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アジフライ定食

 完全に日も暮れたころ、部屋のドアがノックされた。

「そろそろ食事の時間です。ご案内します」

 ドアを開けると、先ほどの男がいた。

「改めて名乗らせていただきます。蛮勇会の若頭、但馬と言います。燕さんのお世話を言いつかっております」

 蛮勇会。ワイルドバンチ傘下に入った、日本の暴力団と聞いている。

 若頭。それなりに偉い人、のようだ。


「ありがとう」

「先ほどは申し訳ありませんでした。自分の目が曇っておりました。今後は改めます」

「私みたいなのが来れば、うさんくさいですよね。仕方ないですよ」

 僕は軽く応じた。

 暴力社会の中では、力がすべてだ。

 やたらと喧嘩を売る趣味ではないが、きちんと実力を見せておく必要はある。



「外へ行きますか?」

「日本食が食べてみたいです。普通に暮らす人が食べる普通の日本食が」

「近くに食堂があります」

「じゃあ、そこで。おまかせします」

「はい……」



 その食堂は路地裏にひっそりと存在した。

 綺麗、とは言い難い。

 何人かの人間が食事をしている。

「おや、但馬さん、ずいぶん若い女の子連れて、どうしたんだい。妹さんか、姪っ子かい? 駄目だよ、こういう子を悪い道に引きずり込んじゃ」

「うるせえ。俺の大事なお客さんだ。一番いいもの出してくれ」

「へえ。いいものったってねえ。ああ、今日のアジはいいもんだって言ってたね。アジフライでいいかい?」

「よろしいでしょうか」

 正直、単語がよくわからないが、アジという魚がいたような気はする。

「いいですよ」

「じゃあ、それを」

「はい。アジ二つね。ビールは適当に出しておくれ」

「ビールでいいですか?」

「アルコールは遠慮しておきます」

「では、お茶で」

 但馬は、ガラス戸の冷蔵庫へと近づき、烏龍茶の瓶を取り出した。

 そういうものは、セルフサービスの店らしい。



 しばらくすると、トレーに乗った料理が出てきた。

 アジフライ定食、というらしい。

 但馬の真似をして、フライにソースをかける。

 箸を使うのも久しぶりだった。



「燕さんは何をしに日本へ」

「聞いていないんですか?」

「はい。ただ、大切な方だから、丁寧にお世話をしろ、と」



「それと、思い切り叱られました。屋上でのこと」

「私が過剰に反応してしまったことで……但馬さん、むしろ被害者ですよね」


 舐められるわけにはいかないが、ワイルドバンチを支える者としては、立場は同じだ。

 単に、実力を示すための「標的」にしてしまったのは間違いない。どちらかと言えば手を出したのはこちら。



「すみません」

 頭をさげられた。

 うむ。やりにくい。


「すべてを話していいものか、私にもわかりません。ですから但馬さんに話してよさそうな部分だけ」

 但馬が顔を上げた。


「ミシェルさまの面子がかかった戦いがあるそうです。私は、その代理人を命じられました。勝てるかどうかはわかりません。ですが、ミシェルさまからは、ワイルドバンチの誇りをもって戦え、と命じられました」


 一息。


「生きては帰れないかもしれません。ですが、刃に生きる者である以上、私はそんな生き方しか知らないのですよ」

 そこは本心。


「父と姉から教えられました。剣に生きるということを」

「燕さん……」


 但馬には、僕が儚げに見えたようだ。

 日本のヤクザには、義理と人情というものがあると聞いている。

 覚悟を決める、ともいうらしい。


「日本にいる間は、但馬さんがついていてくれるのですか?」

「は、はい。そのように」

「短い間になるかもしれませんが、よろしくお願いいたします」


 すると、但馬は、いきなり立ち上がって、礼をした。

「い、いえ。こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 それは、ちょっと目立ってしまって、恥ずかしい思いをすることになった。



 部屋に戻り、シャワーを浴びて、一息。

 ここからは、自分の時間。

 ジャージに身をつつみ、リラックスモード。

 そして、アメリカから抱えてきたノートPCを取り出し、ネットワークに接続する。


 正直眠いが、それはそれとしてゲームにログインする。

「こんばんは」

「こんばんは」「おー、珍しい時間に。こんこん」

 挨拶に返事が帰ってくる。

「珍しいですね。何か生活に変化でもありました?」と、ガウさん。

「今日は日本からログインしてまーーーす」

「おーー」「8888888888」「いらっしゃいませー」



 すると、ガウさんからwis(ウィスパーチャット。本人同士だけがやりとりできるチャット)が飛んできた。

「いつまで、日本にいられるんですか?」

「二、三日は」

 まあ、自由な時間はそれぐらいだ。


「東京?」

「はい」

 鋭いというか……、まあ、アメリカからやってくるとなれば、東京が当たり前か。


「観光?」

「少し仕事が……。二、三日は観光できるかも、ぐらいです」

「そうか……」

 タイムラグ。


「オフ会しませんか? 二人で」

「え?」

「明日の昼過ぎなら、秋葉原あたりに行けますが」



 どうしよう……。会ったことはないけど、ゲーム内では、何百時間と過ごしてきた仲間であり、友人。

 会いたい。会っておきたい。


 おそらくは、唯一無二のチャンス。

 今しか。

「秋葉原のどこに行けばいいですか?」

 ゲームセンターの名前と、SNSのアカウントが飛んできた。

 そのまま、SNSにアカウント登録してメッセージを送る。

 即返信。



 その夜は、いつもよりも気合の入った戦いをして。

 そして、いつものように無駄話をして。

 ようやく、日本に来たという実感がわいた。

定食屋さんのアジフライって美味しいですよね。


あと、本日は二話投稿にしてみました。

明日からは、また一話ずつに戻る予定。

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