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6.初仕事はいい感じ

「なんだ、来たんだね」




 太陽が丁度真上に登った頃、ギルドに現れた直人を見てサライは厭らしく笑った。




「なんすかその反応は。来ますよ流石に」


「そうかいそうかい」




 冒険者達がクエストに出かけているため、昨夜の喧騒が嘘のように静かである。




「それで、魔法は使えるようになった?」


「ふふん」


「おや? 意外な反応だね。ミラーナの教え方が良かったのかな?」




 得意げに鼻を鳴らした直人に、サライは意外そうな顔をした。


 昨晩酷く辱めを受けていた直人を見かね、アドバイザーとして上級白魔導士のミラーナを彼の家へと派遣した張本人ではあるのだが、それでも昨日の様子を見る限り、一朝一夕で会得できるなど思いもしなかったからだ。




「ミラーナの教え方っていうか……俺の潜在能力が高かった。そういうことですかねぇ」


「うわ調子に乗ってる。まぁいいか」




 態度こそ鼻についたが、確かに彼には才能がある。


 魔力の高さに直結する精神力が通常の人間の限界値を超えているのだ。


 コツさえつかめば訓練次第で高い魔力を得て、様々な上級クエストをこなせるようになるだろう。


 そうなれば、彼のために苦労しているアリッサも楽になろうというものだ。




「じゃあ早速見せてもらおうかな」


「お安い御用っす。ちゃんと見ててくださいよ――」




 直人は得意げな様子でジャージのポケットからマギアを取り出し右手に装着した。


 昨晩ミラーナから受けたアドバイスを思い出し、意識を手のひらに集中する。


 そして、緩んだ糸がピンと張り詰めるような一瞬の感覚を彼は逃さず、意識と共に呪文を吐き出す。




「――ファイアッ!」




 次の瞬間、ソフトボールサイズの紫に揺らめく火球が直人の手に現れた。


 その光景にサライは音をたてて立ち上がると、視界を遮る前髪をかきあげてまじまじと炎を凝視する。


 彼女は酷く驚いているのだ。マギアを装着しているとは言えど、一晩でこのサイズの炎を作り出せるようになるとは微塵も考えていなかった。


 それに魔法で生み出す炎の色は黄色や赤が基本だ。火炎魔法を得意とする上級魔導士の中には青い炎を駆使する者も一定数存在するが紫の炎など聞いたことがなく、近づくだけで火傷を負いかねない熱量は初級者のそれではない。


 なにより驚いたのは彼が既に詠唱の大幅な短縮に成功していることだ。火炎魔法の基礎となる呪文は40字、それを長年かけて自分なりに短縮していくのが普通であり、10文字以内に収めることができれば優秀な魔導士として認められる。それなのにこのクズ男はたった4文字で魔法を発動してみせた。




「どうっすか? 出来てますよねこれ?」


「……うん、いいね。流石は異世界人ってところなのかな」


「よっしゃ! 珍しく頑張った甲斐があったなぁ」




 彼は得意げに鼻を鳴らし、見せつけるようにその炎を握りつぶした。


 思えば直人がこの世界でアリッサ以外に褒められたのはこれが初めてである。調子にも乗って然るべきだろう。




「もうこれクエスト受けちゃって良いっすよね?」


「うーん。物によるだろうけど、装備はレンタルになるだろうし、パーティに参加してからの方が――」


「ってか受けますわ! もう今しかないって感じ! 受付のおねぇすわぁ~ん!」


「あ、ちょっと! ……やれやれ」




 一度調子に乗った直人を止められるものなどありはしなかった。


 美人で巨乳の受付嬢に鼻の下を伸ばしながら初級のクエスト一覧を眺める彼が只者でないことは、今しがた知れたばかりだ。とはいえ直人は戦闘についてはド素人である。恵まれた才能を活かすためにもきちんと順序を踏んでステップアップしていくべきだとサライは考えていた。しかしせっかく彼がやる気を出したのだから、水を差して元のヒモ男に戻してしまうのももったいない。




「どうだい? いいクエストは見つかったかな?」


「ん……正直どれも微妙っすねぇ。採取とか探索はめんどくさいし、戦闘は報酬が少なすぎて。ねぇねぇお姉さん、こっそり中級以上のクエスト受けられないっすか?」


「申し訳ありませんが規則ですので……」




 うなる直人の横からサライも一覧表に目を落とす。


 もっとも報酬が高いのは地下ダンジョン探索の荷物持ちで30,000Gだが、探索予定期間は3日のため1日の稼ぎは10,000Gだ。悪くない金額ではあるが、体力的にもメンタル的にもあまり薦められるものではない。


