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3.はじめてのギルド

「で、なんすかここは」




 不機嫌な様子の直人はぶっきらぼうに吐き捨てた。


 彼にとって、今日は散々な日である。


 悪夢に目覚めて駆けつけてみれば、生き甲斐であるパチンコ店が全焼しており、更に見知らぬ筋肉ダルマに暴行を加えられた上に誘拐紛いの事をされたのだから、不機嫌にもなろうというものだ。


……


「誘拐ではなく略取だと思われますが、とにかくようこそナオト様」


「ようこそじゃなくて……ここはなんだって聞いてるんすけど」




 しかし不機嫌であると同時に、実のところ直人はドギマギしていたのである。


 それもそのはず。


 彼の目前にいるのは大胆に胸元を開いた衣装に身を包む、パイオツカイデーなパツキンのチャンネーだ。


 佐々木直人は残念ながら童貞である。


 ろくに女性経験も無い彼が、目のやり場に困ってしまっても仕方がない。


 なんてスケベなのだ!


 直人は怒りと喜びの入り混じった複雑な感情を抱き、結果ぶっきらぼうな態度へと走ってしまうのである。




「あら、ご存知なかったのですね。ここは冒険者ギルドの受付です」


「冒険者ギルド?」


「ええ。この世に蔓延る様々なクエストを冒険者に提供するのが我々の仕事です」


「……ふーん。それで俺はどうしろと?」


「はい。ナオト様には冒険者ライセンスを発行していただき、迫り来る数々のクエストをこなして頂きます。まずは基本となる初級クエストから始まり、経験値を積んでからレベルの高いクエストに参加するのが基本ですね。クエストのランクが高くなればなるほど危険は増しますがその分報酬も増えますので、初めは何処かのパーティに加入する事をお勧めします」


「…………」




 一通りスケベなねーちゃんの話を聞いた直人は、思わず黙り込んだ。というより、愕然としていたのである。




「……めんどくさ」


「え!? めんど……ラ、ライセンスの発行はすぐに終わりますし、クエストの受注や終了時の手続きは私どもが引き受けさせていただいております。装備品も初級のものであれば無料レンタル可能ですし、今はどのパーティも人材不足で追加メンバーを探していますからいくつかご紹介させて頂きますので、特に御面倒はおかけしないかと……」


「至れり尽くせりっすね。でもそういうんじゃなくて……はぁ……」




 どうしてこうなったと、彼は頭を抱えた。


 昨日までは毎日パチンコスロットを打ちながら三食昼寝付きのスローライフを満喫していたというのに、突然よくわらない派遣会社的な所に所属させられるというのだから、それもそのはずである。


