13.爪先をしゃぶれ
お色気シーンがありますので、苦手な方はご注意下さい。
街を朝日が照らし始めた頃、ミーシャは宿屋の裏庭で日課のトレーニングに勤しんでいた。
ギルドが管理する訓練場もあるが、彼女の歪んだプライドは、訓練に励む姿を他人に見られる事を良しとせず、いつも人目に付きにくいこの裏庭を利用している。
外出時は常に重い鎧を纏う彼女も、この時ばかりは黒いショート丈のタンクトップと赤いショートスパッツ姿で、ヘソやら太ももやらを曝け出している。
「ふっ……ふっ……」
心を無にし、素振り用の模擬刀を振っているこの時間が、ミーシャにとって最も心安らぐ瞬間である。
外では常に気を張り、入浴中や就寝時には様々な不安が押し寄せるので、無心でいられる基礎トレーニングは数少ない癒しのひと時なのだ。
そしてもう一つ、彼女には密かな楽しみがあった。
その楽しみは、今日も裏口の扉を開いてやって来る。
「おねぇちゃん! おはよー!」
「……おはよう。メアリは今日も元気ね」
後頭部に付けた大きなリボンを揺らす黒髪の少女に、ミーシャは軽く微笑んで見せる。
ミーシャを『おねぇちゃん』と呼ぶ彼女――メアリ・トールマンは、ミーシャの血縁者ではなく、この宿を経営する夫婦の一人娘だ。
見た目と立ち振る舞いだけは美しいミーシャに懐いたメアリは、いつからかトレーニングの時間に遊びに来るようになっていた。
彼女が相手であれば努力する姿を見られても苦にならないのは、その眼差しから純粋な憧れを感じるからだろう。
初めは少なからず鬱陶しがっていたミーシャだが、打算を感じさせない少女に心を許し、今となっては実の妹のように可愛がっている。
「おねぇちゃんは今日もおしごと?」
「ええ。今日も怖ぁい魔物をやっつけてくるわ」
「すごーい! あ……でも、もうケガしちゃダメだよ?」
「……ええ。大丈夫よ」
少女の言葉に、ミーシャは思わず右頬の傷を隠した。
1週間前、クラスメイディの一件で負った醜い傷だ。
彼女自身への戒めとして敢えて隠さずにいるが、それをメアリには見られたくなかった。
「そうだ! おねぇちゃん見て見て!」
「なにかしら?」
ミーシャの表情が曇ったのを知ってか知らずか、メアリは話題を変えて、右手を見せつけるように突き出した。
その手には、可愛らしい花柄の指貫グローブが嵌められている。
「あら……素敵なマギア……ね」
「うん! パパとママにお願いして買ってもらっちゃった。これからいっぱい魔法の練習してね、いつかおねぇちゃんと一緒に魔物退治するの。だからおねぇちゃん、メアリに魔法教えて!」
「…………」
期待が込められた少女の笑顔とは対照的に、ミーシャの表情には深く影が差していた。
マギアを見ると、どうしても直人の姿を連想してしまうのだ。
ミーシャにとってコンプレックスの塊である彼は、クラスメイディ討伐クエストの翌日から、一度もギルドに姿を現さない。
(ササキナオト……)
彼が失踪したという話はミーシャの耳にも届いていたが、それが真実か否かを確認する気にもならなかった。
Fランク冒険者相手に無様な敗北を喫した。
ミーシャにとってはそれが全てであり、彼が現れない限りは勝ち逃げされたも同然である。
その事実は胃が捩れるほど不快であり、思い出すだけで歯茎から血が出そうなほど屈辱的なのだ。
「おねぇちゃん? どうしたの?」
「あぁ、いえ、なんでもないわ。というか貴女、これから学校でしょ?」
「そうだった! 教えてもらうの楽しみすぎて忘れちゃってたよ……」
「ふふっ……。そうね、また今度時間がある時にでも教えてあげるわ」
「ほんとー!? やったー! おねぇちゃん大好き!」
抱きつくメアリを遠慮がちに撫でて、ミーシャは再び模擬刀を握りしめた。
「私はもう少し訓練していくから、貴女は学校の準備をしてらっしゃい」
「うん! またね!」
「ええ、また……」
手を振るメアリが装着したマギアが再び目に止まる。
