雪の町
初雪がそのまま積もった。正面玄関では高校生にもなりながら雪合戦をしてる連中や、ひとり達磨のように丸まって下校バスを待つ奴がいた。俺はというと、ipodにイヤホンを繋げて音楽を聴いていた。要するに後者の方だ。
しかし下校バスではなく路線バスで帰る自分は普段は玄関前でバスを待つということはないのだ。じゃあなぜいるのかと言うと先ほどクラスの女子から「帰り、玄関前で待ってて」と言われたからだ。すこしワクワクした気持ちと、なにか引っかけがあるかもしれないと思いを交錯させつつ、どうせ今日は暇だしと思って淡い期待を背に俺は突っ立っていた。
「どした孝夫」後ろを振り向くとクラスメイトの中森がいた。
「どしたって、ああちょっと雪やむの待ってんだ」
「何だよ、風邪引くぞ。そうだ、今日うちの母ちゃんが向かいに来てくれるんだ。お前んち俺んちの途中だろ?よかったら乗ってくか?」
「悪いな、また今度」そう言うと中森は不思議がりながらも「そんじゃあな」と言った。俺はそれに片手を挙げて返した。
しばらくすると、玄関前からは殆どの人が消えていた。ipodの中の曲もネタ切れになってきたので、朝読書用のkindleを取り出した。そうこうしているうちに、後ろから「釜石くん!ごめん、待たせて」という声がした。俺はパタンとその本を閉じると、後ろを向いた。するとそこには俺を呼び出した、間ヒカリがいた。
「なに読んでたの」
「うん、東野圭吾だよ」
「メジャーだね」間はそう言うと静かに歩きだした。
「それじゃ、行こうか」
「行く?」
「図書館」間は笑った。
あれはふとしたことであり、また強烈なことであった。男友達はというと本当に僅かとは言え盟友、というべきたくましい者がいるが、女友達はというと皆無であった俺は、3ヶ月前にあった高校2年のメインイベント、修学旅行で俺は間からモノを貰った。
「貰ってくれる?」日陰でグダッてる奈良の鹿を観ていた時だった。俺はああ、と無意識に右手を延ばすと、そこには鹿のキーホルダーがあった。
「お土産用に買ったんだけどさ、無駄に多く買っちゃって。ごめん」
そう言うと間は遠ざかっていった。間の手の温もりが微かに残る鹿のキーホルダーを俺はぎゅうと握りしめた。
それの意味するところを俺は深くも考えてなかったが、兎も角嬉しい。その一心ではあった。
………
「着いた!」間が言った。高校から歩いて10分ほどにある、なかなか大きい2階建て図書館。入ったのは去年の秋以来だ。
大きい吹き抜けのフロントを抜けると、丸テーブルの沢山おいてある場所に出る。
「よし、座ろうか」間はそう言うと、適当な丸テーブルの椅子に腰を掛けた。俺も自然な感じで椅子に腰かける。
「で、どうしたの、今日は」
「まあ、待ってって。ここの図書館はコーヒーとチーズケーキが売ってるんだよ。食べない?」
「え、でも今SUICAしか持ってないけど」
「大丈夫、座ってて。私が買ってくるから」そう言うと間は軽い足取りで売店のおばさんの元へ行った。
それからちょっとしてケーキとコーヒーを持って帰ってきた。
「寒いからさ、まずは暖まろうよ」間はズシンと椅子に座ると、コーヒーを啜った。俺もそれに習ってコーヒーを啜る。
……高校一年の時だ。初めて間と会った。彼女は結構うるさい奴ではあるが最低限秩序を守る。そんな第一印象だった。ただ、勉強は出来るので、愛嬌も相まって先生からの評判は良さげだった。
そして、あろうことか席が隣だった。大して話もしなかったがある英語の時間に隣の席の人と英会話をすることになり、間と英語で会話することになった。
「What do you do in your free time?」間が言った。
