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35.

岡田以蔵さん、誕生日(新暦)おめでとうございますーーーーーー!!!!

5月の命日は慰霊祭も行きたいですね。

――追いかける。


人混みに紛れて消え去ろうとする魔族の女。

魔猪ワイルド・ボアの正気を失わせ、穀倉村エカテーを襲撃させていた黒幕。


先程、空飛ぶお化けスイカが暴走したのも――以蔵の感が正しければ、あの女がなにか奇術妖術のたぐいでもって起こしたに違いない。




あの乳の大きさ、間違いない。

幕末期、女性の乳房というものはフェティシズムの対象になることはほとんどなかったという。だが、以蔵は女のやわらかい乳が嫌いではなかった。


何か嫌なことがあった日も、人を殺めた日も、乳に顔を埋めていれば悪い夢をみないで済むような、そんな気がしていた。



「い、イゾー様!? どうしたのです」



思わずマリアンヌの手を引っ張って走らせていたことに気がついて、以蔵は「しまった」と唇を噛む。彼女は体が小さい。誰かを追ったり追われたりに慣れている以蔵と同じように走れというのは無理がある。



「ほいたら、おマリ。ちっくと掴まっちょり!」


「え? は、はわっ!」



ひょい、と。

いったんぐっと腰を落とした以蔵は、マリアンヌを軽々と肩に担いだ。

思わずマリアンヌは、以蔵の伸びきった総髪髷の頭にしがみつく。



「あ、わわ、イゾー様!? 重いですよ、やめてください!!」


「えいえい、こんまい頃に弟担いで走りまわっちょったがに比べたら綿みたく軽いきに……ああ、ほうじゃ」


「な、なんです」


「おまんに会いたがっちょる男がおるよ」


「え……?」


「まっこと毛深いやつじゃの。


「毛深い……?」



スタスタと走る以蔵は、どんな剣筋も見切れる隼のような視線を魔族の女から離さずに応える。



「おん。その前に、あの前を走っちょる女は見えるかえ!?」


「えっえっ……は、はい。見えます。フードを目深にかぶって走っている方ですね」


「ほうじゃ、あいたぁを捕まえたいんじゃ」


「え、捕まえ……?」



――そのとき。

人混みが切れた。


そのかわりに以蔵たちの目の前に現れたのは、白く輝く衣をまとい、甲冑を着込んだ男たち。



「? なんじゃ、あいたぁら」



魔族の女は、その甲冑の男たちを認めるとピタリと立ち止まる。

気がつけば、見たこともないような大きな大きな建築物の前にいた。



(ほあ!? なんじゃこれ。城か? でっか!!)


一瞬、以蔵はそちらに気を取られる。

デカすぎて見えていなかったが、これが城か。

以蔵も高知城下に暮らしていたから、城というものは見慣れているつもりだったが――これは規格外だ。


山内一豊公が一体何人いればこんな巨大な城が作れるのだ?

若い時分に江戸で目にした江城よりもはるかに高く、遥かに大きい。


そこで、以蔵は思い当たる。なるほど、甲冑の男たちはおそらく参勤の武士だろう。

しまったな、と思うまもなく甲冑の男たちは魔族の女を守るように取り囲む。



「貴様らエリス姫に何の用だ!」


「ほぁ?」



エリス、というのが彼女の名前なのだろうか?

姫というと、公家さんか?


