プロローグ
その日は誰もが心待ちにしていたクリスマスの日。
私、森神 寧々は、婚約者と親友が出来ていたという事実をまだ受け止められていなかった。
信じたくなかった、だが、私は見てしまったのだ。
クリスマスである今日、私との約束を放り出した彼が私の親友と街の中心でキラキラと輝くクリスマスツリーの下で幸せそうにキスをしている姿を。
何度も、何度も繰り返されるキスシーン。
それは、まるでドラマのエンディング、主人公がやっと想い人と結ばれる瞬間の様に幸せに満ち溢れた光景だった。
私は気がつけば走り出していた。
もう何も考えたくなかった。
いつの間にか雪が雨に変わっていた。
ズキズキと酷く痛む胸が、止めどなく瞳から溢れる涙が、ぐちゃぐちゃになった頭の中が、自分がどれだけ彼の事が好きだったのか物語っているようで、全部、全部、雨に流して終わりにしてしまいたかった。
無我夢中で走り続けた私は強い衝撃と共にその短い人生の幕を下ろした。
その胸に確かな憎しみを持って。
△
全身に強い衝撃を受け、痛みを感じる暇もなく死んだはずの私は、どういう訳か小さな女の子になっていた。
私は記憶よりずっと小さくなった己の体を見下ろす。
「小さな手・・・」
そう小さく呟けば幼い女の子の少し高めの声が聞こえてくる。
しばらくボーッとしてた私は、彼女の記憶を探ってようやく事情を把握することが出来た。
この体の本来の持ち主の名はアイーナ・ソルト。
どうやら貴族令嬢らしい。
一週間前、魔力暴走を起こしそれに耐えきれなくなった彼女はこの世を去った見たいだ。
信じられない事だが、つまり、私は死んだ幼子の体に乗り移った幽霊見たいな感じなのだろうか。
よく分からないこの状況に首を傾げながらも、私はとりあえずもう一度寝る事にした。
目が覚めたらきっと、婚約者に裏切られ、雨の中無我夢中で走り続け、その結果、交通事故で死んで、気がつけば幼女になっていたなんて事はあるはずもなく、全部、全部悪い夢でした!
ってなるオチである事を願って。