「reading books」そう返すと
「I can imagine」と言ってニヤリと笑った。
「例えだよ!」思わず俺はそう言うと、彼女は
「Show me your books」と言って脅迫を開始してきた。
「欧米か」そう呟いて俺は机の中から3冊の小説を出した。
「多い!」彼女はそう言うと一冊一冊を見始めた。
「江戸川乱歩に筒井康隆、内田康夫!!ラノベ少年かと思ってたのに」
「別にラノベだって見下す訳じゃないけど、乱歩は素晴らしいんだ!」
「いやいや、バカにしてる訳じゃないけどさ」そう言うと笑って
「I'm Hikari Hazama.Nice to meet you」といった。
「なんか、振り出しに戻ってない?」
「いいから」そう言うと何故か催促をしてきた。
「I'm Takao Kamaish.Nice to meet you too」
そう言うと、彼女は「おお、ちゃんtoo入れたね」といった
「やっぱバカにしてない?」
「気のせい、気のせい!」そう言って肩をぱしんと叩いてきた。
………
「美味しいよねこのチーズケーキ。別格」
「確かにそれは同意出来る」ふとそう言うと
「同意、なんて言う高校生初めて見た。確かにー、で良くない?」
「まあそこはどうでも良いじゃん」
「それもそうか」アハハと笑いながらまたコーヒーを啜る。なにかとどうでも良い話で時間は潰れていく。だが、それが嫌な感じがしない。ちゃっかり俺は間を友達認定してしまったようだった。
果たして、間はどう思ってるんだろう。そう思いながら彼女の顔を観てると、
「え、どうしたの」と彼女は顔を手で撫でた。「あ、チーズケーキ口元付いてる」彼女は人差し指に付いたケーキを口で舐めた。そこら辺のおっさんならはしたないとか良いそうである行為だけど、俺にはそれがなんか彼女らしいなあ、と感心してしまった。
「ごちそうさま。美味しかった」笑顔で彼女はそう言う。
「俺も。久しぶりだった。こういう手作り感のあるデザートは」
「私もだよ。でもいいよねえ、たまにはこういうのも。じゃあ、帰ろっか」
「うん。そうだね」反射的に俺はそう言う。しかし待てよ、と俺は思いとどまる。
「今日の用事って、これだけだったの?」
「そうだよ。あれ、図書館も見たい?」不思議そうに彼女は言った。
「いや、別に……。帰ろうか」俺はそういった。
待てよ。て言うことは、間は僕とコーヒーを飲むためだけに一緒に図書館に来たのか?それは、一体どういう事なのだろう?
自分はか弱く考え込んでいた。
図書館を出ると雪は止んでいた。最早雪は溶け始めていて、路面はびしょびしょであった。
「やだなあ。ね、積もるのは良いけど溶けんなって思わない?」間は苦い顔で言った。
「無茶な話だよ」
「靴が汚れるんだよ。全く」そう言うと彼女は「ねえ、もう少し雪が積もったらさ」と呟いた。
「え?」
「あ、いや、なんでもないよ!じゃあ、またね」すこし歩いたところで、間は急ぐように地下鉄駅へと入っていった。軽く手を振り返してやる。一体なんなんだ。今日この意味不明なお茶会は、楽しくなかったわけではないが、一体なんだったんだろうと疑問符が頭を回る。そして、彼女がいなくなって、俺はふと思う。
一体間はどの辺に住んでいるんだろう。聞けば分かりそうな疑問を思考えながら、少し重い腰を上げるようにバス停へと急いだ。
………
時は進み3学期が始まった。この街としては5年ぶりに積雪1メートルを越え、いつもより車道端に積まれた雪山は大きかったが、まるでなんでもないかのように社会は動き続ける。ザ・雪国とでも言うべきなんだろうか?
