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16.

 街道をとぼとぼと歩く、体の大きな獣人族とニンゲン(幕末の姿)。

 その二人組はそこそこに目立ち、街道ですれ違う旅人たちから好奇の視線を浴びせられた。

 総髪髷に乗馬袴という出で立ちの以蔵が、傍らで鼻歌交じりに歩を進める獣人族の男ガープに話しかけた。


「…………にゃあ」

「ワン!!!!」


 ガープの突然のハイテンションに、「うおっ」と以蔵が声を上げる。


「なんじゃ、ガープ。犬の鳴き真似か」

「え、いや。イゾ―の旦那が猫の鳴き真似するから」

「ちがうちがう! ちがうがよっ」


 どうやら、土佐の郷言葉がよくなかったようだ。

 ふう、とため息をつく以蔵。

 普段の元気はつらつとした様子がまるで見られない。しょんぼりと肩を落として、視線も伏し目がちだ。


 道中、徐々にしおれていき、すっかりしょぼくれてしまっている以蔵にガープも心配そうに鼻をひくつかせる。


「どうしてんですかい、ダンナ?」

「おん、実はのう」

「なんでも言ってくださいよ、旅は道連れ。せっかくのご縁じゃないっすか!」


 ガープの言葉に、以蔵はもじもじとしながら言った。


「わしはのう、コメが食いたいがよ」


 コメ。こめ。米。

 コメが食いたい。

 それが、岡田以蔵の偽らざる願いだった。


 以蔵が出島……もとい異世界にやってきてから数日。

 白身魚シーサーペントのスープは滋味だった。

 塩茹でにした怪鳥ウバメドゥリは酒のあてにしては贅沢だった。

 残った骨を煮込んだ汁も塩味がきいて旨かったし、道中で出てきたスライムとかいうコンニャクのおばけはサッパリしていて悪くなかった。ああ、でも酢醤油があればもっとよかったにゃあ。


 しかし、しかしである。

 土佐藩、江ノ口川七軒町の岡田以蔵。

 大のオトナの日本の侍である。


 コメが、どうしても、食べたい。

 それはもう、大のオトナの日本の侍が半べそで往来をとぼとぼ歩くほどには。

 コメが食べたいのだ。


 江戸で一度だけ食べたピカピカ光る白いまんまが食べたいとは言わない。

 粟でも稗でも、なんでも混ぜて構わない。

 とにかくコメに味噌汁……以蔵の頭を、炊き立てのコメがかおる一汁一菜が支配していた。


「コメねぇ……穀物の一種っすよね」


 ガープが困ったように空をあおぐ。

 もふもふの毛並みを風が揺らす。


「あっ」

「なんじゃ、コメの当てがあるがか!!?」

「んっと、確かこの先。王都に向かう途中に穀倉村があるんすよ……そこなら、コメってのもあるんじゃないっすか?」

「まことかーーー!!!」


 ガープの声に、以蔵が詰め寄る。

 目が完全に血走っている。


「こ、コメっていうのは中毒性でもあるんスカ、イゾ―の旦那っ!?」

「うおおおおおお、コメっ!!!!」


 ガープの胸倉にかじりついて「コメ……コメ……」とつぶやく以蔵。

 その背後に、蠢く影があった。

 熱い息を吐く唸り声。

 鈍く光る眼、鋭い牙。


『――ガルルルッ!!』


 野生のファングドッグが飛び出してきた!

 ファングドッグは飼育された個体は猟犬として重宝される、知能の高い犬型のモンスターだ。群で行動することが多いが、はぐれた個体が旅人を襲うことも多い。

 犬、である。

 食材判定による【天厨(てんちゅう)】はできるのか。どうする以蔵!


「フンッッッ!!!!」


 以蔵の剣豪パンチ!!


『ギャンッ!!!?』


 ファングドッグは逃げだした!

 力 is パワー!!


「ええええええっ!?」


 ガープは叫ぶ。いやなに、嘘でしょ斬らないの?

 素手はさすがにどうなんです?


「コメ……コメ……」


 並外れた戦闘センスをもってして、素手でモンスターを撃退するという離れ業をやってのけた以蔵はもはや「コメ」としか呟かない。


 モンスターが跋扈するこの世界は、基本的には農耕に向かない。

 庶民が口にすることができるのは、わずかに支給される穀類のほかには、基本的には狩猟と採集で得られる食材ばかりだ。

 いったい、コメというのはどんなものなのだろう。

 ガープとしては、以蔵がどうしてそこまでコメに執着するのかはピンとこなかった。


「じゃあ旦那。モノはついでですし、穀倉村にちょっくら寄っていきますかい?」

「行かいでかぁっ!!」


 うおおおぉっ、と咆哮する以蔵。

 その気合いで周囲半径1キロにいたモンスターが委縮した、というのはまた別の話である。


***


 なお、幕末における成人男子ひとりあたりのコメの消費量は1日あたり5合と言われている。

 炊く前で750グラム。炊飯するとゆうに1.5キログラムを超える量である。


 岡田以蔵も幕末の男であるからして、御多分に漏れずおコメ大好きマンなのであった。

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