4.マギア
月が姿を隠した暗い夜。
武器屋でのパートを終えたアリッサは、繁華街から外れた路地裏の酒場を訪れていた。
「あーっと、アリッサちゃんね……志望動機は?」
「……生活が苦しいのでお金が必要なんです」
「そうか……」
アリッサにとって今日は散々な日である。
睡眠時間を削って書いた履歴書が風に飛ばされ走る羽目になったし、パチンコ屋が全焼して直人はショックを受けた様子だったし、その直人には突き飛ばされ、挙句勤め先の店長が彼に手を挙げ連行したのだから、朝から晩まで気分も沈もうというものである。
更に用意した履歴書をパチ屋の焼け跡に忘れてきてしまったものだからさぁ大変。
真っ白になった頭のせいで、昨晩必死に絞り出した志望動機を完全に忘れて馬鹿正直に「金が欲しい!」と語った彼女の運命やいかに。
「うーん採用!」
思いがけず、店主は即答だった。
「本当ですか! で、でもどうして? 履歴書を忘れてきた上に動機がお金なのに……」
「そ、それはだな……感じたんだよ、あんたの熱意を!」
顔である。
アリッサはとてもめんこいのだ。目の下の隈を考えたところでやっぱりキュートなのである。
こんな可愛い子が面接に来た時点で、店主の答えは決まっていた。
「熱意! 熱意あります!」
「おう……顔を見た途端わかったさ!」
「凄いです! 流石は店主さん!」
「ははは……とりあえず、明日から頼めるかい?」
「は、はい! がんばります!」
店主は思った。
この娘、やはりとてつもなく可愛い。
儚げな雰囲気もそうだが、全身から護ってあげたいオーラが溢れだしているのだ。
「そうだ。歓迎のプレゼントとしては粗末だが、何か料理を包んでやるぞ」
「え!? いいんですか!? あ、で、でも悪いですし……」
「気にするこたぁねぇよ。どうせもうすぐ廃棄にしちまうんだ。それにしっかり食わなきゃ力が出ねぇだろ? 明日の為にも持っていきな」
「は、はい! ありがとうございます!」
アリッサは単純な娘であった。
先程まで仕事の疲れと朝の出来事で疲弊しきっていたが、新しい職場が見つかったうえに、ご飯まで用意してくれると聞いたところで、気分が完全に上向きになった。
「ほらよ、こぼすんじゃねぇぞ」
「わぁ! お肉料理にお魚料理がこんなにたくさん! ありがとうございます!」
「いいってことよ! じゃあ気をつけて帰るんだぞ、この辺は最近物騒だからな」
「はい! それでは失礼します! るんるんるんっ!」
(かわいい……)
アリッサは上機嫌で店を後にした。
久々に雑草以外の食物を口にできると考えると楽しみで仕方がないし、それ以上に直人の喜ぶ姿を想像するだけで胸がポカポカと暖かくなるのだ。
「らんらんらんっ!」
繁華街と違い、この辺りは夜道が非常に暗い。
街灯がほとんどないために、ところどころにある建物の光だけでぼんやりと石畳の道が姿を見せている。
あまり来たことがない土地であるが故に、アリッサも少々不安を感じざるを得ない場面だ。
「あっ! こんなところにチェリの木が! 実も生なってる! これ甘くて美味しいんだよね~! ちょっとだけ摘んでいこ! るるるんるんっ!」
しかし! 今のアリッサは絶好調である!
新しい職と雑草以外の食事! 更には自生している自然のデザートまで見つけたのだからテンションが上がらないわけがない!
道の暗さも関係ない! 彼女に見えているのは直人と囲む幸せな食卓だけなのだ!
そう、アリッサはとてつもない幸福感に包まれていた。
だが――。
「痛っ!」
幸せはそう長く続く物ではない。
一陣の風が吹いた後、突然手の甲に鋭い痛みが走り、持っていた料理が音を立てて地に落ちる。
「な、なに……?」
彼女が見据えた闇の中にそれは居た。
「…………」
風の様に駆け抜けたそれは、黙って彼女を睨みつけていた。
* * * * * *
周囲の冒険者たちの話声がうるさいくらいに響いている。
今日のクエストがどうだったとか、今晩の飯は何だとか、恐ろしいくらいにどうでもいい。
「やぁやぁ。ちゃんと来たね」
広いテーブルに一人、頬杖をついて宙を見つめていた直人の元に、相変わらず黒づくめのサライがやってきた。
「サライさん遅いっすよ、何十分待たすんですか」
昼間はダガーで指を裂かれた上、約束の時間に30分も遅れてやってきたものだから、直人も少しばかり口調が強くなってしまう。
「美人に待たされるなんて本望じゃないのかい?」
「え? 誰が美人? 美人どこに居るの?」
「なんとでもいえばいいさ。ライセンスカードを見れば一目瞭然だからね。私の『魅力』は17だ。人間の限界値は18と言われている。それより1低いだけの私を美人と言わずになんというのかな? それに比べてキミの数値は~?」
「うるさいっすよ! とりあえず謝罪してください! 色々と!」
ちなみに彼の魅力は平均値の10なので特に何も言うことがない。
「ごめんごめん。これを探していたのだけれど、なかなか見つからなくてね」
彼女の手に握られていたのは黒い指貫手袋だ。
とは言っても、ただの手袋にしてはやたらと機械的な装飾で表面がゴツゴツしている。
