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魔猪・ワイルドボアの牡丹鍋

「こいたぁ……」


 物見櫓から村の外を見下ろした以蔵は、絶句した。

 夜闇のなか浮かび上がるのは無数の赤い光。魔猪ワイルドボアの目である。

 群れ、である。それも超大規模な。


「まっこと!!! 数が!!! 多い!!!!!」


 それが村の物見やぐらから以蔵が目にした光景の、率直かつ実直な感想だった。

 やばい。


***


 ――数刻後。


「なんだ、旨そうな匂いがするぞ……っ!」

「うおお、すげえ!」


 穀倉村にあるまじき、かぐわしい肉の香りが村の広場にただよっていた。


「ふふん、ボタン鍋っちゆうやつじゃ!」


 ワイルドボアは以蔵の敵ではなかった。

 襲撃したワイルドボアのうち何体かを倒し、手早く血抜きと解体を済ませた肉は輝かしいボタン色だった。

 えへん、と胸をはった以蔵の前には大鍋でぐつぐつと音を立てるボタン鍋である。


「わしにかかれば、これっぱぁ(くらい)の猪、朝飯前ぜ!」


 醤油っぽい調味料と砂糖っぽい調味料を発見し、何とか味付けまでもっていった自信作である。

 土佐や江戸の剣術道場は男所帯であることも多かった。とりわけ、各藩からの留学生が多かった江戸の道場では、ときおり郷の味を求めて四苦八苦しつつ竈の前に立つこともあった。江戸は屋台や外食の店も多かったが、実家に余裕のある家はともかくとして、以蔵のような下級武士に自由になる小遣いが多くあったわけでもないのである。


「「「うおお、うまい!」」」


 基本的には献上品の農作物のあまりを食べて生活している穀倉村の人間たち。興味津々に寄ってきて、恐る恐る一口食べては歓声をあげた。


(ふふん、まさかわしに料理の才があったとはのう)


 以蔵、鼻高々である。ちょろい。


「うっまい! さすがイゾ―の旦那っす!! ……しかし、いいんすか。イゾ―の旦那?」

「ん、なにがじゃ」

「ワイルドボアの大群、ほとんど逃がしちゃいましたよね??」

「あー」


 以蔵は生返事をする。


「や、あれもすっげーカッコよかったっすけどね!? でっかいワイルドボアを一匹、いつものすっげえ太刀さばき斬って、それで気迫っていうんすか!? すっげえデカい声でワイルドボアたちをひるませて、追い払っちまうんだから!」

「おん、何事も気合いじゃ気合い!」


 以蔵は言う。

 同じやり口で先だって、護衛をしていた勝海舟の命を狙った刺客を追い払ったところである。


(勝先生の護衛も、坂本さんの紹介じゃったが……ほんに坂本さんはわからん男ぜよ)


 正直、以蔵が本当の本当にその気になれば、魔猪ワイルドボアを次から次に名刀【天厨(てんちゅう)】で切り捨てるということもできただろう。

 しかし、以蔵はあえてそれをしなかった。


 以蔵が生まれ育った土佐は昔々のその昔から、仏教信仰のさかんな地域であった。いわゆる、四国のお遍路。八十八箇所めぐり。高僧空海ゆかりの寺院が土佐にも多く点在していた。真言をブツブツ唱える爺さま婆さま、信心深いおんちゃん。そういうのが以蔵の親戚筋にも何人もいたわけである。

 ――そういうわけでさすがの以蔵も無用な殺生は気が咎めるわけだ(※ただし誅殺は除く)。


 いただく命は、食べきれる分だけ。

 ソワカソワカ。


「うまいのう。はあ〜、酒が飲みたいぜよ」

「イゾー様、どうぞどうぞ!」


 新鮮な猪肉たっぷりの鍋をひとくち。

 脂の甘味が口いっぱいに広がった。以蔵が見つけた醤油っぽい調味料も、ちゃんとそれっぽい味をしている。

 間髪入れずに差し出された酒に、以蔵は上機嫌だ。このままいけば、猪を追い払った以蔵をたたえての夜を徹しての宴になりそうだ。


「げっ、なんぞ臭いのきっつい菜っ葉が入っちゅう! ガープ、喰え!」

「ええ、俺は一応は肉食種の獣人っすよ!?」

「なんじゃ、ほいたらおまんの護衛引き受けんぞ」 

「わかったわかった、喰いますって! ……しかし、イゾーの旦那。また次も来るんすかね。ワイルドボア」


 はふはふ、と香草を咀嚼するガープ。

 好き嫌いのないえらい獣人である。

 以蔵も口に入るものならば贅沢は言わない性質であるけれど、昔からネギとかノビルだとかそういうたぐいの香草は得意ではなかった。


 良く煮てあれば食べられないこともないけれど、ここは気のいい同行者に甘えておこうと思う。


「……そういえば依頼っちゅうがはあの群れを退治ちゅうごとじゃが。さっきの猪どもにゃあ、ちっくと違和感がありゆう」


 ひとしきりボタン鍋を楽しんだ以蔵は、ぽそりとつぶやいた。

 その声は、宴の陽気なざわめきに紛れてしまう。


 宴は続く。


***


魔猪・ワイルドボアの牡丹鍋

【材料】

ワイルドボアの肉

☆水

☆酒

☆醤油

野菜類

【作り方】

①新鮮なワイルドボアの肉を一口大に切って、酒(分量外)で臭みをとる

②大鍋で肉を炒めじんわりと油が出てくれば、野菜を投入し☆をすべて投入する

③ぐつぐつと煮込む


次回、ガープの旅の目的が明らかに。

そして、穀倉村に『幕末ではかなり有名で人気のあるおじさん』あらわる!?


***


書籍化作業及び文フリの書き下ろし原稿があるため、しばらく更新をお休みします。

また4月中旬以降にまた更新します。

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