08 小悪魔であって、悪魔じゃねぇ!
今日もいい陽気だ。
お気に入りの秋月神社で、丸太ベンチに寄りかかりながら、風景を楽しむ。
ここに来たのも久しぶりな気がする。
こういう時に限って、邪魔が入るものだ。
ポケットの中が振動する。
通話の着信とは珍しい。
周囲に誰もいないことを確認して、通話を始める。
「もしもし、俺だ」
「あー、詐欺なら間に合ってるんで……」
なに言ってんだ、コイツ。……とは思わない。いつものことだ。
「そっちから、掛けてきたんだろ? 用が無いなら切るぞ」
「まあ慌てるな。オレだよ、オレ。お前のヒーロー『お父さん』だよ」
残念なことに、これが俺の親父だ。
普段は真面目な常識人だが、なぜか電話越しだと、こんな調子で、話すだけでもメンタルがごっそり削られる。
だが丁度いい。……というか、掛かってくるのを待っていた。
聞きたい事が山ほどある。
とはいえ、まずは……
どうせいつもの確認だろうが、一応、要件をたずねる。
「で、何か用か?」
「用ってほどのもんじゃないが、我が愛しの息子の様子が気になってな」
親父からの要件といえば、そんな所だろう。
さあ、話はここからだ。
まず素直に答えるとは思えないが、少しでも情報を引き出せればそれでいい。
「ああ、問題なくやってるぞ。叔父さんも、かなり気にしてるみたいだが」
「まあ、だろうな」
「親父、まさか話したのか?」
「そんなわけ無かろう、我が息子よ。お父さんが、家族を裏切ることなど、あるものか。……まあ、親戚連中の噂話ってものも、馬鹿にならんからな。どうやら前々から知ってたようだ。どう脚色されたか分からんがな」
昔からチビだとからかわれることが多かったが、一度だけ、その相手をシメたことがあった。それも、徹底的にだ。
その結果、狂犬と恐れられ、まわりから敬遠された時期があった。
ただそれだけのことだ。
知られたところで俺は気にはしないが、そのことで叔父を心配させているのなら、かなり申し訳ない。
俺の世話を任された気持ちになって、心労を募らされても困る。
「そういや俺のアパートに、美晴が抜き打ち検査に来たんだが、まさか親父の差し金じゃないだろうな」
「おお、その手があったが。さすが我が息子、考えることが抜け目ない」
「そうじゃなくて、実際、美晴がやってきたんだが?」
「弁明さえてもらえれば、その件には全くのノータッチだ。てか、お父さんも郡上の家とはあまり交流がないからな。お母さんは……するわけないな」
あの放蕩な母さんが、そんな面倒なことを考えるはずがない。
「ちなみに母さんは、いつものか?」
「今は風音の所だな。その後は……どこへ行くのやら」
どうやら姉の家に滞在しているようだ。
居所が分かっているだけでも珍しい。
「で、どうだ。美晴ちゃんも年頃だろ? 美人になってたか?」
「美人ってのとはちょっと違うが、元気で明るい子だったよ」
「明るかったか……」
ん? どうした?
その沈黙は気になるぞ。
「意外そうだな」
「いやあ、いつも辛口の息子が、素直に褒めたから、つい。そっか、近々孫の顔が見られるんだな。お爺ちゃん、困っちゃうな……」
「まさか姉さん、子供を産むのか?」
それは一大事件だ。
「違げぇよ。我が愛息子と美晴ちゃんの子供だよ」
「親父、冗談もほどほどにしとけよ。俺は犯罪者になるつもりは無いし、これ以上叔父さんに迷惑をかけるつもりも無いからな」
結局、何の話か分からなくなった。……いつもコレだ。
「じゃあ、もう切るぞ」
「そうだな。じゃあ我が愛しの息子よ、しっかり美晴ちゃん支えてやって、早く元気な孫の姿を見せてくれよ」
最後まで、何を言いやがる。
無言で切ってやった。
とにかく疲れた。その割に、内容がなかった。……まあ、いつものことだ。
親父は相変わらずだし、母さんと姉さんも元気そうだ。
叔父さんは……まあ、美晴を通じで安心させてあげればいいだろう。
静熊神社に顔を出す。
今日はミヤチの声が聞こえない。
まあ珍しいが、そう毎日来る場所でもない。
勝手に家に上がり、部屋に入る。
「よう美晴、今日も来てたのか?」
「なんや兄ちゃん……兄さん、珍しいな。どないしたん?」
美晴の様子を見つめるが、昨日の影響はなさそうだ。
すっかり元に戻っているように思える。
「いややん、そんな見つめられたら、恥ずかしいやん……」
「まあな。その……元気ならそれでいい。それに、珍しいって、昨日来たばかりの美晴に、なぜ分かる?」
「そりゃ、みんなから話を聞いたからや。兄さん、ここの神主やのに、滅多に顔を出さんって」
「まあ、名前だけだからな。用事があれば雫奈に呼ばれる、ただの使用人だ」
