26.
エカテー村が近づくにつれて、ガープの鼻が捉えた「匂い」が濃くなっていく。
かつて、北の森にあるエルフの村で仕えていたエルフの少女。
村の襲撃と炎上とともに姿を消し、奴隷エルフとして売られていったという――ガープのかつての主人の匂いである。
「っ、戻ったぞ! 門を開けてくれ!」
吠えるようにガープが言うと、エカテー村の巨大な門がぎぃぎぃと鈍い音をたてて開く。
やはり。
やはりーー匂いは、このあたりから漂っている!
村に全速力で駆け込み、匂いをたどる。
山に連なる段々畑。
そのふもとにある小屋ーーたしか、客人用の宿泊施設だという小さな建物(警戒されていたのか、以蔵たちは泊めてもらえなかった)に、匂いのもとがいる。
「っ、お嬢さんっ、お嬢さん〜っっ!」
「あばばばばば」
背中の以蔵が振り落とされそうになっているのも構わずに、ガープは小屋に駆け込んだ。
やっと、恩義のある主人に、お嬢さんに会える!
ばん!
ドアを開け放つと、そこにいたのは。
「うおおぉ、なんじゃ!? んお? わっわっ、おんし毛深いのう〜! ちっくと触ってえい?」
「おっさんだーーーーー!!!!!!』
着替えの途中だったのか、半裸の中年男性が立っていた。
細い目を見開いて、
「いやん!」
と胸を隠して見せる男。
がっくりと膝をつき、ひくひくと鼻をひくつかせるガープ。
激しい癖毛のおっさんから、お嬢さんと慕う主人の匂いがしている。
なぜ。
ガープの胸に湧き上がる感情に名前をつけるとしたら、「絶望」である。
「うぐ、のうがわるい……どういたがーぷ……」
以蔵はガープの背中から降りて、よろよろと以蔵が立ち上がる。
ーーと。
半裸の男が、叫んだ。
それはもう、くそでかボイスで叫んだ。
「あーっ!!!!! 以蔵さんやか!!!!!」
「……は?」
「それとも以蔵さんに似た人かえ? や、間違いない。おんし、七軒町の以蔵じゃろ!」
叫ぶ男の顔を、以蔵は認める。
そして、信じられないといった表情で、呟く。
「さ、……坂本さん?」
以蔵たちの前に立つ、奴隷エルフの匂いをまとった男。
彼こそが維新の立役者。
――坂本竜馬、その人である。
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感想などで以蔵さんに食べて欲しいモンスターなどいただけると喜びます。以蔵さんが。




