8.
「すごい……すごいですっ、本当に石海亀の甲羅がこんなに綺麗に切れているなんてっ!! イゾー様は本当にすごい料理人なのですねっ」
感激しながらもてきぱきと甲羅を斬られた石海亀を捌いて調理していくマリアンヌの見事な手際に、以蔵は感心した。
「ほぉん、水から煮るがか」
「はい。『茹でこぼす』というのですが、これで石海亀の臭みがとれて上質なスープになるんです」
「ほにほに。おマリは大したもんじゃのう。小さいのに、えらい達者な手際じゃ」
「えへへ、それほどでも……奴隷として売られる前から煮たり焼いたりはしていたんですよ。まあ、見てわかる通り私は奴隷堕ちのエルフですので……その、昔は薬草とか……」
マリアンヌは言って長い黒髪をかきあげる。
そこには、奴隷の証である切れ込みを入れられたエルフ族独特の尖った耳があった。
エルフの奴隷。
それは所有者の優越感を満たすために高値で売買され、そして普通の奴隷以上に虐げられる存在である。それは例えば、土佐藩において以蔵のような下士と呼ばれる下級武士を上士たちが徹底的に痛めつけてきたように。
「売られた? ここは花街なが?」
以蔵は訝しむ。
以蔵にとって、娘が売られるというのはすなわち色街……売春宿への身売りであった。以蔵が生まれ育った土佐には花街と言われるような繁華街はなかったけれど、江戸に剣術修行に上っていた際には何度か天下の吉原を冷やかしに行ったことがある。
吉原といえば、江戸に滞在する男であれば一度は遊んでみたいと思う夜のエンタメスポットである。
以蔵の師匠である武市半平太は洗練潔白が袴をつけて歩いているような人物だったため、せっかくの吉原を楽しむことはできなかったわけだけれども、それはそれである。
「しかし……こげに、小さいのにのう。こげな子供が飯炊きしちゅうがは心が痛むぜよ……」
くう、と以蔵は袴を握りしめる。以蔵はもともと義侠心の強い男である。やや思い込みが激しいところがあるが、基本的には一本気で一生懸命な男だ。
「わしん家もなあ、貧乏で苦労しちょったがよ。わしにも六つ下の弟がおってのう……おまんばぁの年のころもあったにゃあ」
「は、はぁ」
以蔵にとって、小さな女の子であるマリアンヌがこうして飯炊きとしてこき使われているというのはどうしても心が痛むものだった。すっかり感じ入っている以蔵に、マリアンヌは首をかしげる。
(えっと、私……今年で399歳なんだけど……でも、エルフだというのは明かしたし。イゾーさまも、エルフの寿命くらいはお分かりでしょうし)
エルフ族。人間よりもはるかに長命な異世界の種族。尖った耳が特徴の、不老不死に近しい美しく賢い種族の存在を、ここを出島だと思い込んでいる岡田以蔵はもちろん知らない。
目の前の、こんまくておぼこい少女が土佐にいる自分の父親のそのまた父親よりもうんと年上である可能性などまったく思い至らない。
なんなら、このわしが守ってやらねばくらいのことは思っている。それくらいに、岡田以蔵はまっすぐな男であった。
「イゾーさまは、本当に優しいですね」
奴隷少女マリアンヌ(399才)は笑った。
「そ、そうかえ?」
岡田以蔵(25才/独身)は、盛大に照れた。
「はい。イゾー様は優しいので、甘えてもいいですか?」
「おん、まかしちょきっ!!」
以蔵は張り切った。
「高名な料理人であるイゾー様にこんなことを頼むのは気が引けるのですが……野菜を切るのを手伝ってくださいますか?」
「おう。わしは斬るのは得意じゃきのう!!」
ガハハ、と以蔵は笑った。
岡田以蔵。大変乗せられやすい男である。
――店の外で、マリアンヌの主人はまだ伸びている。
***
「す、すごいっ!?」
数分後。
見事な包丁さばきによって、皮むきから下ごしらえまで完璧に処理されたスープ用の根菜類を目にしたマリアンヌの横には、ヒジョーに満足気な岡田以蔵の姿があった。