 その他のクエストはどれも3,000G前後と安いが、初級としては内容も報酬も普通である。


 しかしながら、バリバリ稼ぐつもりでやってきた直人は不満を隠そうとしない。


 それを見かねたのか、受付嬢は「でしたら……」と手のひらで直人の後方を指した。




「もし腕に自信があるのでしたら、個人依頼クエストを受けてみてはいかがでしょうか?」


「個人依頼……?」




 振り返った先には大きな掲示板があり、そこには大量の紙が貼られている。




「はい。ギルドと正規契約を交わしていない人物からの依頼になります。正式なクエストと異なり受注条件は依頼者次第ですから、お気に召すものが見つかるかもしれません」


「それもっと早く教えてくださいよ~! ちょっと探してきます!」


「あはは……申し訳ございません」




 掲示板まで駆けていく直人の姿に、サライは思わずため息をこぼした。




「アタシの連れが迷惑かけてごめんね」


「いえいえ、このくらい迷惑なんて思いませんよ」




 依頼書を吟味する後ろ姿をサライは遠目で眺めていたが、ほどなくして彼は1枚の依頼書を手に取ると、そのまま受付へと持ち帰った。良い依頼が見つかったのだろう。




「俺、これやります!」


「ん~? 出す前にちょっと見せて」


「はい、めっちゃ良い感じじゃないっすか?」


「どれどれ…………あぁダメだね。戻しておいで」


「え!? なんでだよ!?」




 直人が持ってきたのは魔物討伐の依頼書だった。


 依頼主はマダム・ドグラル。この街で知らぬ者はいない資産家だ。


 依頼内容は『盗賊バースティア≪クラスメイディ≫の討伐』。


 達成条件は、対象が首から下げている『先代の爪』を討伐の証として持ち帰ること。


 冒険者ランクは不問とし、先代の爪を持ち帰った者に報酬を与える。


 報酬金は500,000G。




「悪いことは言わないからさ。大人しく初級クエストをコツコツやる方がキミのためだよ」


「あ~っと……。そのクラスメイディって奴はそんなに強いんですか?」


「いや、もしかしたらキミの方が圧倒的に強いかもしれない。だけどね、強い弱いの問題じゃないんだよ。キミの気持ちの問題さ」


「気持ちは決まってますよ。俺はこの魔法でいけ好かないあの女を見返してやるんだ」


「あの女? あぁ、ミーシャね」




 昨晩直人がギルドを出る際、なにやら絡まれていたのをサライはしっかりと目撃していた。


 落ち込んでいた彼を励ます意味も込めてミラーナを送り込んだのだが、どうやら変なスイッチが入ってしまったようだ。




「それにあれだ。ちゃっちゃと稼いでアリッサに楽をさせるんだ」




 どの口が。


 そんな言葉を飲み込んでサライは考えた。


 金を稼ぐのはそんなに簡単なことじゃない。上手い話には裏がある。


 しかし、言って聞かせたところで彼は訊く耳を持たないだろう。


 ならば百聞は一見に如かずで、実際に目の当たりにするのも彼にとって経験になる。


 幸いこのクエストに失敗時のペナルティは存在しない。


 ならば彼の情報を集めるためにも、ここは行かせてみるのも選択肢としては悪くない。




「仕方ないね。お嬢さん、彼にこのクエストを」


「え? よろしいのですか?」


「いいのいいの。何事も経験さ」


「……承知しました。それではライセンスカードに登録します。武器と防具をお持ちでない場合はレンタルの物を無料で貸し出しておりますので、出発前にお声がけください」


「あ、はい。よろしく頼みます」




 この時、サライは直人のライセンスカードに刻まれた数字を見逃さなかった。


 魔力35。


 それは数十年修行を積んだ者が到達可能といわれる、人間の魔力の限界値40に迫る圧巻の数値であった。






   * * * * * *






 今日も今日とてアリッサの帰りは遅い。


 武器屋での仕事を終えた後、そのまま居酒屋でのアルバイトへと梯子するのだから以前よりも帰宅が遅くなってしまう。


 居酒屋のアルバイトは初日だったこともあり、肉体的にも精神的にもかなり疲弊している。




「アリッサちゃんお疲れ! 初日にしちゃあ上出来だったなぁ」


「いえいえ……店長が丁寧に教えてくださったおかげです……」


「おう! 明日からも色々教えるからな! とりあえず今日はこれ持っていきな!」


「わっ! こ、こんなにたくさん……! ありがとうございます! ではお先に失礼しますね! るんるんるんっ!」


(かわいい……)




 疲弊しているが、アリッサは幸せである!


 自分が世界一の幸せ者じゃないだろうかと本気で感じているほど幸せなのだ!




「今日はナオト起きてるかなぁ? 起きてるといいなぁ」




 昨日から直人は冒険者になった。


 手に職を付けてくれたことは素直にうれしいが、無理をしていないか心配で、気が気ではない。


 昨日は持ち帰る事ができなかったごちそうも、今日こそは直人にたべてもらおう。そして少しでも体力をつけてもらおう。


 そんなことを考えながらも、ごちそうを持っているだけで彼女の足取りは自然と軽くなる。


 まるで翼が生えているかのような軽い足取りで、今日も暗い石畳の道をスキップで駆け抜けるのだ!




