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11.魔石の女とマダムの死体

 明け方の繁華街、直人の足取りは重かった。

 どこで歯車が食い違ったのだろうか。

 成り行きで冒険者になったのが一昨日のことで、ミラーナに魔法を教えてもらったのもそう。バースティアの討伐に向かったのが昨日の事である。

 クラスメイディと呼ばれたバースティアと、名も知らぬ彼女の娘を、彼は無惨に殺した。


(仕方がなかった、仕方がなかったんだ)


 右手には、三本の生爪が握られている。

 先代の爪、クラスメイディの爪、幼い少女の爪だ。


(俺は悪くない……俺は、俺は……)


 少女の爪に付いた赤黒い汚れに気付き、直人は頭を掻きむしった。

 この汚れは、ミーシャの頬を貫いた時に付いた物だ。


(あの女……俺の報酬を横取りするだけじゃ足りなかったのかよ? なんで、なんでこんな酷いことができるんだよ……?)


 湧き上がる感情が怒りなのか悲しみなのか、はっきりとは分からなかった。

 だがあの時、サライが止めに入らなければ、直人は本気でミーシャを殺していただろう。それを裏付けるように、未だ胸中に殺意が燃え上がっている。

 

「……ミーシャ」


 少女の泣き顔とクラスメイディの断末魔、ミーシャの厭らしい笑みが、繰り返し脳裏を駆け巡る。


『あ、あなたが……おかあさんをころしたの?』

(そうだ、殺した)

『……ゆるさないから』

(だよな、当然だ。俺が、俺が――)


 直人は、歪に変形したマギアを地面に叩きつけた。


「なんなんだよっ!」


 住民が目覚める前の繁華街に、虚しい叫びが響き渡る。


「オ、エェッ! グォエェ」


 たまらず、膝をついて嘔吐した。

 吐き出した吐瀉物は胃液がほとんどで、中身らしいものは何もない。


「俺が……俺が殺したのに、この手で、2人とも……」


 少女が逃げてくれていれば。

 ムスクが逃してくれていれば。

 サライが説明してくれていれば。

 ミラーナが魔法を教えなければ。

 ミーシャが絡んでこなければ。

 アリッサがパチンコ屋(あんな所)に居なければ。


「俺がぁあああッ!」


 怒りに任せて、マギアに拳を振り下ろす。

 拳には鈍い痛みが走ったが、マギアはびくともしない。


「俺が……悪いってのかよ?」


 誰のせいにしようとも、その側に必ず情けない姿の自分が立っているのだ。

 こんな事になるのなら、いっそムスクに殺されてしまえば良かったとすら考えてしまう。殺すくらいならば、こんな気持ちになるならばと、そう考えてしまう。


「そうだ。死ねば良かったんだ、俺が……」

「どうしてそう思うの?」

「ーーッ! サライてめぇ!」

「サライ? 誰かしら?」

「あ、いや……」


 こうして不意に現れるのは、きっとサライだろう。そう思った直人だったが、目の前に立っていたのは、地味な服を着た黒髪の女だった。あまりにも無表情な彼女の瞳は、エメラルドグリーンに透き通っている。


