表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/19

求婚者たち

「皆様、大変お待たせいたしました」

 初老の男が場を取りしきる言葉を発した。

 注目が集まる。


 この言葉が発せられたということは、関係者が揃ったとみていい。

 この場にいるのは僕たちを含めて九人。

 全員揃っているとなると、一人は代理人を立てずに、求婚者本人が戦うということだ。


 ここは、持仏堂家の屋敷の一角。

 賓客を迎えるための別棟とのこと。

 和風のお屋敷の中、一棟だけ洋風なつくりがとても目立っていた。


「香久耶様は、モニターから失礼いたします。香久耶様は、ここに来られると仰せでしたが、一騎当千の武芸者の集まる場、どなたかお一人でも不遜なお考えをお持ちの場合、危険極まりないということで、臣下一同より、このような形でのお目通りでお願いしたいと存じます」

 要するに、危険人物が多いので、別室から、とのこと。

 まあ、常識があれば、そんなところだろう。


 ただ、それが求婚者に対する姿勢なのか、といえば、いささかな感じだ。

 僕はそんな理解をしつつ、中央のモニターに目をやる。

 そこには、黒髪の少女がいた。

 絵に描いたような、巫女の姿をしている。


「皆様、ようこそおいでいただきました。香久耶です」

 言葉とともに空気が冷ややかになった。

 エアコンの温度が下がったわけではないだろう。



「それでは、よろしければ自己紹介をいただいてよろしいでしょうか。代理人の方も合わせて」



「では、私から」

 一人の青年が立ち上がった。

 細身で華奢な印象を与えるが、眼鏡の奥の眼光には何ものにも揺るがないであろう自信を感じさせる。

 普段からリーダーシップをとることに慣れているのだろう。

 自分が先陣を切ることに、何ら躊躇を感じていない。

「大伴行長と申します」


 深々と一礼。

「香久耶さまには、何度かお目通りの機会をいただいております。富嶽グループ内の光洋商事という会社で、アジアエリアのマネージャーをまかされております。富嶽グループの会長、大伴隆行は、私の祖父にあたります」

 富嶽グループは戦前から続く財閥の一つ。

 皇族との縁戚もある、文字通りの名門。


 アメリカで暮らす僕でさえ知っているレベルの超名門。

 金融をはじめとして、商社、物流、建設など、過去からの資産を用い、あらゆる業界で覇を唱えている。


「本日、私の代理人として立っていただくのは、珠樹龍光殿。柳葉無念流の継承者にして現代の剣聖と称される方です」

 大伴の隣に座っていた、初老の男が立ち上がった。

 そして一礼。


 珠樹龍光。

 大伴の言葉通り、剣術の業界では超のつく有名人だ。

 日本が誇る剣聖と呼ばれる男。

 僕も、何度かビデオで見たことがあった。


 各種大会にて連続優勝の記録をもち、警察の武術師範もつとめあげていると聞いた。

 今日の格好は、和装。腰には大小の日本刀。打刀と脇差の二本差し。

 伝統のスタイル。

 そのくせ、身に纏う気は涼やかなのが、余計に脅威を感じる。


「私ごときが香久耶様にお話できるとすれば、伝統というもの重み、その大切さです。もちろん持仏堂家に比べれば、富嶽グループや大伴家などの歴史は吹けば飛ぶようなものかもしれません。ですが、それでも積み上げた歴史。代を重ねる中、子や孫のためにと残してきたもの。そして、その残されたものを、さらに良きものとして昇華させる。系譜に連なる蓄積。その積み重ねられた想いこそが、何よりも大切なものと自負しております。それ故に珠樹殿に、お願いし、その証を立てていただきます」


「歴史と伝統こそ、もっとも大切なもの、そういうことなのですね」

「はい。その証は、この後に」


 一礼。


 二人は椅子に腰を下ろした。




「では、次は私が」


 立ち上がったのは、少し小柄だが、覇気あふれる青年。

 身体の厚みは大伴に勝る。だが、決して肥満とは違う筋肉の厚み。

 その上に乗る実直そうな顔は、無謬の信頼を与えてしまいたくなる、そんな印象を与える。


「阿部誠也。民自党幹事長、阿部慎の筆頭秘書をしております」



「阿部慎は、日本の最大与党、民自党の最も影響力の高い人物だ。次の首相を決めるのは彼だと言われているほどの大物政治家だ」

 ミシェルさまがそっと教えてくれた。

 大物、ということは理解した。そして、姓からして、おそらくは、その大物の子どもか孫なのだろう。



「私の隣にいるのが、石火矢大吾。私の古くからの友人です」

 Tシャツにジーンズといった、ラフな格好。

 はちきれんばかりの、鍛えられた筋肉が身体を覆っていた。

 そして、片手にさげているのは日本刀。


 とはいえ、拵えが少々異なる。

 太く長い柄。そして小さな鍔。

 いわゆる薩摩拵。そんな刀を持つとなれば、おそらくは示現流かその傍流。


「彼の父は、私の祖父のボディーガードをしていました。そして、大吾は幼少のころから、私の家によく出入りしていました。いつからか、彼は私の親友となりました。彼の武術は父親直伝です。私の知る限り、彼より強い男はいません。彼なら必ず勝利してくれると信じています。そして、もし彼が負けたとしても、私には悔いはありません」