 シンプルに言えば、直人は働きたくないのだ。


 ついでに、1ヶ月以上前にアリッサと約束した『働く』宣言のことなどすっかり頭から抜け落ちている。




「え、えっと。ライセンス登録させていただいてもよろしいでしょうか?」


「うん、丁重にお断りしま――」


「オッケーオッケー。カードだけくれればこっちで勝手にやらせてもらうよ」


「いや、ほんと勝手だな……」




 前髪で目元を隠し、口元に厭らしい笑みを浮かべる黒ずくめの女――サライを睨みつけたが、見えているのかいないのか、あくまで変わらぬ様子で彼女は嗤う。




「はい、ではこちらのカードをお受け取りください」


「……横暴っすよサライさん」


「キミが横着するからさ」


「うざっ」


「あっはっは」




 渋りながらも仕方なく、受付のお姉さんからカードを受け取った。


 近場のテーブルについて裏表をまじまじ見つめる直人だったが、それは完全に真っ白な無地のカードでる。




「……で、なんすかこれ?」


「ライセンスカードだよ。ほら、手を見せてごらん」


「手? はい」


「せいっ」




 次の瞬間彼女はどこから取り出したのか、過剰装飾が目立つダガーの刃で直人の指先を切り裂いた。


 ぱっくり割れた指先からは、どくどくと血液があふれ出る。




「ってぇ! アンタいきなり何しやがるんだ!」


「必要事項さ。ほら、血をカードに垂らしてみな」


「はぁ? くそ……」




 言われるがままカードに指を添えた。


 なにもやる気になったわけではない。何のためらいもなく人の指に刃物を立てる犯罪者を前に、滅多なことは出来ないと考えたのだ。




「…………おぉ、すげぇ」




 落ちた一滴の血液がそれに触れると、まるで炙り出しの様に文字が浮かび上がった。


 この世界で久々に触れたファンタジックな出来事に、直人は思わず感嘆の声をあげる。




「アタシは情報屋だからね。与える情報はいつでも正しいのさ」


「いや、それっぽいこと言ってるけど情報もクソも貰ってないっすよね。あと明らかに深く切りすぎじゃないすか? めっちゃ痛くて泣きそうなんですけど?」




 実際、最初の一滴で文字は全て浮かび上がってきたため、今なお流れ続ける彼の血液は全て無駄である。


 ではなぜ、サライはそんなに深く傷をつけたのか?


 理由は簡単。直人をとりあえず痛めつけたかったからである。




「うわめっちゃ血出てる! 絆創膏寄越せ絆創膏!」


「バンソーコー? なにかなそれは?」


「いいから早くなんとか――」


「あ、あのっ。だ、大丈夫……ですか?」




 言いかけたところで、背後からか細い声が響いた。


 心配そうに尋ねたのは小柄な白髪の少女である。


 髪の編み込みを弄り、目を泳がせる彼女に対して直人はグイッと指先を近づけた。




「いや、これ全然大丈夫じゃないよね? めっちゃ痛いんだよね、泣きそうなんだよね!」


「ひぃ! ごめんなさいごめんなさい! 血は苦手なんですっ! 治しますから落ち着いてくださいっ!」


「いや治すって……出来るの?」


「は、はい……これでも白魔導士(ホワイト・メイガス)ですので……」




 そう言うと彼女は直人の手をぎゅっと握り、ぼそぼそと何かを呟き始めた。


 ぽっと出の怪しげな少女の謎すぎる行動に訝しむを通り越して恐怖すら覚えかけていた直人だったが。




「は、はい。これで終わりました」


「うわっ! マジで完治してんじゃん! アンタ凄いな!」


「そ、それ程でも……」




 気がつけば、ぱっくりと割れた指先は完全にくっついていた。


 所謂『魔法』というものである。


 この世界には、絆創膏はないが魔法はあるのだ。


 日常的に使われる下級の物から訓練を積んだものにしか使えない上級の物まで、ありとあらゆる魔法がこの世界には溢れている。


 今まで家とパチ屋を往復する生活を繰り返してきた直人にとって魔法といえば、アリッサが窯に火をつけたり、水浴びした後に髪を乾かしている家電製品の代替物でしかなかったのだから、テンションが上がるのも無理はない。

