憑りつかれた!?
ちょっとした息抜きに、お気に入りの神社で休憩をした帰り道。
愛用の肩掛けカバンを揺らしながら、のんびりと歩いていた。
中に入っているのは、さっき立ち寄ったコンビニに買ったもの。
数日分の食料やドリンクなどだ。
あとは、急に雨が降った時のための、折りたたみ傘ぐらいか。
「……、…………。……、…。…………」
今日もなんだか騒がしい。
最近になって、聞こえる頻度が増えたが、その正体は分からないまま。
とはいえ、まだ引っ越して、ひと月も経っていない。もしかしたら、この町ではこれが普通なのかも知れない。
今も通行人が、気にする様子もなく歩いている。
公園に立ち寄ってケータイを取り出し、メールやメッセージをチェックする。
特に何も届いていない。
知らせが無いということは、何も問題がないということだ。
ついでにニュースをチェックする。
相変わらず、悪いニュースと不景気なニュースが並んでいる。
たまに出てくる動物の姿に癒しを求めていると、道路の方から、何やら騒がしい声が聞こえて来た。
なんだろうと視線を向けると、若いチンピラ風の男と目が合った。
──ヤバイ、絡まれたら面倒なことになる。
そう思ったが、下手に目を逸らすのも危険だ。惚けた表情で凝視する。
「……チッ」
どうやら運が良かったようだ。
相手はそそくさと立ち去った。
もしかしたら、俺のことを子供だと勘違いしたのだろうか。
再び画面に目を落として、癒しの続きを……と思ったら、道路のほう、物陰になっていた場所から、中年の男性がよろけ出て来た。
さっきの男と揉み合っていたのか、少し服が乱れている。
大事そうに鞄を抱えている所を見ると、それを奪われそうになったのだろう。ビジネスマンがよく持っている、黒くて四角い鞄だ。
その男性は、こっちに気付くと、なぜか近づいて来る。
正直、関わりたくない。
とはいえ、逃げるには遅すぎた。
「ちょっとキミ、そこの……」
他に人影がないのだから、惚けても仕方がない。
できるだけ愛想の良い笑顔を浮かべる。
「俺ですか?」
「さっきは助かった。ありがとう」
「いや、何もしてないですよ」
冗談抜きで、本当に何もしていない。
チンピラが向かってきたら全力で逃げようと、そう思っていただけだ。
「ちょっと連絡を取りたいんだけど、ソレ、貸してもらっていいかな」
いやさすがに、個人情報満載のモノを、見ず知らずの人に貸すのは遠慮したい。
そういえば、この公園には、今どき珍しい物が残っていた。
「あっ、だったら、そこに公衆電話がありますよ」
別に俺は悪くないし、冷たいわけでもない。これが当然の対応だ。
だが男性は、情けない表情を浮かべて、しょんぼりする。
「小銭入れを落としたみたいで、かけるお金が……」
だったら緊急通報で警察を呼んで、チンピラのことを話せばいい。あとは何とかしてくれるだろう。
幸い、この辺りにも、いくつか防犯カメラがあったはずだ。上手くいけば犯人を捕まえられる。
だが、それまで一緒に居てくれと言われても面倒だ。
……言われそうな気がする。
財布を取り出し、中身を確認する。
間が悪い時はこんなものだろう。どうやら十円玉を切らしていたようだ。
よく考えたら、コンビニで使い果たした気がする。電子決済を嫌った弊害だ。
だが逆に、だからこそ財布を持ち歩いていたとも言える。
仕方がない……
「どうやら仕事に戻らないとダメなようだから、あとはコレで何とかして下さい。じゃあ、俺はこの辺で……」
百円玉を二つ渡すと、あくまで愛想の良さを保ったまま、手を振って歩き出す。
そこまでする義理は無かったが、これで丸く収まるのなら安いものだ。
「……………。……ぱり、…。…………だね。……」
また、例のアレが聞こえて来た。
気のせいか、声のようなものが混じっていた気がする。と思ったら……
「………キミ、合格だよ」
今度はハッキリとそう聞こえた。
道路から細い通路へと入り、その先の階段を上る。
古いながらも頑丈そうな、ちょっとオシャレなアパートだ。
大家からは、限度はあるが防音対策されていると聞いている。たしかに部屋の中で、近隣住人の気配を感じたことはない。
時間間隔のズレている俺には、かなりありがたかった。
だからここに決めた、とも言える。
ともかく、憩いの空間に戻ってきた。
部屋に戻ってまず最初に、パソコンを眠りから目覚めさせる。
念の為にメッセージを確認すると、一通だけ届いていた。
そこにはただ「OK」を表す絵文字があった。それに合わせて、笑顔の絵文字を返す。たったそれだけで、伝わるはずだ。
画面には、いつものように女神アリスティアの姿が見える。
手にしたボードには天気予報と「今日はなんの日」が表示されている。
前に作った、バーチャルアシスタントだ。
とはいえ、大したことはしていない。自分で作った3Dモデルに既存のソフトを組み合わせただけだ。なので大した機能も備えていない。
