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33.

連載再開です。

「「「おああーー!!」」」


 と、男三人は叫んだ。


 食役人の馬車でぱかぽことやってきた王都なる街は、以蔵と龍馬が見たこともないような堅牢な石造りの街並みだった。草履だと少し歩きづらい。


 港町イトークはどこか故郷の土佐を思い出させるような海っぺりの漁港だったし、他の街への食料供給のために大規模な畑作をおこなっているエカター村は出稽古に出かける際に目にした農村そのものだった。


 それに引き換え、この王都の街並みは以蔵たちにとってあまりにも異質。


「わしら、異世界ゆうところに本当に来てしもうたがじゃ……」


 以蔵が呆然と呟く。

 腰に【天厨(てんちゅう)】と書かれた朱鞘の太刀と、錆びついて抜けないもう一振りの太刀を下げている。


 武芸の腕を認められての九州遊学や江戸遊学を経験した身とはいえ、基本的には狭い世界に生きてきた以蔵にとって、石造りの街並みを大小様々な人影が――それこそ、見たこともないような髪色の者もいる――そぞろ歩いている光景は興奮するものだった。


 龍馬の頬の紅潮からは、彼が1度目の江戸遊学中に品川あたりにやってきた黒船を見て「|KAKKEEEEEE‼︎‼︎‼︎《げにまっこと格好いいちや》|」と絶叫していたときの面影がうかがえる。


「HAHAHA!! 以蔵さん、そがあに青い顔しなや」


「妙な文字で笑わんどいてつかぁさい、坂本さん」


 はあ、と以蔵は小さくため息をつく。

 この高知城下イチの変わり者、かつ、新しいもの好きの才谷屋のぼんに共感を求める方が間違っていた。常識が通じないのだ。


 竜馬は以蔵の鬼人のごとき剣の腕と裏腹におだやかで暢気な性格を買っていて、ことあるごとに以蔵にかまってくるのだから、そのことはよくわかっている。

 今更どうこう言うつもりもないのだ。


 それはそれとして、さらに。

 もうひとりの男――大柄な獣人族ガープも様子がおかしかった。


 目を爛々と、否、ギラギラと輝かせている。


「ここに……お嬢が……!」


 王都に向かったというかつての主人、奴隷に身をやつしているエルフ、マリアンヌのことだけがガープの気がかりだった。というか、彼女のことしか頭になさそうだ。



「にゃあ、以蔵さん! あっちにこじゃんと屋台があるがよ!!」


 ニコニコ顔で、市場らしき方向に吸い込まれていく竜馬の腕を掴んで、以蔵は抗議する。


「さ、坂本さん! さっきの役人の言っちょったこと覚えちょりますろ? 夕刻までに王城っちうところに行かんと、う、う、打ち首ち言うちょった……」


 負け惜しみの虚仮威しが半分という食役人の捨てセリフだったけれど、貧しくとも我らは武士である、という教育を受けてきた以蔵にとって『打ち首』という言葉は恐ろしかった。


「で、でも以蔵さん! 見たこともないようなもんがこじゃんとあるぜよ!?」

「聞き込みッッ!! 匂いの追跡ッッ!! オレはなんでもするっすよ、お嬢〜ッッッ!!!!」


 人通りの多い広場の真ん中でぎゃあぎゃあと喚いている獣人と、妙な格好(侍スタイル)の二人組。


 それはそれは、目立っていた。

 以蔵たちを横目で見ては、道行く子供たちが目を輝かせる。


「お母さん、サーカス団が来たのかな!?」

「見て、パパ! サーカス!!」


 サーカスではない。


***


 結論。


 三人は少しの間、別行動をとることになった。

 後ほど食役人が待ち構えているという王城の門の前で待ち合わせだ。


 それが決まると、竜馬は好奇心の赴くままに、町の中心に駆け出した。

 ガープも、「まずは冒険者ギルド……いや、エルフ互助会っすかね……」といつになく真面目な表情(血走った目がこわい)でブツブツ言いながらどこかへと消えてしまった。


 そして。


 以蔵はといえば、特に人混みが得意なわけでもない。

 市場の入り口で、刀を抱くようにしてぼんやりと座り、道行く人を眺めていた。


 以蔵にも土佐のいごっそう(頑固で骨太な快男児)という側面もあるが、ある意味、のんびりとした性格なのだ。


(はえー。それにしても、こじゃんと人がおるちゃあ……)


 以蔵の実家は、高地城下でも町はずれにあたる。

 もっと幼いころには、さらに人もまばらな集落に住んでいた。


 それに、音や光に敏感な性質(たち)でもあるので、以蔵はあまり人混みを好かない。

 実際のところ、通っていた剣術道場の評判が高まって人が増えてきたときにはゲンナリとした気分になったものだ。


(港町で路頭に迷っちょったのがずいぶん前に感じるのう)


 異世界だかなんだか知らないが、目の前を行き交う人は土佐とも江戸とも京とも違う。

 頭から化け猫のように耳が生えていたり、大入道のごとき大男が歩いていたり。

 なるほど、自分がこの世ならざる彼岸に来てしまったのだというのを思い知った。


「……まあ、どこに行きゆうにも、腹は減る(ひだるい)のはいかんともしがたいかの」


 そう。

 どんな世界にいる人も、旨いものには目がないし、腹は減る。

 

 人間どこでも同じようなものだなあ、などと。

 難しい理屈はわからぬけれど、以蔵はそんなことに思いを巡らせた。


「おお。こいたあ、また、えい空じゃのう」


 ぼんやりと空を眺めていると。


 市場から、朗々とした声が響く。



「さーーあて、お化けスイカの目隠し割り! お化けスイカの目隠し割りだよ」


 挑戦者、挑戦者はいないかい!


 通行人から、「わあっ!」と歓声がうまれて、声の方に駆け出していく。


「ほぉん、スイカ割りかえ。懐かしいの」


 つられて、以蔵も立ち上がる。


「さあーて、お化けスイカの目隠し割り。腕に覚えのある剣士様はおりませんかー!!」


 そんな呼び声があれば、興味をもたないわけにはいかなかった。


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