 阿部は一度言葉を切った。


「私の未来を託すのに、友情以上のものはないからです」


「友情こそ、もっとも尊ぶべきこと。そういうことなのですね」

「はい」


 一礼。


 二人は椅子に腰を下ろした。




「次は私でよろしいかな」


 刈り込んだ髪。浅黒く日に焼けた肌。

 決して、デスクワークばかりの男ではないことは明らかだった。

 仕立てのよさげなスーツが、まるで似合っていない。

「私は藤原仁。新興和エナジーグループの新興和警備保障を任せていただいてます。国内の拠点のみならず、海外のエネルギープラントなど、テロリストやゲリラなどが蠢くような場所の警備も担当しております」


 その言葉が示すもの。

 警備保障とはいうものの、軍人あがりを集めた軍事株式会社のような存在なのだろう。

 それを率いる、ということ。そう。この男は軍人なのだ。


「祖父、藤原晃は終戦後、日本の生命線はエネルギーである、と海外へと打って出ました。そこにあったのは、鉄と血の暴力が支配する世界でもありました。社員を守る。そのためには手段を選ぶなと、やれることはどんなことでもやってきました。その結果、全世界をつなぐエネルギーネットワークのうち、政府の目が届かない場所は、我々が守るようになりました。実力をもって」


 そして、藤原に促され、脇で座っていた男が立ち上がった。

 日本人ではなかった。

 褐色の肌に縮れた黒髪。

 上下迷彩服にジャングルブーツ。

 左右の腰に長めの山刀。


「彼の名はマルコ・ホーラ。私がもっとも信頼する戦場の勇者です。飛び道具禁止のレギュレーションは、よく承知しています。ですが、もっとも強いのは、戦場で生き残った実力者です。そしてマルコは、銃を持たなくても十分強い。強さとは戦いの経験です。そして、その点において、彼に匹敵するものなど、他にはいません」


「経験こそが強さの証である、と。そういうことなのですね」


 二人は我が意を得たり、とばかりにニヤリと笑った。


 そして一礼。


 椅子に腰を下ろした。




「次は俺でいいのかな」

 髪を短く刈り込んだ僧服の男が、ミシェル様の方を見て、そう言った。

 ミシェル様は、ニコリと笑って、発言を促す。


「ありがとう。では俺から」


 立ち上がった。

 山のような男だった。

 人好きのする笑顔。

「香久耶様。俺はあなたに惚れた。ぜひとも俺を選んでほしい」


「まあ」


 ストレートな言葉に、香久耶もまんざらではなさそうだった。


「俺は多治嶋人。天光宗の本山で修行しております。座主の多治龍堂は俺の祖父です。俺は一年前、祖父の供として香久耶様に目通りする機会を得ました。以来、俺は香久耶様のことを想いながら生きてきました。そんなときに、今回の話を聞きました。俺は自分の力で香久耶様の前へ立たねばならない。そう決めました」


 手にしているのは杖。いや、長尺の棍。それも鉄棍。太さもなかなか。

 重さも相当ある気がする。

 迂闊に真正面から刀で受ければ、刀自体をへし折られるだろう。


「俺は何がなんでも香久耶様の前へたどり着く。待っていてほしい」

「なぜ、代理人を立てなかったのですか? それほど自信があるのですか」

「棍を持てばそれなりのことはできる。それなりの自信はあるさ。だが、俺よりも強い者はたくさんいる。御山の先輩たちの中にもね。だが、俺は自分を認めてもらうために戦うのだ。それを人に任せるわけにはいかなかった。それだけだ」

「自分で挑むこと、それが大切なのだと?」


「はい。俺は必ずあなたの前に立つ」


 一礼。

 そして、ミシェル様に目で合図を送る。



 ミシェル様は頷いて立ち上がる。遅れじと僕も。

「俺はミシェル・ストーン。アメリカのボストンから来た。他の連中とは、少しばかり毛色が違う。裏がないとは言えない仕事をしている。で、俺の代理人は、このメイドだ。名前は燕」

 僕は無言で礼をする。

 エプロンの白いレースのフリルが揺れる。



「さて、香久耶様。俺があなたに示したいもの、それは変革だ」

 ミシェル様は言葉を切った。

「何故、俺がここに呼ばれたのか。血筋もたいしたもんじゃない。この国に大きな利益をもたらしているか、と言えば、決してそうじゃない。手を挙げたとは言え、黙殺してもかまわなかったはずだ。それなのに、俺がここに呼ばれた、ということは、それなりに期待されている、ということだ。だからこそ、俺はその期待に応えようと思う」

「期待……ですか」

「そうだ。俺は今日の五枚のカードの中じゃジョーカーだ。ジョーカーは場を荒らす。だが、それが変革を生む。この世界の歴史において、変革は暴力とともにやってきた。俺を選べば、あなたの人生とともに、この国が変わる。変えることができる」



「変革。変わる、ということですか」


「そうだ。一度きりの人生、面白く行こうぜ」


 あえて乱暴な言葉使いで、そう宣言した。

 香久耶はくすりと笑った。

 まんざらでもなさそうに。


ようやくトーナメントが始まります。

ちょっとここまで長すぎな感じが。

気楽にさくっと読めるメイドさんバトルアクションのはずでしたが……。


多分、ここが折り返し点。

で、何となく、本日も二話投稿。


あ、評価やブックマークいただけると、筆者が喜びます。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