警戒した様子で見つめる直人に対し、サライは手のひらを差し出した。
「プレゼントだよ。ほら、手を出して」
「……また切り付けんのは無しっすよ?」
「キミも大概疑り深いね。四の五の言わずに出してみな」
「……はい」
「うん、いい子だね」
また何か痛いことをされると勘ぐっていた直人だったが、サライは案外優しい手つきでそれを彼の右手に着けた。
自分の手には少し大きいようにも思ったが、指を通した途端、手のサイズに合わせるようにそれは縮んで違和感もなくフィットする。
「おぉ……! なんかカッコいいっすね! 何ですかこれ?」
「それは『魔力伝導装置』と言うものさ」
「マギア?」
「そう。魔法をうまく使えない子どもの為の補助器具みたいなものだね。アタシのおさがりだから型は古いけれど、まだまだ使える代物さ」
「つまり……俺も魔法を使えるようになるってことですか?」
「まぁ、それはキミ次第かな」
パチ屋が全焼して意気消沈していた直人だが、今そんなことはすっかり忘れてしまっている。
心が躍るとは正にこの事なのだろう。
「サライさん、ありがとう」
「どういたしまして。それでどうする? 今からでも教えてあげようか? 魔法の使い方」
「はい! お願いします!」
この世界に来てからパチスロにしかやる気を見せず、何に対しても曖昧な態度で向かってきた彼も、この時ばかりは力強く頷いた。
ところがどっこい。
一時間も経たないうちに、彼はすっかり疲れ切っていた。
「あーちがうちがう。そうじゃないって」
「…………」
何度試しても、魔法らしいものが全く発現しないのでだんだん嫌気がさしてきたのだ。
「じゃあ最初から唱えてみなさいな。ちゃんと集中してイメージするんだよ」
「はい……。えっと、真紅に揺れる――」
「『揺れる』じゃなくて『揺らめく』だよ。詠唱も覚えられない様じゃ魔法が使えるわけないじゃないか。知力は平均くらいあるのに集中力が足りないみたいだね」
「すんません……」
集中できないのにも彼なりの事情があった。
先程から周囲の目が気になって仕方がないのだ。
この世界では魔法を使えるのが普通が故、ここにいる冒険者たちは大なり小なり心得がある。
見れば彼の様に補助装置を着けているものなどおらず、なにやらヒソヒソと嘲笑される始末。
そんな中で集中するのはなかなかどうして難しい。
「う~ん。明日のことも考えて今日はもうお開きにしよう。家でしっかり練習するんだよ」
「はい……」
「あ、ほらライセンスカードを忘れているよ。調べてみたけどカードに異常はなかった。1枚目は消えちゃってるけど、予備として持っていきな」
「はい……」
よろよろと立ち上がった直人は、ふらふらとした足取りで出口に向かった。
朝から様々なことがあり、心身が想像以上に消耗していたのである。
だから、周囲に対する警戒心も欠けていた。
「うわっ!」
扉を開いたところで彼は何かに躓き、見事前のめりに転倒したのだ。
ジャージのポケットから2枚のカードがギルドの外へと放り出される。どんな可能性も感じられる無地のカードと、惨めな現実を突きつけられる赤いカード。
「あら、ごめんなさいねぇ。大丈夫? 死んでない? マ・ギ・アくん」
その言葉に続いて、多くの笑い声が彼に降りかかる。
見上げると、ドレスの様な鎧を身に纏う赤毛の女が自分を見下ろしていた。
彼女が手に持つ長剣の鞘に足を摂られたのだと彼は理解し、ゆっくりと立ち上がった。
「……すんません」
恥ずかしいやら悔しいやらで何故か謝罪の言葉を口にする。
よろよろと立ち上がり、落とした二枚のカードのうち、無力な自分を象徴する一方を拾い上げると、擦りむいた肘を庇いながら静かに帰路へとついたのであった。
* * * * * *
「いたた……帰ったら手当てしなくちゃ。ナオトももう帰ってるかな」
繁華街に出たところで、アリッサは手の甲から流血していることに気がついた。
多くの街灯で視界が開け、路地裏の暗さがより一層際立っている。
「ごちそうはなくなっちゃったけど、チェリの実があるし大丈夫だよね」
ポケットに詰め込んだ沢山の木の実を確認し、彼女は少し頬を緩ませる。
「かわいかったなぁ……えへへ」
彼女の足取りは依然として軽く、そのうち賑わう声が溢れるギルドの前を通りかかった。
「あれ? なんだろう?」
見ると、その入口前に白いカードが落ちてる。
落し物なら返さねばと拾い上げたのだが、手の甲から流れる血液が触れた途端、それには文字が浮かび上がった。
「わっ! ど、どうしよう……アリッサって私の名前だよね……? 種族が人間で……うわぁ魔力とか色々書いてある……個人情報筒抜けだよ……ってあれ? なにこれ嘘でしょ!?」
そんな中、彼女はステータス欄の一項目を見て驚愕した。
「私の『魅力』って29しかないの!? 百点満点だよね!? それがたったの29!? 赤点だよ……これは流石にショックだよ……」
返した方が良いとは分かっているものの、それを他人に見られるのが憚られたアリッサは、カードをポケットに押し込んだ。
明るく照らされた道の中、彼女の複雑な女心はどんよりと沈んでいたのであった。