直人が生み出した紫の火炎魔法を思い出し、ミーシャは歯軋りした。
彼の魔法の才能が例外的だと頭では理解すればするほど、魔法がまともに扱えない自分自身に憤りを感じずにはいられないのだ。
宿に戻るメアリのマギアを睨みつけ、感情を振り払うように空を斬る。
「魔法が何よ……。そんな不明瞭な力、私には必要ないわ……!」
昂る心を抑えようとするミーシャのトレーニングは、いつもより数十分長く続くのだった。
* * * * * *
「ほんっとに使えないわね」
「も、申し訳ございません……」
パイオツカイデーなパツキンのチャンネーことギルドの受付嬢を前に、ミーシャは苛立っていた。
それもそのはず、ここ数日のあいだBランクの討伐クエストが掲示されていないのだ。
「あの……Cランクの討伐クエストでしたら幾つかご紹介出来るのですが……」
「ハァ? この私がCランクですって? 馬鹿にしているのかしら?」
「そ、そういうわけでは……」
その姿を、多くの冒険者達は冷ややかな視線で眺めている。
彼女の態度は以前と然程変わらないが、状況は大きく変化していた。
「見ろよ、姫様がご立腹だぜ。お前宥めて来いよ」
「バカ言え、そんなことして獲物を掻っ攫われちゃ堪んねぇだろ」
「違ぇねぇ」
ミーシャに聞こえる声量で、冒険者達の嘲笑う声が響いた。
その中の1つは、ついこの前まで彼女の取り巻きだった男の物だ。
1週間前、彼女がFランク冒険者に働いた暴挙と、その惨めな結末が知れ渡ってから、彼女に対する周囲の反応は冷ややかなものになっていた。
「……もういいわよ」
背中に感じる嫌な視線から逃げるように、ミーシャは個人依頼のクエスト掲示板へと足を向けた。
掲示板には、ギルドから正規の認可を受けていないクエストが多数張り出されている。
その為、稀に高額の掘り出し物も紛れ込むことがあるのだ。
とはいえ。
(……どれもこれもシケてるわね)
無論、個人が依頼するクエストは大抵小規模であり、報酬も微々たる物だ。
現在張り出されているクエストの最高報酬は1万G。
それなら、Cランクの正規クエストを受注した方が稼げてしまう。
ミーシャは、かつて名家と呼ばれた旧豪族『アルトリアム家』の次女であり、多額の借金に困窮する家を立て直すべく冒険者になった。
時間を無駄にしない為にも、受付嬢の提案通りにCランククエストを受けるのがベストなのだが、上級冒険者としてのプライドが邪魔をしている。
「嫌になるわ、ほんとに」
肩を落としたミーシャがふと横に目を向けると、その視線の先でSランク白魔導士のミラーナが、呆けた顔でいつもの席に座っていた。
自ら動かなければ仕事にありつけず、命をかけて戦っても5万G程度の報酬しか得られないBランク戦士のミーシャと違い、Sランク白魔導士ともなれば、座っているだけで仕事が舞い込んでくる上、その仕事一回でCランク冒険者の平均年収と同等の報酬が手に入ることもザラである。
同じギルドを根城としているにも関わらず、ミーシャとミラーナにはそれだけの大差があった。
「ムカつく……」
ポツリと吐き捨てたところで状況が変わるわけでもない。
それに、ミーシャは彼女のことが嫌いではなかった。
ランクとクラスが全く別物である為、クエストを奪い合うような事にはならないし、その圧倒的なまでの回復魔法の実力は認めざるを得なかった。
一見おどおどしているように見えて、周りに流されない堂々たる態度にも親近感を感じている。
多くの冒険者がミーシャを蔑む中でも、ミラーナは以前と何も態度を変えていない。
(それとも、元々眼中にないのかしら)
「あの、すみません」
「…………」
「あの、すみません」
「うるさいわね……あら? 貴女……」
虫の居所が悪く、一度目は敢えて無視したミーシャだったが、二度目の声掛けに悪態を吐きながら振り返ると、そこには見覚えのある金髪の少女が立っていた。
「武器屋の、グラッドさんの所で働いてる子……よね?」
