10.白魔導士のお仕事
一口に冒険者と言えど、その業務は多岐に渡る。
魔物を討伐する『討伐クエスト』。
指定された素材を採取する『採取クエスト』。
ダンジョンや遺跡を調査する『調査クエスト』。
災害や事故から人々を救助する『救助クエスト』。
対象の身の安全を守る「護衛クエスト』。
ギルドには日々様々な依頼が舞い込み、冒険者たちは自分の得意分野とレベルに合わせてクエストを受注する。
どんなクエストもマルチにこなすオールラウンダーも少なからず存在するが、そのほとんどが可もなく不可もなく、器用貧乏ともいえる半端者だ。
下級のクエストであればいざ知らず、中級以上の高難度クエストともなると、中途半端な人材はクエストの失敗のみならず、余計な被害の拡大を招きかねない。
そのため冒険者にはSからFまで7段階のランク制度と、それに応じた等級が設けられている。
SABランクを上級、CDランクを中級、EFランクを下級とし、クエストの難易度によって受注できるランク、もしくは等級が指定されている。
最低のFランク冒険者では受注できるクエストは限られるし、最高のSランクともなれば、自ら動かずとも依頼が舞い込む。
またクエストに挑む場合、依頼内容によって複数人でパーティを組む機会も多い。
その際、求める人材を手早く雇えるように、中級以上の冒険者には『クラス』が定められる。
クラスとは、冒険者自身の希望とギルドの分析により与えられる役職の総称だ。
武器を用いた近接戦闘を得意とする『戦士』や、魔力の扱いに長けた『魔導士』を基本とし、その種類は多岐にわたる。
そんな中で、最も需要があり、それでいて全体数が少ないクラスが『白魔導士』だ。
白魔導士は、魔導士の中でも治癒魔法に優れた冒険者へ与えられるクラスであり、怪我が絶えない冒険者達の間ではもっとも重宝されている人材である。
しかしながら人命に直結するクラスであるが故に、その審査は格段に難易度が高い。
年収の高さから志望者は年々増加傾向にあるものの、実際の人数は全冒険者のうち3%未満とされ、徐々にその割合は減りつつあるのが現状だ。
そんな中、24歳という若さで、世界に7人しかいないSランク白魔導士の一人となった女性がいる。
「お、おはようございます……。今日は治療クエストありますか……?」
「ミラーナ様、おはようございます。申し訳ございませんが、今のところ紹介できる治療クエストはございません」
「そ、そうですか……」
白髪のSランク白魔導士、ミラーナ・ロッドバームは軽く会釈して、ギルドの隅にあるソファーへ向かった。
(今日も暇だなぁ)
人口が少ないこの村では、治療クエストの数も限られている。
その上Sランクが出張るほど緊急性が高いクエストなど皆無に等しく、ほとんどの治療クエストは白魔導士志望の中級冒険者へ回されてしまう。
彼女がこの一年でこなしたクエストは、10件に満たないだろう。
それでもギルドとの専属契約により、所属する冒険者の治療を一任されているため収入面は安定しているし、Sランク白魔術師が募集されるようなクエストは、その1件だけで中級冒険者の年収に匹敵する報酬が用意されていることが多い為、彼女の懐は温まる一方だ。
だが、ミラーナの心は満たされていない。
「バカかよお前! それじゃあ俺が食われちまうっての!」
「それも計算のうちよ」
「変な計算すんなバーカ!」
「おいおい喧嘩すんなよ」
離れた席で、クエストの作戦会議中であろう若い世代の冒険者達が騒いでいる。
その様子を遠目に眺め、ミラーナはため息をついた。
(私もパーティ組んでみたいなぁ……)
彼女は崇高な目標があって白魔導士になったわけではない。無論、金のためでもない。
彼女が求めているものは、一冊の本に描かれていた。
『ランドルフの冒険』
然程人気もない児童向けの冒険譚である。
冒険者達がぶつかり合いながらも友情を育み、苦楽を共にし、世界中を放浪しながら様々な事件に挑んでいくという物語だ。
そこに登場する白魔導士の少女『アイネ』に、ミラーナは自分自身を重ね合わせた。
アイネは高い魔力を持っていた。だが引っ込み思案で根暗な性格のせいで、周囲の人間たちから「魔女」と呼ばれ、蔑みの対象となっていた。