その用事が、近ごろ荒事専門のようになっているが……
「いつも助かってます。ありがとうね、栄太」
いつの間にか、雫奈が部屋の中にいた。
でもまあ、丁度いい。
「こんな時間にどうかと思ったが、手土産だ」
中身はコンビニスイーツなのだが、なかなか馬鹿にできない美味さ……らしい。
「そうね。みんなで頂きましょう」
中を見て、ミヤチとユカリの分もあるって気付いただろうに、何も言わずに台所へと持って行った。
どうするのかと思ったら、紅茶と一緒にお皿に全部乗せてきた。
美晴は目を輝かせながら、どれを食べようかと真剣に悩んでいる。
「どうした。決められないのか? 何なら全部食ってもいいんだぞ」
「アタシ、そんな腹ペコキャラちゃうわ。でも、どれも絶対美味そうやし、ホンマどうしよ……」
好みが分からないので、適当に五種類選んできた。
俺の分は余ったヤツでいいし、余らなければそれでもいいと思っていたが……さすがに美晴でも、全部は食べられないだろう。
「なら、ちょっとずつ、全部の味を試せばいい。それで気に入ったヤツを好きなだけ食えば、悩まずに済むだろ?」
「え~、そんなみっともないマネして、ええのん?」
そう言いながらも、その気になっているようだ。
「べつにいいぞ。どうせここには、俺たちしか居ないからな。遠慮なんてするな」
美晴は早速ひと口食べて、満面の笑みを浮かべている。
まあ、この分だと、昨日の影響はなさそうだな。
ありがたく紅茶だけ頂いて、席を立つ。
「あれ? 兄さん、どこ行くのん?」
「いや、買い物の帰りだったからな。早く帰って冷蔵庫にしまわないと。だから、お腹を壊さん程度に、好きなだけ食っていいぞ」
「だったら私も、周りを見てきますね。美晴さん、神社のこと、お願いね」
「うん、任しといて」
玄関を出て、雫奈と二人で境内を歩く。
そういえば、今日は巫女服ではなく私服だ。
見慣れていても、目を奪われる。……って、それどころじゃなかった。
雫奈がわざわざこの状況を作り出したということは、美晴に聞かれたくない話があるのだろう。……となると、ケガレ絡みか。
「なにか心配事か?」
「そうなんだけど……ね。たぶん栄太が聞いても困らせるだけなんだけど、教えなかったら、後で嫌な思いをさせちゃうかなって。だから、一応伝えるね」
そんな言い方をされると、余計に気になるし、不安になる。
「……おう」
覚悟を決めて、うなずく。
「なんだかずっと、監視されているような変な気配を感じてたのよね。でもまあ、人の姿で活動してたら目立つから、仕方ないのかなって思ってたんだけど……」
雫奈は言葉を切って、こっちを真っ直ぐ見る。
「最近は、何だか良くないモノの気配もするから、栄太にも気を付けて欲しいの。今の私の力じゃ、どこまで通じるか分からないけど、コレ、持ってて」
そう言って差し出されたのは、お守りだった。
かなり小さく、将棋の駒を薄くしたようなサイズだが、これならどこにでも忍ばせられる。とはいえ、逆に失くさないか心配だ。
「わかった。けど、肌身離さずってのは、難しいな」
「そうね……。距離っていうより心掛けだけど、でもたぶん、同じ部屋なら効果があると思う」
「まあ分かった。ありがとう」
とりあえず、財布の中に入れて、アパートへと戻る。
雫奈の言葉が気になったが、困っていても仕方がない。
お守りをどこに入れようかと悩んだが、やはり財布が一番だろう。
小銭入れだと、たぶん傷だらけになる。さすがにそれは申し訳ない。
腕時計はしてないし、ペンダントやブレスレットのような洒落た物も持っていない。まあ装飾品に仕込んだ所で、毎日持ち歩くとも限らない。
着替えを済ませて落ち着いた所で、パソコンを目覚めさせる。
何度も作ろうとして失敗していた、雫奈の装束に挑戦する。
ひと通り、雫奈に話を聞いて、どういう感じにするかは聞いておいた。
階級によって色や模様があるようで、その辺りを念入りに話を聞いた。
色は薄い青緑。上は少し色を濃くして……
赤やピンクのほうが似合いそうだが、とにかく描き上げた。
とはいえ、使う機会があるのか怪しい。
白い衣装や帽子や冠なども、一気に書き上げる。
たぶん、これでひと通り揃ったはずだ。
続いて、ソフトを立ち上げて「妹」の仕上げにかかる。
とりあえず、物理演算で揺らしてみる。
服は少しぎこちないが、本体は大丈夫そうだ。
少し動きを激しくする。……時々服がアレな状況になるが、本体は無事だ。
表情や関節の動きも問題なし。
服の微調整を進めていく。
少しずつ、少しずつだが、確実に良くなってる……気がする。
どんどん作業に没頭していく……
