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秋葉原

 ゲーム機のロゴの入ったパーカーを被り、カーゴパンツにゴツめのジャングルブーツ。

 ニット帽に丸眼鏡。

 髪はほどいて、後ろで無造作に縛る。

 背中にはリュック。

 オタク男子スタイルはこういうもの、と以前ゲーム内で教えてもらった。

 だから、いざという時は、そういう格好をしようと、ずっと考えていた。


 午前中のうちに、但馬さんに教えてもらったディスカウントストアで、一そろい揃えたのだ。

 そう。僕は「男」としてガウさんに会う。

 ガウさんに、嘘をつくのは嫌だったから。

 あと、ゲーム内では、普通に男として過ごしていたから、だけど。



 初めての秋葉原はとてもにぎやかだった。

 平日だったけど、若者たちはどこからともなく集まってきていて、街全体に活気があった。

 スマートフォンが振動した。

 ガウさんからのメッセージ。

「どこ?」

 それに返事をしようとスマホに指を当てる。



 すると、目の前に金髪の女性。

 僕の目から見ても、高級な仕立てのジャケットとタイトスカートを身につけている。

 身長は、正直見上げてしまうほど高い。

 サングラスを外しながら口を開いた。

「クロさんよね」

「え」

「私がガウェインです。よろしくね」

 思わず、凍ってしまった。


 オンラインゲーマーというイメージからは程遠い外見。

 ウォール街を舞台にした映画にいそうな、いわゆる「できる女性」の姿がそこにあった。

 男性キャラを使っていたので、ひょっとして、ぐらいのことは思っていた。

 だけど、ここまでの人だとは……。

 もっと、きちんとした格好をしてくるべきじゃなかったのか。


 正直、男性だろうが、女性だろうが、「ちょっと地味」なキャラを想像していた。

 派手すぎるでしょう……。



「さ、行きましょう。食事を予約してあるわ」

「は、はい」

 ちょっと気後れして後についていく。


 ついでに、普通に日本語しゃべっているけど、顔のつくりやら何やらは白人のものだ。

「日本は初めてなんですよね」

「はい」

「ですから、和食にしました。口に合うといいんだけど」

 いかにも高級そうな暖簾を、ガウさんは当たり前のようにくぐっていった。

 慣れている……。相当なセレブ?



 僕は、気を引き締めて、後をついていく。

 通されたのは、個室のテーブル席。

「メニューはおまかせでいい?」

「は、はい」

「お昼だから、アルコールは抜きでいいよね?」

「は、はい」

 はい、しか言えない……。



「んーーーーー、やっと会えたね!」

 ガウさんが笑顔を向けてきた。

「クロさん、初めまして、でいいかな。たくさん話をしてきたけど、リアルで顔合わせるのは、初めてだもんね」

「あ、はい、うん」

 駄目だ、ちょっと驚きが収まってない。


「アメリカ人、でいいんだよね」

「一応、生まれは日本だけどね。ガウさんこそ、日本の人?」

 ガウさんは、髪の毛をいじりながら、照れた感じで答えた。

「私は生まれは英国。母さんは日本人。十歳までは、英国で暮らしてた。だから、日本はまだ8年くらいしか過ごしてないんだよね」


 ん?

