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5.魔法のレッスン

 直人はベッドに腰掛け、手に嵌めたマギアと睨めっこをしていた。




「っふん! ふぁあああっ! セイハーッ! いやぁああっ!」




 しーん。


 擬音を付けるならこれが最もふさわしい。


 精神的にも肉体的にもかなり疲れているが、明日のことを考えると火の粉くらいは出しておかねばと珍しく頑張っているのだが、なかなかどうしてうまくいかない。




「ンン――ファイア――――ッ!?」




 サライから教えられた詠唱を覚えられなかった訳ではないし、忘れたわけでもない。家に帰り落ち着いたところで何度も試してはみたのだが、やはり結果は変わらず何も起きないので、遂に迷走し始めた。


 気合いで何とかしようとしているのだ。


 一言で表すなら愚かだが、良いように言えば果敢!


 色々と享受してくれたサライの顔に泥を塗るつもりで彼は叫ぶのである!




「こ、こんにち――」


「ハァああああああああっ!」


「わぁああああああああっ!」


「ああああってぇどちら様でぇ!?」




 気合いを入れているところで誰かがドアを開き、そして勢いよく閉じたことに直人は気がついた。


 もう随分遅い時間ではあるが、聞こえた声からしてアリッサでないことは確かである。


 こんなところに訪れる者など家賃回収のおじさんくらいのものなので、聞き覚えのあるような無いような少女の声に直人は緊張した様子でドアノブに手を伸ばす。




「あれ? あんた確か……クラーラだっけ?」


「ミ、ミラーナですっ!」


「そうだった。ごめんごめん」




 扉の外、オドオドした様子で佇んでいたのは昼間に直人の指を治癒した白髪の少女、ミラーナであった。




「今日はありがとな。でもどうしたんだよこんな時間に」


「あ、いえ、えっと、その……」




 彼女はモジモジと指を絡めて口籠る。


 視線はなかなか合わないし、気のせいか頬は紅潮しているようにも見えた。




「……ハッ!?」




 この瞬間直人はある答えを導き出した。




(この女子、俺の事が好きなんじゃね?)




 愚の骨頂を脇目も振らずに直行する彼は、哀しくも童貞だ。アリッサほどではなくとも可愛い女の子が押掛女房のように現れたその瞬間から、彼の中で答えは出ていたと言っても過言では無い。




(一目惚れか……ははっ。俺もやるようになったもんだ)




 ミラーナにそんなつもりはなくとも彼は既に勘違いの道を突き進んでいるのだ!




「まぁ立ち話も何だし入ってくれよ」


「で、ですが、アリッサさんに悪いですし……」


「アリッサ? アイツのこと知ってんの?」


「え、ええ。武器屋で何度かお話を。と、殿方がいるという話も伺っていたのですが、まさかあなたがそうだったとは」


「殿方? 違う違う。アリッサと俺はそんなんじゃないよ」




 現に彼女と直人は一緒に暮らし寝食を共にしているが、特に付き合っているとか結婚しているとか色付いた間柄ではない。




「そ、そうなのですか?」


「そうそう! だからほら早く上がって、何もおもてなしはできないけどさ」


「お、お構いなく……」




 そんなわけにはいかない、直人は構う。


 なんたって生まれて初めての彼女が出来るかもしれないのだ。


 誰も構わなくても彼だけは構いまくる!




「とりあえず座ってくれ。ベッドに!」


「え、は、はい……」




 この家にも椅子くらいはある。


 ボロボロの四角いテーブルを左右から挟むように置かれたデザイン違いのゴミ捨て場産だが、それでも一応椅子はあるのだ。


 だがしかし、彼はベッドに座らせるという選択を取った!


 漢、佐々木直人はチャンスを決して逃さない!




「それでぇ? 一体どぅしたんだぁい?」


「え、えっ……その……」


「ん〜? 遠慮せずに言ってみな、子猫ちゃん」


「こ、子猫ちゃん!?」




 彼女の隣に腰掛け、目一杯カッコつけたねっとりボイスで話しかける直人に対し、ミラーナは危険な臭いを感じずにはいられない。




(か、顔近い……なんか気持ち悪いよぉ)




 座った目、伸びた鼻の下、緩む口元、荒れ狂う鼻息――ドン引きである。




「そ、その……サライさんに言われて怪我の手当てを……」


「え? サライさん?」


「は、はい。つ、ついでに魔法の指南もしてこいと……」


「……おかしいな」




 シンキンッ!


 直人は考えた。


 怪我というのはギルドを出る際擦りむいた膝の事だろう。


 それを直しに来た、つまり彼女は自分のことが好き。


 これはわかる。


 家までわざわざ魔法の使い方を教えに来る。


 普通赤の他人にそんなことするわけがないので、つまり自分のことが好き。


 これもわかる。


 だがサライに言われて来たという所が引っかかる。


 それではまるで自称情報屋の女に面倒ごとを押し付けられただけではないか。




「もしかして……だけどさ。ミラーナお前、俺の事が好きな訳ではないの?」


「す、すき!? い、いえ。好きか嫌いかで言われれば……き、嫌いではないですけど……」


「つまり異性として好きって認識で合ってる?」


「あ、それは完全に間違ってます」


「――ッ!?」




 直人は衝撃を受けていた。


 完全に自滅ではあるものの、余りにもキッパリと拒絶されて普通にショックなのである。




「あはは……ははは……」




 そして直人は涙した。


 自分という人間の愚かさに気づいてしまったのだ。




「ど、どうしました!? 痛みますか!?」


「……ああ、痛いなぁ」


「す、すぐに治しますから診せてください!」


「いや……大丈夫だよ」




 直人が痛めていたのはズバリ『心』だ。


 しかし真に痛いのは彼自身であり、だからいつまでも童貞なのであるが、それに彼が気づくのはもっともっと遠い未来のお話である。




「で、でも……」


「傷は本当に大したもんじゃないんだ。ちょっとした掠り傷だから。それよりも――」




 肘はまだ痛むがすでに出血も止まっているし気にならない。


 彼女を抱けないことは本当に残念ではある。童貞を卒業できそうにないのは非常に悔しい。


 だがそれ以上に、今頃になって、怒りが沸々と湧いてきた。


 あの赤毛の女。


 見下したような目で彼を笑いものにした鎧の女。




 彼女のせいでしなくてもいい怪我を負ったのだ。


 彼女のせいで童貞を卒業できると誤解したのだ。


 あいつには目に物見せてやらなければ直人の気は収まらない。




「ミラーナ。俺に魔法の使い方を教えてくれ」






 * * * * * *






 すっかり夜も更けてあと十数分で日付が変わるという頃、ボロ屋の扉は開かれた。




「ただい……あっ、直人寝てる。ふふっ、今日は疲れたよね」




 ポケットに詰め込んだ木の実をテーブルに並べ、やっと一息つくことができた。


 手の甲の傷口は既に乾いており、出血は止まっている。




「そういえば……」




 先程拾ったカードをまじまじと見つめ、アリッサはため息をついた。




「魅力……ないのかなぁ?」




 薄汚れた窓ガラスに映り込んだ自分の姿を見つめてみるが、ああなるほどと納得してしまうばかりだ。


 目の下の隈、乾いた髪、辛気臭い面構え。




「はぁ……」




 摘んだ木の実を食べようと思っていた彼女だったが、結局なんのやる気も起きず、手の甲の治療もせずに、直人が大胆に幅を取ったベッドに潜り込んだ。




「おやすみナオト」




 小さく囁いた声をそのままに、彼女は間もなく眠りへと堕ちた。


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