アルキ茸のカシワ飯
以蔵は、信じられない『奇跡』を手にしていた。
先ほどから腰でカタカタと揺れていた、
まるで、抜刀してくれと訴えるかのように武者震いをしていた【天厨】と銘打たれた刀。
この奇妙な世界で目覚めてから打刀ほどの長さに伸びた、以蔵の脇差である。
それが。
「【天厨】!!!!」
抜刀の合言葉である、その刀の名を叫びつつ。
以蔵がたわむれに、抜刀してみると。
「な、な、なっ」
鞘に収まっているときには、確かにスラリとした刀の姿だったはずだったのに。
以蔵の手に握られているそれは、いまや、その姿は刀とは似ても似つかない。
ハンディな大きさ。
鍔もなく、手元で刃がぐうっと突き出た形状。
「わ、わ、わしの刀がぁあ!!!?」
包丁に、なっていた。
脇差が打刀になっている(鞘にデカデカとしたペイントつき)、という経験には覚えがある以蔵であったが。
いや、さすがに包丁になっちょるのはビビる。
げにまっことビビる。
以蔵はそう思っていた。
「くぅ、あやかしいことばっかり起こりよる……」
はああ、とため息をひとつ。
そして、包丁の柄を握り直す。
「よぅし、ちっくと本気出すかの」
以蔵の鋭い目線の先にあるものは――、
◇フンギリ茸のカシワ飯(塩)◇
【材料】
コメ
フンギリ茸
鶏肉
ゴボウ
塩 適量
【作り方】
「これを――刻む!」
すと。
すとととっ、ととと。
鮮やかな手際で、以蔵はキノコをさばいていく。
フワ、と柔らかい弾力をもったフンギリ茸を、繊維にそって短冊に切っていく。
「ほいでキノコの軸は細かに刻む、と」
母の口癖である。
幕末の世に珍しくもないことだが、以蔵の母・里江は夫と十以上も年が離れていた。
若い母は炊事をするときに、必ず小声でその料理をこしらえるコツをつぶやいていた。
母の背でほにゃほにゃと泣く幼い弟。
歌うように母のつぶやく、料理のコツ。
幼い頃から刃物に魅入られ、包丁の切れ味が面白くてひたすらに野菜の皮をむいていた以蔵の耳に、母のその声は染み付いている。
「おお、えい匂いがしゆうにゃあ!」
『採取』してから一晩経っているが、刃を入れるたびに芳しい香りが漂う。
「ガープ、コメの様子はどうじゃ?」
「うっす、やってますよぉ」
体躯に恵まれた獣人であるガープの手元では、ザルにあけられたコメをガシガシガシガシと渾身の力をこめて研いでいる。
「イゾーの旦那、これって何か意味あるんすか!?」
「コメに味を染ませたいきに。研いで傷をつけるがじゃ。白まんまなんぞ、江戸でも行かにゃあ食えやせんき、田舎のもんはみいんなそうしちょる」
喋りながらも以蔵の手はとまらない。
あの大きなアルキ茸を全て刻み、ザルにこんもりともられている。
鶏肉もすでに一口大。
ゴボウによく似た根菜も、鮮やかにササガキにされている。
どちらも見事なまでに大きさが揃っている。
脂身の多いモモ肉なので、包丁にまとわりつく脂をうまく処理しながら切っていかないと大変なわけなのだが――
(まっこと不思議じゃ。ちっくとも刀身に脂がこびりつかんぜよ)
【天厨】と記された鞘に収められた刀。
さきほどまで、たしかに包丁の姿だったはずなのに、鞘に切っ先が当たった瞬間に打刀の姿に戻っていた。
まさしく、これは妖刀であると。
改めて以蔵は確信した。
ちなみにキノコと鶏肉は下味をつけて、ざっくりと油が回る程度に炒めた。
ーーさて、ここからが本番である。
「ようし! コメのうえに、指の長さ半分かぶるばぁの水を入れる」
以蔵が作ろうとしているのは――カシワ飯。
九州の郷土料理である。
以蔵が彼の敬愛する師匠である武市半平太とともに、四国九州へと武者修行に行った際に口にしたものだ。
半平太は政情把握に忙しかったが、以蔵は文字通りに剣の修行に勤しんだ。
いまや懐かしい、思い出である。
使うのは、大きな鉄鍋。
料理というのは、大鍋で作れば、それだけでうんと美味しくなる。
正月の寒稽古。
武市先生の剣術道場でみなで食べた雑煮は今でも思い出せるくらいに美味かった。
これは以蔵がまだ十五の声も聞かない、少年の頃の思い出である。
「ほいで、肉にキノコをコメの上にどっさり載っけゆうよ」
「きつめに塩をふって、蓋をして……炊く!」
火は、あらかじめ村人が起こしてくれていた。
はじめチョロチョロ、中ぱっぱ。
あとは火加減との戦いである。
味噌醤油のたぐいがないのは不安だが、鶏肉から出汁が充分にでるはずだ。
これをふっくらと炊き上げて、香ばしいおこげができれば。
***
「い、以蔵〜〜っ!」
「なんじゃ、坂本さん。そがぁに慌てて」
「もう話が持たんがよ!」
ハァハァと息を切らせている。
その様子を聴きながら、以蔵は火からめをそらさず答える。
「ざんじ出来ますきに」
「ま、まことか!』
「おん、あと……一刻ほど」
「い、一刻!!???」
長い!!
竜馬は、うぅっと唸る。
気難しい食役人と、世間話だけで間を持たせているのは、さすが「幕末ナンバーワンの口車」であるが。
それでも、キツイものはキツイのだ。
「オレも行きますか!?」
ガープが増援を願い出る。
「獣人のなかでも狼ってのは珍しいから、ちょっとくらいは時間稼げるんじゃないっスかね!」
「おおお……助かるぜよガープくん!」
二人は駆け出していく。
口のうまい、乗せ上手の二人の背中をちらりと見て。
以蔵は黙って、かまどの火に視線を戻した。




