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デビュタントの日がやって来た。
真っ白な生地にふんだんに使われたパステルカラーのフリル。少しだけ、かかとの着いたヒール。綺麗に編み込まれた髪には銀で作られた蝶々が止まっている。
「アイーナ、大丈夫かい?」
「うん、大丈夫。ちょっと緊張するけど、お父様が隣にいてくれるのでしょう?」
そう言って私は無邪気に笑う。
私はお父様と手を繋ぎ、扉横に控えていた騎士がそっと開けた扉をくぐった。
会場に入った私を見て、ハッと誰かが息を呑む音が聞こえた。
賑やかだった会場がほんの数秒のうちに静まりかえる。
皆に見られている緊張と慣れないヒールのせいで足がガクガクと震え、立ち止まりそうになる。
私は出来るだけゆっくりと落ち着いた動作で足を進めた。少しだけお父様と握った手に力を加えぎゅっとすれば、お父様が安心させるかのように握り返してくれた。
今日の夜会でデビュタントをするのは私を含めて五人。
その中でも私は一番年下なので陛下に挨拶をする順番は一番最後だ。
私は背筋を伸ばし、ただ、微笑みながら時が来るのを待っていた。
▽
何とか終わった陛下への挨拶の後は普通のパーティーだ。
夜会とは言ってもデビュタントをする子達の為のもので、もちろん子供も参加出来るようになっている。
その為、夕方からの二時間程度のものだし、お酒は禁止されているので普通の夜会と比べれば人は少ないらしい。
「アイーナ、気分が悪くなったら直ぐにお父様に言うんだよ。何時でも、帰れる準備はしているからね。」
そう言ってお父様は心配そうに私を見つめる。
「うん、分かった。」
私はそう言ってデザートを手に取る。
本当は、陛下への挨拶が終われば直ぐにでも帰るつもりだったのだが、キラキラと食べて欲しいとばかりに輝くスイーツを見つけた私が「食べてから帰りたい」とお父様に言ったのだ。
ちなみにこの国では、デザートなどの軽食を食べている時に話しかけるのはマナーが悪いとされている。
なので、先程からチラチラと視線は感じるが、今のところ、私は誰からも話しかけられていない。
私はイチゴの乗ったショートケーキとマカロンをそれぞれ一つずつ取り、いつの間にか知らない人と話していたお父様の事を置いて、私はようやく見つけた席に座った。
「うふふっ。さすが王宮の料理人だわっ!見た目だけじゃなくて味もとても美味しいっ!」
美味しいデザートに頬を緩ませながら黙々と食べていると、扉前が少しだけ騒がしくなったような気がした。
「なに?」
不思議に思ってそちらに視線を向ける。
するとそこには、十四歳くらいの綺麗な洋服を来たとても不細工な男の子が立っていた。
キャー、キャーと令嬢達が頬を初め何から叫んでいる。
「キャー!第二皇子殿下が来て下さったわっ!」
「相変わらず、なんて美しいのっ!」
「あぁ、急に目眩が・・・」
「殿下っ!私ですっ!覚えていらっしゃいませんか?」
一瞬で、まるでアイドルのライブの様な空気になり、私はその状況に着いていけず呆然とその様子を眺めた。
嘘でしょ・・・。本当にあんなのがイケメンなの?
いや、私も人の事は言えないんだけどさ。
でも、一人くらい絶世の美少年とか居るかなって思ってたのに・・・。
私は周りを見渡してガックリと肩をおろす。
ここに居る子達は何故か顔は整っていても、太っている者ばかりで、私が思うイケメンとはかけ離れている。
まぁ、この世界では太っていることや不細工である事が美しいとされているわけだし、仕方ないのかな。
もし結婚するなら、太っていても顔が整っている人にしよう。そして、結婚した後に一緒にダイエットとかしよう。
私がそんな事を考え一人頷いていると、ふと、視線を感じ顔を上げた。
「やぁ。可愛らしいお嬢様さん。名前を聞いてもいいかな?」
すると、先程まで沢山の令嬢にキャーキャーと騒がれていた第二王子殿下が私の目の前で手を差し伸べながら尋ねてくる。
えっ!えぇっ!なんでわたしなのっ、?
いきなりの事にビックリして固まってしまった私を見て第二王子殿下は、照れ屋さんなのかな?といいクスッと笑った。
その後、またね、と言い今度は別の令嬢に話しかけに行った。
び、びっくりしたぁ・・・。
第二王子殿下に話しかけられた時、知らない人からとても怖い顔で睨まれていた。
第二王子殿下のファンか何かなのだろうか。とりあえず、関わらない方が良いだろうと思い私は残っていたマカロンを頬張る。
あっ。名前、結局言えなかったな・・・。
怒っていませんように、なんて事を思いながら私はおかわりのデザートを取ろうと席を立った。
▽
「勘違いしない事ねっ!」
私がデザートを選んでいると、三人組の仲の良さそうな令嬢が近寄ってきた。
この人達もデザートを取りに来たのだと思い、私が場所を開けようと瞬間、赤髪の女性にキッと睨まれながらそう言われた。
「えっ?」
突然の事に意味が理解出来なくて聞き返す。
「殿下は誰にでも優しいのよ。自分が特別だと思わない事ね。」
あー。なんだ、その事か。
と私は内心呆れたような気持ちを隠し困ったように微笑む。
第二王子殿下と余り歳が変わらないであろう令嬢が、今日、デビュタントしたばかりの七歳の女の子にまで嫉妬してくるなんて。
これ、普通の七歳の女の子ならトラウマになるんじゃないの?いや、私は別に痛くも痒くも無いんだけど。
私が何も言い返さないのをどう思ったのか、令嬢は私に紅茶をかけ、また何か嫌味ったらしいことを言ってきた。
「あっ。」
私は、お父様達が何日も掛けて選んでくれた白をベースにしたドレスに赤い紅茶がじわじわと広がっていくのを泣きそうな気持ちで見つめているだけで、令嬢が言ってくる嫌味など全く聞こえていなかった。