そして雪が横殴りで降るなか、誰も入らないような雪がどっさり積もった公園を何故か俺は歩き続けていた。
「もう少しだ。もう少しでwinter,againごっこが出来るぞ」中森が大声で叫んだ。彼は安いギターを担いでいた。
「あり得ない。Winter,againのPVってこんな雪降ってなかったでしょ!」メガネがトレンドマークと自負しながら、本体メガネと言われて激切れしたことで有名になってしまった宝塚が安いベースを担いで嘆いた。
「どうでも良いけれどさ、君JIROだからね。メガネはずせよ」これまた安いマラカスを持った大和田が言う。
「これはごっこなんだよ。そこまで拘るか。あとな、なんでお前はHISASHIなのにマラカスなんだよ!」
「俺はドラマーだぞ。吹雪んなかドラムなんて運べるか!」
「それよりなんで俺が来ないといけなかったんだ?軽音同好会じゃないぞ」俺は叫ぶ。
「しゃーないだろ。ただPVで一番目立つからな。喜べ」中森が言う
「なんで俺の顔ドアップでyoutube載っからんといけないんだよ!」
「だけど孝夫くん。普通に歌上手かったかよ」大和田が言った。
「ムリクリだろこんなの」
そんな愚痴を良いながら、ようやく開けた場所に出た。早速俺が担いでた三脚にタブレットをセッティングすると、winter,again(吹雪バージョン)の撮影が開始した。
「うむ、完璧だ」中森がそう言って撮影を終えたあと、動画をチェックすると、確かにそれなりに絵になっていた。本家より自分がUPになっていないのも、少し嬉しいポイントだった。
………
それから数週間後だ。帰宅時校門前で間に出会った。その時、俺は珍しく自分から話題を振ってみた
「趣味ってなに?」過去にReading booksといってI can imagineと言われたこともあり、聞く権利がある。そう思ってふと尋ねた。
「おお、気になる?」間は嬉しそうに訊ねてきた。
「知りたい」率直にそう言った。
「スノボーだよ。すいっすいと」そう言って笑った。
「スノボーか」自分にはまるで縁の無いものだ。スキーは自分で言うのもあれだがかなり得意だと自負しているが、スノボーは全く別のスポーツだと思っている。
「あれバランス取れるの?」
「やればね、ホント雪の上を滑走してるって感じだよ」
「事実滑走してるしね」そう言うと俺はふと思い付いたように言う。
「じゃあさ、この冬さ……」スノボー教えてくれないか。そう言いそうになって、急いで口を紡ぐ。なんだこれは。
まるで告白でもしそうになってしまった。
「この冬。君は懐かしいモノを鞄にぶら下げるようになったよね」そう言って俺の鞄を指差してきた。そこには、奈良の鹿のストラップがぶら下がっていた。
「あ」
「嬉しいよ。私は。でもさ」そう言うと彼女は静かに言った。
「今更かよって思う」
「え、なにそれ」
「あのyoutube観たよ。ビックリしたもの。『あなたを思うほど、ウーウー』のとこ。片手で鹿のストラップを持った中森くんが釜石くんを指していたんだもの。どんな告白だよって。正直さ、もっとドストレートにしてくれって思った」
「は?え?」なんのことだろうと思いつつ、俺は急いで鞄からタブレット端末を出す。
………
winter,again録音の時だ。
「あなたを思うほど……」俺はへこたれた。それを中森が笑った。
「間さんが好きなんだろ」突然そう言った。
「え!」
「分かる分かる。気づかれないとでも思ったか?」そう言うと鞄の鹿のストラップを指摘した。
「それ、間さんとお揃いのキーホルダーだぜ」
「……?」
「間さんの鞄、チャラチャラキーホルダーぶら下がってるだろ。ふと目に入ったんだがよ。そんなかにお前のと全く同じのがあってさ。まさかと思ったけど、そういやお前間さんとよく話するしなあと思ってよ。それ、軽く変態じゃねえか」
「変態って。この鹿のストラップ、間さんからもらったものだし」そう言うと俺はハッとした。
………
好きなんだ。俺は静かにそう言った。
「好きなんだ」間は笑った。
「私もだよ。あの英会話の頃から。ずっと」
しかし中森の奴。鹿のストラップを内緒で利用するとは。こんな強引なキューピットがいるものなのか……。