1.ふたりの関係
拙い作品ですが読んでいただければ幸いです。
「クソッ! 当たれよッ! なんで当たらねぇんだよ!」
彼の名は佐々木直人。
性別、男。
年齢、18歳。
異界の島国からこの世界にやってきた普通の青年だ。
「そんな闇雲に打っても当たらないよ! それに……このままじゃ!」
「ごめんアリッサ……でも、ここまで来て引き下がれるかよ……!」
紅白のエプロンドレスを身に纏う少女――アリッサの制止を振り切り、右手に全神経を集中させる直人。
駆ける閃光、轟く爆音――だが、それらは全て意味をなさない。
彼を止めようとするアリッサのブロンドヘアは乱れ、青い瞳から涙が頬を伝う。
だが、それでも、彼の血走った眼から闘志が失せることなどない。淡い勝利の幻想に取り憑かれた青年には、どんな言葉も意味をなさないのだ。
「これで最後だっ! 当たれよっ!」
全身全霊、全てを賭けた最後の一撃。
だが、叫びも虚しく彼の力は底を尽きた。
「……クソッ!」
長時間に渡る戦いで体力と精神力を消耗し、残弾もすべて失った。
戦う力はもう――残っていないのだ。
「ごめんな、アリッサ……。俺、負けちまった……」
「ううん……仕方ないよ」
項垂れる直人に、アリッサは優しく微笑んだ。
「最初からね、運命は決まってた……決められてたの」
「決まってた……? どういう事だよアリッサ!」
「ご、ごめんなさい! あなたがあんまり一生懸命なものだから言えなかったの! これは負けるように……私たちが勝てないようにできてるのよ――」
そして彼女は目前にそびえるそれを睨み、これまで何度流したかわからない苦渋の涙を零す。
「この――パチンコってものは!」
「――――ッ!?」
そう、彼は知らなかったのだ。
パチンコという遊戯に隠された真実を。
「情報屋のサライさんが言っていたの。店の利益を考えたら1時間に1人当たり1,000ゴールドは回収しないと話にならない……つまり、最終的にマイナスになる確率の方が圧倒的に高いんだって!」
「……嘘……だろ!?」
直人は絶望した。
そして、それと同時に怒りに震えていた!
この世界にやってきて早数ヶ月、投資金額は既に30万ゴールドを超えている!
パソコンはなくてもパチンコはあるこの世界――働きたくないからアリッサから借りた金を殆ど全て投資した末に待ち受けていた真実は余りにも惨く、怒り狂ったその姿はさながら狂戦士!
「許せねぇよ……汚ぇよ……潰してやる……こんな店ぇええええええっ!」
「だ、ダメだよナオト! 落ち着いてよ!」
だがアリッサの静止によって、彼の暴挙は未遂となった。
周囲の眼に晒され、悪目立ちしている自分に気がついた彼は、あくまでも落ち着いた様子で席を立った。
「……チッ! わかったよ、帰ろう」
「うん……」
その帰り道。
「あっ、ナオト! その草食べられるよ! 踏んじゃダメ!」
道端にしゃがみこみ、せっせと雑草を採取するアリッサの姿を直人はどことなく悲しげな表情で見下ろした。
「あっ! これも食べられるやつだ! そっちにも! 今まで気がつかなかったけど結構穴場ね!」
先ほどまでいたパチンコ店の喧騒とはかけ離れた穏やかな田舎道に、少女のはしゃぐ声が虚しく響く。そしてその内容の酷さに青年は戦慄した。
あれ? もしかして、俺この世界に来てから雑草しか食ってなくね? と、事の重大さに今更ながら気がついて、キツく歯を食いしばった。
「ほらナオト! 晩御飯はご馳走よ!」
「…………」
つまみ上げたロングスカートに沢山の雑草を乗せたアリッサの笑顔が眩しい。
彼女の料理はとても美味いが、雑草ばかり食べているのは人としてどうかしている。うさぎさんじゃないのだ! 肉とか色々食べたいのだ!
「アリッサ」
「はい? どうしたの?」
直人は今世紀最大の決心をアリッサに告げた!
