22.
さて。
以蔵の父は岡田義平といった。
岡田家五代目当主。七軒町の縁結び様などと呼ばれるほどに近所の若い連中の縁談をまとめるのが趣味の、とにかく世話好きの気のいいおんちゃんといった様相の男で仕事にも真面目であった。
おおらかな人柄だった。
以蔵の家が下士として理不尽な扱いを受けることも少なくなく、さらには貧しい暮らしぶりであったにもかかわらず息子二人を抱えた四人家族が円満に暮らしていたのには、おそらく家長であった彼の存在が大きかっただろう。
ときおり城下のはずれの家から離れ、藪の中を息子たちを連れて歩くことが義平の気晴らしであった。
他愛ない話をしながら。
息子たちの出世と多幸を祈りながら。
「おとうがのう、昔からよう話しちょった」
この異世界の地で、息子の以蔵は愛刀――この世界にやってきたときに食材ならば何でも斬れる妖刀【天厨】に変化させられた脇差のほうだ――の柄に手を添えて、深く目を閉じてつぶやく。
遠い日。父・義平が語っていた、教え。
幼い以蔵は、もっと幼かった弟を膝に抱いて上機嫌な父の言葉を聞いたものだ。
……正直、かつてはただの繰り言だと聞き流していた。
まさか、父の教えがこの局面で役立つことがあるとは。
「感謝せにゃあならんの、こいたぁ」
傍らに棒立ちになっているガープに聞かせるでもなし。
目の前に立ちはだかる敵に。
言い聞かせるように。
以蔵は呟く。
「おとうがよう言っちょった……キノコはっ!! 縦に裂けるキノコは、喰えるんじゃとあああぁっ!!!」
気合いとともに、
「天厨――――ッ!!」
森の中、道に迷った以蔵とガープの前に立ちふさがり襲ってきた巨大なキノコを。
二本足で歩くキノコの異形を、一刀のもとに斬り伏せた。
キノコはすっぱりと切り裂かれた。
……縦に。
それはもう見事に、縦に裂けた。
以蔵は思った。
ははーん、こいたぁ食えるキノコじゃ……と。
しかし、身の丈ほどもあるキノコとはまことに気持ちが悪いなと。
「い、イゾ―の旦那っ、こいつ……!」
「食えるじゃろ!」
「いや、それどころかっ!」
ガープはぐるる、と唸る。
空腹からか、口の端からちょっと涎も垂れている。
「フンギリ茸!」
「嫌な名前じゃの!?」
「アルキ茸の一種、こいつ高級食材っすよ!」
「高級」
「そっすよ、高級っ!」
「ほ、ほにほに……思えばなんぞえい匂いしゆうきに」
ガープはキラキラと目を輝かせる。
以蔵の腰。
エカテー村の連中に持たされた酒が、ちゃっぷんと揺れる。
以蔵の目は、とらえていた。
ガープの腰。
旅人用の小さな蓋つきの鉄鍋が揺れているのを。
すっかり夕方。
今日は安全な場所を探して野営だろう。
香り高い茸。
鉄鍋。
酒。
「まあ、腹の足しにはなりゃあせんけんど」
むむぅ、と以蔵は腕を組む。
そしてほどなくして、ニマリと笑った。
「今夜は酒蒸しじゃのっ!」
以蔵、すっかり上機嫌である。キノコが襲ってきたことについては不問に処していた。巨大シーサーペントや巨大イノシシに少しずつ慣らされた結果である。
【注】縦に裂けるキノコは食用、というのは俗信です。
素人判断はあぶないのでやめましょう。
(以蔵さんは食中毒等にとても強い侍なので大丈夫です)