それはまるで、ミラーナ自身を見ているかのようだった。
彼女は昔から引っ込み思案で、自己評価が低く、人と接するのが苦手だった。
常に人の顔色を伺い、当たり障りのない事だけを言って生きてきた。
物語の中で、アイネはランドルフに誘われて冒険を共にし、最終的には人々から感謝され、尊敬される存在となった。ならば、冒険者になれば自分も変われるかもしれない。思い立った彼女は17歳の年に冒険者ギルドへ足を向けたのだ。
しかしながら、人間は簡単に変わることができない。
1年が経つ頃、彼女はギルド内でも孤立していた。
彼女は孤独感を紛らわすように、一人でもクリア可能な治療クエストを淡々とこなしていた。
成果を上げ続ければ、どこかのパーティが自分を見つけてくれるかもしれない。そんな期待に胸を膨らませ、彼女はひたすら治癒魔法を鍛錬し続けた。
しかしながら、ストイックにクエストをこなしつつ、誰とも口をきこうとしない彼女を、誰もパーティに誘うことが出来なくなっていった。
孤独はいつしか、孤高に変わっていてたのだ。
彼女はたったの3年で白魔導士クラスになり、7年が過ぎた現在、何の間違いか史上最年少のSランク白魔術師となった。
このギルドにAランク冒険者は所属しておらず、Bランクですら3人しかいない。そんな中、彼女の存在は良くも悪くも浮いている。唯一友人と呼べるのは、情報屋のサライくらいのものだろう。
(暇だなぁ。サライさんで良いから来ないかなぁ)
サライがミラーナの前に現れて、早5年になる。
突然この村に現れた彼女は、当時から異彩を放っていた。
全身黒ずくめの格好に、紅い瞳を隠す長い前髪という奇妙な姿はもちろんのこと、ランクを上げたい盛りのDランク冒険者のはずなのに、クエストには脇目も振らずひたすら情報を売っている。
あまつさえ、近隣都市から派遣されたAランクの戦士が問題を起こした際に、その男を公衆の面前で一方的に叩きのめしてしまったのだから、腫れ物扱いも頷ける。
最近大人しくしていたと思えば、マギアがなければ魔法を使えない青年を冒険者に仕立てたうえ、上級冒険者である姫騎士ミーシャと一悶着あったものだから、より一層悪目立ちしている。
(そういえばナオトさん、どうしてるんだろ……?)
1ヶ月前、サライと武器屋のグラッドの紹介で冒険者となった青年、佐々木直人。
武器屋の看板娘、アリッサと同棲していた男だ。
ファンクラブが存在するほど人気者のアリッサが、クソヒモ男を養っているという噂は以前からミラーナの耳にも届いていた。だが実際に会ってみると、彼はただのクソヒモ男とは思えない不思議な雰囲気を放っていた。
魔法が使えず運動神経も悪そうな、ミラーナの知る限り最弱の冒険者でありながら、前向きで自信に満ち溢れていた。
それに、サライがあそこまで他人に目にかけるのは非常にレアなケースである。
そして何より、クラスメイディ討伐の一件以降、彼が姿を眩ませてから、このギルドには、いや、この村には、少なからず異変がもたらされていた。
そのひとつがBランク戦士、姫騎士ミーシャである。
高飛車で傲慢な彼女は、以前からギルド内で煙たがられていた。
それでも無下に扱う者が居なかったのは、彼女の実力が本物だったからである。
いざ戦闘となれば、このギルド内で彼女に敵う者は、サライを除いて誰一人いないだろう。
また、彼女の美しさが性格の悪さと絶妙にマッチしていた事も事実である。
冒険者とはいえ、性癖は様々なのだ。
ドMだって居るに決まってる。
むしろ冒険者だからこそドMなのだ!
ともかく、強さと美しさが彼女の立ち位置を守り続けていた。
だがあの晩、ミーシャは新人冒険者によって顔に大きな傷を負った。
強さと美貌を鼻にかけていた彼女が、公衆の面前で事実上敗北したのだ。それも、目を覆いたくなるほど惨めな姿を晒してだ。
サライには見限られ、ミラーナには見捨てられ、普段見下している中級冒険者へ縋り付いて頬の傷を治癒してもらう彼女の姿を、誰もが冷ややかな目で見ていた。
あの日以降、ミーシャは『Fランク以下』のレッテルを貼られ、その後に問題行動を起こしたこともあり、蔑みの対象となってしまったのだ。
しかし、所詮それは小さな変化でしかない。