「はい、アリッサと申します」
名乗られずとも、ミーシャは彼女を知っていた。
元Sランク冒険者――グラッドの武器屋の看板娘は、このギルドでもよく話題になっていた。
ミーシャも武器屋を訪れた際に何度か見かけたことがあり、その可愛らしさと人気ぶりに嫉妬心を抱いたことさえある。
それなのに彼女の名を呼ばなかったのは、決して悪態の延長などではなかった。
ミーシャが最後にアリッサを見たのは1ヶ月ほど前だったが、その時に比べて別人に見えるほど窶れていたのだ。
「そ、そう……。私は――」
「ミーシャ・アルトリアムさんですよね。店長からお話は聞いています」
光の無い虚な瞳からは、以前の可愛らしさとは真逆の恐ろしさすら感じてしまう。
「……こんな所に何か用かしら?」
「はい。これを掲示しに伺いました」
見れば、虚な瞳の彼女の手には、筒状に丸められた依頼書があった。
「ですから、場所を譲って頂いても宜しいでしょうか?」
「え、ええ、もちろんよ。ああ、いえ、それ貸してみなさい。私に向いてるクエストならすぐ片付けてあげるし、そうじゃなくても一番目立つ所に貼ってあげるわ」
いつもなら絶対にそんなことはせず、むしろ憂さ晴らしに掲示を妨害するミーシャだが、アリッサが放つ暗い迫力に押され、思わず善人のような態度を取っていた。
「……はい、よろしくお願いします」
「…………ッ!?」
しかし渡された依頼書を確認した途端、ミーシャの表情は険しくなった。
「『Fランク冒険者の捜索』……ですって?」
「……はい」
思いもよらない名前が出てきた事にミーシャは驚き、それと同時に血液がグツグツと音を立てて頭に登っていく。
彼女は思い出したのだ。
武器屋の看板娘アリッサは、どうしようもないクソヒモ男を養っている。という噂を。
それは恐らく、いや間違いなく、あの忌々しきササキナオトであると、ミーシャは確信してしまった。
(無能な新人どころか人間のクズ相手に、あんな惨めな姿を晒したっていうの……?)
高すぎるプライドが激しい音と共に崩れていき、中からドス黒い悪意が蔓を伸ばしていく。
ミーシャは思った。
憎たらしいあの男の女を、萎んでもなお美しい花の様なこの女を、無慈悲に踏み潰せばどれほど心が晴れるだろうか。と。
「どうでしょうか? 協力していただけますか?」
「……ええ、そうね。ただし条件があるわ」
そう言いながら、ミーシャは右脹脛のベルトに指をかけ、ブーツ型の足甲を外して行く。
そしてインナーの白いニーハイソックスを脱ぎ、素足を露わにした。
「跪いて爪先をしゃぶりなさい」
そう言い放ったミーシャの顔は、どんな魔物よりも悍ましく、醜悪な笑みに歪んでいた。
アリッサはどんな顔を見せるのだろうか?
怒るだろうか?
泣くだろうか?
悔しがるだろうか?
絶望するだろうか?
ミーシャは瞬時に様々な想像を巡らせ、その一つ一つに胸が高鳴った。
「…………」
しかし、その想像は全て外れていた。
「わかりました」
「……え?」
アリッサは虚な瞳のまま硬い床に両膝をついたかと思えば四つん這いとなり、土下座をするかのような体勢で目前にある爪先に舌を伸ばした。
「あっは――」
その姿を目の当たりにしたミーシャは、言い知れない全能感を覚え、下腹部が熱くなるのを感じた。
あと数センチでアリッサの舌が自らの爪先に届き、その小さな口に蒸れた爪先が含まれると想像するだけで、ミーシャは達してしまいそうだった。
(早く……早くしなさい……)
鼓動はさらに加速し、頭がふわふわして、身体の一部からどろりとした液体が溢れるのを感じた。
全身が熱くなり、呼吸は乱れていく。
アリッサの小さな舌は、あと数ミリで指に触れる所まで迫っていた。
「アリッサさん、やめましょう」
しかし、寸前でアリッサの身体は引き起こされた。
虚な表情の彼女を抱き止めたのは、先程まで定位置に座っていたミラーナだった。
その瞬間、ミーシャは頭が急激に冷えていくのを感じていた。