「……すんません、人違いっす」

「あら、そうなのね」


 危うく無関係な女性に怒鳴り散らす所だ。

 いつもの直人なら赤面して立ち去る所だが、不思議と羞恥心は感じなかった。もしかすると、彼女が無表情なおかげかもしれない。


「それで貴方が死んだ方が良いと思ったのは何故かしら?」

「……関係ないでしょ。アンタには」

「ええ、それはそうなのだけれど」


 彼女はゆっくりしゃがみこむと、少なからず吐瀉物がかかったマギアを拾い上げた。


「これ、マリアス製のマギアね。こんな風にしたのは貴方?」


 汚れを気にする様子もなく、女はマギアと直人を交互に見つめた。


「マリアス製ってのは知らねぇけど、それがどうしたんすか」

「どうしたらこんな風になるのか、疑問に思ったのよ」

「別に、ただ火炎魔法を使っただけっすよ」

「まぁ、すごいわね」

「…………凄くなんかねぇよ」

「そんなことないわ。こんな風になるなんて、相当な魔力がないとーー」

「凄くねぇつってんだろッ!」


 完全に八つ当たりだ。

 直人にもそれは分かっている。

 だが今の彼は、肯定の言葉も否定的に捉えてしまう。

 情けない自分自身に、気づけば涙が溢れ出していた。


「あら、あらあら。ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったのよ」

「いや、クソッ……。すみません……」


 相変わらず無表情な彼女は、マギアを持ったまま立ち上がった。


「あのね、嫌な記憶を飼う必要なんてないのよ。忘れてしまえばいいの。私のことも、このマギアのことも、……その爪のことも」

「ーーッ!」


 握りしめたままの三本の爪。

 直人にとって最も忘れたい記憶が、そこには集約されている。


「忘れられるもんなら忘れてぇよ……。けど多分、一生忘れらんねぇんだよ……」

「……そう」


 女は、直人の頭をそっと撫でた。


「無理に話を聞くつもりはないわ」


 その手の感覚は、どこかアリッサを連想させた。


「忘れて。きっと、それが貴方の為だから」


 女の手が頭から離れた。


「さよなら」


 踵を返して歩き出す女の姿。

 それが何故か、とても寂しかった。


「ま、まってくれ。待ってください」

「あら」


 呼び止められて、女は少しだけ驚いたように振り返った。


「あの、なんていうか……ありがとうございます」


 女は少しのあいだ直人を眺めていたが、ゆっくりと彼の元に戻った。

 そして胸元から緑の宝石を取り出すと、それを直人に差し出した。


「えっと、これは?」

「緊急連絡用の魔石よ。私のネックレスとリンクしてるから、何かあったら砕いてちょうだい。すぐに飛んでいくから」


 そう言いながら彼女が胸元から引き出したネックレスにも、緑の魔石が埋め込まれていた。


「魔石って……よくわかんないけど、貴重なものじゃないんですか?」

「気にしないで。そうね、このマギアと交換でどうかしら?」

「そう……ですか。じゃあ、有り難く頂きます」


 彼女の手のひらから摘み上げた魔石は、彼女の瞳と同じ色で、とても綺麗に輝いている。


「凄く綺麗ですね。ありがとうござい……あれ?」


 顔を上げると、先程まで居たはずの女の姿は、忽然と消えていた。

 少し寂しさもあったが、それ以上に、手のひらで輝く魔石が心強く思えた。


「帰って寝るか」


 多少は気が抜けたのか、急激に全身を疲れが襲った。

 直人はおぼつかない足取りで、アリッサが眠る自宅へと歩き出した。

 三本の爪と、緑の魔石を握りしめて。


 



 * * * * * *




 静寂に包まれた路地裏に、白い毛並みの老婆がひとり。


 月明かりだけが頼りだというのに、生憎月は雲の中。


 そこへ6つ人影が現れて、白い老婆をとおせんぼ。


 6人は、声を揃えて言いました。


『真紅に揺らめく燈よ、熱き加護を我に与え、烈火の如く焼き尽くし賜え』

 