「――あっ」




 しかし、彼女はすぐに立ち止まった。


 暗闇が包んだ視界の先に、ぼんやりと人影が佇んでいるのである。




「怖くないよ。おいで」




 しゃがんで手招きをすると、その影は昨晩とは違い、ゆっくりとアリッサに近づいた。


 闇夜の中、金色に光るその瞳は昨晩程怯えていない。




「おなかすいてるんだよね? 今日は昨日より沢山あるから半分こにしよっか」




 それは猫の様な姿をした亜人種(デミヒューマン)の幼い少女だった。


 頭長部から生えたふたつの耳をぴこぴこと動かし、アリッサの前にしゃがみこむ。


 茶色の髪は毛並みが悪く、白い肌も塵で汚れてしまっている。体に巻き付けている灰色の布もボロボロだ。




「じゃあねぇ、これとこれと~。あ、お魚の方が好きかな? じゃあこれは多い方がいいよね」




 持っていた3つの包みを広げてせっせと料理を分けるアリッサを、彼女はただじっと見つめていた。




「これでいいかな? はいどうぞ。お魚多めに入れたから、沢山たべてね」




 包みを差し出された彼女の瞳は、もう怯えていなかった。


 かわりにアリッサの手の甲に痛々しく残る傷に自責の念が募り、少女はすぐに包みを受け取らず、自分が付けてしまったアリッサの傷口を舌で舐めはじめた。


 傷口を丁寧に舐めた後、彼女は差し出された包みを申し訳なさそうに受け取った。




「ふふっ。ありがとう。私は大丈夫だから心配しないでね」




 アリッサが頭を撫でると少女は頬を緩ませ、尻尾を振りながら暗闇の中へと消えていった。


 料理は半分になってしまったが、アリッサにとってはどうでもよかった。


 少女が最後に見せた微笑みと嬉しそうな後姿を見れただけで、彼女の空腹は満たされていく。




「またね」




 暗闇に呟いてアリッサは再び帰路についた。


 路地を抜け、明るい繁華街へと足を踏み入れると、いつも通り騒がしいギルドが見えてきた。昨日拾ったカードに記された魅力の欄を思い出し、少し気分が落ちてくる。




「そういえば、例のマギア君まだ帰ってきてないみたいだぜ」




 ギルドの前を通り過ぎようとしたところで、ふと不意にそんな言葉が耳に入った。




「聞いた聞いた。マダムの依頼だろ? 相手は手負いだし、ちゃっちゃと終わらせて家に帰ったんじゃねぇの? ま、俺はごめんだけどな」


「わかんねぇぞ? なんたってマギア君だからな!」


「そういやミーシャ嬢も狙ってるって話だったか? 全く物好きだよな。あ、マギア君鉢合わせてぼこぼこにされてたりしてな。ハハハ――」




 荒くれた冒険者たちの他愛のない雑談だ。


 しかし、アリッサの心は酷くざわついてしまう。


 魔力伝導装置(マギア)とは、子どもが魔法の練習に使う手袋型のアイテムだ。


 大人が付けているところなど見たことがなく、ましてや武器屋に来るような冒険者たちが付けているなんて話は聞いたことがない。


 ただ、今朝家を出る際にテーブルの上に置かれていたのは間違いなくマギアであり、直人が魔法を使えないこともアリッサは知っている。


 そんなはずがないと思いながらも自然と歩みは速くなり、気づけば繁華街を駆け抜けていた。




「はぁ……はぁ……」




 ミーシャという冒険者をアリッサは知っていた。


 武器屋のパート中に何度かその姿を見たことがある。


 ドレスの様な真紅の鎧を纏い、腰に長剣を携えた気の強そうな赤髪の女性だ。


 どこかの令嬢であり、男顔負けの剣技を駆使する上級の冒険者だと武器屋の店主に聞いたことがある。


 もしそんな彼女と直人がぶつかり合ったとすれば、その勝敗は火を見るより明らかだ。




「ナオトッ!」




 町はずれの農家の敷地に建った古い小屋。


 息も絶え絶えに辿り着き、扉を力いっぱい開いたが、直人の姿は愚か帰宅した形跡すら残っていない。


 そして、テーブルの上に置いてあったはずのマギアも無くなっている。




「ナオト……」




 せっかくの料理を食べる気力などあるはずもなく、アリッサは静まり返った小屋の中で呆然と立ち尽くす。




「……無事で帰って来て」




 彼女にできるのは、彼の無事をただ祈ることだけだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] アリッサちゃん天使 [気になる点] NAOTOが中途半端に力自覚しちゃったらDV男にならないか心配です... [一言] かわいそうなヒロインは大好きです!
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