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14.

「メシにしますかね、イゾーの旦那っ!」


 日も暮れようというので、道すがら以蔵が仕留めた怪鳥ウバメドゥリを、獣人族の旅人ガープがさばいて塩茹でにした。

 ウバメドゥリは大型の鳥で、歯ごたえのある肉がジューシーだ。以蔵が慣れ親しんでいる山鳥や京での楽しみだった軍鶏よりも臭みが強いのが難点だけれど、ガープの持っていた薬草と酒がいい感じの臭み消しになっていた。


「ほいで、わしに護衛をしろっちゅうがか」

「そうです、イゾ―の旦那。この通り!」


 鋭い牙で一口で噛み切った肉をほおばりながら頭を下げるガープ。

 一方、あむあむ、と歯ごたえのあるウバメドゥリの胸肉の塩茹でにかぶりつく以蔵である。

 旨いは旨いが、この二日間肉ばかり食っている気がした。コメが恋しい。粥でもいい。


「ふーむ、ガープはどこまで行くんじゃ?」

「目的地? それは、この街道を行くんですからね。都ですよ、都」

「都……。京っちゅうことか」


 ふむ、と以蔵は勝手に納得する。


「さっき出島から出立したちうことは、ここは長崎じゃろ? 京までの護衛のう……」

「はあ、ナガサキ」

「高くつくぜよ~?」


 以蔵はによによと笑う。

 父母がきちんとしていたため、以蔵自身が金にがめついわけではない。けれど、この手のすこし下種な冗談は好きだった。


「ああ、金なら払いますぜ。こう見えてもいくつか事業をしてまして! いやあこれで安心だ。旦那、いい人そうだし!」

「いい人そう、のう」


 どこに目をつけているのやら。

 人斬りと呼ばれて、仲間にも疎まれた自分を。しかも初対面で。『いい人』と。

 こんなお人よし、坂本さん以外にいるのだなあ……と妙な感慨にひたる以蔵であった。


「というか、おんしデカい図体で……、その、毛深くて、強そうじゃ。顔もなんかこう、犬みたいじゃし」

「ははは、あなたたち無毛種がいうところの獣人族ですからねー!」


 以蔵は首をかしげる。

 ジュージンゾク。そりゃあ阿蘭陀(おらんだ)と近いがか?


「イゾ―の旦那。で、こう言いたいんでしょう。『どうして自分で戦わないんだ』と」

「おん」


 以蔵はこくりと頷く。

 体躯に恵まれていることは、戦いにおいてプラスになる。


「それはですね。――俺、めっちゃ……」

「めちゃ? なんじゃ?」

「……弱いんすよ、俺!!! うっははは!!」

「は……? ははっ」


 思い切り大笑いしているガープに、以蔵もつられて小さく笑う。

 その快活さや、歯に衣着せぬ物言い、人を食ったような態度。それは勝麟太郎……以蔵がこの異世界にやってくる直前に護衛を承っていた坂本さんの師匠に、どことなく似ているなと思った。あれも明るい人だった。


 もちろん、ガープとはつい先ほど出会ったばかりだけれど。

 勝先生は出会ったばかりの以蔵にも、他の友人と同じように接してくれた。変な人だった。


「おまんが弱いようには見えんのう。わしが剣でも教えちゃれば、すぐ強うなるぜよ」

「イゾ―の旦那は剣技の先生なんすか!? すげーっ!!」

「おん、まあ名取りとは違うがのう。土佐では隣村まで稽古つけに行っちょったよ。坂本さんはすごい人じゃが、わしのほうが剣の腕は上じゃっ」

「さっきの太刀さばきに勝てる奴はなかなかいないっすよ!」

「そうじゃろ!? ガープは目がえいの!! 見込みあるちや!!」


 うはははー、と男たちの笑い声が響く。

 ガープの秘蔵の酒が振舞われたため、怪鳥ウバメドゥリの塩茹では、結構な勢いで消費されていった。


 酒には塩だし、塩には肉だ。


 ふと。

 以蔵は疑問に思う。


「しかし、そんな腕に覚えのないもんが何をどういて一人旅なんぞしゆうがか?」


 その質問に、ガープの表情がわずかに曇る。


「ええ、俺は……」


 ぐい、と酒をあおってガープは言った。


「俺は、ご主人を探しているんです!!」

「主人、かえ」

「ええ。……数年前に奴隷として売られた、美しくて聡明なご主人を――絶対に取り戻したいんですよ、俺っ!!」


 ふむ、と以蔵はウバメドゥリの脂でてらてらとする唇を指で拭う。

 その主人とやらに、ガープはずいぶんと執心しているらしい。その瞳には、疑いようのない主人への敬愛の光がある。


「犬っころみたいなやっちゃのう」

「はっ!? いやおれ、たしかに獣人族だしこんな見た目ですけど、どちらかというとオオカミっすよ!?」

「うはは、えいえい。主人を好けるっちゅうんは幸運なことぜよ」


 ふわ、と以蔵は大あくびをする。

 ほろ酔いで腹も満ちれば眠くなる。


「おまん、見張りせい。なんぞあやかしいことが起こりよったら、すぐにわしを起こせよ」

「まっかせてくださいっ!!」


 親指を立てるガープに、以蔵は「なんじゃその指は」と小さく笑って目を閉じる。

 もはや急ぐ旅でもなし。

 少しばかり彼に付き合うのも、面白かろう。

 

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