東京のそら
東京の空は、晴れているにも関わらず、何となくしっとりとした湿度を感じる。
今ひとつ、馴染みのない空気。
迎えの車でたどり着いたのは、港湾地区の巨大なマンション。
48階建てのマンションの46~48階の三フロアがミシェル様の居城だった。
「よく来たな」
ミシェル様は48階の居室の応接間にて、僕を迎えた。
僕は一礼して、その言葉に応える。
「座れ」
僕は上物のソファーの上でかしこまる。
「ツバメ、お前は日本人だったな」
「はい」
「巫女というものがわかるか」
「神と会話できる女性……という程度ですが」
知識の元はゲームなのだが、まあ、そこには触れない。
「その中の、もっとも力の強い一人が出雲という土地にいる。持仏堂香久耶という。今なお、この国の霊脈に住んでいる龍を押さえている存在らしい」
ミシェル様は、テーブルの上の琥珀色の飲み物を口にする。
「その女が婿をとることになった。そして、この俺が立候補する」
今ひとつ、話が繋がらない。
「候補者は五人。そして、婿としての条件は一つ。五人の間で戦って勝つこと。候補者の代理人は一人まで。銃などの火薬を使った飛び道具は使用禁止。そして、戦いの中での、代理人の生死は不問」
要するに、バトルロイヤルかトーナメントか。
戦って勝ち抜くこと。
そのために僕は呼ばれた、と。
ただ、これは結婚の話ではないのか。
まだ小さかったころに日本を離れてしまったため、僕には日本の慣習みたいな知識はあまりない。だけど、こんな殺し合いがまかり通るものなのか。
だとしたら、日本というのは相当に野蛮な国なわけだが、そんなことはないだろう。
「ずいぶんと、物騒な婿取りのような気がしますが……」
「神話の世界から続く古代王国だからな、この国は。そんなこともあるんだろう」
さらりと答えられた。
納得……、している?
「銃は持ち込んだ時点で失格。ワイルドバンチで連れてこようと思えば、お前ということになる」
それには異論はない。
「承知しました」
ミシェル様の中で結論が出ているなら、僕には返す言葉はない。
思うことは、ぐっと押さえて飲み込む。
「持仏堂というのは、それこそ古代から連綿と続く一族だ。二千年の歴史を持つらしい。そして、この国の中枢に対する影響力も大きい。」
ミシェルが一息ついた。
「ワイルドバンチの領土を、この国に築く橋頭堡となるのがこの一戦だ。他の候補者は、いずれもこの国に大きな影響力を持っている。そいつらにも、俺たちワイルドバンチのちからを見せつける必要がある」
「まずは体調を万全にしろ。出雲に移動するのは、三日後だ。しばらくは自由にしていろ。観光したければ、そうしろ。故郷を訪ねたいのなら、それもよかろう。この国の人間をつける。何かあれば、そいつに言え」
「承知しました」
まあいい。僕の仕事は、戦って勝ち抜くこと。
ならば、戦うだけだ。
与えられた部屋は、ホテルのシングルルームのようなつくりの客間だった。
とりあえず、身内と言えど、カメラを塞ぐ。
この国の人間は、ワイルドバンチのメンバーとは言え、僕のことを知らない。
おそらくは、今回の詳細も知らない。
だから、本国から、変なメイドが来た、くらいのイメージしか持っていないだろう。
僕は旅装のワンピースのまま、日本刀を一振り腰に差して、エレベーターで屋上へ。
日が傾き、赤く染まった空。
地平には都市の風景が広がる。
これが日本。東京。
「よう」
背後から声。
派手なスーツにサングラス。
「蛮勇会の但馬だ。お前がこの国にいる間、世話をしてやる。おしとなしくしていろ」
僕の面倒を指示されて、そしておおいに不満を持っている、というところか。
女性があてがわれるんじゃないかと思っていたけど、まあいい。
武闘派のほうがやりやすい。
「はい。おとなしくしていますよ」
「アメリカから来た割に、日本語うまいじゃないか」
「ありがとうございます」
「何しに来たんだ、この国に」
「首を取りに」
鯉口を切る。
「ほう……。やる気かい、あんた」
「実力を見たいのですよね」
「ああ。泣くんじゃねえぞ」
男は懐に手を入れた。
刹那。
サングラスのレンズがきれいに二つに分かれ、顔から落ちていった。
「な……」
振り抜いた日本刀の刃が、日の光で赤く染まっている。
銃を抜く暇など与えない。
「おとなしくしていますので、今後ともよろしくお願いしてよろしいですか?」
日本刀を鞘におさめる。
「あ……ああ」
僕はにこりと笑顔を浮かべ、屋上を後にした。