「ミラーナ……? い、今私、この子に何を――」
――パシンッ。
何か高い音が聞こえて、ミーシャは頬に鋭い痛みを感じた。
涙を浮かべて睨むミラーナに頬を打たれたのだ。
ミーシャは狼狽えながらも、なんとか現状を穏便に解決できまいかと思考を巡らせるが、そんな彼女の爪先にアリッサは再び顔を寄せていた。
「アリッサさん! やめてください! アリッサさん!」
「や、やめて! 離してっ! ナオトが! ナオトがぁっ!」
暴れるアリッサを止めようとするミラーナを、ミーシャ呆然と眺めることしか出来ない。
「おい、なんかヤバイぞ!」
男の声が聞こえた後、3人の冒険者がミラーナに加勢してアリッサを抑え込む。
気づけばアリッサの叫び声は泣き声に変わり、集まってきた数名の冒険者がその場を取り囲んでいた。
「いやぁあああっ! ナオトぉ! ナオトぉっ! うぁああああああっ!」
「アリッサさん落ち着いて! ガリアさん催眠魔法を! 早く!」
「は、ハイっす!」
集まっていた冒険者の一人が呪文を唱え始め、詠唱が終了するまでの11秒間、アリッサは暴れ続けていた。
「なお……と……」
詠唱が終わると、アリッサの身体は徐々に脱力し、泣き疲れた赤ん坊の様に眠りに落ちた。
一同は一先ず安堵したが、数名の冒険者は怒りを露わにしていた。
「ミーシャ! アリッサちゃんに何したのっ!?」
「一般人相手にテメェコラァ!」
「流石にこれは……。説明して下さいよミーシャさん」
「え、あ、わ、わたし……」
気づけば、ミラーナを含めた全ての冒険者が、ミーシャに鋭い視線を向けていた。
一週間前、直人から報酬を横取りした際に向けられた侮蔑の視線とは違い、まるで討伐対象の魔物を見るかのような視線だ。
身体はすくみ上がり、逃げ出したくても足が動かない。
「おい、なんとか言え」
そんな彼女に、一人の男が詰め寄った。
このギルドに所属する3人のBランク冒険者の一人、巨躯の大斧使い――ガレスである。
「アリッサちゃんに何しやがったんだ? 事と次第によっちゃ、ぶっ殺してやる」
「ち、違う! 私はただ……」
ミーシャの言い訳に耳を貸す様子もなく、ガレスは背負った大斧に手を伸ばし、それを見たミーシャも腰に携えた愛剣に手を添えた。
突如として二人の上級冒険者同士がぶつかり合おうとしている。
その状況に、他の冒険者たちは固唾を飲んだ。
「はーいストップ」
しかし、不意をつくように現れた黒ずくめの女の手により、物理的に男の動きは止められていた。
「サライ、てめぇ……」
当然の如く絶妙なタイミングで現れたサライは、返答代わりに口角を上げる。
「怒るのは良いけどさ、キミじゃあ殺すか殺されちゃうよ? それよりアリッサをソファに運んであげな」
「……ああ、そうだな」
男は素直に引き下がると、ミラーナが支えていたアリッサを軽々持ち上げ、隅のソファへ運んで行く。
その様子を満足そうに見ていたサライは、「さて」と言って、立ち尽くすミーシャの顔面を容赦なくぶん殴った。
ミーシャは掲示板に叩きつけられ、貼られていた依頼書がハラハラと床に落ちていく。
「あがっ!」
これまで感じたことがないほどの重い衝撃を受け、ミーシャの口からは歯が4本吐き出された。
「しゃ、しゃらいぃ――ッ!」
ミーシャは反射的に腰の剣を抜こうとしたが、サライはその手を易々と抑え、もう一方の手で彼女の首を締め上げる。
「ーーーーッ!」
声にならない声をあげてサライの手から逃れようと足掻くが状況は変わらず、ミーシャの顔は徐々に赤くなっていく。
やがて呼吸が出来ず意識が飛びそうになった瞬間、ミーシャは仰向けに叩きつけられた。
「ガハ――ッ! ゴホッゴホッ!」
サライは咳き込むミーシャの腰から彼女の愛剣『聖剣アルトリアム』を引き抜くと、それをミラーナに差し出す。
「ミラーナ嬢、悪いけど預かっておいて」
「や、やだ! かえひて……!」