「よし、これでどうだ!」
別のソフトで、画面の中を歩かせてみる。
問題は……よし、なさそうだ。
ついでに「姫」も歩かせる。
マスコットの女神アリスティアも加えて三体そろうと、とても賑やかだ。
画面の中の「妹」は、こちらに向かって笑顔で手を振っている。
……まあ、設定上、こんな笑顔になることはないが、これも悪くない。
「完成したんだね」
「まあ、一応な。とりあえず、これで終わりかな………!?」
振り向く。……が、誰もいない。
いや、落ち着け。
たぶんこうなると思ってた。
だから、心の準備は出来ている。
「なるほどね。こういうことね」
声はなかなか色っぽい。……などと冷静に分析する。
……そうだ。場所を空けないと。
椅子から立ち上がって、ベッドに腰掛ける。
「さあ、いつでもこい」
しまった、つい声に出してしまった。
「……いいのか?」
声の主も戸惑っている。
画面からキラキラとした粒子が出て来た。
もう、そんなことで驚かない。……が、とりあえず財布を握りしめる。
女神が出てくると思い込んでいたが、違うモノが出てきたらマズイと、今になって思ったのだ。
だから、念のために雫奈のお守りを頼りにする。
出て来た粒子が人型に集まっていく。……これも前と同じだ。
そして……
現れたのは、画面の中の萌えキャラ……ではなく、ちゃんと実在の人間に近い容姿の「妹」になっていた。
こうなると思っていたから、作っている時も人間に近い容姿を思い浮かべていた。それが反映されたのだろう。
等身大の「妹」は、床に降り立つと、ゆっくりと目を開く。
そして、こう言い放った。
「ご苦労であった人間。我が名は操心の悪魔パルメリーザ。この世界を欲望と快楽で満たすモノ。その恩恵を受けたくば、我に忠誠を誓い、下僕となるがよい」
ヤベェ、飛んでもないモノが出て来たぞ。
でも考えてみれば、言葉にこそしなかったが、雫奈はこの「妹」の製作を後押ししてくれていたように思う。
それに、このタイミングで渡された「お守り」だ。
さらに言えば、雫奈と縁の深いこの場所で、悪魔が現れたのに、全く何の反応もない。それはつまり、深刻な事態ではない……とも考えられる。
たしか雫奈は、顕現しても無名だから力がないと言っていた。ならば、コイツも今なら無力かも知れない。いや、そうだと信じるしかない。
俺の想いが作り出したモノなら、その想いの強さで影響を与えられるはず。
つまり……
──ここで怯んだら負けだ!
改めて、相手を観察する。
いや、観察するまでもなく、中の奴はこの姿を全く理解していない。
だいたい、なんだそのキメポーズは。
その身体で色気を振りまいても、全く効果はないぞ。
でもまあ、とりあえず、そこから攻めるとしよう!
心の中で闘志を奮い立たせる。
この「妹」には、俺の想いが詰まっている。なのに……
「お前、全然なってねぇ! なんだそれは!」
相手が悪魔だろうが何だろうが、どうでもいい。
その姿を借りるのなら、それなりの態度ってもんがある。
「そのポーズはなんだ。全然その姿に合ってねぇ。ハッキリ言って不合格だ。それに、その子は小悪魔であって、悪魔じゃねぇ。根本から間違ってんだよ」
「ちょ、ちょっと落ち着け、人間」
「いいや、落ち着かねぇし、お前の言い訳も聞かねぇ。とりあえず、登場のシーンからやり直せ」
「だから……」
やはり、設定が生きているのだろうか。そうでなければ、ブチ切れられて当然の状況だ。相手が力のある悪魔なら、今ごろ俺は、ミンチにされていると思う。
ギュッと財布を握りしめる。雫奈のお守りよ、俺に勇気を与えてくれ!
「空中に現れて、ふわりと降り立つまでは、完璧だった。だが、目の開け方がなってない。その身長で、煽り目線とは何事だ。うつむき加減で、薄っすらと目を開けるもんだろ。やってみろ」
「う、うむ。……こうか?」
「おー、そうだ。できるじゃないか。じゃあ、そのまま、スカートを軽くつまんでお辞儀。ここまで言えば、台詞も分かるだろ?」
おっ、これは……
言われた通り……いや、言われた以上に完璧なお辞儀だ。
「お兄様、やっと、お逢いすることができました。妹のパルメリーザです。これからは、ずっと一緒ですね」
目を細めてニッコリ笑う。
もちろん、そんな台詞は教えてないし、俺自身も考えてなかった。
それはつまり、パルメリーザとかいう悪魔は、形代になった「妹」の設定に、影響されていると思って間違いない。
それならば、話し合うことぐらいはできるだろう。
とにかく話を聞いて、結論を出すのは、その後だ。とはいえ……
どうしたものかと頭を悩ませながら、俺は財布をギュッと握りしめた。