以蔵の頭のうえに疑問符がぷかぷか浮かぶ。

しかし、あの女は頭から大きなツノが生えていた、マゾクと名乗っていたはず……。



「いいえぇ。お忍びで城下を見たいと申したわたくしが悪いのです、その方々は……わたくしを誰かと勘違いをしているのでは?」



その声も、洞窟で聞いたのと同じだ。

だが、彼女はお姫さんだと呼ばれている。


以蔵の、やや瞬発力に欠ける理解力は限界に達した。



「……いや、おまんマゾクの女じゃろ? そがぁに乳のふとい女が他にたくさん居てたまるかよ」


「なっ!?」



ざわり、と甲冑の男たちが色めきだつ。



「貴様、高貴なる我らが王子の婚約者、エリス姫に対しての無礼――許さん! 宮廷騎士団のひとりとして、貴様を切り捨てる!」



ひとりが、両手剣を抜いた。

以蔵影に隠れていたマリアンヌが、「ひっ!」と息を飲む。



「……遅いのう」


「な、」



なんだと、と宮廷騎士が言い終わらぬうちに。



「遅いち言うたがよ」


「――!?」


宮廷騎士の背後に、以蔵の体躯が回り込んでいた。

いつ動いたのかも、おそらく宮廷騎士には理解できていなかったに違いない。

以蔵の武術に関する才能は本物である。

太平の時代の終わり、幕末とのちに呼ばれる時代において、権謀術数と根回しと論戦に明け暮れる武士がほとんどであったなか以蔵は剣にこだわっていた。


――音無の歩み。

剣術のみならず、日本の武術全般の基本にして奥義。

以蔵の着用している袴は、馬乗り袴である。

その足さばきを相手に悟らせず、気配もなく相手の間合いへと詰め寄る。


武の才、そして日ごろの鍛錬の賜物である。


そう。

これは、彼の生まれ持った才能によるものだけではない。

以蔵は信じていた。

剣が、自分の腕っぷしが、誰かの役に立つことを。

国を、志を、誇りを守ることになると。



「っ、貴様――ならば、そこの小娘だ!」



以蔵に背後をとられて動けない騎士の様子に驚いたのか、ほかの宮廷騎士も両手剣を抜いた。

そして、その刃は――



「きゃあ! い、イゾ―様ッ!」



マリアンヌへと向かう。



「卑怯もんが!」



以蔵の身体は無意識に動く。

踏み込む。

――抜刀する。



「ぐ、うわあああ!」



肉を絶った手ごたえに、以蔵は目を丸くした。

そう、以蔵は抜刀したのだ。



「――お?」



以蔵の愛刀が。

いままで錆びついたように鞘から抜けなかった刀が、抜けたのだ。

【天厨】と刻まれて脇差ではない、打刀が――抜けたのだ!



「おおおお、やったぜよー!」



大喜びしながらも、守るようにマリアンヌの前に立つ以蔵。



「す、すごい……宮廷騎士を、あんなに簡単に」


「ともかく、ちっくとことが大きいきに……ここは退くぜ、おマリ」


「は、はいっ!」



騒然とする騎士団と、そしてエリス姫と呼ばれていた魔族の女に背を向けて――以蔵はマリアンヌを抱えて走り去った。



(ふむ……さっきの乙女さんに似た声。あれ、わしが聞き間違ごうたワケじゃあなさそうじゃの)



走りながら、以蔵はムムゥと唸った。


そう。


時折聞こえる、「女神」だと名乗る声。

坂本さん家の仁王様――竜馬の姉・乙女(陽気だしこわい)に似た声。

前回、その声を聞いたとき。


その声が途切れる間際、微かに、以蔵は聞いたのだ。



そうだ。

女神は言っていた。

以蔵がかつて護衛をした大先生の言葉を借りるならば、――活人剣。



(ともあれ、刀が抜けるならこっちのもんじゃ。この妙な場所にきてから、身体も軽いきに!)




女神の言葉を反芻する。



――その鞘が、刃を解き放つのは……誰かのために、その刀を振るうときです。

――岡田さん。誰かを守るために、食材ではなくて何かを斬らなくてはいけないとき。

――そのために刀が必要なときは、その刀を…………




食材なら何でも斬れる【天厨】は、おいしいご飯のため。

もうひと振りの刀は。



――人を、守るためになら、抜くことができますので☆

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[良い点] 更新じゃ [一言] もう前話までどんな話やったか忘れた
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