4.
以蔵は夢を見た。
***
――こんにちはー、女神です!
――えっとですね、岡田以蔵さん。申し遅れましたが、あなたの異世界転生を手配いたしましたこの私っ! もうっ、あんまり人を斬ったりとかするのは物騒ですよー! そういうの、女神様感心しないぞっ☆
――物騒な人に異世界で平和な暮らしをしてもらうキャンペーンっていうのをやっていまして、岡田さんはその対象者なわけですねー。当選おめでとうございますっ!
――それで、岡田さん刃物の扱いにとっても優れているって聞きましたので第2の人生は料理人とかどうかな、とか思うわけです。女神様的には。
――そういうわけで、岡田さんにはこの装備をあげますね。食材であれば何でも鮮やかに切ることができる万能包丁、その名も超名刀☆【天厨】です!!
――この世界、けっこう大きい食材とか多いんで刀っぽくしてありますよ!
――あ、でも食材以外は全然切れないようになってますから!
――物騒なこと考えちゃダメですからね!
――本当にダメですからねっ!?
――それでは岡田さん、ステキな異世界生活を〜☆
***
「う、うう〜…………んぐ、うわあっ!!」
以蔵はうなされて目覚めた。
「あ、悪夢じゃ……なんじゃ今の馴れ馴れしいおなごは……坂本さん家の乙女さんに似ちょった……」
坂本さんの姉に当たる乙女さん。何故だか昔から彼女に気に入られており、その恵まれた体躯から繰り出される謎のテンションからのラリアットを度々食らっている以蔵であった。
気づけば海風も冷たくなっていたので、身体を冷やしてしまったのだろうか。
とりあえず、今日の宿くらいは確保しなくてはいけない。
手持ちの銭が心許ないが、出島に安旅籠はあるのだろうか。
「ん?」
立ち上がると同時に、以蔵は違和感を覚えた。
「わ、わしの脇差が」
武士の証である二本差し。
短い方……脇差が、常から携帯しているものとは変わってしまっていた。
置き引きにでもあったか。不覚。
「というか、長くなっちょる!?」
脇差が、ほぼ刀と同じ長さになっている。
拵えも変わっている。
つやつやと黒光りする鞘には、大きくこう彫刻されていた。
【天厨】。
「……てんちゅう」
以蔵の脳裏に、先ほどの悪夢が蘇る。
食材ならば、何でも切れる包丁。
そんなもの自分に与えて何になるのだろう。自分が得手とするところは人斬りだ。料理だなんて、そんな女々しいことが……
「おんっ!?」
不安から、もとの自分の持ち物である愛刀の鯉口を切ろうとした以蔵はあることに気がつく。
「う、嘘じゃろ。抜けんぞ!?」
まるで鞘と一体化してしまったかのように、愛刀は抜けなくなってしまっていた。
――物騒なことしちゃだめですよ☆
という先程のハイテンションおなご(乙女さん似)の言葉を思い出す。
「く、くそう。海風で錆付いてしもうたがか!? くぅ〜っ、今日はまっことあやかしいことばかり起きよるっ!」
以蔵はぷりぷりと憤る。
人斬りと恐れられる男が京の町を歩いていたところ何故か出島にやってきてしまった……さらには、脇差に大切な刀が錆びてしまった。
これが以蔵の認識だ。
それはまあ、以蔵が怒るのも致し方ない。
「しかもなんじゃ、この天厨っちゅうがは! 馬鹿にしくさりよって!!」
以蔵は舌打ちをする。
でかでかと【天厨】と書かれた鞘におさまった謎の刀。
シンプルにダサい。
――それはまあ、以蔵が怒るのも致し方ない。
「……ん?」
ふと、以蔵は海に視線をやる。
「なんじゃ、今の気配は」
熟達した武芸者である以蔵の第六感が、何かしらの危機を知らせていた。