 彼がアリッサの稼いだ金で打ち散らかしていたパチスロも動力となるのは魔法であるが、見えない内部のことなど知る由もないだろう。




「これはこれはミラーナ嬢じゃないか。よかったね、アタシの知る限り彼女以上のヒーラーは居ないよ。でもこんな男に気づかいなんて無用の代物だとアタシは思うけどね」


「サ、サライさん……いえ、これが私の仕事ですので」


「ん? 今俺さらっと『こんな男』とか言われなかった? なんでディスられてんの?」


「案外細かい男だね~。ただの軽口気にしなさんな」


「……まぁいいや。えっと、ミラーナだっけ? ありがとう。俺の名前は――」


「めめめめ滅相もございません! それでは失礼いたします~!」


「…………」




 名乗ろうとして途端、何故か彼女は全力疾走で逃げるように駆け出して行った。


 この時、直人は珍しく傷ついていた。


 可愛い女の子に逃げられることなど元いた世界でもそうそう経験できるものではない。




「悪い男からは逃げる。うんうん、彼女は生物として正しいね」


「だから、なんかディスってません?」


「そうだけど?」


「やっぱディスってたんだ!?」


「うるさいねぇ。まぁそれは置いといて、ライセンスカードを見せてごらん。お姉さんがチェックしてあげよう」




 相変わらず飄々とした態度が気に食わないが、自分では正直よくわからないので、言われるがままにカードを渡す。




「どれどれ……ん?」


「はい? どうかしたんすか?」


「いや、ちょっと待っててね」




 カードを見て不思議そうな声をあげ、彼女はパイオツカイデーなパツキンのチャンネーの元へ行くと、もう一枚、白無地のライセンスカードをもって来た。




「さっきのカードは不良品だったらしい。もう一度登録しないとね」


「やだやだやだ! もう痛いのやだ!」


「おやおや情けない。ほら、登録用の針を借りてきてあげたんだから自分でやってみなさいな」


「さっきのナイフは何だったんですかねぇ!? てかそれでいいなら最初からそうしろよ!」




 ぶつくさ文句を言いつつも、彼女に言われるがまま針で指先に傷をつけた。


 ジワリと浮かんだ血の雫をカードに垂らすと、先程と同様に文字が浮かび上がる。




「はい、これでいいんすよね?」


「ん――。一つ確認だけど、キミ、本当に人間だよね?」


「どんだけディスれば気がすむんですか?」


「いやいやそうじゃない。ほらここ、精神力のところ。数値が31って書いてある」


「はぁ、それがどうかしたんですか?」


「この数値には種族によって限界値ってものがあるのさ。人間の精神力は平均で12程度。どれだけ精神力の高い人間でも18が限界なんだ。キミの場合はそれを13も超過してるだろ? つまりはおかしいのさ」


「そうなんすか? えっ、じゃあもしかして、俺ってかなりの強者……?」




 なにやらよくわからないが、先程までは自分を馬鹿にしていた女に一泡吹かせられたようで、直人は少しばかり心が晴れやかになった。


 ここに来て自分の高いポテンシャルが露わになったのだから、調子に名乗らずにはいられない。このビッグウェーブに乗り遅れるわけにはいかない!


 そんな感じで散々いばり散らしてやろうと思った彼だったが。




「いや、他は平均かそれ以下だから際物ではあれ強者ではないかな。残念でした~」


「…………」




 案の定、現実はそうそう都合よく出来ていない。




「まぁそれはそれとして。もう一つおかしな点があるから確認したいのだけれど。キミ、魔法を使ったことがあるかな?」


「いや、無いっすよそんなの。使えたら使ってますわ」


「だよねだよね。おかしいと思った」


「なにがっすか?」


「キミの魔力についてだよ。普通、精神力と魔力は比例するのさ。精神力が高ければ高いほど魔力も上昇しやすい。まぁ、中には精神力の低さを努力でカバーして高い魔力を得る者もいれば、逆に高い精神力に胡座をかいて魔力はそこそこなんてパターンもあるけれど、キミの場合は魔力が『0』だ。生まれたての赤ん坊じゃあるまいし、魔法を使わずに生活する人間なんてまずいない。少しでも魔法を使おうものなら魔力は必ず現れるはずなのさ」




 ペラペラと早口で喋る彼女の言葉を直人は上手く理解できない。


 魔力だの魔法だの、この世界ではそれが当たり前だとしても、彼のいた世界では夢物語の存在なのだから。




「全くもって、キミの生活態度を考えると色々と信じられないことだよ。この街に来る前は一体どこでなにをしていたのやら」


「……つまり、なにが言いたいんすか?」


「言いたいことは山ほどあるけど、聞きたいことはひとつだけさ」




 彼女は言いながら、直人の顔を覗き込んだ。


 一瞬前髪を縫って出た瞳の紅い輝きに、思わず背筋がゾッとする。




「キミ、この世界の人間かい?」


「……いや、違いますけど」




 別に隠しているわけではないので正直に答えると、サライは大げさに頷いて見せた。




「そうかいそうかいなるほどなるほど、よくわかったよ」




 今のやりとりで何がわかったのか、彼にはよくわからなかった。


 ただ、どこか先程よりも更に厭らしい笑みを浮かべた彼女からは、とても不吉な何かを感じざるを得ない。




「まぁいいさ。お昼の部はここまでにして続きは夜にしよう。プレゼントを持ってきてあげるからトンズラこくんじゃないよ」


「は、はぁ……」


「念の為ライセンスカードは借りていくから。それじゃあまたね」


「あっ、えぇ……」



 スキップで立ち去っていく彼女の後ろ姿に、彼は思わずため息をついた。


 遠くから見つめる白髪少女のことなど気づきもせずに、直人は指先に付いた刺し傷をジャージの裾で拭うのだった。


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