30.
以蔵さんのたくらみの行方やいかに!?
大きな鉄鍋。
立ち上がる湯気。
以蔵は村人の力を借りて、広場までそれを運ぶ。
「な、なんだこの匂い……は、腹が減るぜ」
「うおお、これ本当にコメの匂いか? あんな味のない穀物……」
「食役人め、あいつだけこんな美味そうなものを」
ざわざわと村人が色めき立つ。
以蔵は、すこしだけ緊張した面持ちで鍋をはこぶ。
(……いや、炊き込みご飯やき。不味いはずがないがよ)
事実、蓋をしたままにも関わらず鍋から立ち上る匂いは――もうヨダレが出そうだ。
***
広場に着くと。
信じられない光景が広がっていた。
「お、おっそいぞぉ〜ぅ。ヒック、このオレを、いつまで待たせる気、ヒック!!!」
「うっはは。さっすがお役人、えい飲みっぷりじゃあ!」
けたけたと笑っているのは、
「さ、坂本さん! こいたぁ、一体……」
「ぅひっく! この匂いは、コメかぁ〜? 審査、ヒック、審査するぞぉう! 酒のあとはシメだシメ〜!!」
「で、出来上がっちょる……」
鉄鍋を、食役人の設えたテーブルの上に慎重に置いて、辺りの様子を見回す。
「ああ。坂本さんの仕業じゃな……」
ぷっ、と小さく吹き出す。
完全に出来上がっている食役人。
その横で酔い潰れてすやすやと眠りこんでいるガープ。
その中心で、ケラケラ笑っている褌一丁の男――坂本竜馬。
そういえば竜馬があらわれると、下戸の武市まで巻き込んで大騒ぎの宴会になってしまうのだ。武市と竜馬が袂を分かったあとは、そんな光景もなくなってしまったけれど。
以蔵が覚えている竜馬は、いつだって楽しそうな顔をしていた。
その輪に加わっていると、以蔵までそういった「明るい」性分であると錯覚しそうになるほどに。
なるほど、ここでも宴会か。
「いやあ、恐れいりますにゃあ。坂本さん」
以蔵、思わず白い目。
この人はなんだってこんなに、あっという間に相手の懐に飛び込んでいるのか。
「おおう、以蔵!! えい匂いしゆうね、たらふく飲んだきに、シメじゃシメ。ほら、お役人さんもっ!!」
食役人の手を引いて走ってきた竜馬が、鉄鍋の蓋をあける。
――と。
ふわぁあ、という湯気とともにピカピカに炊き上がったごはんと、そして。
「〜〜っ、なんだこの、とても、ステキなにおいはぁ? ヒック!」
立ち上ってきた芳しい香りに、酔ってとろりとしていた食役人の目が見開かれる。
同時に、竜馬が「おおう!」と声をあげた。
「炊き込みご飯じゃ!!」
「た、たき……?」
「おぉの! 食役人様ともあろうお方が、食べたとがないと!?」
「な、なに」
「ではでは、何かおかしな味がしても分からんにゃあ? それは具合が悪いきに、わしが毒味しちゃる!!!!」
言うなり、竜馬はどこからともなく箸を取り出して、用意されていた椀に「えいや!」と飯を盛った。
ほっかぁ……と椀から立ち上る湯気に竜馬はにへぁらっと笑う。
「さ、坂本さんっ!!!????」
以蔵はギョッとする。
いや、いやいやいや。
打ち合わせと違いますきに!!!???
そんな以蔵をよそに。
食役人や村人たちの視線を一身に受けて、竜馬は「あーん」と大口を開けて。
はふ、っと一口。
鶏肉と高級フンギリ茸をたっぷりと使った炊き込みご飯を頬張る。
……と。
「くぅう〜っ、ひっさびさの米っ、たまらんちゃぁ〜っ♡」
満面の、笑みである。
(さ、坂本さん……っ、ああ、もう、こん人は……)
以蔵は、総髪髷の頭をかかえる。
そんな様子の以蔵をよそに、食役人がそわそわとしはじめた。
「ど、毒はないようだな。よぉし、わしがコメの出来を直々に見聞してやろうっ」
その言葉に、以蔵は無言で椀を差し出す。
ええい、もうどうにでもなれ。
食役人は、気取った様子で炊き込みごはんを口に運ぶと。
「こっ、これは!?」
驚きにたるんだ頬をブルブル震わせながら叫ぶ。
「美味、これは美味だぞっ!! これは、調理法とともに王都に買い入れする必要があるな。ぐうう、実に美味っ、この味に免じて、税率は1ランクアップで勘弁してやろうっ」
「税率が上がるのかよ!?」
村人たちから悲痛な叫びがあがる。
「ふん。このわしの慈悲がわからんとは、つまらん村人だ。そのかわり……おい、お前!」
「おん、わしか?」
お前、と指さされた以蔵が、人差し指で自分をさしながら小首を傾げる。
「お前がこれを作った料理人だろう。この調理法の発明、王城の厨房で再現せよ! これは命令だ」
その言葉に、ガープが叫ぶ。
「王都っスか!?」
「うむ。わしの乗ってきた馬車で運んでやるぞ」
「はぁ」
「おおっと、はふはふっ、ほいたらわしらも同乗させてくれやせんかにゃあ? ハフハフッ」
すかさず、竜馬が交渉を持ちかける。
ガープの主人であるマリアンヌの足跡を追うため、王都に向かう路銀を得る……という目的には好都合だ。
さすが、抜け目のない交渉である。
「むう? いやあ、それは……」
しかし食役人が渋った、その瞬間。
3杯目の炊き込みご飯を頬張った竜馬が。
「…………う?」
喉を抑えて、うずくまった。
「う、ううう、ぐうううっ!」
そして、ひどく苦しそうにうめき始める。
その様子に、食役人がギョッとして炊き込みご飯を食べていたスプーンを止める。
により、と。
以蔵の口元が歪んだのを見たものは、いなかった。
もうちょっとで日間総合ランキングにのりそうだったという、謎のバズりがありました。
ありがたや……ありがたや……以蔵さんを応援してくださったら、嬉しいです。




