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5.

(なんじゃ、この気配は……?)


 殺気のようなものを察知して、刀に手をかけて身を硬くしていた岡田以蔵。

 彼の耳に、ふいに飛び込んできたのは少女の悲鳴だった。


「きゃっ、も、申し訳ございませんっ、ご主人様っ……!」


 以蔵はそちらに視線を走らせる。 倒れ込んでいたのはボロを着た少女だった。

 年の頃は十かそこら。まだ子供だ。明らかに怯えて声を震わせている少女に、鞭を振り上げているのはでっぷりと太った大男である。


 さすが出島というべきか、土佐でも江戸でも平均以上の体躯であったはずの以蔵の倍以上の背丈がある。対して、少女は以蔵とおなじく黒い髪。見た目は日ノ本の少女である。ひどく痩せていて、華奢だ。


「てめえぇっ!! 奴隷の分際でいい気になりやがって!!」

「ひぃっ」


 そんな大男が、抵抗もできない少女を怒鳴りつけている。


 以蔵は眉をしかめた。

 弱い者いじめは嫌いだ。


「くそガキがっ! 俺に損をさせやがってぇっ!! てめぇみてぇな貧相なガキ、いますぐぶっ殺してやることだってできるんだぞ!!」

「も、もうしわけ、ござっ」

「くそっ、奴隷の分際でっ!!」


 鞭が、振り下ろされる。


「っ!」


 少女は身を硬くしたが、予想をした痛みがやってくることはなかった。ぎゅっとつぶっていた目をあける。すると、少女の前に立っていたのはーー奇妙な服に身を包み、長い髪を結い上げた男。


 岡田以蔵だった。以蔵は素早く少女と男の間に割って入り、鞘に収めたままの刀で鞭を受け止めていたのだ。大男が怒鳴り散らす。


「てめぇ、邪魔するなっ!」

「すまんのう。じゃが、こんまい子ぉに手をあげるのはいかんじゃろ」

「あ? なんだてめぇ、変な髪型しやがって」

「あ!? おまんこそ妙な髪しくさりよって!! 男なら髷を結え髷をっ!!」


 不毛な応酬である。

 以蔵はいまだに、この街で髷を結っているのが自分だけであることには気づいていないのだ。


 大男は、自分よりも明らかに小さく非力に見える以蔵を見てさらに態度を大きくした。


「なんじゃ、その目は」

「そいつは俺の奴隷だぞ。身分が違う。だからなっ!! 俺がどうしようと俺の勝手dぶおjふぁg!!!!!」


 バキィッ!

 という音が響いた。


「おん、すまんの。手ぇが滑った」


 以蔵は、ぷらぷらと右手を振りながら言う。

 オークか何かの血を引いているのであろう大男は、以蔵からの右ストレートによって沈没したのだ。


 幕末最強の人斬り岡田以蔵、渾身のパンチである。


「おまんなんぞ斬ってもよかったが……刀が錆びちょってよかったのう。感謝せえ」



 余談であるが以蔵の強さのひとつは、その強靭なフィジカルにある。


 以蔵が暗殺者として初めて人を殺めたときのこと……井上佐一郎という男を殺害したときのことである。ときの権力者である吉田東洋にとりいって威張りちらす、嫌な男であった。


 暗殺決行。そのときに以蔵が使った得物は刀ではなかった。しこたま酒に酔わせた男を殺したのは、たった1枚の手拭いだ。大の大人を絞め殺すのは至難の技である。助けを呼ぶ声をあげる暇もなく一気に絞めあげ殺害を可能にしたのは、剣術の修行に明け暮れた青春時代によって鍛え上げられた以蔵の並外れた腕力によるものだった。

 文久2年、8月のことである。


 力 is パワー。


 それが以蔵の強さの秘密、その1である。

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