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29.

29(ニク)回ですが、肉の話題はちょっぴりしか出てきません。

 以蔵の眉間にシワが寄っていた。

 その理由は、エカター村のコメにある。


 食役人……王都なる場所から派遣されてきたという、でっぷりと太った男。

 あの男が、この村のコメを食べ、その値踏みをするという。


 穀物の出来が悪いとなれば、 納めるべき税金が増える。


 しかし。


「このコメは……ちっくといかんちゃ」


 村人が貯蔵庫から出してきたコメを、とりあえず炊いてみたのである。

 以蔵は小さい頃から母の台所仕事をする背中を見ていたので、何なくこなすことができた。


 「やればできるもんじゃのう」、と以蔵は思った。


 包丁を器用に操って野菜の皮を剥きながら、台所仕事をテキパキと片付ける若い母の背中を眺めていた幼い日々は、以蔵のなかに生きていたようだ。


 ……ちなみに坂本竜馬はといえば。


 コメを炊くかまどを睨む以蔵の周りをウロウロとして、一回手桶に汲んであった水をひっくりかえして袴を濡らした。


 その後、罪の意識から「わしに吹かせとぉせ!」とふいごをひったくり、強靭な肺活量でみごとに灰を舞い上げてその場にいた全員を咳き込ませた。


 坂本竜馬。

 対人関係にステータス全振りした結果、やや生活力に欠ける男である。


 その竜馬は、難しい顔をしている以蔵の手元を覗き込んで心配そうな声を上げる。


「どうしたんかえ、以蔵さん」


「ん。坂本さん、これ食べてみとおせ」


 以蔵は一口大に軽く握ったコメを差し出す。


 それを受け取った竜馬は、久々のコメに目をキラキラさせて頬張った。

 異世界に飛ばされて数日。念願のコメである。


 ……けれども。


「あちゃあ……こいたぁ……」


「おん」


「味がせんぜ?」


「おん、そうなんじゃあ」


 以蔵はむむむ、と眉間に寄せたシワをさらに深くした。

 たしかにこれはーー美味くない。


***


 以蔵が頭を悩ませ、竜馬が「変じゃ、おかしい」と言いながら試しに炊いた飯をバクバク食っていると。


「おいい!! 一体まだなのか。いつまでオレを待たせる気だ!!」


 村の広場から怒鳴り声が響いた。


 ちっ、と以蔵は小さく舌打ちをする。


 あの、でっぷりと太った食役人。


 上等そうなものを着ていた。

 わざわざ運び込ませた上等なテーブルに踏ん反りかえってニヤニヤと笑っていた。

 村人への横柄な態度。まるで特権階級である自分以外は劣った生物であるかのような態度。


 以蔵の大嫌いだった、上士の態度そのものだ。


 故郷の土佐では、以蔵や竜馬のような下士――とのちに呼ばれる身分の武士は雨の日に傘をさすことも、白足袋も下駄も身につけることを許されなかった。


 理不尽にまみれた軍事訓練で、以蔵の父である義平もたびたび体調を崩すことが増えていた。


 村人が怯えたように言う。


「食役人が怒ってる……」


「えいえい。ちっくと待たせるばぁ、なんちゃあないきに」


 以蔵は、味気ないコメを見つめながら考える。


 あの、いけ好かない食役人をギャフンと言わせることはできないか。


 それはもう、盛大にギャフンと。


「ギャフン!」


「んおっ!? なんじゃあ!?」


「いってえ……俺のしっぽ踏みましたね!?」


「ああう、すまんちやガープくん!」


「ぐう、マリアンヌお嬢さんのお気に入りのしっぽだから、俺めっちゃ手入れしていたのにっ」


「ほぉん、忠義じゃのう! さっさとあの高いちゅうキノコ売り払うてマリアンヌを追いかけたいじゃろうに」


「……キノコ」


 はっ、と以蔵は息を飲む。


 そうだ、茸。

 白い飯など食えない貧乏侍、岡田家の秋のご馳走だった――炊き込み飯。

 あれならば、あるいは。


 食役人にへつらうのは嫌だが、この穀物の審査は乗り切れるはずだ。


 そわそわしだした以蔵の様子に気づかず、竜馬はのんびりと続ける。


「あの(ちん)なキノコ、売ると高いんじゃろう」


「ああ、フンギリ茸。高級食材って言われてるアルキ茸のなかでも最高級品っすからね。ああ、でも猛毒のメデス茸っていうのと見た目が似てて、最近はちょっと警戒する人も多いっスよ」


「ほおん、毒キノコ」


 以蔵は、その言葉に――にちゃあ、と悪い笑みを浮かべた。


「坂本さん!!」


「おん? なんじゃ以蔵、急に大きい(ふっとい)声出しよってからに」


「坂本さん、食役人と世間話でもしに行っとおせ」


「ほ?」


「土佐でもいっとう口の回る坂本さんですきに、どれだけ(どればぁ)でも時間はかせげますろう?」


「お、その様子じゃと、何ぞ企みがありゆうにゃあ!? よぅし、坂本のおんちゃんに任しちょき!」


 にか、と笑って竜馬は駆け出した。

 どこまでも気のいい男である。


「ほいで、そこの」


「は、はい!?」


「この村にゃあ、カシワはあるかえ?」


「カ、シワ?」


「鶏の肉じゃ。それに、ほうじゃの、できるだけ大きい釜も持ってきいや」


「わ、わかりました!」


 村人は、矢継ぎ早な以蔵の指示に駆け出す。


 それを見送って、以蔵は腰のものに手を伸ばす。


 先程から、カタカタと震えている――食材ならばなんでも斬れる妖刀。

 【天厨(てんちゅう)】である。

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