「え? ガウさん、18歳?」

「え? いくつだと思ってたの?」

「いや、だって、背も高いし、格好いいし」

「そういうクロさんはいくつなのよ」

「え? 17歳……」

「うわー年下? 外見イメージはたしかにねえ……」

「ごめん、背低くて……」

「いやあ、あたしが欲しかったな。その身長。可愛げがないって言われるんだよねー。クロさん、デカい女って魅力ない?」

 いきなり、そんなことを聞くか。

「いやいや、そんなことないよ。ガウさん、すごく綺麗だ」

「やー、お世辞が上手い。ゲーマーのくせに」

「いやいや、ホントですって」

 嘘はつかない。正直、お屋敷のメイドの中にも、こんな人はいなかった。

 正直、ミシェル様とかは、会わせたくないな。うん。



 そんな会話を交わすうちに、一品ずつが芸術品のような料理が運ばれてきた。

 舌鼓をうつ、というのはこういうことなんだろうと思う。

 お屋敷でのパーティーだって、こんな料理は出やしない。



 最後のデザートの和菓子とお茶がそろうと、仲居に「必要になったら呼ぶから」と告げていた。

「ホントは、雰囲気的には和室のほうが、と思ったんだけどね。やっぱテーブルじゃないとね」



 そう言って、鞄から現れたのはノートPC。

 ああ、と理解して、僕もリュックからモバイルPCを取り出す。


「やっぱり持ってきてたわね」

「もちろん」

 僕たちは、互いにログインした。

 キャラクターと同時に本人が目の前にいる。


 ちょっと新鮮な感覚。

「こうやって、目の前にいる状態でプレイできるなんてね、思ってなかった」

「そうですね」

 僕は答えた。



 いつもの、キーボード越しのおしゃべりではなく、一つの言葉に対するリアクションがとても早い。気持ちいい。



 ひとしきりプレイした後、店を出た。

 食事代を出そうとしたら、やんわりと拒否された。

 友人同士だし、年下とは言え、そんなに離れていないし、という気もしたが、相当高そうな感じがしたので、ありがたく受けておくことにした。

 お金ないわけじゃないんだけどね。



 僕にとって、秋葉原は憧れの街だった。

 アニメやゲームのキャラがあちこちに見られる、カオティックな街。

 そんなカオスな中で、ガウさんは、相当に目立った。

 特に男性陣の視線。

 この街の女性たちとは少し違う雰囲気を持ちつつ、相当な美女であるということ。

 ついでに、おまけのようにつき従う、僕自身も否応無しに目立ってしまっていた。

「眩しい人だな」

 そんなことを思う。

 そのくせ、オタクグッズを見ながらする話は、意外にも子どもっぽい。


「あ、ねえねえ、ラッピーのぬいぐるみだよ。いいなあ。買っちゃおうかなあ」

 指差す「それ」は、50センチ以上もある、巨大なもの。

 僕の部屋にあるものとは、大違い。

「じゃあ、ごはんのお礼に」

 そう言って、僕の財布で購入すると、本当に子どものように喜んでくれた。


 外見しっかり系お姉さんの、そういう表情はズルい。

 破壊力高すぎ。

 映画でもよくある「守ってあげたい」という感情はこういうものか、と嘆息。

 残念ながら、ゲームでは、ガウさんの方が上手いんで、守ってあげるなど不遜の極みだが。

 リアルで……と言えば、僕の人生は、それこそ明日をも知れない。

 そもそも、今週末には、この世にいないかもしれないのだ。


 少し、残念に思う。

 だが、ここで会えたこと。

 それを幸福と思えばいい。

 そうだね。そうしよう。



 周囲の視線を一身に受けながら、あちこちの店を冷やかして回る。

「これ、流行っているんだよ」と、教えてくれた怪しいドリンクを吹き出しかけたのも可愛い。

 いや、あなたが勧めたんでしょ。



 そして、当然のことながら、楽しい時間はあっという間に過ぎるもの、だった。



 終わりに気づいたのは空気の変化からだった。

 緩やかな街のざわめきが一瞬にしてシャットダウンされた。



 いや、音は聞こえていた。

 だけど、心には届かない。

 やたらと、心音だけが響く。



 黒のスーツを着た女性がこちらを見ていた。

 ガウさんに似ていた。

 その女性を中心に、異なった空間ができていた。

 女性の後ろには二人の男。

 似たような格好だ。

 黒のサングラスに黒のスーツ。それでいて、明らかに見てとれる筋肉の量。

 常人ではない。


 こういうグループはよく知っている。

 目立つつもりはないのに、否応なしに目立つ。

 執行機関系だと、SPや捜査機関の特捜だったり、工作員だったり。

 組織寄りだと、ボスの周囲のボディガードたち。



 荒事専門、それも相当に上位のチーム。



 武器になるものを置いてきてよかった。

 持っていたら、思わず抜いていたかもしれない。



 だけど、ポイントはそこじゃない。


 ガウさんも「その空気」を感じていた。

 感じた上で、落ち着いていた。

 明らかに、その空気を知っている様子。



「時間です」

「そうだね。行きます」

 ガウさんの身にまとう空気も変わった。


 そうか。ガウさん「も」そういう人なんだ。

「じゃあ、クロさん。時間なの。行かなくちゃ」

 軽い言葉。



「楽しかった。またオンラインで」

「うん。また会いましょう」



 その返事とともに、街のざわめきが戻ってきた。

 気づくと姿が見えなくなっていた。



 多分。

 多分ではあるけど、ガウさんも、あまり人に自慢できる職業ではなさそうだ。

 何かの、裏の仕事。

 それも相当に凄腕の。



 さあ、帰ろうか。

 僕にも僕の仕事がある。


 その夜、ガウさんはログインしてこなかった。

地方民なので、秋葉原って、あまりよく知りません。

ツイッターでは、ごはん屋さんのお話のほうが多い気がします。


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