2.
困ったことになったぞ、と以蔵は思った。
それはそうだろう。
江戸末期の日ノ本からやってきた彼にとってエルフやドワーフの闊歩するこの街並みは完全に意味不明である。そもそも誰も髷を結っていないことに以蔵は大変戸惑っていた。以蔵の周囲を行き交う人々も、「なんだあの髪型は……」という視線で以蔵の頭を見る。
「ぐぅ……異人ばっかりじゃ」
以蔵は気づいていない。
現状、「異人」と呼ばれるのは彼のほうであることに。
「それにしてもハレンチな着物じゃし」
ちらり、と以蔵はその鋭い眼光もそのままに視線を走らせる。
道ゆく女性の服装をチェックすると、以蔵は顔を赤らめた。
この街のおなごはハレンチだ。具体的に言うとおっぱいが露出している。
「恥じらいっちゅうもんがないんかえ……」
以蔵はひいた。
古風な男である。
「しかし、この状況はどうにかせんといかんぜよ……」
広場の片隅に座り込み、ううむ、と考える。
心酔する師匠には「おまんは頭が悪い。あまりにも悪い」と言われ続けているが、以蔵にだって知恵はある。
どっかりと石畳にあぐらをかき、愛刀を肩にかけると瞑想にふけるように目を閉じる。
街の喧騒を聞きながら、今の状況を整理した。
街には異人ばかり。
見たことのない街並み。
おっぱい。
「っ、まさかっ!!!」
以蔵はカッと目を見開いて叫ぶ。
通行人たちがビクゥッと身を強張らせて以蔵を見た。
土佐男は声がでかい。
「そうか……そういうことじゃな」
ごくり、と以蔵は生唾を飲み込む。
京の街を歩いていたつもりが、うたた寝をしたらこんな場所に立っていた。
夢か、と思ったがそうでもない。先程、足を洋靴で踏まれてめちゃくちゃ痛かったし。
「ここは……」
以蔵は噛みしめるように、考えを言葉に出す。
無茶苦茶な話だが、これしか考えられない。
そうか、ここは。
ここは――、
「ここは、出島じゃなっ!?」
確信に満ちた表情で、以蔵は叫んだ。
出島。
鎖国政策を敷いていた江戸幕府が長崎に設けた、異国との交易場である。出入りを厳しく見張られてはいるものの、そこには外国人も多く滞在していた。
以蔵はもちろん、本物の出島を知らない。
しかし彼は現状について全力で考えた結果、「京都を歩いていたらどういうわけか分からないが、長崎の出島にたどり着いてしまった」という結論を導いたのである。
――以蔵の師匠であり、土佐藩においてカリスマ的な指導者である武市半平太。
彼はよく言っていた。
「以蔵、おまんは自分が思っているより頭が悪いぜよ」と。
悪ふざけです
ごめんなさい