メイドの仕事は、結構忙しい
僕の名前は燕。
性別は男。
職業はメイド。
今日も今日とて、ボストンのお屋敷で、掃除道具を持って走り回っている。
日本人は僕だけ。
メイドというと、英国風、金髪少女を連想するかもしれないけど、決してそんな単純な感じじゃない。年齢だっていろいろだし、特に、このお屋敷は、いろんな人種が混ざっている。移民国家アメリカ合衆国だからね。
男でメイドっていうのは、相反するキーワードだけど、まあ、そういうこともあるってことで。
背は低く、150センチに届かない程度。体つきも華奢。
フットマンやページボーイとして働くよりも、メイドとして、ワンピースにエプロンをつけていた方が似合うのたがら、仕方ない。まあ、男としてのプライドはどこへ行ったのか、と言われれば、まあ押し黙るしかない感じだ。
ついでに、この多国籍環境にいると、普通に同年齢女子よりも小さいし、子どもに見られてしまう現実もある。
まあ、似合うからいいんじゃない? 駄目?
あ、ちなみに性別的に問題あるのは、僕くらいで、あとは概ね女性。
最近は、いろいろ性別も難しくなっているけど、まあ、そんな感じ。
衣装は由緒正しい、黒のワンピースに白いエプロン。
そもそもが、ご主人さまの趣味でお屋敷全体が英国風の装いをしているので、むしろそういった面には気を使われている。
ただ、僕の太ももには、常にナイフが忍ばせてある。そして体に巻いたコルセットは、防弾防刃素材。
そう。僕の仕事は、屋敷の中で、ご主人さまたちを守ること。
メイドの格好をして、そこにまぎれているのは、最後の盾としての仕事故のものだ。
本当の役割は、外敵からの防衛ならびにその排除。
いわば、白血球の役割だった。
ポケットのスマートフォンが鳴動した。
メッセージ。発信者はハウスキーパーのウォーリック様。
「襲撃です。全員シェルタールームへ」
見た瞬間、皆が動き出す。
この屋敷の主人は、北米最強の犯罪組織「ワイルドバンチ」のトップ。
ジョージ・スローター・ストーン。
荒事は日常茶飯事。
こういった身の程知らずの者たちの襲撃も含めて、さまざまなことが起きる。
もっとも、すべて迎撃してきたし、これからも誰一人として生きては帰さない。
今晩生き残った者は、生き残ったことを「後悔」するだろう。
皆がシェルタールームへと向かう中、僕を含めた白血球たる役目を持つ数人だけは別の行動をとる。
「ツバメ!」
同僚のリンダがロッカーから取り出した日本刀を投げてくる。
それを受け取り、腰に挿す。
他の者は、アサルトライフルやショットガンなど、思い思いの武器を取り、薬室に弾丸を装填する。
「ツバメとリンダは中央廊下。私とフローラは応接正面で迎撃する」
「「「了解」」」
僕らは、それに答えつつ、走り出す。
中央廊下の奥にあるのは、ご主人さまたちの私室。
使用人としては、絶対に死守すべき場所。
僕とリンダは左右に別れ、物陰に身を隠す。
待ちぼうけならそれでよし。
遠くに銃声。
警備の面々が迎撃している。
そして。
足音。
二人、いや、三人。
視認した。
迷彩服の三人。
三人か。ちょっとしんどいな。
まあいい。
リンダとアイコンタクト。
いつも通り。
僕がフロント。
リンダがカバー。
そして、リンダが銃撃開始。
コルトM4が火を吹く。
三人は慌てて左右に。
物陰に隠れたと同時に僕が飛び出す。
僕の身のうちに貯められたエネルギーが、足元から一気に床に抜ける。
そして、そのエネルギーが僕を加速させる。
左に隠れた二人組に襲いかかる。
スカートの裾がひらりと翻る。
抜刀。
刀が先頭の暗殺者の首を飛ばす。
燕という鳥は、何よりも速く、そして鋭い。
そして僕も。
その名に負けないだけの速さを。
返す刀で二人目の腕を落とす。
眼鏡に返り血。
恐慌にかられた三人目が飛び出した。
再びリンダのコルトM4が火を吹いた。
三人目は、引き金を引くことなく、ボロ雑巾のように吹き飛んだ。
「あ゛ああああああ」
二人目は、まだ生きていた。
腕がなくなっただけ。こんなことで人間は死なない。
うん。だけど五月蝿い。
僕は刀の峰でそいつの首筋を打った。
あっさりと静かになる。
「よう。さすがだな」
肩からアサルトライフルを下げた男が近づいてくる。
屋敷の警備を担当しているダグ・アーレス。
「一人生きてますよ」
「ふむ。こちらで引き取ろう」
背後の男たちに軽い指示を送る。
「こんな連中に抜かれたの?」とはリンダの言葉。
「ああ。そう言うな。反省はしている」
そしてダグは、僕の格好をしげしげと見つめた。
ロングレンジのリンダはともかく、僕の白いエプロンは、返り血で真っ赤だった。
「着替えないと、仕事に戻れないだろう。後はやっておく」
「ありがとうございます」
僕はみぞおちのあたりで、手を組んでそっと礼を返す。
ちなみに、僕が男だと知っているのは、屋敷でもほんの数人。
ストーンの一族の方でも、ジョージ様くらいしか知らない。
リンダも含め、メイドの格好の殺し屋たちも同様に知らない。
リンダがウォーリック様に報告。
僕は一言断ってから、一足お先にその場を辞する。
着替えるためだ。
着替え終わる頃には、一通りのゴタゴタも片付き、メイドたちは掃除に走り回っていた。
この屋敷ではよくある緊急イベントの一つ。
慌てず、騒がず。
夕食までには、片付けを終わらせる。
それが、使用人としての責務と同時に矜持でもあった。
ただ、掃除がもっとも大変だったのは中央廊下。
今度は、もう少し返り血が少なくなるような戦い方をしようと、そっと心に誓った。