いつでもそうなる可能性はあった事だ。
この村を騒がせているのは、『マダム・ドグラル焼死事件』である。
事件が起きたのは、クラスメイディが討伐された翌日の深夜。繁華街の路地裏で焼死体となったマダムが発見された。
就寝中だったミラーナも現場に駆り出され、被害者の治癒を依頼されたが、全身に酷い火傷を負って死後1時間が経過した遺体には成す術がなかった。
近隣都市をも混乱させた資産家殺人事件、その第一発見者となったのが、現在行方不明の佐々木直人である。
彼がマダムの依頼を通して痛い目を見たことは周知の事実であり、その逆恨みによる犯行だと疑われた。
しかしながら、憲兵とギルドの捜査により、被害者が受けたと思われる火炎魔法は直人のそれとは別物であり、なおかつ複数人による犯行である事が分かった。
また、直人が魔法を発動するのには魔力伝導装置が必要不可欠であるという情報から、今回の事件に彼が関与していないという判断が下された。
しかしその翌日、直人は忽然と姿を消した。
以来、アリッサが依頼した直人捜索クエストがギルドの掲示板に掲載されているが、有力な情報は未だ掴めていない。
マダム殺害の容疑者に関しては、サライですらなんの手がかりも掴めていない様子だ。
ここしばらくはミーシャもギルドに顔を出さず、近隣都市のギルドに依頼された重要なクエストに取り掛かっているらしい。
直人が冒険者になったあの日を境に、着々と何かが動き始めているのは間違いない。
「だーかーら! それじゃあ俺が食われるつってんだろ!」
「計算のうちよ」
「バーカバーカ!」
「お前らなぁ……」
そんなことなど知る由もなく、今日もギルドは通常運行だ。
ミラーナもいつも通り、あるかも分からぬクエストに備え、楽しげな冒険者達に羨望の眼差しを向けている。
(パーティかぁ……)
「やあやあ。ミラーナ嬢、やっぱりここにいたんだね。探す手間が省けたよ」
「ひゃう!」
物思いに耽っていたミラーナは、不意に名前を呼ばれて全身で跳ね上がった。
そこにいたのは、今日も全身黒ずくめの情報屋、サライだ。
「サ、サライさん。おはようございます……どうしたんですか? こんな時間に珍しいですね」
彼女が突然現れるのはいつものことだが、夜型の彼女が早朝にギルドを訪れるのは珍しい。
そんな彼女がミラーナに用事があるというのなら、その要件はひとつしかないだろう。
「ち、治療クエストでしたら、すぐにでも行けますよ。見ての通り、暇を持て余していましたから」
だが、その予想は見事に外れていた。
「それが少しばかりややこしいことになっててね。頼みたいのは治癒魔法であれど、治療クエストじゃないんだよね」
「えっと……つまり私は何をすれば……?」
その問いに、サライは跪いて手のひらを差し出した。
そして芝居掛った口調でこう言った。
「ミラーナ嬢、いやミラーナ。情報屋としてではなく、一介のDランク冒険者として不躾ながらお願いだ。2つのクエストに手を貸して欲しい。アナタの力が必要なんだ」
「え!? えええええっ!?」
それは思ってもみない言葉であり、常に待ち望んでいた言葉だった。
「そ、それってつまり……?」
冒険者になり早7年。
叶うことはないだろうと諦めかけていた瞬間が、唐突に訪れた。
「アタシとパーティを組んで――」
「はい! 組みます! 組ませてください!」
人と目を合わす事ができず、治療以外では人との触れ合いを避けるミラーナも、この時ばかりはサライの手を取り、その瞳を真っ直ぐに見つめていた。
* * * * * *
「サライさん! どこまで行くんですか!?」
「喋ると舌噛むよ〜。まぁ、アナタなら噛みちぎっても大丈夫か。心配しなくてももうすぐ目的地さ」
馬を駆るサライの腰に、ミラーナは必死にしがみついていた。
村を出てから1時間以上、草原や林道を走り抜け、初めて見る景色が風とともに流れていく。
要人相手の治療クエストで馬車が用意されていたことは何度もあるが、こうして馬の背中に直接乗るのは初めての事だ。
(こ、腰とお尻が痛い……でも、ワクワクする!)
経験したことのない激しい揺れに、ミラーナは動揺しながらも、それ以上の高揚感を覚えていた。
(なんだか冒険者っぽい!)
