27.
以蔵、ガープ、そして坂本竜馬。
三人は竜馬が村人から分けてもらったという酒を片手に、小屋で車座になった。
客人用、という小屋はこざっぱりとしていて以蔵たちが寝泊まりしていた納屋とは比べ物にならない。
竜馬が一体どうして魔猪ワイルドボア退治で体を張った以蔵たちよりも好待遇に収まっているのか、ガープは首を傾げた。
「あ、もしかしてどっかの偉い人っスか?」
以蔵は、その疑問に簡潔に答える。
「いや……坂本さんじゃき、そういうもんじゃろ」
高知城下で交流があった同郷の以蔵にとって、坂本竜馬は特別だった。
文久の世にあって、龍馬は言わずと知れた土佐藩の大エースである。
とにかく口がうまく、とにかく酒に強い。
何故だか人の懐に飛び込むのが上手い――そして、えらく話を大きく盛る男である。
江戸遊学中に見たという黒船を、
『こじゃんと! もう、山よりふっとい蒸気船じゃったもうめっちゃこじゃんと格好えい!!!』
と土佐に帰郷後ことあるごとに、それはもう大声で言いふらしていた竜馬のせいで、以蔵は何度か超巨大な船にぷちんと轢き潰される夢をみたものだ。
――坂本竜馬の夢は、こじゃんと格好えいビッグな蒸気船をブイブイ乗り回すことである。
***
「はあ、ウメ……ですか?」
「ほうじゃ。ここがどこかも分からんかったきの! 念のために、ウメち名乗っといたがじゃ」
「はーぁ。坂本さんも近頃は有名人ですきに」
「まあの。」
酒も進んで、口も軽くなる。
起きたらいきなり出島にいるという衝撃体験からこちら、なんとなく気の張っていた以蔵は、見知った顔の気安さに顔も綻ぶ。
「坂本さん」
「なんじゃ、以蔵」
「これ、見っとおせ!」
「ん、お、なんじゃ? えい匂いがしゆうの」
以蔵が差し出した包みに、ウメ……竜馬が鼻をひくつかせる。
森で手に入れたアルキ茸の一種、超高級食材フンギリ茸の包みである。
「ほー、茸かえ」
「ほうじゃ。そいでこのフンギリ茸っちう茸なんじゃが」
「嫌な名前じゃの!?」
「なんでも、たったこれっぱぁの量を売りよったらの、所帯が半年暮らせるっちゅうがじゃ!!」
「は、半年っ⁉︎」
「ほうじゃ! うっはは、見てみいガープ。これには流石の坂本さんも驚きゆう!」
水を向けられたガープは、ぐいっと酒を煽りながら苦笑い。
「イゾーの旦那、ずいぶんサカモトの旦那と仲がいいんすね!」
「ん、まあ昔馴染みじゃきの。ん、……坂本さん?」
しげしげと、フンギリ茸の包みを眺めたり恐る恐る匂いを嗅いだりしている竜馬に以蔵が声をかける。
「うむー、のう以蔵」
「なんですか」
「この茸、上手く使うたりできんかのう……」
うむむ、と竜馬が首をひねる。
坂本竜馬。基本的に商売人である。
売ったり買ったり担保にしたり……そこまでの高級食材ならば、何かに使えはしないだろうか――と考えてしまうのだ。
うむむ、と唸る竜馬に、ガープが尋ねる。
「あのう、サカモトの旦那」
「ん、どういた?」
「あなたから、その、匂うんすよ」
「ありゃ⁉︎ 洗濯さぼっちょったき」
「いやいや!! そうじゃなくって、俺の恩人の匂い……がするんすよ」
「恩人?」
「はい。エルフの女の子に会いませんでしたか、女の子……っていっても300歳は超えているんですが。少し珍しいンスけど、黒い髪のエルフっす!」
「ふむ。エルフ、ちいうと……たしかあの耳の長い人らぁだったかの」
異世界にやってきてからというもの耳慣れない言葉が多いが、竜馬はなんとなくの状況を掴んでいた。
「会うたよ。この村の北のほうで別れたんじゃ。路銀が足りんくなっての〜。馬車ちうのに乗るんに、ひとり分の金しか用意できざったぜよ。たしか……人探しに王都に向かうち言っちょった。ほいで、選別にこの手拭いをもろうた!」
手ぬぐい、といって竜馬が取り出したのは薄手の布だった。
「これっ、北の森の特産の……っ⁉︎ その人、名前はなんていってたっスカ⁉︎」
「おん、マリアンヌぜよ」
「っ!!!!」
ぐるる、とガープが低く唸る。
大きな体躯。つぶらな瞳がうるうると潤む。
「それ……俺の、ご主人様っす!」
「おおおおお、がーぷの探しちょったご主人かえ! って、ん??」
「どういた、以蔵」
「坂本さん、そのおんごの名……なんて言いましたかの?」
「マリアンヌ」
「まりあんにぅ?」
「マリアンヌ」
「っ、あああ! もしかして……そいたぁ、おマリのことがか!」
「えっ、イゾーの旦那……お嬢さんに会ったことがあるんすか⁉︎」
「おん。居酒屋の奉公でえらいこき使われちょったき、わしが助けちゃった」
「え、えっ……えーっ!?」
つまり。
つまり、目の前に立っている以蔵は――
「イゾーの旦那がっ!! お嬢さんの、恩人ってことっすか!!!??????」
ガープは以蔵の前に膝をついた。
そして、主人を奴隷の身分から救い出してくれた妙な出で立ちの旅人に、涙ながらにお礼を繰り返したのである。
……ちなみに、以蔵にマリアンヌの匂いがついていなかった理由は本人曰く。
「わし、綺麗好きじゃき。坂本さんと違うて」
とのことである。
坂本竜馬、昔から風呂嫌いで有名であるが――その真実はまた別のお話。
***
「なんぞ、騒がしいの?」
ひとしきり話が弾んだころである。
昼過ぎの穀倉村エカターに、伝令の声が響いた。
「王都の食役人が来たぞーーーーっ!」




