた。
そんなことがありながらも、二人のサポートのお陰で、俺は精神世界を見る能力を手に入れた。
見れたはいいが、精神世界は漠然としたものだった。
視点によって変化するというか、何に意識を向けるかで、まるで違った景色になる。宇宙空間を見ていて、遠くの星の瞬きが気になったら、深海で魚が迫ってきていた……とまあ、無理やり例えれば、そんな感じだ。
俺のイメージがそうだからなのだろうが、魂はいわゆる人魂の形に見えている。もちろん、人だけでなく、物に宿ったモノまで、全て。
無数の人魂で埋め尽くされた世界。ちょっとした恐怖映像だ。
だが、俺がその魂を、草の魂だと認識して草の妖精をイメージすれば、恐怖映像がファンシー映像に変わる……らしい。全ての魂を妖精に変えるには、どれだけの修業が必要だろうか。少し気が遠くなる。
そういや、雫奈が前に、精霊に頼んだとか言ってた気がするが、要するに、こういう魂に頼んだってことかも知れない。
俺にもそんなことができるようになるのだろうか……
そんなことを思いながら、今日も俺は修業に励んだ。