36.
岡田以蔵「わしぁ、断じてエタってないぜよ!!!!!」
以蔵とマリアンヌは路地裏で肩を寄せ合って座り込んでいた。
マゾクの女を追いかけていた以蔵とマリアンヌ。
追いかけた先。
白銀に輝く甲冑をつけた騎士たちに、「わが国の王子の婚約者であるエリス姫になんたる狼藉!」とすごまれてしまった。
なんとか窮地は脱したものの、以蔵がしでかしたことはこうだ。
お姫さまを守る兵を、一刀両断にした。
……で、逃げた。
まあ、一刀両断とはいえ相手は甲冑を身に着けていた。
甲冑の隙間に剣を差し入れて斬る――ということも、やろうと思えばできたが、まぁ。
「さ、さすがにおマリも一緒じゃったき、手加減はしたぜ。小さい娘っ子に血生臭い場面は見せられんろう」
「娘っ子……? あの……まぁ、その……村を焼かれたときに、血生臭い光景は嫌というほどに見ましたが……」
ただし、憲兵を倒したのは紛れもない事実。
完全に、犯罪者である。
「はぁ……。やっとこ、このナマクラ刀じゃない方が抜けるようになったのはいいけんど……あああ……かぁっとなってやってしもうたがよ……」
陰鬱な気持ちで以蔵はうなだれる。
こんな路地裏に逃げ込む羽目になるなんて。
「と、ともかく人目のつかんところに逃げにゃあ……」
「おお、以蔵さん!! 見つけたぜよ!!!」
「ぎゃああああああ!!??」
いきなり大声で声をかけられて、以蔵は飛び上がる。
目の前に立っている男は、幸いにして見慣れた笑顔を浮かべていた。
「さ、っささっさ、坂本さんっ! やめとおせ、心の臓に悪いがよっ!!!」
「がっはっは、すまざった。そんな路地で丸まっちょるきに、驚かせちゃろ思うてのぅ!」
愉快そうに笑う坂本竜馬――その後ろには、獣人族のガープが立っていた。
二足で歩く狼、という風貌のわりには気のいい男である。
「イゾ―の旦那、どうしたんすか?」
「あ! ガープ……そうじゃ、おまんに会わせたいやつが……」
以蔵の着物のたもとに隠れるようにしていた、元奴隷エルフ、マリアンヌがひょこりと顔を出す。
そして、その大きな瞳を大きく見開いた。
北の森、エルフの村。
ながらくそこで暮らしてきた獣人族ガープ――彼が以蔵とともに旅をしてきた理由が、達成される。
「うそ……その声は……ガープ……?」
「……え? お……嬢……?」
かつて、マリアンヌとガープは主従として仲睦まじく暮らしていた。
しかしエルフの隠れ里であった村は、魔族により襲撃され……ガープを逃がすため、マリアンヌは奴隷に身をやつしていたのである。
以蔵によって救われるまで、港町イトークで横暴な主人に虐げられて暮らしていたマリアンヌ。
ずっと旅を続け、かつての主を探し続けていたガープ。
その二人が、いま、こうして出会ったのだ。
言葉にならない感動が、以蔵にも伝わってくるようだった。
がばり、と2人は抱き合う。
「うう……イゾ―の旦那、リョーマの旦那……な、なんて言ったらいいか……お嬢は、俺のこと、ほんの子犬の頃から可愛がってくれてて……それで……」
「い、イゾ―様……どうしてガープを……? リョーマ様ともお知り合い……? ああ、いけません、聞きたいことが多すぎて、わたし、胸がいっぱいで……!!」
わなわなと震えるふたり。
以蔵は微笑ましくおもいつつも、胸にうずまく「うらやましい」という気持ちに落ち着かなくなる。
ひさしく会っていない恩師は、以蔵とまた会ってもこんな風に泣いて喜んでくれるのだろうか。
かつて、師のあとについて南国を武者修行した日々はよかった。
酒の飲めぬ恩師にかわって、以蔵がかぱかぱと盃をあければ、それだけで喜んでくれたものだ。
けれども、最後に会ったときには、あの優しいまなざしで以蔵をみる師はいなかったのだ……。
「いやあ、主従のう! わしも勝先生のことを思い出すぜよ、今頃どうしてらっしゃるか! のう、以蔵さんも武市のこと思い出さんかえ!」
「……………………………………。坂本さんはそういうところがありゆう」
「えっ! なんでじゃ、なんか怒っちょる!?」
竜馬は、以蔵の恩師である武市半平太の遠い遠い遠い親戚筋で、幼少期より交流があったらしい。
武市の結成した土佐勤皇党のなかで、以蔵がどんな立場になっているかは、さすがに風の噂程度には聞いておるだろうに、この人は……。
「いいえ、別になんでもありません」
「ひっ! 郷里言葉でしゃべってや、以蔵さん! 怖いぜよ!?」
「あ、あの……もうしわけありません、イゾ―様。わたしってば舞い上がってしまって……」
「おマリのせいじゃあないがよ、気にせんでえい。坂本さんのせいじゃき」
「リョーマの旦那……なんか、どでかい地雷踏んだんすかね……」
全員の視線をうけて、珍しくウググと言葉に詰まっている坂本竜馬。
凛々しい眉毛を下げている様子に、以蔵は少しだけ「ふふん」という気持ちになる。
……と、そのとき。
「ぐぅ~~~~」
聞き覚えのある、音。
ひもじいひもじい、腹の声。
「……ぁ、す、すみません……わたしってば……」
「なんじゃ、おマリ。腹が減っちょるんかえ」
「あ!! ほうじゃほうじゃ、以蔵さん」
注意がそれて、ここぞとばかりに竜馬が懐をさぐる。
取り出したのは――大きな革袋だった。
「これ! わしにそっくりの喋り方の、おなじような服の剣の達者な男が【空飛ぶスイカ】ちゅうがを切ったち言われての! その賞金じゃち言いよるきに、なんやかや納得してもろうて預かってきよったがじゃ!」
「おお、忘れとった……坂本さん、その革袋は一体なんじゃ?」
「賞金ぜよ! 以蔵さん、貰いわすれちょったらもったいないぜよ!」
ガープが、竜馬の手から革袋をひったくり……中をあらためる。
「ぎゃっ!! な、なんすかこの大金は!!?」
「おん……100マンさきゅる……? とかいうちょったの」
「一般的な労働者の数か月分の給与にあたりますね……さすがですわ、イゾ―さま」
「そ、そがぁな大金じゃったか……!」
以蔵ははわわ、とわななく。
こんな大金、触ったことがない。
「がっはは! さっすが以蔵さんじゃ! まぁ、つもる話もあるじゃろうし、ちっくと場所変えんかえ!」
と、竜馬。
まったくもって自分の手柄ではないのに、満面の笑みである。
一同は近くのちょっといい宿に部屋を取ることにした。
なお、一連の騒動で、以蔵たちはすっかり食役人……自分たちを王都まで連れて来た官僚のことは忘れ去ってしまった。
以蔵たちがやってくるのを、王城の門の前でそれはそれは長いこと待ち続けていた食役人が翌朝宿屋に怒鳴り込んでくることを、以蔵たちはまだ知らないのであった。




