24.
以蔵、父の教えにより魔猪を正気に戻す!
ちゅんちゅん、と小鳥の声がする。
ガープは目を覚まして、腹の上に違和感があることに気がついた。
「……イゾーの旦那?」
「ん、うーん……。おん、がぁぷ。おまんの毛皮は気持ちえいのぉ」
むにゃむにゃ、と寝起きの以蔵は言う。
恵まれた体躯。全身を毛皮でおおわれた、モフモフボーイのガープである。
以蔵は、そのガープの腹に顔を埋めて眠っていたのだ。
「んんん、もう朝かぇ」
ふあ、とあくびをする以蔵。
ガープの毛皮から香る、ほのかな日差しのような匂いに昔を少し思い出す。
江戸は品川、土佐下屋敷。
師匠の武市半平太とともに江戸に登っての剣術修行。以蔵にとっては楽しい思い出だ。まだ十代の若者だった以蔵の江戸滞在の思い出には――毛皮があった。
猫である。
冷え込む冬の下屋敷。
毎夜、毎朝。入門した桃井道場の稽古のほかに、木刀を振る習慣を以蔵は自分に課していた。自分の身を助けてくれるのは、人から褒められるのは、間違いなくこのヤットウだと確信していたからである。
ざっくり言えば「頑張り屋さん」ということなのだが、この朝晩の素振りの折、以蔵に妙に懐いてくる猫がいた。
三毛猫で、以蔵のボロボロの袴に額を押し付けてくる様がなんともいじらしかった。
以蔵はその猫を抱えて眠ることが多くなった。
ぬくぬく温かくて、柔らかい猫。それを抱いていると、自分もいつか女を抱いて、父親になることもあるのかしら……などと妙な気分になったのを、以蔵は思い出す。
昔の話だ。
「……ガープはぬくぬくはしゆうけんど、ちっとも柔こくないにゃあ」
「えぇっ、イゾーの旦那それ今言います!? 勝手に俺の腹を使っておいて……っ!?」
驚愕するガープであった。
ふと、ガープはあることに気がついた。
「っていうか、イゾーの旦那。困りますよ」
「おん、何がじゃ?」
「いや、イゾーの旦那が夜番をしてくれるっていうから俺は安心して寝てたんすよっ! 何安眠してるんすか!!」
「……? 何をいうがじゃ。わしはきっちり、仕事はこなしましたきに」
ふふん、と胸を張る以蔵。
ガープは首を傾げた。
「え、仕事っすか?」
「おん、ほれ。見てみぃ」
以蔵がひょい、と指をさしたほうをガープは見る。
巨大なイノシシ……魔猪ワイルドボアの親玉が、「きゅぅん……」とショボくれた鳴き声を漏らしながら座っていた。
「えええええー!!!?」
「ぎゃっ、おまん声が大きすぎるちゃ!!!!!!!!!!!」
ガープは心から思う。
イゾーの旦那にだけは言われたくない……と。
それはさておき。
「これって、一体どういうことっすか!?」
「このイノシシども、わしらを襲ってきようとしちょった」
「えぇっ!?」
「わしにかかれば、こればぁのことは何でもないがの。腹がザワザワしよるきに、よぉく耳をすませちょって助かったぜよ」
「で、でも俺の鼻には何も!」
「鼻のぅ。ほれ、よっく見っとおせ」
しょぼくれて怯えるワイルドボアの親玉の鼻先を掴んで、以蔵はぐいっと引っ張る。「ぎゅぅっ」と悲しい声を上げるワイルドボア。
「……泥?」
「おん、こいたぁら、泥で毛皮の匂いを消しよったがじゃ」
「まっ、マジっすか!?」
「おん、マジじゃ」
ガープは背筋を震わせる。
狼系の獣人族である自分の嗅覚を過信している節が、彼にはあった。
もし自分がいつものように、昨晩の見張り役を買って出ていたら?
そうしたら、今頃は……。
「イゾーの旦那、ありがとうございます。でも、どうやってこんなに手なづけたんすか!?」
「あのマゾク、ちいうたかの。要はこのイノシシどもは鬼女のせいで、錯乱していたがじゃろ?」
「そうっすね、魔族はモンスターを操る術に長けてるっすから」
「じゃきの、ワシが正気に戻しちゃったがよ」
「え……っ!?」
ガープは驚愕する。
まさか、剣士とばかり思っていた男が幻術を破るすべをもっているのか――?
だとすれば、白魔術の類にも長けているということだ。
……一体、何者だ?
もしかしたら、身分を偽っている異国の高名な剣士なのかもしれない……なんかちょっと言葉も変だし。
「俺、イゾーの旦那を用心棒にして、本当に良かったっす」
ガープはポツリと呟く。
「うっはっは、感謝することじゃな! うしっ、村に戻るぜよ。ほれ、おまんらも二度と悪さするんじゃあないがぞ!」
以蔵は高らかに笑って、ワイルドボアを追い立てる。
魔猪たちは、キュウキュウ鳴きながら、否、泣きながら森の奥深くへと帰っていった。
また魔族の介入がないかぎりは、穀倉村を襲うことはないだろう。
ちなみに。
以蔵がワイルドボアたちを正気に戻した方法は、実にシンプルである。
強く殴る、だ。
(酔っ払いには張り手が一番じゃち、お父がいつも言うちょったがよ……)
酔っ払いはパーで殴れ。
縦に割けるキノコは食える。
父・義平の教えは、異世界にやってきた侍である愛息子を図らずも二度救ったのだった。
「ほいたら、この美味いキノコは土産にするぜよ!」
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次回、あの男が久々の登場?




