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32.

以蔵、神隠しにビビるの巻。

『イゾー様、あなたは村の英雄です。大恩人です!』


 と、エカター村の人々に大感謝された。

 お礼に、念願のコメをもらい受けた以蔵たちが乗せられたのは荷馬車だった。


 食役人がたんまり徴収した税として、穀物を満載するための荷馬車だったようだが、以蔵と竜馬の活躍によって、ほぼ空っぽだ。


 ガタガタ揺れる荷馬車は快適とはいえないが。

 それでも、江戸の馬よりもずいぶんと速く疾る馬車に以蔵も竜馬も大興奮である。


 ……「その会話」が行われるまでは。



***



 坂本竜馬は、いま猛烈に気を使っている。


 まさか、故郷(くに)の知り合いに「こんな場所」で会うとは思っていなかったので正直に言えば浮かれていた。


 だからこそ。

 竜馬は前提の確認を忘れていたのだ。


 そう。


 つまりは――目の前にいる友人、岡田以蔵がこの場所をどう認識しているか……である。


「い、以蔵さん? お、おーい。以蔵よーい」


「……話しかけんでつかあさい」


「いや、そう言わても困るがよ……まさか、その、お前(おまん)がここを出島じゃと思うっちょったとは知らざったきに」


「っ、でも、その、まさか……」


 どんより、と以蔵は窓の外を眺める。


 さきほど、坂本竜馬との「積もる話」をしている最中に竜馬の口から飛び出した、




『いやあ、まさか土佐もんが異世界っちゅうんに飛ばされるなんちゃ思わんぜ? なあ、以蔵さん!!』




 という言葉にたいそうショックを受けたのだ。



 嘘だろ、マジかよ。


 ……ここ、出島じゃなかったのかよ、と。



「話しかけんでつかあさい……」


「いや、わしも最初はの、出島とか長崎とかの類かの~ち思うちょったきに! マリアンヌと道々話しちょったときに、ふっと気づいたがよ。本当に偶然ぜよ!」


「じゃったら何で初めに教えてくれざったがよ」


 以蔵はすねていた。


「わしも、その、ここが出島とは違うっちゅうことは、薄々勘付いちょったきに……」


 もにょり、と以蔵は言う。


 15で元服(せいじん)、平均年齢が五十歳に満たない幕末でいえば以蔵の年齢はじゅうぶんに「おじさん」である。


 竜馬から、自分たちが”異世界”なる場所に飛ばされた、ということを知らされたのは、なかなか以蔵にとってはショッキングな出来事だったのだ。


 なぜなら。


「坂本さん、ほれ……上町のたぁ坊覚えちょりますろ?」


「おお、以蔵さん()慶次(けいじ)と同い年じゃったかの。たしか……」


「うちん弟は、今は啓吉(けいきち)ち名乗っちょるそうです……たぁ坊も、きっと、異世界に飛ばされてしもうたんじゃと思うて」


 たぁ坊、というのは竜馬と以蔵よりも、ぐっと年下の少年である。

 ある夕暮れどきに河原で遊んでいた友達のなかで、ふっとかき消えるようにいなくなってしまった……という噂は高知城下で瞬く間に広がった。


 以蔵も竜馬も、もう河原で遊びまわるような年でもなかったし、竜馬に至ってはすでに元服も目前ということもあり忘れていたけれど。


 そう、たしか、あれは「神隠し」だということで、随分と話題になったのだ。


 けっきょく、彼らが土佐を離れるまで、たぁ坊が見つかったという話も聞かないし、もはや誰も彼の本当の名前も思い出せない。


 以蔵は、自分たちがよその世界に飛んできてしまったという事実に、自分たちもたぁ坊のように、もう二度ともといた場所に帰れないのではないかと恐れたのだ。


「はぁあ……武市先生に顔向けできんぜよ」


 意気消沈する以蔵をよそに、馬車はぐんぐんと王都に向かって走っていった。



 ちなみに、この世界の古い伝承に、幼い賢者タスケがトーサという国から現れて邪悪な魔王を打ち滅ぼしたという伝承があるのだけれど――それはまた別のお話である。




***




 窓の外を、じっと見つめていたガープが叫ぶ。



「あ! 王都の城壁っす!! 見えてきましたよ!!」


「うぉっ! こいたぁ、驚きじゃ」


 目を丸くする竜馬の目に飛び込んできたのは、穀倉村エカテーとは比べ物にならないくらいに高い、高い城壁だった。



「あの向こうに、マリアンヌのお嬢が……!」


 ぐるる、と唸るガープ。


 燃え盛るエルフの村で、自分に逃げろと言った心優しい少女(300才)と必ず再会するのだと。たくましい、狼の体をもった男は決意する。


 どうか、彼女がひどい目にあっていませんように。


 自分に、故郷をもたぬ獣人族である自分によくしてくれた優しい娘の前途が、どうか明るいものでありますように。



 奴隷エルフとなった少女の無事を祈るガープを乗せて、荷馬車は走る。




 ……と、そのとき。


 ぐきゅるるう〜っ、と。


 間抜けな音が響く。




 聴覚の鋭い耳をぴくりと動かし、ガープが音のした方を見ると。




「……腹がへるんは仕方ないろう!?」



 と、眉間にしわを寄せた以蔵が舌打ち混じりに言った。




 巨大魚、怪鳥、歩き茸にスライム。



 あらゆるものを美味しく調理してきた妖刀【天厨(てんちゅう)】が、以蔵の肩に担がれて揺れていた。


 以蔵はちらりと、それを見やる。


(しかし、こん刀も食材しか切れんうえに、さっきの村じゃ急に包丁の形になりゆうし……はよう打刀を直さにゃ仕事にならんぜ)



 さて、以蔵。

 王都では一体、何を斬ることになるだろうか。


次回、王都に到着した以蔵たちは「宮廷厨房士」との料理対決に挑みます。

そして村を焼かれたエルフ、マリアンヌが王都にやってきた目的も明かされて……?


イロモノにしてはなかなか面白いじゃん、読んでやってもいいぜよ、と思っていただけるかたはぜひ「ブックマーク」や最新話の一番下にある投票フォームから感想や評価をいただけると嬉しいです!!!

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