ミラーナがそれを受け取ると、サライはミーシャのポニーテールを鷲掴みにして、カウンターでクッキーを摘んでいる受付嬢に声をかけた。
「ちょっと地下を借りるよ」
「はーい。どうぞー」
「や、やだっ! やだぁあっ! あああっ!」
ミーシャは叫び抵抗するが、サライは見向きもしない。
「さ、サライさん!」
そんなサライを、ミラーナは呼び止めた。
「あ? ミラーナ嬢、こんな時に何かな?」
「み、みらーにゃっ! たしゅけて!」
以前の様にサライを制してくれると期待して、ミーシャはミラーナに助けを乞う。
しかしミラーナは、思いもよらぬ言葉を吐いた。
「念のため、ダガーは預からせて下さい」
「……へ? みらーにゃっーー!」
「あっはっは! やっぱりアナタには敵わないな」
腰のベルトごと二本のダガーをミラーナに投げ渡し、サライは長い前髪の隙間から紅い瞳を覗かせた。
「じゃあ、行ってくるよ」
「イヤっ! いやぁっ!」
ミーシャが泣き叫びながら地下訓練場へ引き摺り込まれる様を、冒険者達はが無言のままに見届る他なかった。
静寂に包まれるギルドのホールで、唯一アリッサだけが穏やかな顔で寝息を立てていた。
* * * * * *
直人が目を覚ますと、見慣れない天井があった。
長時間眠っていたようで、頭が上手く働かない。
ただ、とても幸せな夢を見ていた気がしている。
「ここ、どこだよ……」
目覚めた場所は、いつもの小屋ではなかった。
寝心地の良いベッドには、レースのカーテンの隙間から木漏れ日が差し込み、部屋中が木と花の匂いで包まれている。
ベッドの横にある木製のサイドテーブルには、色とりどりの花を生けた花瓶が置かれていた。
「よいしょっと……」
怠さに耐えて体を起こすと、正面に扉が見える。
知らない部屋で目覚めたというのに、不気味な安心感を覚えてしまう。
体にかかっていた布団を剥がすと、綺麗なシャツとハーフパンツ姿になっていて、直人はますます混乱した。
「動いても良いよな……?」
直人はベッドを降りると、気持ち良い欠伸が出た。
少しふらふらしながらも恐る恐る扉を開けると、部屋の中と同様に暖かい雰囲気の廊下が続いている。
「……すみませーん」
控えめな声、例えるなら海外のホラー映画で怖そうな部屋に入る時の"Hello?"くらいの声量で、居るかもわからない住民に声をかけるが、返事はない。
直人は意を決して廊下に出ると、すぐ右手に玄関らしき扉がある。
左を見ると、壁に張り付いた2枚の扉があり、突き当たりにもう1枚扉があった。
「えぇ……どうしよ」
そのまま外に出ようかとも考えたが、危害を加えられた様子がないので、少し悩んだあと突き当たりの扉のに歩みを進めた。
「ハロー?」
突き当たりの扉を開くと、そこは広めのリビングルームらしき空間だった。
長方形のテーブルを挟む様に三人掛けのソファーが2つと、一人掛けソファが1つ。壁には暖炉や本棚が並んでいて、一角はキッチンになっている。
正面の壁は一面ガラス張りで、外には木々に囲まれた庭が確認できる。
「誰かいませんか〜?」
声を出しているのに、何故か足音を立てないように歩く直人は、手前のソファに近づいたところで、ピタリと動きを止めた。
(誰か寝てる……?)
ソファの背もたれ越しに、人の気配を感じる。
そこまで来て、直人は少し怖くなった。
(ヤバい人だったらどうする……? いや、ヤバい人が服とか花瓶とか用意してくれるわけない……よな?)
自分を言い聞かせ、ソファに足を向けた。
だが、相手がヤバくないという確信は持てないので、あえて正面には回り込まず、背もたれの裏からこっそり確認することにした。
そして抜き足差し足で近づいた直人は、ゆっくりと慎重にソファを覗き込んだ。
「……ん?」
確かに人は居た。
しかし直人と面識はなく、ヤバそうな奴でもない。
「子ども……?」
そこに寝ていたのは、可愛らしいピンクのパジャマを着た12歳くらいの女の子だった。