「……俺、働くよ」
「…………え?」
思ってもみない直人の言葉にアリッサは唖然とした表情でしばらく沈黙した後、二つのものを落とした。
ひとつはスカートに乗せた沢山の雑草。
そしてもうひとつは――。
「うっ……ひっぐ……」
本日二度目となる涙である。
「お、おいアリッサ。何も泣くことないだろ?」
「うぅ……だ、だって……。無理してない? そんなことしなくてもいいんだよ? もっといいものが食べたいなら、私が武器屋のパート増やすから……防具屋とダブルワークするから……」
「いや、その必要はない」
彼の眼はまっすぐ未来を見つめていた。
そう、直人は目醒めたのだ。
こんなことではダメだと、このままではいけないと。
「今までごめんなアリッサ。お前が稼いだ金の殆どをパチンコに突っ込んで……馬鹿な俺を許してくれるか?」
「謝ることなんてないよ! ナオトは私の為にお金を増やそうとしてくれていただけだし、家賃には絶対に手を出さなかったじゃない! だから……謝ることなんてないよ」
「……アリッサ!」
「……ナオト!」
「アリッサ!」
「ナオトぉ!」
パチンコはあっても電線は無いこの世界の広い空の下。
青年と少女は1時間ものあいだ、抱きしめあって互いの名前を叫び続けたのであった。
* * * * * *
一ヶ月後。
農具置き場だった小屋を格安で借りている二人だけの城。
その扉が開かれ、くたびれた様子のアリッサがパートから帰宅した。
「ふぅ、ただいま」
「あ、おかえり」
ゴミ捨て場から拾ってきたシングルベッドに寝転がった直人は彼女を一瞥すると、これまたゴミ捨て場から拾ってきた古本に目を移す。
「ありがと。それで、ナオトはどうだった? いい仕事見つかりそう?」
「え……? あっ。うん、なんか、あんまりいい仕事がないんだよな。俺向きじゃないっていうか。まだその時ではないっていうか」
「……そっか。早く良いお仕事が見つかると良いね!」
「お、おう」
疲れ混じりの笑顔を向けたアリッサに、直人はばつが悪そうに言葉を濁した。
非常に驚くべきことではあるのだが、この男、本日一歩も外へ出ていない。それどころかこの一ヶ月の間、一度も仕事探しなどしていないのである。
「お腹すいたでしょ?」
「え? うん、まぁ」
「早くご飯作るね。今日はお給料日だったから、奮発してお肉買ってきちゃった」
「肉!? おいおいマジかよ! 超楽しみ!」
「あはは。ナオトが働いてくれるから生活に余裕もできるはずだし、そうじゃなくてもパチンコに行かないって決めてくれただけで雑草生活とはお別れだよ。そのうちもっと良いお家に住めちゃったり……えへへ。全部あなたのおかげだよ。ありがとね、ナオト」
「…………」
彼女の言葉に彼は思わず黙り込んだ。
この一ヶ月間、実のところずっと心の隅に引っかかっていたのだ。
ほとんど休みなく働いて、生活費を稼いでくれたアリッサ――彼女に伝えなくてはならないこと、言わなくてはならないことがある。
「……アリッサ」
「ん? なに?」
「あのさ……ちょっと言いにくいんだけど……」
「もうなぁに? 遠慮しないでなんでも――」
直人は意を決し、手作りのかまどに火を灯すアリッサの背中に吐き捨てた。
「金、貸してくれない?」
「…………え?」
アリッサの手から、肉の入った袋が転がり落ちる。
思わず振り返った瞳に映る彼の姿。
「家賃を引いた残りの半分……いや、三分の一でいいから、貸してくれないか?」
まっすぐな瞳で彼女を見つめる直人の手には、ボロボロのスロット情報誌が握られていた。
「頼むよアリッサ! 時代はスロットなんだよ! ほら、この台設定1でも機械割が100超えしてるだろ? 完全攻略が必要だけど俺なら余裕だ! 負ける理由がなさ過ぎる! あ、機械割っていうのはな――」
「…………うん……うん……うん」
残念ながらアリッサの耳に彼の言葉は届かなかった。仮に届いたとしても何を言っているのかわからなかったかもしれない。
長々と得意げに語り続ける彼の声に相槌を打ち、ひたすらコクコクとうなづいていた。
「だからさ、金、貸してくれないか?」
アリッサに理解できたのは、彼には自分の力が必要だということ。
ただ、それだけだった。
「…………うん。直人のお願いなら、いいよ」
そう言ってスカートのポケットから封筒を取り出した。
15枚ある紙幣のうち、5枚を取り出し彼に差し出す。
「マジ助かるわ~。サンキュー」
「どういたしまして……」
この後、久しぶりの肉料理を上手く作れたのか、それがどんな味だったのか、アリッサには遂に分からなかったし、以降の記憶はおぼろげだ。
覚えているのはイビキをかいて眠る彼と、その背中に笑う自分自身。
「あはは…………」
小さな夢に落とした涙はどこまでも広がって、とても冷たく滲んだけれど、そのうち消えてなくなった。
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