身もふたも無いが、最初こそ面白がって使っていたが、やはり自分で操作したほうが効率的だ。
今ではすっかり、マスコットキャラと化している。
買ってきた物を棚や冷蔵庫にしまい、サッサと着替えて手洗いうがいを済ませると、パソコンのソフトを立ち上げる。
女神とは別の3Dモデルが現れる。
スポーティで健康的、それでいて知性と優しさを感じさせる、ホットパンツ姿の女性だ。
完成しているように見えるが、まだだ。茶色っぽい長髪のサイドを編み込み、ポニーテールにしているが、その作り込みがまだ甘い。
完成するまでは名前を付けないと決めていて、便宜上「姫」と呼んでいるが、それも今日でおしまいだ。髪が仕上がれば、とりあえず完成となる。
いつかはワンピースやエプロン姿なんてものも用意してあげたいが、それはいつになるだろうか。
ぶっちゃけ、コレはただの趣味。本能の赴くままにただ理想を追い求めた一品に過ぎない。でも、それだけに手がかかっているし、どこに出しても恥ずかしくないと自負している。
……実際に流出したら、自殺ものだが。
「こんなものかな……」
いろいろと角度を変え、物理演算で揺らしてみる。
今のところ、髪は暴走してないし、ホラー映像にもなっていない。
データを変換して、別のソフトを立ち上げる。
自動で画面の中を歩き回り、いろんな仕草をするだけのものだが、特に問題はなさそうだ。
「よし、完成だ」
まだまだやりたいことは山ほどあるが、とりあえず大満足だ。
「………?」
なんだろう。何かの気配を感じる。
今まで霊感が強いと思ったことは無いし、そもそも幽霊の存在を信じていない。
それでも、このゾクッとくる感じは、無視できない。
振り返っても誰もいないし、部屋の中には自分しかいない。……当たり前だ。
「ちょっとコレ、借りるね」
この声には聞き覚えがある。さっき公園で、合格通知をしてきた声だ。
画面から、キラキラとした粒子が出てきた。目の錯覚かと思ったが、歩き回っている「姫」から出ているようだ。
思わず椅子を蹴って立ち上がり、転ぶように這って、ベットに腰掛ける。
これ以上遠ざかろうと思えば、粒子を突っ切って玄関に向かうか、背後の窓から飛び降りるしかない。
集まった粒子が徐々に人型になっていく。
見間違えるわけがない。これはもう、画面の中の「姫」が出てきたとしか思えない。
だが、粒子の放出が終わっても、画面の中の「姫」は変わりなく歩いている。
「初めまして、繰形栄太くん。私は、調律の女神アリスティア。貴方にお願いがあって……って、どうしたの?」
どうもこうもない。ツッコミどころが満載だ。
特に、どうしても許せないのが……
「勝手にその姿を使うなよ。それに、神様が宿るのは自然とか形代とかだろ。動物とか人に憑依するって話も聞くけど、なんで電気信号のデータに宿ってんだよ」
「だってほら、神様って万物に宿るって言うでしょ? それに依り代にしたのは圧縮した空気で、その形を保つために、でーただっけ? その視覚情報を使わせてもらったのよ。つまり、合体技ね。それより、どう? カワイイでしょ?」
そう作ったのだから、可愛いのは当たり前だ。
まあ確かに、等身大の「姫」が目の前に現れ、こうして語りかけてくれているのだから感動もするが……
「そういう問題じゃないって。そもそも、その子はまだ名前が無いし、アリスティアはこっちだ」
画面内のバーチャルアシスタントを指差す。
「えっ、私の名前もアリスティアよ。へぇ、だからか……」
ふむふむと、ひとり納得している。
「なにが?」
「いやぁ、この世界ってほら、神様とか信じてる人って少ないでしょ? 私がこの土地を任されてから、気付いてくれた人は誰も居なかったし。それでもめげずに話しかけてきた甲斐があったわ。まさかこんな所に、私に信奉者が居たなんて」
恐らく、かなり間抜けな表情を晒してしまっただろう。本気で何を言っているのか分からなかった。
「私の名前を唱えて願い事をすると、私とのつながりが強くなるのよね。だから、私の声が聞こえたんだわ」
「だったら、こっちの姿にしろよ。これも一応、女神って設定なんだからさ」
「う~ん、それでも良かったんだけどね。でも、この子のほうが強い思いが宿っていたから。込められた思いが強いほど、成功率が上がるのよ」
女神だか、幽霊だか知らないが、人外の理屈を出されては反論のしようがない。
まあいい……。いや、良くはないが、とりあえずは仕方がない。
「で、俺に何か用か?」
もう、考えるだけ無駄だと思い、いろいろと諦めた。
さっさと用事を済ませてもらって、帰って頂こう。
そう思ったのに……
「繰形栄太くん。私もここに住むから、よろしくね」
「さっさと帰れー!」
反射的に、この日一番の大声を上げながら、防音対策に感謝した。