夢にまで見たパーティで挑むクエストだ。
本で読んだ冒険者の姿が、自分自身に投影される。
どんな魔物がいたとしても、サライなら傷一つ負うことなく簡単に倒してしまうだろう。
もし彼女が傷ついてしまったとしても、必ず綺麗に直してみせる。
仲間に選んでくれた彼女の期待を裏切ることなど出来はしない。
ミラーナは初めて、上級白魔導士という称号が誇らしく思えた。
「そうそう、今のうちに分け前の話をしておくけれど、無事に達成することができたら、アナタには2つのクエスト報酬を合計した内の7割を渡そうと考えてる。それでいいかな?」
「え? 7割も? 私は半分で構いませんが……」
「確実に血がながれるからね。だから妥当な報酬だよ。知っての通り、アタシは治癒魔法が苦手だからさ」
その言葉にミラーナは不安を感じずにいられない。
サライが治癒魔法を不得手としている理由を、彼女は知っているからだ。
サライという女は、戦闘において怪我を負ったことが殆どなく、怪我をしたとしても擦り傷程度のため、治癒魔法を必要として来なかったのだ。
そんな彼女が治癒魔法を必要としているのは異常事態だ。とんでもない大事に首を突っ込んでしまったのではないかと、今更ながら嫌な予感が降りかかる。
「ほら、あの山の麓だよ。やれやれ、思ったより派手にやってくれたね」
「サ、サライさん! あ、あれって……!」
正面に見える小さな山の麓、所々地面が抉れた草原に。黒髪の女が立っていた。
そして彼女の足元に、2人の人間が転がっている。
1人は紅い鎧を身に纏う赤髪の女、もう1人はジャージ姿の青年だ。
「ミーシャさん! それにナオトさんも!」
黒髪の女はサライとミラーナに気がつくと、直人を抱えて山へ駆け出した。その姿は、すぐに木々の中へと消えていく。
「待て! って、待つわけないよね」
サライはニヒルに言い放ち、横たわるミーシャの側で馬を止めた。
「とりあえず、お姫様の治癒を頼んだよ」
「は、はい!」
馬から降りて確認すると、彼女は意識こそ無かったが、呼吸は微かに残っている。
「酷い怪我、一体何が……?」
ミーシャのトレードマークとも言うべき、ドレスの様な真紅の鎧。その胸部に穴が開いている。そこから見える皮膚は赤黒く腫れ上がっていた。
「ミーシャさん、少し触りますよ」
「うぐっ……。ミラーナ……? カハッ――!」
あまりの激痛に、ミーシャはかろうじて意識を取り戻した。だが声を発するや否や、大量に吐血した。
「喋らないで! すぐ楽にしてあげますから」
「その言い方だと止めを刺すみたいだねぇ」
「ミーシャさん、痛いと思いますがもう少しだから我慢してくださいね」
「おや、無視されちゃった」
表面に触れただけで、彼女は苦悶の表情を浮かべている。
(胸骨が砕けてるし、内臓もいくつか損傷してる。あと数分遅れていたら……)
ミラーナはミーシャの胸元に手をかざすと、呪文を唱えた。
「聖なる光よ、此の者を癒やし賜え!」
表面から魔力を流し込み、繊細な操作で患部を探りつつ、内側から治癒を進めていく。
「治療しながら聞いてほしい。今回の目的のひとつは、ランクフリーの捜索クエスト『Fランク冒険者の捜索』だ。報酬は10万G。アリッサも金欠なのに中々良い報酬を出したもんだよねぇ」
「今はお金の話なんてどうでもいいです!」
「まぁまぁ、そう言わないで。大切なのはもう1つの方だからさ」
言いながら、サライは女が逃げ去った木々の中に目を向けた。
「今回の本命はあっちさ。Sランク討伐クエスト『想い出の魔女の討伐』。その報酬は1000万G」
「はぇ!?」
想像以上の金額に、魔法の流入が乱れかける。
「Sランク!? い、いっせんまん!? それに魔女って……。じゃあ、あの人がミーシャさんをこんなふうに?」
「それは違うね。このバカ共がまた小競り合いでもしたんだろうさ」
「そんな……ナオトさんが失踪してから、たったの1ヶ月ですよ? まともに戦ったらミーシャさんに敵うはずありません」
「ま、男子三日会わざればなんとやらってね」
Fランク冒険者の直人が、その短期間で上級冒険者のミーシャをここまで追い詰めるなど、ミラーナには考えられない。
彼の魔法が異質なことは、発現を手助けしたミラーナもよくわかっている。
しかし、ミーシャの鎧に空いた穴や傷は、どう見ても魔法によるものではない。
「……ひとまず、治癒は完了しました」
「お、早いね。流石はアタシが知る限り最高のヒーラーだ」
「もう、やめてください」
傷の癒えたミーシャは、落ち着いた様子ですやすやと眠っていた。
彼女の頬に残った傷跡を見て、ミラーナは1ヶ月前のことを思い出した。
直人から報酬を掠め取った彼女だが、あの一件以来、顔つきが少なからず変化していた。傷跡を抜きにしても、険しい表情ばかりを浮かべていたのだ。
それは冒険者達の彼女に対する態度の変化だけが原因ではなく、彼女なりに、自分の行動に思うところがあったのだろう。
「こうして眠っていると可愛いですね」
「そうかい? アタシに言わせれば、起きている方が愚かで可愛いけどね」
「もう! サライさんはすぐそういうことを言うんですから」
「あっはっは。起きたらすぐに喚くだろうさ。なんせ愛用の鎧と家宝の剣がこの有様だからね」
彼女が愛用していた『聖剣アルトリアム』が、ひしゃげるように折れている。
白魔導士として、数々の惨状を目の当たりにしてきたミラーナも、そんな折れ方をした剣は見たことがない。
「何にしても、この子が起きたら一旦撤退するよ。今回に限っては、この子の力も必要になるからね」
夢にまで見たパーティでのクエスト攻略。
ミラーナは行き先が見えない状況に、ただただ不安に襲われるのであった。