 老婆はわんわんなきました。


 けれど、誰一人助けは来ません。


 しばらくすると、老婆は静かに目を閉じました。




 * * * * * *




 真夜中、直人はベッドから飛び起きた。

 隣ではアリッサが小さな寝息を立てている。

 帰宅して、気絶するように眠りに落ちてから、半日以上が過ぎていた。

 服に付いていたはずの血痕は見当たらない。寝ている間に、アリッサが着替えさせたらしい。

 しかし、その優しさに直人は気づく様子もない。


「なんだ……今の夢」


 嫌にリアルな夢だった。

 まるで自分もそこにいたかのように、まるで自分が火炙りにされたかのように、老婆の断末魔が耳にこびり付いて離れない。


「まさか……いや、でも」


 アリッサを起こさぬよう、直人は静かに小屋を出て、扉を閉めるなり走り出した。つい最近、似た質感の夢を見ていたからだ。

 その夢は現実となり、翌朝パチンコ店が全焼した。

 夢で見た路地裏は、クラスメイディの隠れ家に向かう途中で通った覚えがあり、迷うことなく夜の繁華街を駆け抜けた。


 現場に近づくにつれ、肉の焦げる臭いがした。クラスメイディを討伐した時に似た、不快な臭いだ。


「おい……マジかよ」


 辿り着いた場所には、夢で見た通り、白い老婆が横たわっていた。

 白い毛皮の犬型亜人種(ティンダー)の老婆、『マダム・ドグラル』である。

 焼け爛れ、形容するのも悍ましい姿は、彼女を知らない直人は元より、彼女をよく知る人物であっても判別することなどできないだろう。

 ただひとつ彼にも分かったことは、彼女がすでに息絶えているという事だけである。


「おいしっかりしろ! おい!」


 呼びかけたり、体を揺すってみたりしたが、やはりピクリとも反応しない。


「誰か! 亜人が死んでるんだ! 誰か来てくれ!」


 叫んでも誰かが駆けつける気配はない。

 直人は、また走り出した。

 路地に入る前、一軒だけ開店中の居酒屋があった。それにギルドまで戻れば、冒険者や受付嬢やらが居るはずだと考えたのだ。


「すみません! 誰か来てください!」


 まだ灯のついている居酒屋の扉を乱暴に開き、直人はドアベルの音を掻き消すような声で叫んだ。

 すると奥からギョッとした様子で、中年の男が顔を出した。


「どうした兄ちゃん? 今日は店仕舞いなんだが」

「客じゃないです! 二本先の路地裏で亜人が死んでるんです!」

「はぁ!? 亜人って、もしかしてマダムか!?」

「えっ、マダム……?」


 男の口から飛び出た『マダム』という言葉に、嫌な想像を掻き立てられる。

 その名には聞き覚えがあったからだ。


(マダムって……まさか、マダム・ドグラルか?)


 直人が受けた討伐クエスト、その依頼主の名がマダム・ドグラルだった。


(もしもそうなら……)


 一瞬、悪い感情が直人の中に芽生えた。

 よく考えれば、あんな残酷な依頼を出したマダムこそが諸悪の根源なのではないか。ならば、クラスメイディと同じように焼き殺されるのは至極当然ではないか。

 だが仮にそうだとして、マダムが死ぬべくして死んだとして、あの死に様はあまりにも酷すぎる。

 直人がクラスメイディにした事は惨たらしい。それと同じことをした者に感謝し、両手離しで喜ぶことなど、クズ人間の直人にすら出来なかった。

 被害者がマダムではない可能性も残っているし、依頼者のマダムとは別人の可能性も大いにある。


「おい兄ちゃん! どうなんだよ!?」

「分かりませんけど……白い犬の亜人です。とにかく人を呼んでください! 俺はギルドから応援を呼んできます!」

「……そうか、分かった。俺は憲兵を呼んでくる。兄ちゃん、すまねぇが急いでくれ」

「はい!」


 直人は一目散に駆け出した。

 複雑な感情が胸の中に渦巻くが、それを考えている暇などありはしない。


 息も絶え絶えにギルドへ辿り着いた直人は、力一杯扉を開いた。

 夜中ということもあり、ピークの時間帯に比べて冒険者は少なく、そのほとんどが酒を飲んで酔っ払っている。

 そんな中、テーブルについた一人の女と目が合った。いや、厳密には銀色の前髪で彼女の瞳は隠れていたが、それでも彼女と視線が交差していることが分かる。


「サライさん!」

「おや、来たんだね」


 今日も黒ずくめのサライは、いつものように飄々と言った。

 普段なら腹立たしいその振る舞いも、今だけは頼もしく感じられる。


「こんな時間にどうしたんだい? 何があった?」

「えっと、白い犬の亜人、多分マダムが死んでるんです」

「ほう」


 サライは少し考える素振りを見せて、「お嬢さん」と、受付嬢に声をかけた。


「はい、いかがなさいましたか?」

「それがちょっと緊急でね。ミラーナを呼んできて欲しいんだ。あと、使い物になりそうな冒険者をランクに関係なく集めといて」

「はい。承りました」

「それで、現場は?」

「路地裏にある居酒屋の近くです」

「わかった。先にアタシを案内して。お嬢さんは人を集めたら蓬莱亭に向かうよう指示を出してね。騒ぎになっているだろうし、そこまで来れば場所も分かるだろうから」


 テキパキと指示を出すサライに、直人は見とれていた。

 もし自分とサライの立場が逆転したとして、彼女と同じように素早く対応できるだろうか? 

 それだけではなく、先日ミーシャと彼が問題を起こした際、その間に飛び込んでくる度胸と自信、あっと言う間に場を制圧した実力、どれをとっても全く敵う気がしないのである。


「キミね、美人に見惚れるのは仕方ないけど、今はそんな場合じゃないよ。早く案内して」

「だ、誰が見惚れるか! ついてきて下さい!」

「はいはい。男のツンデレはキモいねぇ」


 悪態を吐かれながら、直人とサライは事件現場へと向かった。

 欠けた月が、二人の姿を爛々と照らしている。

 

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